第8話「巨影巨重」
「落ち着け」
真守優希は、居心地が悪そうなキャロに言う。
バキバキと大木が倒れる音を響かせて、幹の細い森を何かが近づいてくる。
木々を踏み倒して現れた歩行車両の群れだ。
北のクレムリ支配陽本の機甲部隊だ。
兵員輸送車に脚が生えたような車両だ。
パワードスーツを着込んだ兵士がいた。
──昔の雑誌で見たことがある。全面核戦争に備えた装備だったかな。
機甲部隊は他にも、WT、軽戦車、ウォーキングトーチカとして火力に振った装脚砲台とでも言うべき車両もいた。
追い剥ぎが撮影した車両だ。
125mm戦車砲を載せていた。
キャロは生身の人間など簡単に蹂躙する兵器の群れを前にして、流石に縮んだ。
本能から後ずさる。
「心配するな」
優希は心が崩れようとしているキャロの手を握った。
「大丈夫だ。任せろ。北陽本は私たちを『絶対にいきなり撃ち殺すことはない』からな」
北陽本軍は破壊された村にWTを入れ、『生存者』と言うことになっている人間との話し合いの場所を作っていた。
WTのハッチが開いた。
するりと慣れた動きで降りたのは、赤毛の長身で、頰の肉を削げて隠されているべき歯の多くが口を閉じていても見えるような顔だ。
キャロが、お化け屋敷から飛び出してきたような人間に睨まれて背中が跳ねた。
「現地民か!?」と赤毛は言った。
下士官よりもずっと上級な軍服だ。
北陽本の隊長……政治将校らしい代表が出てきた。珍しい、と優希は思いながら、
「私らの土地に土足で踏み躙ったお前らのほうから名乗るのが礼儀だろ!」
銃口を向け、
「お前らがやったのか、私たちの故郷を!」
北陽本のWTがかすかに動いた。
機関砲が振り向いていた。
「降ろせ」と赤毛の政治将校はむしろ、味方であるWTに命令している。
「我々は北部陽本軍、偵察部隊として……いや、正直に言おう。君たちを南から解放するための宣伝工作を支援する部隊だ。君たちは……純粋種なのか?」
「長い耳も、獣の肌も癒着した蜘蛛の肉体でないし、『奇形でもないのにこんな場所にいる』のはおかしいと?」
「いや……いや、そんなことはどうでもいい。即刻、この場所から逃げろ。今、この里を滅ぼした敵がまだいる。我々はそれを追ってきたのだ」
「里を餌にしてか?」
「違う。我々が救難信号を受け取ったのは先程のことだ」
政治将校は、ふと、
「まて、誰が信号を発していた?」
「……私たちが辿り着いたとき、生存者はいなかった。信号を発している機械もまだ発信源は不明だ」
「発信源が動いているから我々はWTだと──ハメられたか。全周警戒!」
政治将校は声をあげた。
WTが慌ただしく動いた。
「何が起こっているんだ!」
優希は政治将校を捕まえて訊いた。
「……南陽本が言うところの、マンモスという虐殺兵器が投入されている。マンモスは一帯の……治安を脅かすゴミと判断した国民でさえない存在を殺して浄化しているのだ。
だが! 解放軍であるべき我々はそれを看過することはない。なんとしても南の虐殺兵器を破壊するためにきた。これが『全て』だ」
政治将校はWTに乗り込みハッチを閉める前に、
「先遣が近くの街にいたが見なかったか?」
「追い剥ぎに殺された連中、フレシェットでWTの区別なく蜂の巣の連中ならいた」
「そうか」
GOOO-M
“それ”はにぶすぎる音だ。
「キャロ、隠れろ」
「きゃっ」
WTの正面からぶつかった高速の鉄塊が、鉄板に打ち付けられた、耳も脳も、皮の下の肉も不快に揺れた。
全周警戒のために背中を向けていたWTが振り向こうとした瞬間のことだ。
撃ち抜かれたWTの弾薬庫に搭載されていた装薬に引火して火炎を噴いた。
自然ではないジャングルの森から、二足歩行の怪物が飛び出した。
マンモスだ。
マンモスは異常発生したシダ植物や木々を区別なく押し倒しながら走る。重量と速度が太い木を倒した。
105mm砲が動いている。
DOM!
105mm戦車砲弾は空中で炸裂……割れた砲弾からは、巨大な蜂のような羽音を立てて数千という何かが高速で飛んできた。
「伏せろ!」
優希はキャロの服を引いて押し倒す。
フレシェット弾だ。
鋼鉄の鏃は、装甲があるはずのWTの正面装甲の硬い部位では弾いたが、包み込むように全身を探るように当たった。脚を貫き、センサーを貫き、砲を貫き、蜂の巣だ。
WTは、距離さえ充分にあれば平地で戦車のAPFSDSさえ跳躍回避が可能なだけの機能はあった、だがこれは無力化されたのだ。近距離戦は、対WT戦の基本で、重装甲の部位には効果の薄いフレシェットが寧ろ逃げ場所を潰していた。
「あっちぃな、クソッ」
優希の背中は少し焼け焦げていた。
衝撃が熱になった破片が、服と肉を裂いた。
DOM!
DOM!
北陽本機甲部隊とマンモスが交戦していた。
WTが真横に跳躍回避しようとするが、脚部にフレシェットの鏃を受けて擱座し、重々しい機関砲が撃たれるたびに装甲が砕かれ停止した。
「優希、今のうちにWTまで逃げる」
キャロが覆い被さった優希を退けた。
「……」
優希は痛みから、動けない。
痛みを封じた。
呼吸を整えた。
「走れ。マンモスの狙いは北陽本軍だ」
優希が振り返れば。
重量級の対戦車ミサイルを展開していたパワードスーツの3人が、北陽本の兵士たちが見上げていた。
マンモスが巨大な脚部を両方とも宙に浮かべた。
ハラハラと土や小石が降っていた。
熟れすぎた果実のように潰された。
人間と比べれば遥かに大質量のマンモスの脚の下で血袋が破裂している。ぐちゃぐちゃと骨や内臓や装甲の区別なく。
「ウィッチ1、グーラ16、ノエル7、ノエル8、支援射撃をしろ。北陽本に気づかれてもいい、マンモスに火力を集中しろ、脚を狙え。跳んだ未来位置を計算しろ」
「撤退を優先だ馬鹿野郎! 北陽本の手助けか! 待ってろ、今なら『お前を』助けにいける」と、キーラが通信越しに叫ぶ。
「撃て」
「クソが、クソめ」
森の薄い天蓋、枝葉を切り払いながら大口径機関砲弾が飛来した。聞き馴染みのある砲声と風切りだ。
Hu
DOM!
BAM!
BAM!
対装甲用の徹甲弾だ。
マンモスを食い破ろうと殺到した。
──57mmの被帽仮帽付徹甲榴弾だぞ、貫徹力が90mm以上でも駄目か。大戦中の重戦車並みじゃないか!
マンモスは、有人機とは考えられないような気持ちの悪い砲塔の旋回速度で、おそらく発砲の炎を光学で観測した瞬間に、砲口を振り向けた。
T-1が隠れているだろう場所に向かって全ての火力を使っての掃射を実行した。
猛烈な火力が木々を薙ぎ倒した。
WRが光学迷彩で隠れている場所だ。
北陽本機甲部隊への圧力は下がった。
BAM!
マンモスの真横に直撃弾──。
流石のマンモスもオートバランサーを崩され、二の足を踏んでふらついた体を支えた。
機関砲なんて小粒ではない。
125mm戦車砲そのものに脚部の生えたWTの直射、北陽本の歩行トーチカだ。
マンモスは副砲である機関砲だけを125mmのWTに振り向け正面から装甲を砕き、主砲は森林に身を隠したT-1の掃討にフレシェットを何百と撃ち込んだ。
同時に、対戦車ミサイルを抱えたパワードスーツの分隊が同時に斉射した飛翔体を近接防護システムが打ち上げた擲弾で叩き折り、頑強な脚部が軽装甲車両を蹴り飛ばす……。
「化け物か!」
優希は爆風の熱を浴びながら匍匐で遮蔽物に飛び込み、キャロも引き込む。スターリングの豆鉄砲が通じる状況ではない。
「マンモスに効果なし。想像以上だ。撤退する。現在の火力で効果がない。森の切れ間に走る」
「できるだけ急げよ。長くは保ちそうにない」
大重量の、タンデム弾頭の対戦車ミサイルがマンモスに直撃した。炎が装甲を焼き、メタルジェットが貫いたはずだが、煙を振り切ったマンモスの装甲は僅かに流れたような跡があるだけだ。
だが、命中弾の衝撃の影響か。
マンモスは2本の脚で連続跳躍という人間から離れた技で、撤退した。
虐殺はほんの数分たらずの間だ。
BAOM!
炎上していたWTが誘爆した。
数分で、北陽本機甲部隊は半数を失っていた。
「……」
優希は、負傷した軍人、装甲車両とともに燃えあがった人間だったものに背中を向けた。
悲鳴、人の焼ける臭い……。
優希は漏れそうになる言葉を全て、隠した。
「基地へ帰投する。追跡させるな。お前たちの命が最優先だ」
森の入り口で僅かに空気が揺らいだ。
蜃気楼のような、光学迷彩だ。
ウィッチ1よりもノエル8が早かった。
優希はキャロをノエル8へ尻を押して持ち上げた。
「……優希、急げ」
「迷惑をかけた」
僅かに遅れたウィッチ1が膝をついた。
優希もハッチへ滑りこんだ。
虐殺された場所で炎が舐め尽くすなか、照り返しで車体を赤く染めた4両のWTは山岳地帯へと消えていく。
第2章:『マンモスハンター』完
読んでくれてありがと。
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