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第7話「寄り道と灰」

 巡航ミサイルの白煙が空を切り刻んだ。


 青空に白い爪痕がたち、ジェットエンジンが運んでいるものは破壊的な弾頭だ。


 数十……数千という飽和攻撃は、敵だけではない、『味方と呼んでいる軍勢』からも打ち上げられた。


「どこを狙っているんだ?」


 大破したWTから真守優希が見上げた。


 彼の髪は血で濡れて張りついた。


『そんな、まさか』


 誰かが、無線機に声をのせた。




 ──夢……。


「目が覚めた」


 キャロが見おろしていた。


 彼女はスターリングサブマシンガンをスリングで腰に回している。


 優希は日誌を書いている最中、僅かに居眠りをする失態を晒した。


「11月ですよ。WTの中で寝てください」


「もう11月なんだよ。東北でも桜は散って葉桜、もう春も終わった。初夏だ」


「何か用事ですか」


「寝顔を見ていた」


「暇人ですか……」


「外でこそこそ日誌書いてるのが悪い。しかも1人で無用心。……キーラが聞けば怒る」


「言わないでくださいよ、マジで。車内では書けないですよ。キーラはあれで神経質なんです。カリカリと車内で鉛筆を走らせると眠れない。2人はキツいですし」


「だからて外はない」


「歩哨を信じてます」


 優希は、WTの……ノエル7の光学センサーに手を振った。人間よりも高精度の目が、四方を完全に死角なく監視している。もし掻い潜る敵がいれば、人間の目ではどうしようもない。


 優希は隣に置いたままの銃を確認しない。


「もうすぐ夜明け。とても寒い」


 と、キャロは毛布を見せてきた。


「WTの中で寄り添っていたほうが温かいでしょうに。わかりましたよ。キャロ、一緒にくるまりましょう」


 2人が寄り添う。


 WTの中で缶詰になり、高山で凍死するほどの寒さではしばしばお互いの熱の交換をするWT乗りで肌の触れあいは信頼だ。


「寝るときは猫と一緒のほうが具合が良い」


「大砲は外してください。ベルトや金具も」


「そこは我慢するべき」


 真守優希が使っていた毛布は、彼だけでなくキャロも温めた。人肌に、すでに温まっていた毛布は、


「うぅ、ぬるい。冷たくない」


「水虫うつしますよ」


「キモい」


「お嬢さまがなんて言葉つかいです」


「ちょっと寝る」


「あまり寝過ぎないでください。夜明けまでそう時間は無いですから」


 ありえない甘えかただ。


 優希は当たり前に誘う。


「紳士であるならば断るべき」


「紳士である以前に、言葉にするにははばかられる立場にいることを決めていますので」


「甘い男だ」


 優希の背中にあたる冷たい感覚。


 人を殺せる冷たさは寝息をたてた。


「……」


「寝ましたか。いいことですけど」


 夜が明けようとしていた。


 雨でぬかるんだ道も回復して、57mm砲に換装したぶん重くなったWTでも山岳を渡ることは可能だろう、と優希は考えをめぐらせる。


 ──増水した川はまだ荒々しいだろう。だが、ぬかるみはWTなら許容範囲になる。3日め、山岳地帯での立ち往生ということにしているが、長く基地に戻らないのも問題になる。


 言い訳を考えよう、優希の悩みは尽きない。


 ──数日の野宿で体力も落ちてる。集中力もだ。気を使うほうが良い。全快を前提にした理解を求めないように切り替えて、ストレスに過敏になっていることにも注意だ。


 キャロが毛布のなかでモソモソと動く。


 頭まですっかりかぶって沈んでしまった。


「……まるで子供ですね。大人の女がやることですか。甘やかしすぎですかね」


 自立した利発的な大人……理想の男や女は、どこにもいない。子供みたいな連中ばかりだ。少なくとも優希は、そう考えていた。


 最低限の心があれば、あとはどう育っても立てる人間は立てる、人間になれないものはなれないものだと割り切っていた。


 家族のように過保護に……同じように、ゴミのように冷酷に死ねと命令できる両面が必要だ。


 ──人を殺す因果な仕事でも、私もいるこの場所が居場所なんだ。なら、私にも義務を履行する義務がある。背中を撃たれるならそこまでだろう。今更に疑って、自分から信用を切る真似なんて恥知らずだ。


「信じたいという願いではない。信じている。これはまだ揺らいだことはないのだから、背中を預けるよ」


「……」


 優希はただの独り言を自分にこそ聞かせた。


 翌朝──。


 まだ陽も登らない時刻だ。


 夜陰に紛れての下山を始めた。




 山岳地帯でも高い場所では森が消える。


 荒れたゴツゴツとした岩肌が広がった。


「寄生虫に病原菌が跋扈する湿地を避けるとはいえな。丸見えだぞ」


「光学迷彩の切れ目に気をつけろ。禿げ山の上をWTが歩いているんだ。気づかれたら毒森に飛び込まなければいけなくなる」


「衛星とかも気をつけないと」


「最新の光学監視装置からの報告だと、上空にくる偵察衛星はない。だが油断するな」


 4両のWTが岩と土を踏みしめた。


「尾根には出るなよ。シルエットが遠くからでも丸見えだ」


「基地に帰れると思えば、近くだからと偵察の割りこみだ。不幸だよ。食料もないのに」


「西回りで下山できる。車道を走れば基地はすぐだ。距離の割には、帰りが極端に遅くなるわけではない」


「隠れ里みたいな場所から救援信号が出たなんて、何があったのかな?」


「……信号か怪しいものだ。里になんで、そんな無線機がある。ましてや救難信号てなんだ。救援要請ならばともかく」


「行って見ればわかることだ。無駄を叩くな」


「グーラ16、了解」


 ──基地から哨戒任務の変更、新しい座標への『偵察』命令が出て4時間だ。もうすぐ座標の場所だが……。


「ドローンが接触しました。映像を送ります」


 グーラ16が飛ばしたドローンから、偵察の目的地になっている場所の映像がでた。


 優希の楽観的な予想では、豪雨での被災に対しての救援だ。土石に畑が埋もれたとか、鉄砲水に橋が崩れたとかで困っている住民たちだ。


 実際に“あるもの”は違った。


 消防法を無視して、無秩序に密集して作られた建物はことごとくが倒され、ガス管が破裂したのか漏れでたものから火を吹いていた。


「メタンガスのパイプを敷いているのか。文明的だな。距離があるとはいえガスを検知した。状況ガス、ABC装置を起動して車内の陽圧を保て。風向きが変わるかもだ。

 WTでは少し小回りが気になるな。変なものを踏みつけてガス爆発もありえる」


 押し寄せた破壊をたどれば“何か”は森から現れて、里の建物を『掃射』していた。


 生存者の気配はない。虐殺だ。


「各車、周辺を警戒。戦闘態勢に入れ」


 映像に残された足跡をAIが解析。


 登録されたパターンは、マンモスだ。


「警報。マンモスの痕跡だ」


 優希のなかに緊張が走った。


 北陽本が戦車砲を持ち出す必要性のあった怪物が、まだ近くをうろついているかもしれない。57mmが通用する敵か、自信が無くなっていたが表には出さなかった。


「振動、熱紋、大気の乱れはありません。マンモスは立ち去った後のようです。……遅すぎたとも言えるでしょうが」


 分析したグーラ16からの報告だ。


 優希も映像を共有した。


 巡航ミサイルが科学博物館に直撃して、硝子の破片がキラキラと雪のように光って落ちてきた。「生存者はいないか!?」叫んでいた。


「優希? どうかしたか?」


「……いや、なんでもない。生存者を探そう。キーラ、WTは置いていく。目立つからな。いつものように私と、キャロで良い。グーラ16、指揮を渡す。今の位置から援護してくれ」


「グーラ16、了解」


「ノエル8、偵察任務の準備完了」


「優希、今回は危険だ。支援なら1人でも可能だ。それぞれから1人ずつ降ろして、4人で動くべきだ。WTの支援があるとはいえ、直接の生身とスターリングは貧弱すぎる。それに57mmの至近弾でも死ぬから限度がある。WT側の戦力よりも、歩兵側に戦力を置くほうがいい」


「キーラの意見を却下だ。8人のうち、4人も連れて行くということはコマンダーが不在になる。WT乗りの戦闘能力を半分以下にすることはできない。2人で行く」


 破壊された里は入り組んでいた。


 キーラの言う通り、WT側からの支援は難しい。


「ドローンでは駄目か?」とキーラが言う。


「生身を危険に晒したほうが安全なこともある。ドローンは皆、警戒している。小型レーダーは標準だ。生存者がいるなら危険に晒したくない」


「だからと古風なやり方すぎる。次からは地上を転がるドローンにしたほうがいい。歩兵の仕事だ」


「歩兵はいない。WTのコンピューターを頼む。機械と人間は手を合わせて初めて完璧になる」


「機械に頼りすぎず、人間を頼らせるよ。行ってらっしゃい、優希。ただいまを待ってるからな」


 優希は、キャロと偵察に走る。


「酷いありさまだ、虐殺じゃないか」


「生存者を探せ。音響センサーを。息を殺せ。深く静かに」


「ダメ……反応なし」


「次の家だ」


「……」


「生存者はいないという先入観を捨てろ」


「了解」


 Biii


 短く警告音──


『未知周波数での電波を受信。何か来ます。警戒してください』


「わかった。攻撃するな、息を潜めろ」


 キャロが目で訴えた。優希は答えて、


「敵味方不明の勢力が近づいてる」


「どうする?」


 スターリングの薬室に初弾をコッキングレバーで送り込むが、


「交戦は最悪のときの手段に限定だ。私たちはこれより、外人部隊ではなく現地の生き残りだ。わかったな?」


「了解」


「上手くいきますか?」


「上手くいく。問題はない」


「優希が言うなら、預けた」


 優希は聞いていた。


 小型ドローンの羽音だ。


 森の木々が軋んでいた。


 何かが──来る。

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