第6話「くすぶり」
「状況は?」
「飯炊きらしい煙が4本あがって、砲声。今は途絶えてる。かなり大きい砲だ。AIの分析だと125mm。T-64の最新モデルかT-72と同じものなんだって」
「戦車砲か。わかった。WTで待機しろ。必要なら退避する。今は息を殺せ」
「了解だ」
薄暮……夜明けというには暗い朝。
近くで戦闘が起きた。
ドローンの通信を探知して、小型レーダーが一瞬だが機影を捉えた。
デパートの屋上で、真守優希は偵察した。
双眼鏡を片手に、崩れた廃墟、まだ残された高層ビルディングを注意深く探る。
雲が低く、暗く、雨はやんでいた。
優希は首のスロートマイクを震わせ、
「偵察に出る。キャロ、ついてこい」
頼れる小さな巨人に背中を預けて、廃墟を走った。水溜まりの泥がズボンに跳ねた。戦闘があったらしい区画は、思っていたほど遠くではない。
「キャロ、いるか」
「背中を見てる」
「後ろを頼むぞ」
「任せて」
曲がり角、優希は姿勢を低くして、一瞬、先を覗き見た。
「バイクがあれば楽なんだけど」
「あった、此処で間違いない。WTがいるぞ。確認できるだけで2両、死体は1、真新しい機関砲の弾着跡に大砲で吹き飛んだようなものもだ」
「生存者」
「わからん。見た感じは誰も動いてない。気を抜くな。救援の部隊がくれば挟まれる。どこか……」
優希は素早く地形を見渡した。
どの建物も壁が崩れている。
中に入れそうだ。
「建物の上から見よう」
元々はアパートらしき建物に侵入した。
壁は崩れて、かつては管理人が座っていただろうカウンター台は完全に破壊されていた。
「階段は使えそうだ」
「トップは僕が。優希はサポートして」
「わかった。左壁につく。射線に気をつけろ」
足音を消したキャロが、光学迷彩コートでおぼろげな輪郭のままアパート2階を目指した。かすかに階段が軋んだ。
穴の空いた天井から雫が落ちた。
キャロが手招きした。
優希も、後に続いた。
「酷いな」
部屋の壁に隠れながら、戦闘の痕跡を見下ろす。一方的だったようだ。肉片と、焼けた鉄……。
「北陽本のWTで間違いない。兵士もそうだろう。空挺戦車もいたようだな。横転しているが、横の大穴は戦車砲か何かだ」
生存者はいなかった。
「マンモス?」
「わからないが、マンモスの画像を見るに105mm砲らしきものはあったはずだ。追加情報は、機関砲も使ってる。歩兵を薙ぎ倒したのは機関砲から撃った榴弾だ」
「オーソドックスなWTを蜂の巣にしているのは、フレシェット弾だよ。鉄の鏃が何百て瓦礫に食いこんでる。軽装甲じゃひとたまりもない」
「大砲からフレシェット、機関砲から榴弾……軽装甲以下に優しくない装備だ」
「見慣れない戦車がいる。なんだ、アイツは」
キャロが指摘したのは、ずんぐりむっくりな戦車だ。切り詰められたような前後のせいで車高が高く見えた。主砲も大きく150mmはある。
北陽本で配備される兵器のカタログでは、まだ見たことがない戦車だ。
「アレは」と優希が言った。
「クレムリの戦車ではない。ソルバル合衆国の空挺戦車だ。M551シェリダンだ」
「ソルバル?」
キャロは首を傾げた。
「クレムリとソルバルと言えば、冷戦で対立している超大国同士だ。それがどうして仲良く作戦しているのか謎だよ」
「まったくだ」
シェリダンは正面から徹甲弾を受けたのか、砲身の付け根に破口を作り、どのハッチも開いている様子はなかった。
「コイツは知ってる」
戦闘の痕跡を撮影した映像に、
「北陽本のバーで歌っていた男だ。アコーディオンを奏でてな。テレビで何度か見たことがある。徴兵されて、字が上手いからと後方の司令部に配属て話だったが……」
「不運だな。アコーディオンにフレシェットのダーツが貫通してる。死に顔が安らかなのはせめてもの救いか」
「間抜け顔に見える」
と言ったグーラ16に、優希の拳が落ちた。ヘルメット越しでも強い衝撃だ。
「お前たちはWT乗りとして優秀で、信頼も実力も感じていますが──」
「へへっ、そう?」
「……おい、続いてるぞ」
「──自分以外に無思慮で、自分しか支えられないからまだまだ子供だと言うのです」
反省しろ、と優希はグーラ16のコマンダーとドライバーの後頭部を小突いた。
「マンモスは、街にいた北陽本のマンモス討伐隊を攻撃した。北陽本はまだマンモスを追っている。犠牲を出してもだ」
「どうしてわかるんだ?」とキーラだ。
「本命がいない。例の追い剥ぎが話していた巨砲はどこだ? 戦車はいたが」
「シェリダンだろ。本命だと考えるがな」
「対戦車ミサイルならマンモスも抜けるだろうが……それなら戦車砲はいらない。北のD-1は南のT-1と同じで対戦車ミサイルを装備できる。考えるに、チョバムアーマーのような新型装甲なんだろう。成形炸薬弾に強い抵抗があるんだ」
「純粋な物理エネルギーをぶつけるわけか。ガンランチャーの貫徹は……APFSDSの配備以前の砲だ。衝撃力はあるだろうが少し不利かな。APFSDSを撃つ兵器が生き残ってる」
「それも例の追い剥ぎが奪ったやつだけか調べる必要もあるが、破壊されたのかさえ確認していない」
「57mmでは威力不足の可能性があるな」
雲の切れ間から太陽が覗いていた。
優希は太陽に手をかざして目を細めながら、
「ドローンをあげる」
──少し危険だが。偵察の足は人間よりもずっと速い。充分な高度を保っていれば騒音も届かない。
「グーラ16、ドローンの準備をしろ」
「了解。ラジコンも得意です。汚名返上」
グーラ16-ガンナーがドローンを投げた。小型の機体はプロペラを回し、翼によく風を掴んで遥か上空に舞い上がっていく。
「何を調べる?」
キャロが北陽本軍の死体から手に入れた街の地図を渡していた。
「怪しげなところは覗こう。バッテリーは充分だ。……わかってたが、上から見ても酷い街だ」
WTの光学迷彩コートを固定して隠した。
「ノエル7は振動センサーに注意を。私らウィッチ1、ノエル8は周辺を警戒だ。ロボットを出せ。やることはあるぞ! 何も考えずに立つな!」
WTを路肩に、交差する角にそれぞれ2組の監視が立った。敵が近づけば素早くWTまで戻って乗り込む。
だが、それは人間ではない。
Hu
Hu
WTのカバーが開いて、掌で包めるような、小さなヘリコプターが離陸した。小型ドローンだ。WT各車のデータリンクで、ドローンのセンサーが捉えた映像が共有された。
小さく、目立たない、冷たい目だ。
低光量モニターに映像が送られた。
「飛ばしたのは4機。今のところ異常はなさそうですね。周辺警戒モードで自律飛行中、賢い連中です」
「予備機とルーティーンを組んだ。バッテリーの弱さと映像の引き継ぎとか自動化したぞ」
人間がやるのは監視だけだ。
それも、WTの画像診断AIが異物を自動的に処理してくれる。人間の負担は機械化で、決断にいたる判断さえも補助可能なのだ。
「キャロは良い娘だが、今日のは危なかった」
「言っている意味がわかりません、キーラ」
「都合が良い。キャロは反陽本の思想だ。今の教育指導は歴史の反省、民族の否定、それは南も北も変わらないと知っているだろ」
それに、と、キーラは続けて、
「キャロは『半分が陽本人』なんだよ。どれほど学校でしごかれたかは明らかだ。陽本人として叩かれて、外人として叩かれて、姉妹揃って外人部隊にいるようなのだ」
「まるで、純粋な陽本人を、キャロは殺すとでも言いたげな話ですね」
「ありえる話だ!」
キーラは声を荒げた。
「短機関銃で蜂の巣になることもありえたbnだぞ。2人だけでいれば殺すのは簡単だ。気をつけろ」
「善処しますよ」
「……マンモスも北陽本軍もなし」
「こっちも異常なしです。静かですね」
「ドローンの目を盗むのは難しい。ネットに侵入された痕跡も自己診断プログラムが見張っているかぎりでは特に何も。あぁ、静か」
「グーラ16のドローンに任せてください。16以外のドローンは特に小型です。遠くに離れすぎては戻れなくなります。使い捨てにしないように気をつけてくださいよ」
「オートフライトなんだから問題ない。近くの物陰を注意するだけ」
「それもそうですね」
小型ドローンの監視ネットが構築されて、WTの周囲に目を配る。優希が見るのは周辺監視だけだ。主力であるグーラ16は急かさない。
──尻を叩かなくてもやることはやってくれる。ノエル7、ノエル8も義務を果たしている。義務以上に。……信頼されたから信頼するわけじゃない。
弱く光るモニターが顔を照らした。