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第2話「焼肉と秘密基地」

 焼肉屋。


 換気扇から煙が抜けていく。


 ホルモンが火をあげた。


 優希はカルビで鎮火した。


「美味い」と、優希は米と一緒に噛む。


「死者5名、ウィッチ中隊でも1回の戦闘では最悪の被害だったな」


 と、キーラは牛タンにレモンを搾る。


 金網の上から箸につままれてやってきた牛タンは、優希のタレ皿に落ちた。


 ネギがのっていた。


 優希は酸っぱいものが苦手だ。


「精鋭でしたね」と眉間に皺を寄せ食べた。


「あの霧の中にいたのと関係あると思う?」


「さぁ? 何もわかりません」


「優希はいつもそれだ」


 他のテーブルでも、ウィッチ中隊の生き残りが焼肉を奢られていた。他の客と同じように、騒がしく、どこにでもいるように。


 換気扇が煙を吸い上げる。


 しかし能力は不足していた。


 目に染みるような煙たさだ。


 5名を失った。


 優希は血の滲む肉を見つめた。


 カルビは、新鮮な肉であった。


 赤く、脂は少ない。


 優希はホルモンをハサミで切り刻んだ。壺の中から出されたソレからはタレがしたたる。


「政府公表では、ただの、脱走した、北陽本の部隊だってさ」


 焼肉屋のテレビニュースで、昨日の戦闘が放送されていた。脱走部隊で、北陽本の軍部の関与しない、工作部隊ではなかったという『北陽本と南陽本の共同宣言』だ。


 国境近くでは何十人と戦死者が出た。


 しかし、


「はぁ……また陽本円の価値が下がる……ガソリン代て幾らだよ」


「リットルで268円だったな」


「勘弁してくれよ。円安だってな。海外から輸入してるものばっかりなのに、酷い物価だ」


「大企業の輸出は、好調らしいが」


「大企業の貴族が儲かったからなんだ。……とはいえ、庶民なんて明日を生きるほうが先か。給料払いが怪しいんだ。銀行はチャックが緩まない」


「タクシーも同じだよ。乗る社長さまに顔を覚えられる程度はよく会う。自転車はエコで良いな」


「市電でどこにでも行けるさ。都心なら」


「うちの前のバスは廃線だ」


「田舎は辛いな……」


『遠くの世界で死んだ人間』を気にしている者は少なかった。遠い世界では、どうでも良い、あるいは、迷惑極まりないと思うくらいの他人事だ。


「今日を生きるのに必死なのは、わかるんですけれどもね……」


 戦死者は計測中だ。


 3桁はいかないだろう。


 だが、何十人と『迷惑をかけて勝手に死んだ』というのが陽本の国民が感じている正直な想いであることを、優希は感じていた。


「戦果でD-1を8両撃破、捕虜1人。外人部隊の死者がうちの中隊だけで5人。正規自衛隊の死者が6名。陽本の『死者』は『6名も』発生させたと与党が噛みつかれているそうです」


「外人部隊は死者にカウントされないらしい。うん、知ってた」


「海外展開でも民間軍事会社だか警備会社と同じくらいの扱いでボディカウントはするな、と言われるくらいですからね」


「絶望した?」


「いいえ? 訓練を終えて外人部隊に入ったとき、教官に言われましたから。お前らが死んでも陽本政府は決して認めない、忠節を祖国に示しても政治家はお前たちを踏み躙るだろう。しかし我々は祖国の国体に忠義を示し、そこには陽本人という区別はなく、皆が等しい兄弟となる、と」


「ちょっと何を言っているのかわからない」


「私も、教官は頭がおかしいのだろうと内心で笑っていました。他の訓練生もポカンとした顔でしたよ」


 談笑が聞こえた。


 ウィッチ中隊だ。


 戦友の死を乗り越え始めていた。


 初めてでも終わりでもないのだ。


「ヤバい話しが続きますが──」


「──優希、聞きたくない」


「あの戦いで妙な機体がいたでしょう。他の中隊でも見たということがチラホラ。そして面白くないことに、見たユニットばかりで4両、臨時編成の小隊として長距離浸透偵察活動だそうです」


「……マジかよ」


「キーラ、大真面目にです。私たちウィッチ1、グーラ16、ノエル7、ノエル8です」


 なんでも、と優希は続けた。


「龍骨山脈内にある、条約無視の秘密基地だか工場だとかを探してこい、という話があるんですよね。連隊長も言葉を濁しています。あの連隊長がです。机にペンも置かないのに。困っちゃいますよ」


 焼肉屋に響く笑いがひときわ大きくなった。


 肉が焼ける臭いに今更、不快感はないのだ。




 T-1の脚が腐葉土を踏む。


「マンモスと呼んでいるそうです」


「マンモス?」


 メタマテリアルの光学迷彩カーテンを揺らしながら、脚の落ちる位置を外部センサーの情報からAIがオートで調整した。


「未確認機の呼び名です。WTには大柄なのでマンモス、わかりやすいですね。撃破されたとか、回収されたということは、まだ無いそうです」


「森の中をうろついているわけだな、優希」


「北陽本の新型兵器かもしれませんね。わかりませんが」


「前から気になってたけど」


 と、キーラは小さく笑う。


「優希て何なら知ってるんだ?」


 自覚のある優希は目と鼻を寄せた。


 くしゃくしゃの、ブサイクにだ。


「グーラ16、追ってくるのはいるか?」


 優希は最後尾に訊いた。


「AIの診断プログラムは足跡も音も異常を検出していない。目でも見たし、今のところは何も。仮にこれでぴったり付いているなら大したものだ。人間の技術じゃない」


「引き続き頼む」


「了解」


「ノエル7、ノエル8。周辺警戒を厳にしろ。気を抜くな。既に我々は北陽本の勢力圏を侵犯している」


「ノエル7、了解」


「ノエル8、了解」


 4両のウォーキングトーチカは、山間部に隠された北陽本の秘密基地を探した。衛星でも探知できない基地を、推測だけで、明白に領土を侵犯してまで調べる必要性があるのかは考えなかった。


 命令だ。


「嫌な任務に当てられたなマンモスハンター」


「基地よりもマンモスのが気になる」


「グーラ16、ノエル7、ノエル8は同じマンモスを見たのか? WTにしてはかなり大型の車両だった」


「同じだ。熱画像を写真に引いた。たぶん同じ車両だろう。推定105mm砲装備のウォーキングトーチカ……もはや戦車だな」


「T-1なんて一撃で吹き飛ぶ」


「ヤバい任務かも。いつもだが」


 T-1の鋼鉄の脚が焼けた鉄を踏む。


 そこはボロボロの廃墟だ。


 陥没していて、あちこちに焼け焦げた鉄屑、燃え尽きた生物の残骸が転がっていた。


 消し炭は人間だ。


 手足を虫の死骸のように縮めた黒い人だ。


「北陽本のD-1で間違いない。死体は北陽本軍のものか軍属だろうか。……何があった?」


 北陽本の秘密基地は存在していた。


 問題は壊滅しているということだ。


「グーラ16からウィッチ1へ。振動センサーに感あり。何か動いてる。人間よりもずっと大きい」


「周辺警戒を。敵が出てくるぞ。息を殺せ」


「グーラ16より、小隊。近づいてくる。補足されているぞ。ノエル7、気をつけろ」


「ノエル7からグーラ16、どこにいる?」


 優希は周囲を観測した。


 崩落した秘密基地はある。


 残骸になっているWTも。


 だが、まだ動いている敵は見えない!


「動くな。光学迷彩を信じろ」


 優希は言うが、あまり信じてはいない。


 キーラが不安気に見つめた。


 大丈夫だ、と肩を叩く。


 そして“ソレ”は現れた。


「なんてヤツだ」


 巨大なWTだ。


 新生代、氷河期に存在した、今は絶滅した巨獣のマンモスを思わせる巨重が歩いていた。T-1よりも遥かに大きく、明らかに数の多いセンサーで全周を監視しながら、たった2本の脚で歩いていた。


「象鼻が異様だな」とキーラだ。


 マンモスの装甲には大口径機関砲弾のAPFSDSが命中した十字傷が幾つも穿たれている。だがそれは、装甲が分厚い正面はもとより、比較的薄いだろう、背後からの集中射撃でも完全に受け止めていた。僅かにユゴニオ弾性限界から流れた金属と割れたセラミックか何かは見えるが、穴は開いていない。


 マンモスは破壊された秘密基地の様子を一通り見ると、どこかへと消えた。


「振動センサーは南に行った、と」


 グーラ16の報告に、


「南か……」


「追跡する?」


「いや、30mmじゃ貫通できない。それに……報告しよう。持ち帰る。秘密基地は発見した。例のマンモスも。私たちは秘密基地内部にまで侵入して調査する義務も装備もない」


 優希は基地の入り口らしい場所に移動させた。


 黒焦げの死体が、何かを持っている。


 ブリーフケースのようなもので、腕と、手錠と鎖で繋いでいた。


「いや、待て。周辺を警戒しろ。偵察に出る」


「危ないぞ」と言いながらキーラはWTの腹を地上に下ろした。


 優希はライフルを手にしながら、


「気をつけますよ」


 ハッチを開け、注意深く周囲を見る。


 ──熱いな。


 鉄も人も焼けた熱が肌を刺した。


 優希は怪しげなブリーフケースに駆け寄り、死体と一緒に回収しようとしたが、


「……」


 焼け焦げた死体は手首から外れた。


 ボロボロと崩れて、骨が割れるほどの超高温が肉を完全に炭化させていた。部分的には灰色に、真っ白だ


「振動センサーに感だ。AIは中隊規模のD-1と判定した。ウィッチ1、離脱を急ごう」


 グーラ16が、敵の接近を告げた。


 優希はもう1度、凄惨に変わり果てた光景を見て、WTの棺桶に身を滑り込ませた。


 光学迷彩カーテンに身を隠したWTの群れが、ひっそりと、秘密基地をあとにした。

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