第16話「受け身てき運命」
「なんだ、アレは」
言葉にしがたい異様な機械の数々だ。
護符やなんらかのシンボルで、装甲に所狭しと装飾して、顔を出している連中も兵隊というよりは宗教の司祭のように着こなしていた。
「基地司令官は呼んだか?」
「伝令はすでに走ってます」
真守優希はキーラを探したが、彼女のほうが先に優希を見つけていた。
「地下を見せろってさ」
キーラは呆れたように続けて、
「73世界を人間として生きる手段を隠しているとかなんとかって話だ。カルトだからな」
「どうして、73教がマンモスの製造施設を知っているのですか?」
「好意的に考えれば、シンパのネットワークが報告した。悪意なら何か基地を混乱させる活動にリークしたとか」
「意見を聞いてみたかっただけです」
ゲートでの押し問答を見ていたときだ。
「ヴィキャンデル司令官より発令です、真守優希大隊長」
優希がキーラと顔を見合わせているうちに、
「73教のチーム少数を連れて地獄の釜の中へ入れ、とのことです」
地獄の釜とは、基地の地下施設だ。
内側からの強い圧力で扉は破壊され、何かが飛び出して施設の多くと地上までを焼いたらしいということで、危ない場所なのだと呼ばれている。
ヴィキャンデルの指示で封印している場所だ。それが、同じく彼女の命令で開けろと言っていた。
優希の返事は決まっていた。
「了解」
それ以外の返事はなかった。
「ゲートを開け」
AIがコントロールにアクセス、司令官の許可を確認した作業員が地獄の蓋を開けた。
出力のある赤外線照明装置が、人間の目には見えない明かりで照らした。
無人車両や遠隔武器プラットフォームが、内側に向いて、冷たく警戒を続けていた。
「各車両、最新のIFFをチェック。ロボットに撃たれるなんてことはないようにしろ」
WTがタイヤを下ろして走行を始めた。
施設の中だ。
歩くよりも都合が良い。
BROOOM!
短く唸りをあげたエンジンはすぐに止まり、バッテリー駆動に切り替わった。エンジンのピストン運動とは違う、電動のモーターが静かだ。
Viii
「キーラ、ナビは大丈夫か?」
「衛星が使えないからなんとも。加速記録装置が頼りなところある。でもまあ、AIがよく見てくれてるから楽だ。ほとんど自動運転だからな」
優希はWTの頭のように飛びだした赤外線映像装置を回した。彼の覗きこむ低光量モニターには赤外線の照明で反射した映像が映っていた。
「思っていたよりも施設内部は綺麗だな」
地獄の底とは思えない、というのが優希の正直な感想だ。大きな損傷は見えない。
圧迫感のある天井や壁、柱ばかりだ。
「司祭殿、大丈夫ですか?」
と、優希は近くを走る73教の薄気味の悪いWTに通信を繋げた。データリンクも開通済みだ。
「お気遣いなく」と鈴を転がす声だ。
優希は通信をミュートして、
「愛想の悪い女だ」
キーラが小さく笑った。
ミュートを解除して、
「中では、調査に出た人間が何人もキチガイになった場所です。細心の注意を頼みます」
「この程度の試練も乗り越えられなければ新たな世界へ導かれることなどないでしょう」
──宗教は好きじゃない。
だが、合同であるのだ。
無視は、できなかった。
「73教というものは新世界に備えよ、という考えの集まりでしたか?」
「えぇ、そうです、真守さん。73は、73番めに訪れる世界の秘蹟だと信じられています」
「信じられている、ですか」
「本当に信じている神秘とは少し違うのですよ」
「意外です。宗教なのでは?」
「信者の中にはいるのでしょうが、わたしも含めて狂信的に信奉しているわけではないですね。新世界というのも、今の世界が崩壊する先の可能性を見据えているという方が正しいです」
「誤解していました」
「正しい知識にアップデートできましたね」
突然だ──。
司祭一行のWTが脚を止めた。
「全車停止。司祭らを中心に全周を警戒」
行進のため、前進していた部隊や左右に展開していた部隊が左回りに伸びるようにしながらオーソドックスな防御陣形を築いた。中隊単位で防御陣形を作り、幾つもの探針が陣から細く伸びて、襲撃に対しての警戒を強めた。
「どうかしましたか、司祭殿」
「見つけました。感じます」
「何をでしょうか?」
「神の切れ端……いえ……なんと言うのでしょうか。私には言語にすることができません。やることはわかります。全機、『レーギャルンの匣』を展開しなさい」
燐光が遠くに……。
「マップはどうなってるか?」
優希は確認した。
AIが質問に答えた。
モニターでは、地下施設の図面が過密に書きこまれていた。そのうちの一角にズームして、輝点──優希の部隊と73教の司祭たちのWT──が動いていた。
「なんでしょう。図面ではただの空間ですよ」
「秘密基地だ。何をしていたか誰も知らない」
「ですね。──各機、突発戦闘に備えろ。武器のロックを解除しておけ。ただの偵察なら逃げる場面だが、任務は司祭殿の護衛だ。落ち着けよ。精鋭で、戦友たとがいつもそばにいることを忘れるな。お前たちはいつだって1人ではない」
──デジャブか?
優希は奇妙な既視感を振り払った。
「何をするのですか?」
「簡単に言えば不活性化です」
司祭らのWTが『存在しない淵』に立った。
燐光が、WTを照らしあげ、
「綺麗……」とキーラがこぼす。
幻想的と錯覚させる美しさだ。
「キーラ、前に出してくれ。釜の底が見える位置に。他は周辺の警戒を。気を抜くな、気狂いの幾らかは地下で行方不明だ」
──なんだ、アレは。
「センサー、ズーム」
まだ遠い。
「ズーム」
表現する言葉を思いつかない何かだ。
淡く発光していて、自然に作られた鉱物とも生物の残骸ともつかない塊であり、それは燐光を発しながら、心臓の鼓動と同じ間隔で微かに鳴動しているように、僅かに光が強まることと弱まることを繰り返していると、センサーの数字は示した。
「5両、降りなさい。気をつけて」
荘厳風のWTたちが、物体に接近した。
「見ていると不安になります」
「真守さんは、D仮説を知っていますか?」
と、司祭は訊いてきた。
「ドラゴン仮説ですよね。今の地球の地理に影響を与えたのは、小惑星帯から飛来した隕石で、マントルまで貫通して流れを変えて、プレートも変えたという仮説です」
「そうです。仮説の補強で有名なのは、ソルバル大陸ですね。元々は南北に分かれていたものが、不自然に衝突した結果、1万mクラスの大山脈になっています」
「関係があるのですか?」
「わかりませんよ。ですが、我々はアレがドラゴンの断片で、神々の切れ端だと思料しています」
「ファンタジーですね。幻想的ではありますが。……電磁波を放っている、ですか」
「エネルギー源は不明ですよ。ある種の言葉にも変換できるそうですが……詳しくは私にも。ただ、あまり浴びると発狂するということは経験則として知っています」
「ヤバイ物だということはわかりました」
レーギャルンの匣……見た目はナイフのような物体が、5両のWTから5本、突き刺された。
電磁波も燐光も弱まり、やがて消えた。
「動かすことはできません。だからこそ基地を建てたのでしょう。できるのは、周囲の土ごと宇宙空間へ打ち上げる施設と機材を作るだけです」
Pi
モニターに未確認機の輝点が発生した。
データリンクで共有した『何か』だ。
ZUM……
爆発音が響いた。
Pi
末端で警戒していたWTが1両、消えた。
「襲撃! 襲撃! グーラ10が喰われた!」
「クソッ、待ち伏せか。熱も音も何もなかった。トリプルチェックで警戒していたのに、心臓まで止めてたってのか!?」
「敵、8両を確認した! すでに交戦中!」
DOM
BABABANG
「付き合うな。下がるぞ。ウィッチ中隊、敵を引き離せ。グーラ、ノエル、アリスは支援しつつ乱戦から離脱しろ。支援を忘れるな。寄せ付けないことを最優先。弾幕とスモークだ。スクリーンを作れ」
優希は直接指揮以外のウィッチ小隊へ、
「敵は同型機だ。気を抜くな」
DOM!
DOM!
DOM!
DOM!
DOM!
30mm機関砲弾を適当な修正で撃つ。
弾幕のスクリーンで敵WTにジャンプを強要した。逃走までの時間稼ぎには充分だ。
付き合う必要はない。
PON!
PON!
PON!
大隊のスモークディスチャージャーから煙幕の擲弾を指揮権限でオーバーライド、AIに演算させて可視光も熱も遮断させた。
「司祭殿、はやく引き上げましょう。長くは待ちませんよ」と優希が繋げば、
「5両とも戻りました。すみません、支援します、戦えます」
「拒否します。一刻も早く離脱を願います。司祭殿らは護衛対象なのだから下がれない」
「ッ、わ、わかりました!」
──気負ってるけど慣れてないな。
キーラが、
「私、あんなのでも嫌いじゃないかも」
「私もですよ、キーラ」
AIが加速度を計算。
ターゲットをロック。
撃発ボタンを押しこんだ。
DOM!
30mmAPDSが跳弾した。
GUTYA
「……」
WTからキーラを解放した。
優希は肉塊になった彼女を抱く。
数個に分かれたものを袋に入れた。
手は乾きようがないほど血塗れだ。
「キーラさんは……」
と、司祭が言っていた。
優希は何事もない冷静で、
「横からの貫通弾です。機関砲弾が直撃して、バラバラに。即死でした」
優希は若い人間を捕まえて、湯を張ったバケツと雑巾を頼んだ。すぐにやってきたそれでWTの車内を荒い、血肉をぬぐった。
湯気のたつバケツで雑巾を洗う。
固まっていた血が真っ赤に、溶けて広がった。
「まだ、いたんですか」
司祭のフードは外れていた。
その顔は『グレンと同じ』だ。
「私たちの責任です。外人部隊に大きな被害をだしてしまって──」
「──そういうのはいいです」
優希は怒るわけでもなく、ただ言った。
「生存者は5名です。44人いて、39名が戦死しました。生き残れたのは幸運だったでしょう。生き残った私を除いた4人は、新兵として先に行かせた連中です。実際、全滅でしょう」
「……」
優希の握るメタルチェーンが音をたてた。
握りこまれたのはキーラのドッグタグだ。
機関砲弾に砕かれた、残った半分だった。
第4章:『妖精と神と寄生虫』完
第4章まで付き合ってくれてありがと。4章の末では大きな変化があったね。物語の前半はこれでおしまい。5章からは、また雰囲気が変わるかもだ。
感想は受け付けているよ。何か要望とかあったら書いてね。もしかしたら採用するかもだけどそこは気まぐれだ、猫のように。
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