第15話「たくさんでひとり」
キャロはWTの中で包まれていた。
彼女の『姉たち』の体そのものだ。
ウォーキングトーチカは、ドライバーとガンナーが一体になる車両だ。戦車や装甲車以上に、そして最初に強い一体感としてAIの補助を採用した車両もWTだ。
AIを介した車両の決定的な違いは、人間が機械として異物である抵抗のクッションとして機能したこと、そして濃すぎる人間性にもクッションを置いたからこそ、人間同士でさえ相互受容が強まったこと。
人間は、言葉ほど人間が好きではないのだ。
TATATAM!
夜陰の銃声にも慣れていた。
キャロは守ってくれると信じていた。
「お姉ちゃん」とキャロが呼べば、ドライバーシートに固定され、サッカーボールほどの頭部センサーを動かして蜘蛛の目のような硝子の目が振り返った。腕のロボットアームは、ハンドルに固定されたままだ。
「どうしたの?」とマイクから電子音声だ。
「グーラ16は何か言ってた?」
「何も言ってないけど……どうしたの」
「ん、ちょっと気になった」
「真守隊長のことなのかな」
「そんなとこ。グーラ16を嫌っているなら、嫌いになれるから」
Zi-Zi-Zi
演算機が動いていた。
「妹たちも悪い部分は見ていないわよ。いや、ないわけではないけど……」
「お姉ちゃん、何?」
「何日かお風呂に入ってない子をひん剥いて、猫を洗うように洗濯していたことくらい」
「あー」
「映像を再生する?」
「見てたからいい」
「……」
「……」
Zi-Zi-Zi
「キャロは、好きになりたいの? それとも殺したいの?」
「今更、考えは変えられないよ、お姉ちゃん。だって教えてこられた全てなんだもの」
「それで、お姉ちゃんを呼んだ理由は?」
「グーラ16と仲が良いでしょ、優希を襲わせて。もっと男を試さないとわからない」
「よくない」
「わかって」
「……ベース3310の行方不明は名簿から消されてる。戦死者ではなく脱走者として年金の節約をしているかも。気をつけて」
「亡霊でもあらわれる?」
「龍骨山脈には昔からおかしな噂が多いから。世界中に、変なスポットというものはあるんだ。ベース3310も……」
「妖精の声とか?」
「知ってるなら話が早いかな。幻聴と気狂いになる声だよ。100年前に初めて大きく知られたとき、それは寄生虫のせいだと考えられてた。今でも宿主はわかっていないし、特別におかしなムシは見つかってない」
KON!
KON!
「入れ」
「失礼」
双子で1人のグーラ16が、開きっぱなしの扉をノックしていた。
「前後が逆ですよ」
「今日は裏面で話だ──痛い! 痛いて!」
グーラ16は、普段は後ろを向いているそっくりな顔の頭突きを受けた。
「今、暇かい?」
「暇なら忙しくはないですが」
「仮眠を邪魔して悪かったよ」
優希はズレていた略帽を脱いだ。
「不穏な動きをしていたクレムリ協力者を拘束したかな。尋問はしてない」
「被害はありましたか?」
「長距離通信を出してただけ。あとは、座標を送ってた。弾道弾だか何かの誘導かも。クレムリは自分たちが止めたとしてる戦争を再燃させたいみたい」
「停戦は不本意ということでしょうね」
「噂では国連の発表前に実質的に停戦してたからよ、絶対に。主導権を仕切りなおしたい」
「死ぬのはクレムリ人ではないしね」
「少なくとも、数は多くはないから」
「それで、どうしましたか?」
「グーラ中隊の連中で少し相談だよ。奇形や欠損が纏まってるけど、今回の再編成でいくらか軽い人間が混じった」
「苦労しますね。視線ですか」
「うちらはいいけど、手足を切断している輩と、癒着している人間、いちじるしく普通の人間とは思えないような形で部隊が分裂してる」
「グーラ隊の隊長に一任していることです。全体を見る、私の仕事ではありません」
「バッサリだ」
「グーラに障害者を集めているのは事実です。しかし適正検査で能力を認めています。戦闘能力に問題はないし、WTに乗りこむことができれば外見の違和感もありません」
「同じ車両に乗るときはどうしようもないけど。化け物と一緒に詰められるのは精神に負担だよ」
「配慮しましょう。ゲームでもして親睦を深めてください。わがままだけでは許すこともできません」
「……」
「テレビゲームは無理を押しても搬入しました。衛星通信でネット接続もです。負担でしょうが仕事です」
「仕事なら仕方ないか」
グーラ16は眉を困ったように下げ、
「グーラで意見があるのは覚えといて」
それと、とグーラ16は続けて、
「キャロに真守を襲えと言われてる」
「そうですか」
「拘束する?」
「放置ですよ」
優希は大した問題ではないと、その話を終りにした。
「どうしてだ?」とグーラ16は訊いた。
「暗殺は軍法会議にかけるまでもなく死刑になるだろう事件だよ。手引きをするのも、実行者もだよ」
「暗殺という事実は確認されていないので存在していません。仮にあったとしても、子供が戯れに書いた妄想で、子供を裁判で処刑するようなことはそう無いでしょう」
「見逃すわけだ」
「見逃すというよりも存在していないだけです」
「なかなか機会がないからさ。あなたとは話しておきたかった不思議なことがたくさんある」
「書類仕事の片手間でよければ」
「怖くないのか? 奇形は奇形でも、この姿にしたのは寄生虫のたぐいだぞ」
「グーラ16がキャリアーであれば、とっくに部隊は全滅しています。仮に外人部隊を壊滅させる、歩く生物兵器として送り込まれたものだと仮定しても、潜伏期間は最低でも9年……戦死者の寿命よりかなり長いものでしょう。
陽本の外人部隊は万年最前線です。ずっと生き残り続けることは難しい」
「問題はないと」
「いちじるしく身体機能を低下させるならともかく、大したデメリットもない。それでも言うなら、グーラ16の奇形、障害者の姿が若干の嫌悪感を作っていると言うことくらいでしょうか」
「ハッハッ! ハッキリとモノを言っちゃうね」と、グーラ16は前と後ろの2人で同じように笑った。
優希は、ふと、
「外が騒がしいですね」
椅子から離れた。
略帽を被った。
「話が以上であれば暇をください」
外では、警備が慌ただしく走っていた。
「ゲリラか?」
優希が1人を捕まえて聞けば、
「宗教の人間です。ただ、重武装です」