第14話「ジブリルスタンの魔物」
気持ちの悪い場所だ。
真守優希の素直な感想だ。
湿気が強く、機械を作る場所とは思えない。
室温も高かった。
額に汗の玉が浮かぶ。
「護符だらけですね。映画で、恐ろしい怪物を魔法とか不思議な力で封印しているシーンで見たことがあります。座敷の開かずの間も」
──73教の護符と同じだ。
よくよく見れば、文字というよりは絵だ。
「仕組みは知らん。だが孵化機と呼ばれていたエリアだ。水槽の中身は機械とも生物とも思えないもので、クレムリが接収しようと探していた場所だ」
もっとも、と、グレンは続けて、
「まだ地下50mもない。本当に封印されているのは2桁の階から。外人部隊の半分が科学者の護衛にいって、ほとんど戻らなかった。それはまだ見つかってない」
キーラが優希と目を合わせた。
「なぜ教えてくれるのですか?」
「声を小さくしろよ?」
グレンはささやいた。
「クレムリの軍隊ヤクザが、ジブリルスタンで投入したプロトタイプを陽本に売った。売り手を処刑したのは我々だ。だが、買い手は生産施設を整えて、気がつけば龍骨山脈に基地を作っていた」
「フラメル博士ですか」
「そうだ。あれは、超大国や列強の支配をとことん嫌って、大国を転覆させる兵器を開発していたんだろうな」
「グレンは反乱を鎮圧する秘密部隊てところでしょうか。スパイ機関とか、暗部とか」
「……そこまで高尚じゃない。大規模な軍縮の前に口減らしで金蔓を奪ろうとする軍隊ヤクザは多い。すでにクレムリの崩壊を見越して武器弾薬の備蓄を始めている将軍もいると聞く」
「混乱に乗じて商売ですか」
「今のクレムリでは阻止も不可能だ。驚くな?」と、前置きして、
「崩壊を防いでいるのはソルバルだ。2大超大国のライバルが敵を用意しておきたいと身銭を切るのだから滑稽だ」
「敵は必要です」
「そのとおりだ」
一部だ。
優希は見た。
生物のように見えた。
だが機械である存在。
「クレムリがジブリルスタン侵攻で投下した、お嬢さんがたの末裔だ。ソルバルは落し子を欲しがってるわけだ」
「もっとも、これはヒルコで価値がないが」と、グレンは言った。
優希を見ていた。
「何だったのですか? ジブリルスタンに投入した『天使』の正体というのは?」
「天使か。少しは知ってるらしい」
グレンは情報を明かした。
ジブリルスタン──。
荒れた山々が並び、凍えるほど冷たい土地だ。それでも故郷とする人間は数多く、多くの民族を抱えていた。
「投下30秒前だ。ランプ開けろ」
「グリーンベレーと聖戦士どもに効果があるのか? こんなものが。地上では苦戦していると聞いたぞ」
「だから落とすんだ。空挺はクレムリの得意技だからな。2機、パレットを確認した」
「いけるな。……不気味な連中だ」
「機械だよ」
「見えん!」
点灯がグリーンへ。
ランプが機外にパラシュートを開いて押し出された。レールの上を滑っていく2機と、目があう。
「……不気味な目だ」
コクピットに、
「無事に投下を確認しました」
パラシュートが空に開いて、ゆっくりと落ちていくのが見えた。
UEEE-
ランプが閉まっていく。
──何を投下したんだ?
「成功だな。アレが使えるかは我々の仕事ではない。輸送機で深く行くのは危険だ。ゲリラどもはソルバルから対空サイトの一式まで提供されたらしい」
「ビデオだよ」
「例の化け物のをダビングした」
「機密だろ」
「あんなの隠せるかよ」
基地のテレビで見ていた。
映像は地球ではない惑星のようだ。
SF映画の最終戦争のように、ジブリルスタンの荒れた白い山は、跡形もなく焼き溶かされていた。
巨大な生物から体から酸を出しながら這ったように醜く変形している土地を、記録係がビデオを回しながら歩いていた。
僅かに揺れて、荒い息遣いは疲れからだけではないのだろう。
「機長。我々が落としたアレはなんだったのでしょうか? アレは……」
「グレン。お前が訓練過程で落とされたパイロット候補だからと、パイロットにだけ知らされるべき情報を要求することは間違いだ。お前に責任を負うことはできない。知りたがりめ」
「4交代での警戒任務の編成を終えました」
「うん、お願いします」
「食料の供給が遅れています。ゲリラの仕業ですね。輸送車が襲われてる。紛争のあとに活性化するいつものです」
「山岳地帯です。戦車や歩兵戦闘車は頼れません。丘というには崖ばかりです。無人機の監視ネット構築、急いでください。思考地雷を渡します。配置は……」
「逮捕したゲリラはどうしますか?」
「ヘリコプターはいません。空荷のトラックで送ります。不足分はクレムリのものを徴発しています」
「周辺部族から交渉が来ています」
「会議場に案内してください。武器の確認を忘れずに。ヴィキャンデル基地司令官に内線を繋げ」
「定期検診とワクチンを打つ周期を変更すると言ってきています。それと、検診もワクチンも受けていない隊員がいるとの警告されてます」
「わかった。強制する。ファーガソン! 部隊を編成、リストした連中を拘束して保健所へ連れて行け」
「フリーダがまた猫を捕まえてきたのですが」
「防疫が優先だ。人も動物も。次!」
「大型のヘリパットの修復が完了しました」
──協力者待遇で呑気なグレンは今頃ネットゲームか。衛星が開通したしな。
Kiii……
ベニヤに土嚢で補強された小屋の中で、貧相な椅子が軋んだ。
──肩が痛む。
優希はウォーターサーバーから水をひねり、粉末オレンジを混ぜた。ガソリンの臭いがした。
大した問題ではない。
『精神錯乱に関する報告』
優希はまだ決済されていない書類束を崩した。
仮説基地では、未知の精神疾患が広まっていた。当初は龍骨山脈特有の新種、寄生生物の類いと思われていた。だが、また確認はされていない。衛生部門が頭を悩ませている問題だ。
妖精が囀る。
罹患者の言葉だ。
──昔の小説で読んだな、そんなこと。
内線を繋ごうと受話器を持ち上げたが、どこかに繋ぐ前におろした。
「フラメル博士は何を作りたかったんだ。ベースは、ジブリルスタンで投入された機械生物だとわかったけど」
足下にいる存在にも頭を悩ませた。
73教とも繋がっていた怪物なのだ。
73教の手はフラメル博士が関わっていた施設にあった。フラメル博士が73教徒の可能性だ。ならば、教義に基づいてマンモスを建造したのではないか?
73教とは何だ?
73番めの神秘に対して、新世界に適応しようという宗教のようなものだ。
72番めの世界が今なら、71番めの旧世界は微塵も知られてはいない。世界が変わるとき全てが一掃されるなら、人類が積み上げたものは73番めの奇蹟で一掃されてしまう。
文化と意思を次に継承させる、組織だ。
「グーラ16に73教は新しい形と言っていたらしいな」と、優希は病院でキャロから聞いた話を思い出していた。
──奇形でも人間だぞ。新しいなんて……。
待て、と優希は考えを変えた。
グーラ16だけではなく、その場所にはノエル7とノエル8のドライバーもいた。生命維持装置と最低限の組織で保存されているサイボーグだ。
「話していたのは、グーラ16ではない?」