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第1話「越境する陽炎」

 BAM!


 BAM!


 BAM!


 30mm機関砲のキックバックが揺らした。


 隣のドライバーがアクセルを踏み込んだ。


 ピクトべスク製の多脚歩行車が、プログラマーが組み上げたパターンに従って4本の脚を忙しなく動かした。


 ──次は……。


『訓練生、命中だ──』


 切りかかれたヘルメットのヘッドフォンへ、雑音の混じった教官の声が、


『──次は山向こうに隠れた北陽本の戦車を探せ』


「了解」


 T-1と呼んでいる。


 戦車……WTと呼ぶウォーキングトーチカが30mm機関砲を背負ったままに跳んだ。


 険しい高低差を、戦車では不可能な範囲で足を持ち上げて掛けては、駆け上がり、走り抜き、車体を調整して急勾配から頭を出す。


 T-1の深い俯角に達した機関砲が、北陽本のD-1多脚歩行車……を、模した標的を撃ち抜いた。


 BAM!


 BAM!


 BAM!


 薄いベニヤ板に3つ、炎が一瞬あがり、穴が穿たれている。


『命中だ』


 教官はフラットな声で報告した。


『次の訓練生、演習場に入れ』


 真守優希は、軽く息を吐きながら訓練機を走らせた。遥かに歳上の、教官の1人であるドライバーに震えるような声を隠して強く命令した。


 気合いを入れ直した。


 訓練は終わったが、終わってはいない。


 野戦駐機場には、同じ訓練生が、そして同じ多脚歩行車が数多く並んでいる。


 南陽本の陸上軍──に配備予定の訓練生だ。


 優希は都会暮らしに失敗した。


 四国の華夏民国、中央のソルバル合衆国、ましてや北の旧クレムリ連邦系にも馴染めず、産まれ故郷であるピクトべスク占領の陽本へ帰ってきていた。


 陽本は、決定的な敗戦から引き裂かれて半世紀以上……いまだに占領軍によって4つの国家に分裂したままだった。


 だが、真守優希の産まれる前のことだ。


 優希にとっては“これ”が陽本であった。


 ZUVO……。


 遠くから砲声が山の合間を抜けてきた。


『何をやっとるかぁー!』


 教官の怒声が響く。


 山の先、ずっと向こう側。


 そこでは同じ陽本人がいて──敵国だった。




 テレビのチャンネルを回す。


 アニメ放送は中止されていた。


 臨時ニュースだとか緊急速報だ。


「静かに!」


 誰かが、食堂を静かにさせた。


『本日未明、北陽本からの侵入による衝突による死者は2名に増え──』


「北は反乱軍だって報道らしいぞ」


「亡命者だろ。昔はよくあったと聞くが……」


「宥和政策と陽本円通貨協定が締結して、人間も金も、列島経済圏でまず統一しようてなっている時期にか?」


『現在、要塞線の師団から戦車部隊、即応機動連隊を展開させ都市部への侵入を食い止めるため活動中です。市民の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、外出を控え、道路の使用を制限させていただきますこと──』


「戦車なんて役に立つのかよ」


「北の張り付け師団への牽制だろ。陽本海方面の沼地をポンプで平野にして戦車を動かせるようしたときは開戦直前だった。今も通行可能だ」


「背骨みたいに山脈が真ん中を割っているんだ。こっちにはこないよ。反対側だ」


「東で浸透か。珍しいな。だが確かに陽本側に来るには龍骨山脈を渡る必要がある」


「WTだから乗り越えられるぞ。陽本は半世紀以上、WTの山岳運用を研究してきた。北も同じだ」


「チーフテンがトレーラーに載ってる!」


「北のT-64が動いたのか?」


「わからん……」


「アイツら60tはあるのにどこで走らせるんだ」


「列島改造計画を知らないのか? 高速道路だって主力戦車は走れる強度だよ」


「アレって今、経年劣化が問題になってない?」


 優希は食堂から出た。


 賑わいを背中にした。


 カツカレーだった食器を返した。


「アニメ、残念だったスねー」


「あんまりアニメばかり見るなよ」


「ゲームしましょうよ、今ならやれる」


 優希の所属する陽本外人部隊、愛車であるT-1のガンナーがひょっこりとついてきた。


 規則ギリギリの刺青が腕にある。


 箒にまたがった魔法少女だった。


「キーラさん。陽本の文化をアニメとゲームしかないみたいに言うのはやめてくださいよ」


「漫画もかな?」


「勘弁してください」


 刺青は、T-1に描かれたものと同じだ。


 ガンナーのキーラは魔法少女が好きなのだ。


「陽本の文化は好きですよ」


「アニメとゲームと漫画がでしょ」


 優希はため息を吐きかけて飲みこんだ。


「学者崩れがオタクを馬鹿にしてる!」


「してません!!」


「大学の落ちこぼれのクセに!」


「誰が落ちこぼれじゃぺちゃぱい女!」


「差別主義者! ひどいハラスメント!」


「こっちのセリフじゃい」


「中退したクズ?」


「違う! ちょっと馴染めなかっただけで、あと大学ではなく都会にです。私を馬鹿みたいに見るな」


「可哀想……」


「可哀想言わないでください」


「俺は大学からの特技で来たから上です、凄く上ですね」


「キーラ、資格、私もありますから」


 ゲーム室に先客はいなかった。


 キーラがコントローラーを握り、メーカーが改造と分解禁止とシールしているのに何度も破られたハードのスイッチを入れた。


 マジプリセーラー。


 ……パワード魔法少女のFPSだ。


「家よりも回線が太いからオンラインはかどる」


「はかどらせないでください」


「ほら、優希もプレイヤー!」


「苦手なんですよ……前にやったときは空爆されて酷い目にあった印象しかない」


「カバー命」


「は?」


 コントローラーがカチカチと鳴った。


 BAOM!


 PAPAM!


 QWAOOO……


 BUFOOOM!!


「原子炉に2人。カバーして」


「固めた。──ワンダウン」


「スタングレネード、今」


「後ろに続く」


「ワンダウン、ワンダウン」


「もう1人はどこだ?」


「クソッ、やられた」


「いた。ダウン、ダウン」


 敵はチケットを使いきった。


「おっ、やってるな」


「勝ってる?」


「1勝中ー」


 T-1ドライバーやガンナーたちが集まる。


 ニュースに飽きてきた連中だ。


 陽本の森林迷彩を制服に、足に履いている軍靴は固く縛っていた。


「PVPなんてチーターばっかだろ」


「いやいや、今の環境は良いぞ」


「自衛隊のチーム組んで大会出たのがバレたばかりでよくやるよ」


「WTのソフトやれよ、俺らT-1乗りだぞ」


「ウィッチはT-1に乗るぞ」


「マジかよ。俺にやらせろ」


「万年ドライバーが、でしゃばんな」


「お前が撃つのいつも味方の尻だろ」


 ゲームに興じていた。


 わいわいと騒がしい。


 優希とキーラは交代だ。


「北陽本だけど──」


 キーラがジュースサーバーからリンゴジュースのカップを2つ用意して、


「──基地に近いな」


「山の向こうです。T-1でも5時間コース」


「警戒しなくて大丈夫なのか」


「非武装地帯は、武装していないUAVドローンが陸と空で張ってる。まったく見つからずに突破は難しい。ジャミングもないし、開戦直前の配置まではいかないでしょうね」


「斧と小石を持って共同警備エリアでやり合ってるわけではないでしょうに。WTが国境越えは重大なのでは?」


「一大事。でも命令が出ていないなら、基地を出られない。何より、WTの浸透なんてお互い様です。窓、見てください」


 基地の外には完全装備の警官隊が自衛隊基地を包囲していた。大型車両に、警察用の白いWTが睨んでいた。


 戦争を始めかねない自衛隊を監視していた。


 正確には自衛隊の外局である外人部隊をだ。


「外人部隊だからと……キーラ、コレでも陽本人としての国籍を部隊での任期完了でえているのに」


「外人部隊の多くが生粋の陽本人ではないから、とは違いますよ。政府と警察は自衛隊を信用していないんです。……国民もですが」


 キーラがスマートフォンを出した。


「政府発表とかありますか?」


「特にはないねー」


「ぶっちゃけ、報道局のが命令より早いことありますから、見ておきたいですね」


「優希はミーハーだな」


「キーラて日本語読めます?」


「読めるよ!」


 あっ、とキーラが漏らした。


「非常事態宣言だ」


 BEEEP!


 基地のサイレンが鳴る。


 戦闘に備えての待機だ。


「待って! デスマシーンをしばくから!」


「行くぞ! 電源を落とせ」


「チクショー!!」


 BEEEP!


 基地にサイレンが鳴り響いた。


 T-1にドライバーとガンナーが乗り込む。


 パワーパックに火が入った。


 排気管から高温のガスが吹きあがる。


 WT着込む、メタマテリアルで光を歪める光学迷彩のコートが熱風に揺らいだ。


「空吹きやめろ」と優希は、キーラがT-1のアクセルを踏むのを嗜めながらヘルメットを留めた。


 キーラが生唾を呑んだ。


 スロートマイクが荒い息音を拾う。


「ウィッチ1、準備完了」と優希だ。


 ウィッチ2、3、4……16が準備完了した。


 ウィッチ中隊、待機。


 グーラ中隊、待機。


 ノエル中隊、待機。


 アリス中隊、待機。


「訓練……か?」


 優希は目をHMDで覆いながら、外部視察装置で装甲越しに外を見ていた。


「いや、違う」


 出撃命令だ。


 優希は電子データとして送られてきた命令を確認した。北陽本から越境してきた『敵』WTは北陽本追撃部隊を撃破、待ち伏せていた陽本の阻止線を突破して山越えをはかり監視を切った。


「基地のWT連隊で山狩りしろ、と……」


「64両もなんて正気なのかな。陽本の政治とは思えないかな」


「同感だけど、命令です。キーラ、前に出せ。中隊全機、我に続け。行儀良くな。外には警官隊がいるぞ」


 WTが重い脚をあげた。




 SHU──BAKOM!


 陽炎のように揺れた。


 メタマテリアルの光学迷彩を着込んだWTが亡霊のように山岳地帯を走り回る。


 過給機が薄い大気を圧縮してピストンを爆発させて、高度にプログラムされた脚部がアクセルの踏みこみで跳んだ。


「各車、2両で相互支援! 小隊を解け、教本通りにやると木に引っ掛かるぞ!」


 100年近く放置され、鎮守のままに育った巨大な森林を質量砲弾が飛び交った。


 WTが崖のように聳える山を駆け上がり、砲塔だけを覗かせた。大自然の地形と森に隠れた砲塔はしかし次の瞬間には、データリンクした敵の斉射に木々諸共吹き飛ばされた。


 砲塔を貫通した徹甲弾は高熱の破片となって暴れ、散弾となって、弾薬庫を引き裂く。


 装薬に引火した。


 ブローオフパネルから火炎が噴き上げた。木々を焼く激しい燃焼は大量の有毒ガスを撒き散らす。


「脱出するなよ。車内を陽圧に保て、ガス発生中」


 BAM!


 BAM!


 DOKOM!


「北陽本のD-1だ。30mmだぞ、正面を向けていればそうは抜かれない! 背中を向けるな、足場をしっかり抑えるんだ」


 忙しいな、と優希は愚痴た。


 KAM!


 KAM!


「機関銃が当たったぞ」


「擦り傷です。足場が悪い」


 背後の山に対戦車ミサイルが命中した。


 大量の土砂が吹き飛ばされて雨だ。


 T-1の装甲に土砂が次々とぶつかる。


「北のバッタめ、速いな。照準が合わないぞ」


 ウィッチ中隊は所属不明の……北陽本のD-1多脚歩行車の部隊と交戦していた。


 30mm機関砲が山岳を縫うように飛び交い、長年に無視されてきた森の木々を穿つ。


 ウィッチ各機は山道から飛び降りて戦闘を継続しているが、苦戦していた。


 待ち伏せされたのだ。


 BAKOM!


 BAM!


 ZUVO!


「くそッ」


 エアバーストした砲弾の破片が降り注ぎ、光学迷彩のローブごと切り裂かれたWTが擱座した。


 逆にウィッチ中隊が放った対戦車ミサイルの直撃を受けたD-1が爆散する。


 虫のように駆け上がり、下り、激しい陣地転換を山間部の厳しい環境で繰り返した。


 撃破されたWTは山を滑り落ち、沢でオイルを流したまま死んでいる機体……。


 消耗戦だ。


 だが、


「引いたのか?」


 戦闘は唐突に終わった。


「HQ、こちらウィッチ1、所属不明機が後退する」


『把握した。ウィッチはポイントを維持せよ』


「ウィッチ1、了解」


「所属不明機なんて嘘っぽい」とキーラは、T-1のセンサーで周囲の熱を探っている。


「まだ確定していないからな。何を目的にしているんだか。生存者を探せ。敵も味方もだ。自爆に注意」


 中隊内ネットワークで被害は把握していた。


 16両のうち損害が5両、死者5名、後方へ送る負傷者が1名。


「キルスコアを刻んでも、こう仲間が死ぬのは困る。T-1は失敗作なのか、優希」


「わかりませんよ、キーラ」


 ──霧が……。


 濃くなっていた。


 所属不明の北陽本歩行トーチカが撤退を始めた頃合いから発生していた。


「今の時間にか? 陽が高いのに」


 優希は外部視察装置を回した。


 霧向こうを、赤外線が透かす。


 肉眼ではただの白いカーテン。


 しかしそこには、いたのだ。


 巨大な機体だ。


 北陽本のD-1でも、南陽本のT-1でもない。


 2本の脚を持ち、象の鼻のようなバランサーか何かが取り付けられた特徴的なWTだ。


 微かに砲声が響いた。


“それ”は深い霧の向こう側へと消えた。


 敵対した所属不明部隊が完全に捕捉されて、そして全滅したということをニュースで聞くのは、それから6時間も後になってからだった。


 霧の中で見たWTは、含まれていなかった。

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