ハリボテ聖女は逃げ出したい ~聖女になりたくない姉の身代わりで聖女のふりをし続けていますが、そろそろバレそうで心配です。バレて追い出されないように頑張らないと……~
「聖女ステラ、君は嘘をついているね?」
「え……」
私の専属騎士で婚約者のフランが、何の前触れもなく突然言い放った。
私はびくりと身体を震わせ、彼の顔を覗き込む。
彼は初めて見せるような怒りの表情で、私のことを強く睨んでいた。
「う、嘘? 一体なんのことでしょう?」
「惚けなくていいよ。もうわかっているんだ」
もったいぶるように彼は口を噤む。
私はごくりと息を飲む。
そして彼は、冷たい声で言い放つ。
「君が本物の聖女ではなく、ただの魔法使いだということは、もうわかっているんだよ」
「――ち、違っ」
「違わないだろう? 癒しの力を使う時、君は祈りではなく魔法を使っていたね?」
「そ、それは……」
事実だから言い返せなかった。
私には聖女の力がない。
あるのは常人を遥かに超える魔力と、魔法使いとしての才能だった。
癒しの力はなくとも、魔法で傷は回復させられる。
簡単な奇跡くらいなら、魔法で再現することができる。
そうやってだましだまし聖女のフリを続けてきた。
それが今……
「君にはガッカリだよ、ステラ」
バレてしまった。
きっかけはどこだったのだろう。
もはや考える意味はない。
知られてしまった以上、言い逃れは出来ないのだから。
「正直裏切られた気分だ。ずっと俺のことを騙していたなんて」
「そ、それは違うのフラン!」
「どこが違う? 君は俺に嘘をついていた。俺を好きだと言ってくれたことも、本当は全部嘘だったのだろう?」
「違うわ! 私はちゃんと貴方のことを愛しているわ!」
ずっと嘘をついていたことは認める。
だけど理由があるんだ。
私は自分から望んで聖女を演じていたわけじゃない。
それでも彼を好きなこの気持ちだけは本心だと。
訴えかけても、彼の心にはもはや届かない。
「……悪いけど、君の言葉は信じられない」
「そんな……」
いや、何を落ち込んでいるんだ。
こうなることは予想できていたはずだ。
偽物の……側だけのハリボテ聖女を演じることになった日から。
「さて、発覚した以上、もう君は聖女ではなく犯罪者だ」
「ま、待って! それには理由があるの!」
「理由があろうとなかろうと、聖女を騙ったことは重罪だ。よくて永久投獄……最悪、死刑も覚悟しておくと良い」
「し、死刑?」
そ、そんな!
私殺されちゃうの!?
「君を王都へ連行する。護送は他の騎士に任せよう。俺は気分が悪い」
「ま、待ってフラン! 話を聞いて!」
去っていくフラン。
その後ろ姿は悲しそうで、寂しそうで。
私が何度呼びかけても、彼は振り返ってくれなかった。
◇◇◇
「待っ――……あれ?」
という夢を見た。
窓の外から朝日が差し込んでいる。
空は雲一つない晴天。
時計の針は、朝の七時半を指し示していた。
「び、ビックリしたぁ……夢だったのね」
心からホッとする。
私が偽物の聖女で、祈りではなく魔法で聖女のフリをしていて。
ずっと騙されていたことに怒ったフランに言及され。
散々悪態をつかれた後で、罪人として連れていかれる。
そんな突拍子もない悲劇……
普通にあり得る未来だから余計に怖い。
だって、全部本当のことだから。
私は聖女として活動しているけど、本物の聖女じゃない。
魔法で誤魔化しているハリボテ聖女だ。
ただ、夢の中でも言おうとしたことだけど、私だって好きで聖女を演じているわけじゃない。
全ての元凶は……姉さんだ。
二年前――
◇◇◇
「お願いサテラ! 私の代わりに聖女になって!」
「……え?」
突然、双子の姉のステラがよくわからないことを言い出した。
私は首を傾げて聞き返す。
「何言ってるの? 聖女はステラでしょ?」
「だーかーら! サテラに聖女のフリをしてほしいって言ってるの!」
「……無理だよ」
「どうして? サテラなら出来るわ!」
普段は大人しい性格のステラが、この時ばかりはグイグイきた。
何か深い事情があるのだろうかと思い、私は彼女に理由を尋ねてみたのだが……
「屋敷から出たくないのよ!」
「……そんな理由なの?」
予想以上に浅い理由で逆に驚かされた。
どうやら屋敷が好きすぎて、外に出るのが怖いらしい。
確かに聖女は大聖堂での見習い過程を終えると、国土各地の教会や聖地へ派遣される。
自分で場所を選ぶことは出来ない。
それが嫌だという気持ちは、まぁわからなくもなかった。
とは言え……
「私には無理だよ。聖女の力なんてないんだし」
「大丈夫よ。サテラは魔法が使えるでしょ? それで誤魔化せばいけるわ」
「ご、誤魔化せないって!」
「出来る!」
その自信はどこから湧いてくるのだろう?
他人事だから適当を言っているようにも見えて……とにかく無理だからと、私は何度も否定した。
するとステラはジトっとした目をして私を見つめる。
「な、何?」
「……サテラが魔法で時々悪いことしてたの。お父様にバラそうかな~」
「なっ、ちょっサテラ!?」
「それが嫌なら協力しなさい!」
という感じで、私はサテラに弱みを握られていたから、彼女のお願いに従うことにした。
ただ正直、すぐにバレると思っていたんだ。
大聖堂に入れば周りは全員、私とは違う本物の聖女たち。
その中で一人魔法使いがいれば、一人や二人くらいは気づくはずだと。
思っていたのに……
◇◇◇
「まさか誰にもバレないなんて……」
予想外過ぎてもう、何と言って良いやら。
大聖堂での一年間と、教会に派遣されてから一年半。
未だに誰も気づかない。
大聖堂に通っている時に出会って仲良くなり、私の婚約者兼護衛騎士になってくれたフランですら、私の嘘に気付いていない。
私が凄いのか、周りがおかしいのか別として。
ここまで来てしまったら、もう嘘をつき通すしかなくなった。
バレたら最後、夢と同じ結末になりかねない。
「今日も頑張ってハリ――」
「意気込みを言ってる暇があったら起きてくれるかい?」
「え……フラン!? いつの間に入ってきたの? ノックもなしに」
「ノックはしたさ。全然起きてこなかったから入ってきただけだよ」
そうだったの?
全然聞こえなかった……それに危なかった。
ハリボテ聖女って途中まで言いかけたわ。
「起きたなら着替えてくれ。朝食が冷める」
「わ、わかったわよ」
一番バレてはいけない相手に知られる所だった。
夢の中で彼に責められるだけでも悲しいのに、現実で同じことが起こったら立ち直れない。
何としても嘘をつき通す。
この嘘は墓場まで持っていくと心に決めているのだから。
朝食を済ませた後は、教会で迷える人々の悩みを聞く。
私が派遣された街は規模こそ小さいけど、お年寄りや子供持ちの家庭が多く、様々な悩みが舞い込んでくる。
「聖女様聞いてください! 妻が最近私に冷たいんです」
「それはよくありませんね。何か心当たりはありませんか?」
「まったくありません。皆目見当もつきませんよ」
「そうですか……」
心当たりがないんじゃお手上げだ。
困った私は魔法の瞳をひっそり発動して、彼にもう一度尋ねる。
「本当に心当たりはありませんね?」
「はい」
と、彼は言っているが嘘だ。
この魔法で覗かれると、相手が嘘をついているかわかる。
私が一番怖い魔法で、それ故に一番頼りにしている魔法でもある。
「神は常に見ています。その前で偽ることはよくありませんよ?」
「……は、はい。本当はその……妻の誕生日を忘れてしまったことがあって」
「そうですか。なら素直にまずは謝りましょう。愛し合う者同士なら、正直にぶつかればきっと思いは通じます」
「ほ、本当ですか? 頑張ってみます」
お悩み相談程度なら、今みたいに何とかなる。
問題は治癒のほうだ。
「聖女様お願いです! 子供が熱を出してしまって」
「それは大変ですね。すぐに治療します」
とか簡単に言ってしまうが、聖女ではない私には全然簡単じゃない。
魔法で傷は癒せても、病までは治せない。
かといって出来ないと言えば、私が聖女でないとバレてしまう。
そこで私は回復魔法、解毒魔法、体力増強など。
身体に良い影響を与える魔法を複数組み合わせて発動させた。
そうすることで自己治癒能力を高め、自身の持つ免疫力で病を倒してもらう。
「これでもう大丈夫です」
「ありがとうございます! 聖女様にはいつも助けられてばかりです」
「いえ、私ではなく神のお導きです」
冗談じゃない。
全部私の力で、私の努力の結晶なんだ。
そう口に出したい気分になっても、ぐっと我慢する。
聖女のフリなんてしなければ、魔法をここまで極める必要もなかったのに。
私の姉には困ったものだ。
「ねぇね聖女様! どーして聖女様は手袋してるの?」
「え?」
「なんでなんでー?」
突然近寄ってきた子供の質問に動揺してしまう。
彼の言う通り、私は両手に白い手袋をいつもしていた。
これには理由がある。
言えない理由が。
「こら! 聖女様に失礼でしょ」
「え~ だって気になるんだもーん」
「いい加減にしなさい! もう帰るわよ!」
母親が頭を深々と下げ、駄々を捏ねる子供を引っ張って帰っていく。
私は密かにホッとした。
この手袋の意味を知られなくて。
安堵していると、心配そうな表情でフランが声をかけてくる。
「どうかしたか?」
「え、ううん、何でもないわ」
手袋をしている理由は彼も知らない。
一言で表すなら、魔法を隠れて発動させるための仕掛けだ。
魔法を発動するとき、必ず魔法陣が発現する。
それを見られた時点で終わりだ。
だから手袋をして、手袋の内側に魔法陣を展開する。
そうすれば外からは見えず、効果だけが発揮される。
ちなみに私が着ている服も普通の服じゃなかったりする。
魔力の流れを見えなくする特殊な加工がしてあって、魔法を発動したことが周囲にわからないようになっているんだ。
もちろん全部自分で作った。
全てはハリボテ聖女を演じ続けられるように。
平和で穏やかな日常を、今日も明日も続けて行けるように。
「なぁおい、やっぱりあれ……」
「ああ……」
でも、私は気づいていなかった。
私の平穏を脅かす者は、いつだって近くに迫っていたことを。
◇◇◇
深夜二時。
子供も大人も寝静まる時間帯。
静かになった教会に、二人の男がひっそりと近づいていた。
「音立てるなよ」
「ああ、わかってるよ」
二人は昼間に教会を訪れていた。
それ以前から頻回に、夜な夜な教会をのぞき込んだり、ステラの素性を探っていた。
「あの聖女はおかしいぜ。絶対何か秘密かあるはずだ」
「そいつを暴いて脅せば好き放題できるな~」
二人はステラの秘密に感づいている。
否、違和感を感じている程度だが、少しずつ真実に近づいていた。
もっとも二人に正義の心などない。
あるのは下賤な欲のみ。
脅すネタを掴み、彼女をいい様に操りたいだけだ。
「今日こそネタを掴んで――ん?」
「あ? 誰だ?」
そんな二人の前に、黒い外套とフードを纏った何者かが立ち塞がる。
「――去れ」
「あ?」
「何言って――うっ!」
刹那。
視界に捉えられない速度で彼は動き、二人の首を掴んで締め上げる。
「ぐ、ぐ……」
「去れと言った。聞けないのなら、このまま首をへし折る」
「ま、待って……わ、った」
「……そうか」
両手を離すと、二人が地面に膝をつく。
何度もえずきせき込む二人を前に、黒い外套の男は言い放つ。
「次にここへ近づけば、今度こそ絞め殺す。いいな?」
「は、はい」
「う、うあああ!」
殺気をぶつけられ恐怖した二人は一目散に逃げていく。
情けなく背を向けて。
その様子を眺めながら、彼は小さくため息をこぼす。
「まったく……」
そう言って、フードを外す。
月明かりに照らされた正体は――
「これで懲りてくれるといいけど」
フランだった。
彼は教会を徐に見る。
「この調子じゃいつ知られるかわからないよ? サテラ」
ステラは本物の聖女である姉の名前。
彼女の本当の名前がサテラだ。
フランがそれを知っているということは……つまり、彼女の正体にも気づいているということ。
そう、彼は知っていた。
愛する者の正体を。
それを知った上で、守ることを決めていた。
「次に来たら本当にどうしようかな? 何か対策を立てておかないと」
彼女は知らない。
自分の平穏が、自分の周りにいる誰かの尽力によって、密かに守られていることを。
偽者の聖女だと知りながら、自身を愛してくれている人がいることを。
真実を知った時、彼女はどんな表情をするのだろうか?
驚くだろうか?
喜ぶだろうか?
それとも……
いつか訪れる未来まで、今しばらく続く。
バレてはいけない嘘と、その嘘を守る為に生まれた優しい嘘。
二つが入り混じった日常が。
頑張る聖女シリーズ第三弾です!
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