第94話 死笑
「…ですから、犯罪は減ってきてるんですよ」
テレビ番組にコメンテーターとして呼ばれた男は、隣にいるアナウンサーではなく、テレビの向こうに言う。
「…なのに、報道によって、人々はいらぬ不安にかられ…死刑がいると、思い込まされている!」
ある学生は言う。
「社会的に、権限がないのに…死刑だけ適応するなんて…」
ある女は、言う。
「死刑とは、人類の最大の罪である」
と……。
法治国家の下、安全だというなら、警察もいらないのではないか。
「まったく、いつまでも、死刑という…野蛮な刑を発効する…この国の幼稚さ…は、いつになったら、なくなるんでしょうか」
放送後、テレビ局を出て歩く男は、コンビニの前にたむろし、地べたに座る若者に険悪感を抱きながら、町を闊歩していた。
地下鉄で帰る為、階段を降りる男とは逆に、下から上がってくる男がいた。
紺のスーツを着た男は、階段を降りてくる男の顔を確認し、拍手した。
「先程のテレビを見ました!素晴らしい!先生の答弁は、素晴らしい!」
拍手しながら、近づく紺のスーツの男は、ゆっくりと上がってくる。
「確かに、犯罪の数は減ってます。社会は、安全に近づいてますね」
スーツの男は、にこっと笑った。スーツの男に、殺意を感じない。
「あ、ありがとう」
少し気持ち悪いが、自分の話に納得してくれているのだ。
男は喜んだ…次の瞬間、
「え…」
腹部に激しい痛みを覚えた。
一気に、男に近づいたスーツの男は、偲ばしていたナイフを下から突き刺していた。
「減ってるんだから…1人ぐらいいいでしょ」
にこっと笑ったスーツの男は、耳元で囁いた。
「先生1人じゃ…上がりませんよ。ご心配なく」
「
だから……俺達が、何をしたというんだ」
カップルを囲む集団から、女を庇いながら、男は叫んだ。
「何もしてないよ〜なあ」
「だから〜何なのよ」
暴力は、理不尽に起こる。
じりじりと詰め寄る集団に、男は竦んでいた。その様子を見て、後ろにいた女が携帯をかけようとした。
「何してんだよ」
突然前に出た集団の1人が、女の腕を取り、携帯を奪い取ろうとした。その時…囲んでいた集団の間に隙間という道が、できた。集団の意識も、女に向いていた。
その隙を、男は見逃がさなかった。
隙間に体当たりして、強引に道を広げると…男は逃げた。
「てめえ!」
見捨てた男の行動に気付き、何人かが男を追った。
「達也さん!」
女の悲痛な叫びも、男には関係ない。
ダッシュで逃げようとしたが、誰かにぶつかった。
達也は、コンクリートにでもぶつかったかのように、尻餅をついた。
「あら?」
達也がぶつかったのは、華奢な女だった。
赤いワンピースを着た女。
「邪魔よ」
ワンピースの女は、男を無視して、歩きだす。
達也を追い掛けてきた三人の若い男は、女に気付いた。
「また女だ!」
「いいねえ」
ターゲットをワンピースの女に変え、近づこうとした瞬間…三人の男は、消滅した。
辺りに焦げ臭い匂いだけが、残っていた。
ワンピースの女は、歩く速度を変えず、平然と歩いていく。
目の前で、男達に殴られ、着ていた服も引き裂かれていく女が、目に入ったが…ワンピースの女は、気にしない。
真っ直ぐに、近づいてくるワンピースの女に、
「何か用か!」
1人の坊主の男が、凄んでくる。みんな…十代の男だ。
凄んだ少年の体が突然、燃え出し…あっという間に消滅した。
「邪魔よ」
少年達は、底知れぬ恐怖と、異様な雰囲気に気付いた。
しかし、もうその時は、最後だった。
そう感じた時には、燃えていた。
ワンピースの女は、リンネだった。
「俺を助けて下さい。たまたま…そこに、こんなものがあったから…危ないと思ったから…」
報道陣に囲まれ、会見を行っていた弁護士に、事件が伝えられた。
「彼らは…殺そうとは、思っていなかった。これは、事故なのである」
鼻息も荒く話す弁護士は、
「死刑とは、更正する機会を奪うことになる」
そう何度も繰り返し話していたが、次に報告された事件に、唖然となった。
報道陣が騒めく。
「只今、事件が入りました!坂城弁護士の息子さんの家に、少年が侵入し…生まれたばかりの赤ん坊が、刺された模様です」
その内容に、弁護士は席を立った。
「少年は、たまたま家が開いていたから、呼ばれているような気がして、玄関に入り…」
冷酷な報道は続く。
「キッチンに置いてあった包丁に、恐怖を覚え…昔指を切った為…それを排除する為に、手に取り…赤ん坊が隣の部屋で、泣いていたから…包丁は危ないと、思い…どこにやろうとしたところ…あやまって、赤ん坊を刺した……と供述している模様」
身勝手な言葉は、続く。
「加害者となった少年は…坂城弁護士を指名…弁護してほしいと…」
少年は、最後にこう言った。
罪を認め、法に委ねると。
燃え尽きた少年達。
1人残った女を、リンネは見下ろしていた。
ボロボロになり、体を震わせる女を見て、
「弱い…」
リンネは呟いた。
「桐子!」
リンネの横を通り過ぎ、達也は桐子に駆け寄った。
しっかりと抱き締めた。
そんな二人を無言で見つめるリンネに、達也は震えながらも、お礼を述べた。
「た、助けてく…」
言葉をいう間もなく、達也は燃え…消滅した。
「…誰かが、助けてくれる……甘いわ」
リンネは、残った桐子を見た。
「ヒイ!」
桐子は、もう恐怖をこえて、動けなくなっていた。
「見捨てた男など…必要ないでしょ?守る勇気もない癖に、誰かに助けて貰おうなんて…」
リンネは、桐子に背を向けた。
「哀れな虫を、殺す趣味はない」
リンネは、歩きだした。
「力もないくせに…守る力もないくせに…守られることを当たり前に思い…その今の貴重さに、気付いていない」
リンネは、笑った。
魔王により、人を滅ぼす為につくられた自分は、この世界にいると、意味のない存在に思えてくる。
(こんな人間と…戦う為に、存在する自分…)
自由…安全、人権…すべては、多くの人が得ることのできる権利である。
しかし、その権利を得る為に、過去の民衆は戦ってきた。
安全も、努力で得たものだ。
だけど…今生きる人間は、得ることの苦労を知らない。
いつ…なくなるかもしれないのに……。
人は己の為につくった規則すら、守れない。
崩壊は始まっていた。