第92話 悲愴
今日は、快晴だった。
海面ギリギリを、白い翼を広げて飛んでいたアルテミアは、太平洋上にある…小さな島に、上陸した。
明らかに、船が上陸できる場所もなく、切り立った崖が、人が住むのを拒んでいた。
生い茂る木々と、空を飛べる野鳥ぐらいしかいないと思われる島の中央に、アルテミアを呼んだ人物がいた。
明らかに、人ならざる者の力でできた広場の中央で、その者はアルテミアを待っていた。
いや…彼女ではない。
「あんたが…氷の女神なんてふざけた名前を、名乗っている人間ね」
木々を薙ぎ倒してできた空間に着地したアルテミアに、舞子は腕を組みながらフンと鼻を鳴らした。
「申し訳ないけど…あんたに用はないのよ…天空の女神様」
不敵な舞子の態度に、軽くアルテミアはキレた。
「人を呼び出しておいて…それはないだろ?氷の女神マヤ!いや!守口舞子!」
アルテミアは着地すると同時に、翼を消し…拳をボキボキと鳴らした。
「それにしても…便利よね」
舞子は携帯を取出し、メールをチェックする。
「だって……メールで、女神を呼び出せるんだから」
アルテミアの携帯が鳴った。
白のジャケットを着ていたアルテミアは、ポケットから携帯を取出し、メールの内容をチェックした。
「失せろ……」
舞子からのメールだった。その内容を見て、わなわなと全身を震わせると、
「ぶっ殺す!」
アルテミアは、携帯を砕く勢いで握り締め、一歩前に出た。
「アルテミア」
ピアスの中から、僕は声を出した。
「彼女の目的は、僕だ」
その言葉に、アルテミアは怒りに震えながらも、渋々頷き…そして、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
アルテミアの姿が消え…同じ場所に、同じ立ち位置で、僕が立っていた。
「赤星浩一…」
学生服姿の…あの時代と変わらない僕に、舞子は目を細めた。
「バンパイアか……」
舞子も、高校生時代とほとんど変わっていないが、僕はまったく変化がない。あの頃のままだ。
魔物中でも、特にバンパイアは不死である為か…年を取るスピードが、驚愕的に遅い。
「あなたは…」
僕は無防備のまま、舞子に近づいた。
「知らない。わかっていない!確かに、クラークにトドメをさしたのは、僕だ!だけど、彼は…僕に人の未来を託して、死んでいったんだ」
近づいく僕の足下が、凍り付いた。
「そんなことわかっている!」
凍り付いた足はすぐにもとに戻り…水蒸気だけが立ち上った。僕の歩みは止まらない。それでも、何度も足が凍るが、止めることはできない。
舞子は魔力を最大にして、僕の全身を凍らした。だけど、すぐにもとに戻る。
「さすがは…太陽のバンパイア」
舞子は、噂にはきいていた。赤星は、バンパイアの異端だと。
「それでも!」
舞子は思わず、無意識の恐怖から後退ろうとする己の足を凍らせて、逃げないようにした。
キリッと唇を噛みしめ、僕を睨む。
「そんなことは、わかっている!お前が、あの人の意志を継ぎ…ブルーワールドを救ったことを!だけどな!」
舞子の姿が、変わる。全身が、氷よりも冷たくなり、凄まじい冷気を周りに放つ。
それでも、僕の気に触れると、冷気は消えていく。
「愛する人を、殺した相手を許すことなんて、できるか!」
舞子の叫びがブリザードになり、僕に降り注ぐが、軽く手をかざしただけで、吹雪が消されていく。
「僕は…まだ、あなたに殺されるわけにはいかない」
僕は、舞子のすぐ目の前で立ち止まった。
「だったら……」
舞子は、血がでるほど唇を噛みしめ、絶叫した。
「あたしを殺せ!」
「な!」
僕は、思いも寄らない舞子の叫びに、逆に驚いた。
舞子は、僕を睨みつけながら、絶叫した。
「あたしを殺せ!あたしは、生きていても…人を殺す!あの人が、守ろうした人間を!」
舞子は、天を仰いだ。
「あたしを、人のまま帰そうとした…あの人の願いを裏切り、あたしは!化け物に目醒め!復讐心により、力に溺れ…人ではなくなったわ…」
舞子の瞳から、涙がこぼれた。しかし、その涙は、流れることなく…凍り、僕の気を受けて、すぐに蒸発した。
「赤星浩一……殺せ!あたしは、あの人の一番嫌う女になった……」
「赤星!」
ピアスから、アルテミアの声がした。
「殺して……やれ…」
「…」
僕は、舞子から顔を伏せ…やがて、絶叫した。
「うおおおっ!!!」
絶叫した後、顔を上げ、舞子を睨んだ。
そして、訊いた。
「太陽が、ほしいか?」
僕の問いに、舞子は頷いた。
「うおおおおおお!」
再び絶叫すると、僕は右手を天に向けて突き上げた。
すると、上空から飛んできた2つの物体が、太陽を隠すように交わり……そして、剣になると、僕の手に向けて落ちてくる。
それは、まるで太陽から落ちた雫のように。
僕は剣を受けとめた。十字架のような剣ーーシャイニングソード。
僕は、それを袈裟切りのように、上から下へ…舞子に向けて、斬り落とした。
「温かい…」
斬られた瞬間、舞子は呟いた。
舞子の体が、溶けていく。
溶け終わる瞬間、まだ舞子の顔が原型を留めている間に、舞子は言った。
「最後…お前に言っておくことがある……テラは、二人いる」
「テラが二人?」
何も話せない僕に代わって、アルテミアがきいた。
「それも……二人とも………お前は知っている……」
舞子はフッと笑い、
「それに……お前達は、いずれ……お前達の……矛盾に気付く……クラークが…あの人が気付いたように…」
舞子の体が、溶けていく。
口が消え始めた。
「だけど……お前なら……克服……で、き、る…かも…赤星こ………………………………………」
それが、最後の言葉だった。
クール過ぎる女……守口舞子。
彼女は、他の仲間と違い…異世界ではなく、自分の生まれた世界で、命を落とした。
しかし、彼女の願いは…こうだろう。
愛する者が死んだ…世界で死にたかったと…。
それは、僕も同じだから。
僕…赤星浩一もまた、愛する女がいる世界を、選んだのだから。
舞子が、この世界に戻ってきた目的は、一体何だったのだろうか。
それは、永遠にわからない。
僕を殺す為だと思っていた。
だけど、それは違うみたいだ。
シャイニングソードを見つめながら、僕はただ立ち尽くす。
「赤星…」
アルテミアは、言葉では説明できなかったが、何となくわかったような気がしていた。
愛する者を失い…その人の願いも叶えてやれなかった…女。
アルテミアはしばらく…僕に声をかけるのを止めた。