表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/563

第88話 理由

警官は上半身裸のまま、明菜に向けて、頭を下げた。

「俺には、あんたの剣が必要なんだ!」


玄関で、土下座する警官の姿…そして、機械により、無理矢理接合された…痛々しい肩口。


明菜はとっさに、化け物ではないと判断した。


それでも、少しは警戒しながら、明菜は部屋の奧から、玄関横のキッチンまで近づいた。


持っていたホウキをそばに置くと、明菜は土下座する警官に、話し掛けた。


「…まず、あたしの質問に答えて下さい」 


その言葉に、警官は顔を上げた。


「どうして…あたしが剣だと知ったのか…。そして、あなたの正体と…やろうとしている目的……。そして、先程のおばさんの変化…あたしには、普通のおばさんにしか見えなかった」


明菜は、今朝もおばさんと挨拶を交わしていた。気さくで、いい人ぐらいしか認識していなかった。



警官は正座し直し、明菜の瞳を見据えながら、こたえはじめた。


「あなたが…剣…次元刀だと俺に告げたのは、守口舞子という女だ…」


「守口舞子…」


学生時代…生徒会副会長だった女。明菜の一つ上の為、記憶には残っていない。


生徒会会長だった美奈子からは、名前をきかされていた。


(クール過ぎる女と…)


警官は、警察手帳を明菜に向かって差し出した。


「神野真也…。去年まで、刑事課にいた。今年からは、交番勤務だったが…退職した。いや…首になったと言った方がいいかな…」


神野はフッと笑い、手帳に目を落とした。


「本当は…手帳も制服も…銃も返さなければいけないんだが……。やつらに、追われていたからな」


「やつら?」


神野は、明菜を見据え、制服の袖を捲った。


「人ならざるものからね」


自分の右腕を、明菜に見せた。


「これは…俺の腕ではない…。俺がこの世で、一番愛した女の腕……。俺が、やつらと戦う為に、残してくれた腕だ」


黒く変色し、筋肉が盛り上がった腕は…女の腕には、見えなかった。


神野は、自分の右手を見つめながら、話し始めた。


「俺が一番愛した女…上野沙知絵は…ある日、自分の変化に気付いた…」





それは、些細なことだった。


研究結果をまとめる報告を、丁寧にノートにまとめていた沙知絵は、自分の心境の変化に気付いていた。


心の中の価値観が、変わっていく…そういった方がいいのだろうか。


自分で打ち消しても、変わらない。


だから、沙知絵は心の変化を止める為に、毎日レポートに書き、昨日のことを信じようとしていた。


そんなある日。


沙知絵は、勤めていた研究所の離れに呼ばれた。


さらに、その離れの地下へと、沙知絵は知らないエレベーターに乗り込んだ。


そして、ついた場所で見たものが、沙知絵の運命を大きく変えることになった。


エレベーターが開くと、そこに…上司の中村が立っていた。


「ようこそ!上野くん」


中村は笑みを浮かべたまま、沙知絵に握手を求めた。


沙知絵は握手を返しながら、周りを見た。


「ここは…」


乗ってきたエレベーターに表示がなかった為、わからなかったが、3分ぐらいは乗っていた。


結構な地下だ。


「まだここは、入り口に過ぎない。君に見せたいのは、奥にある」


真っ暗であまり見えない通路は、ひたすら真っ直ぐ闇中を伸びていた。


中村に促されて歩く沙知絵は、真っ直ぐな通路が、距離をおいて区切られていることに気付いた。


闇に慣れてきて、壁を見つめる沙知絵に、中村は言った。


「防護壁さ…一応核シェルターの一種と思って貰っていい」


中村は、真っ直ぐに前だけを見て、歩きながら、


「一応…死んでるんだが…もしもの為さ」


5分は歩いただろうか。


やっと、行き止まりの鉄の扉が見えた。


「あまり…驚かないでくれたまえ…ここは、声が響くのでねえ」


中村は、扉の横にあるパネルに、親指を押しつけた。


指紋確認のようだ。


三メートルくらいの厚みのある鋼鉄の扉が左右に開き、明かりが中からこぼれてきた。


眩しさに、目を細めた沙知絵の前に、運命が横たわっていた。


「これはね…大発見ではあるが…人にとっては、喜ばしいことではない」


扉のわりに、部屋は狭かった。


何もない部屋の真ん中に、手術台があり、その周りを数人の学者が、囲んでいた。


学者達はちらりと、沙知絵と中村を見た。


中村が学者達に向かって頷くと、学者達も頷き…中村と沙知絵の為に、手術台から離れた。


そこに横たわるもの達。


中村は沙知絵を促し、手術台に近づくことを進めた。


恐る恐る近づいた沙知絵は、妙な異臭に鼻と口をおおいながら、手術台の上を覗いた。


「!?」


そして、絶句した。


あまりの驚きに、臭いすら忘れた。


「フフフ…驚くだろ…。これは、作り物ではない」


中村は沙知絵の横に立ち、怪しげな笑みを浮かべ、


「率直な意見が聞きたい。君には、これが何に見えるかね?」


中村の質問に、あまりの衝撃で固まってしまっていた沙知絵は、口に張りついた手の隙間から、何とか声を絞りだした。


「鬼…」


沙知絵の答えに、満足気に頷くと、中村は手術台の前の方に行き、


「上野くん…。きみは、食物連鎖というものを考えたことがあるかい?」


手術台に横たわる物質を見下ろしながら、


「我々人間は、あらゆるものから、搾取する存在のはずだ…。しかし、そうでなければ?」


中村は手術台の端に手を置き、沙知絵に向かって、振り返ると、


「あらゆる生き物の頂点として、行き着いた人というもの…。それは、真実かな?」


冷たい手術台に横たわるものは、心臓の辺りが裂けていた。死んでいるようだが、それでも圧倒的な存在感を醸し出していた。


筋肉の張りが、つき方が明らかに人を違うし、額から突き出した角は、鹿などの動物とは違い、金属のように光り輝いていた。


その輝きに…角に映る自分を見て、沙知絵はさらに息を飲んだ。


沙知絵はいつのまにか、手術台のものから、目が離せなくなっていた。


中村は笑い、手術台から離れると、沙知絵に背を向け、二十畳はある部屋の壁に向かって歩きだす。


沙知絵は目で、あとを追った。


「進化を知っているね…」


中村の呟くような言葉を聞き逃さずに、沙知絵は頷いた。


「は、はい…」


中村も頷き、


「それは…突然起こったものだろうか?遺伝子に従って……。微生物から、猿へ…人に辿り着く進化の過程。この地球にいる…虫を除く生き物は、進化の過程の中にいる…」


中村は、壁に前で止まると、


「人の…この姿が…進化の今のところの最終地点だ」


後ろにいる沙知絵に振り返り、


「今のところはね…」


フッと笑った。


沙知絵には、中村の言葉の意味がわからなかった。


「だが…これが、生物としての最終地点だと、思うかね?」


言葉を探す沙知絵に、軽く苦笑すると、中村はまた壁を見た。


「他の生物のように、固い皮膚もなく…鳥のように、空を飛ぶこともできず…海から生まれたはずが…水中で生きれない…なんて…」


中村は壁を叩き、


「脆い生き物なんだ!これが、こんな人間が…最終地点のわけがない」


中村は全身を、沙知絵に向けた。


「進化は…終わったわけではないのだよ。猿が、人になるのに、一瞬だったと思うかい?少なくとも、数万年はかかったはずだ。まあ、地球から見たら…一瞬だろうが…」


「博士?」


沙知絵は、訝しげな顔を中村に向けた。


中村は気にせずに、言葉を続けた。


「人が…この世界に君臨した…いや、人が生まれた時から、次の進化は、始まっていたのだよ…」


中村は、にやりと笑い、


「君は、あれが…鬼に見えたと言ったね。ククク…」


手術台を指差した。


「鬼…悪魔……妖怪…あらゆる異形の者達。それは…化け物ではなく、人の先の生物だとしたら、どうする?」


沙知絵は、手術台を見た。


「人は…人が君臨する為に、進化を止めてきたのだよ」


「進化を止めた…?この化け物が…進化…」


沙知絵は、中村のいう意味を考えた。


「世界中に残る…神話や伝説…それは、人が進化を止める為に、行ってきた行為の記録!そして、あらゆる化け物が、個体で進化した人間達だよ」


中村は、少し悲しそうな表情を浮かべ、


「我々は…進化に置いていかれた劣等生物…だが!」


中村は、手術台の死体を睨み、


「生物学の進化から、見捨てられた我々だが!進化とは、別の形で、我々は進んできた!」


中村は、どこからか銃を取出し、手術台の死体を撃った。激しい音は、鼓膜を刺激した。


「武器だ!我々は、劣等生物に成り果てたが…この星を、破壊できるまでになった!だが!」


中村は、銃口を沙知絵に向け、


「我々は、この世界がなくなったら、生きていけない!」


フッと笑うと、銃を床に叩きつけ、


「神よ!もしいるなら!……なぜ、我々に自我を与えた!」


中村は泣いていた。


「滅びるだけなら…ゴミのように、廃棄したらいい!我々に、なぜ自我を与えた!」


中村は絶叫し、沙知絵にすがりついた。


「死にたくない!滅びたくなあいいいい!」


「博士!」


すがり中村を、沙知絵はどうすることもできなかった。


「わ、私は!いや、ここにいる…すべての生き物は!」


中村の顔は、涙でぐちゃぐたちゃだ。


「滅びる運命に逆らっている。研究に研究を重ね…。君は、考えたことがあるかね?生物のトップにいるはずの人間が…なぜ、ここまで、武器を進化させ続け…地球を破壊できるまでになったのに…怯えているのか!」


中村は、手術台の死体を見つめ…ガクガクと震え、


「それは…我々が、劣等生物だとわかっているからだよ」


中村は手術台に近づき、死体に触れた。


「何と…固い皮膚…銃器類でも破壊できない…」


愛しそうに、死体の表面を撫で、


「その癖…心の奧では…願っているんだよ」


中村は恍惚の笑みを浮かべ、


「進化したいと…な!」


そう叫ぶと、中村は上着の内ポケットからナイフを取出し、死体の傷口に突き刺した。


「だが!我々は、進化しない!人間のままだ!叶わぬ憧れ…羨望……そして、嫉妬!」


中村は笑いだした。


「嫉妬に狂う人間という生物の…恐ろしさを知るがいいわ!ハハハハ…」


ひとしきり高笑いをした後、中村は咳払いをして、いつもの冷静さを取り戻した。


「君をここに招き入れたのは、他でもない…彼らの肉体を使った新たな…義手や義足をつくってほしいんだ…。彼らと戦う武器として」


中村は、沙知絵に微笑みかけ、


「それに伴う…拒絶反応等の数値も、とって貰いたい」


しばらくの間を開けてしまう…沙知絵。


それは、仕方のないことだった。


「い、意味がわかりません!」


混乱している頭が、更に混乱する。


「義手や義足が……武器!?……武器って、どういうことですか!」


中村は、じっと沙知絵を見…おもむろに、突き刺したナイフを抜くと、


「それは…簡単なことだよ」


ナイフについた血糊を、ハンカチで拭いながら、


「君は、この化け物達と戦うのに…何が有効だと思う?」


逆に、沙知絵に問い掛けた。


「そ、それは…」


こたえようとする沙知絵を待たずに、中村は口を開いた。


「魔法や…呪文…そんなものは、ナンセンスだ!」


「え…」


「銃も、普通のナイフ類も効かない……ならば!やつらの武器を使うしかない!つまり!」


中村は、ナイフを沙知絵に差し出した。


「これは…ナイフではない。化け物になった者の…鋭い爪を磨いだものだ」


沙知絵は、ナイフを受け取った。明らかに、金属類ではない。


「昔話が、語っているだろ……。化け物を退治する者もまた…異形の者達だ。桃太郎しかり…一寸法師しかり…」


中村は、ナイフを観察している沙知絵に頷き、


「どうしてかは、わからないが…やつらの体は…やつらのものでないと…有効ではない」


そっと右手を差し出した。


「君の協力が必要だ」


しかし、沙知絵はすぐに…その手を握り返すことは、できなかった。






「…やつらと戦う為の義手や義足の開発を…最終的に、承諾したのは……自分の身に変化が、起きたからだ。最初は、そのことに気付かなかった彼女は……」


神野は目を瞑り、思い出すのも躊躇っていた。


しかし、言葉を続けた。


「俺と沙知絵は、一緒に暮らしていた…が、彼女は、研究に関しては、一切語ってくれなかった」


神野は、自分の肩を押さえ、


「俺の腕を…引き契るまでは……」






突然の痛みで、目を覚ました神野は、恐るべき光景を目の当たりにした。


腕を口にくわえ、異形の姿をした沙知絵の姿だった。


痛みよりも、その姿に…神野は凍り付いた。


そして、一瞬にして、間合いをつめられた神野は、信じられない力で殴られ、気を失った。





話は戻る。


中村の握手に躊躇う沙知絵の前に、突然…1人の女が現れた。


腕を組み、じっと沙知絵を見つめる女は…見た目は十代にしか見えない。


しかし、瞳の底から感じるものは、恐ろしく冷たい。


沙知絵の震えに気付き、振り返った中村は女を認め、満面の笑顔になった。


「ああ……彼女は、我々の協力者だ」


中村は、女を前に促した。


一歩前に出た女は、沙知絵に向かって、軽く会釈した。


「彼女は…」


中村が言う前に、女は微笑みながら、口を動かした。


「守口舞子です」


「守口舞子……さん…」


訝しげに舞子を見た沙知絵。しかし、先程の冷たさは、笑顔の中に埋もれていた。


「彼女の証言により……我々は、新たな事実を知った…。進化する人間の真実を!」


そう言って、中村が胸ポケットから、取り出したのは…カードだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ