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XX話 異形

人は、管理されている。


住民台帳に…戸籍。


そして、運転免許証。


さらに、住基カード。


何かに会員になるときに言われないか。


身分証明書には、運転免許証が必要です。


保険証の場合は、他の公共料金の支払い書と。


もしくは、クレジットカードがございましたら…。


まるで、それらがなければ、身分がわからないと言われる。自分自身を証明できない。



人は、管理されなければ…存在できないのだ。




「この国は、かつてない財政難に陥り、誠に申し訳ございませんが、国民の皆さんにご負担を」


連日繰り返す総理の言葉に、政治に興味のない女子高生である橘真理亜も、聞きあきていた。


欠伸をすると、その言葉は忘れてしまった。


「与党はうそをついております!必要なのは、増税ではなく!節税です」


総理に反するように、野党の党首が吼えた。


毎日、政治は行われ、新しい法律ができたとしても、人々の関心は薄い。


微力としても、政治に参加することに快感を感じる一部の市民や、彼らに支えられる有権者だけが、自らの票の価値を味わっていた。


全国民中流階級と言われながらも、ふと町の裏側を見れば、闇は溢れていた。


しかし、毎日の授業と受験というチケットのようなものの為に過ごしている高校生には、関係のない世界に思えた。


受験に失敗しても、他の学校を受け、普通に過ごしていけば、ある程度の生活はできると思っていた。


贅沢さえしなければ…。


そして…。


「おはよー」


真理亜は政治のことを忘れ、学校へと消えていった。






「中村くん」


演説を終えた野党の党首の前に、当選数十回…怪物と言われている老獪な政治家が姿を見せた。


「これはこれは」


国会議事堂の廊下で、足を止めた中村は、政治家に頭を下げた。


政治家は頷くと、頭を上げた中村に言った。


「増税よりも、少子化が問題であるぞ」


「わかっております」


中村は頭を上げ、


「少子化故の節税。国民に金をもたらし、子供をつくって貰わないと意味がありませんから」


口許を緩めた。


「わかっておればよい」


政治家は、中村に背を向けた。


「この国は、我々の第一歩に過ぎない。我々の理念が、いや…我々の仲間が、世界に広まった時…真の平和が始まるのだよ」


「わかっております」


中村は再び、頭を下げた。


「ならばよい」


そのまま去ろうとする政治家の背中に、中村は目を細めると、一呼吸開けた後に、言葉を発した。


「しかし…あなた様の古いお知り合いは未だに、何やら動いているようですね」


「!」


中村の言葉に、政治家は足を止めた。


そして、ゆっくりと振り返ると、中村を睨んだ。


「何が言いたい?」


「いえ」


中村は、目線を床に向けた。


政治家は、中村の頭のてっぺんを軽く睨むと、


「あやつは死んだ。闇に飲まれてな!」


吐き捨てるように言った。


「しかし、その孫がいる。そして、その者によって、貴重な我々の同士が、命を落としている」


「何が言いたい?」


「まだ我らが神は知りません」


中村は頭を下げながら、にやりと笑った。


「たった一人だろうが」


政治家の殺気を感じ、中村は頭を上げた。


「優秀な人材でなければ、あの者には勝てません。それは、あなた自身がご存知では」


「フン」


その言葉に、政治家は鼻を鳴らすと、歩き出した。


「若造が」


呟きながら吐き捨てると、政治家は中村の前から消えた。






「現在、日本の安全は、未曾有の危機に陥っています!それなのに、日本の防衛は、あまりにも脆い!」


ラジオやテレビから流れる声に、暗闇に潜む影が笑った。


「そうかな?」


「ガデム!」


暗闇が支配するビルの谷間に、銃声がこだました。


しかし、その数秒前に、銃を構えた外人の首が飛んでいた。


そして、ほぼ同時刻…。


日本海から入国しょうとした密入者が、惨殺されていた。


「全員は殺すなよ。貴重な食料になる」


闇の中、人に近い姿をした影の目が、輝いた。






そして、さらに同時刻。


闇の奥…町の片隅に、膝を抱えて隠れるように、眠るものがいた。


ボロを纏い、生気を感じられない姿でありながら、痩せほこっているようではなかった。


豊かな国では、ゴミ箱を漁れば…食べるものがあるからだろうか。


空の上で、輝く星は…皮肉なことに、闇の中にいるからこそ、美しい姿を見せていた。


しかし、闇で膝を抱えるものは、見上げることはなかった。








「さて…」


アスファルトに転がる首を見下ろしながら、細身の男は乱れたスーツの上着を正していた。


「スパイは処理しましたが…」


上着の内ポケットから、携帯を取りだし、画面に映る被写体を見つめた。


「この実験体の目撃情報があったのは、この辺りですね」


男はため息をつくと、携帯をポケットの中に戻し、


「今さら、こんなものに価値があるとは思えませんが~どうせ永くはありませんのに」


空を見上げた。


「仕方がありませんね。データがほしいようですし」


すると、男の周囲を囲むように、空から人が数人降ってきた。


「探しなさい」


男がそれだけ言うと、取り囲む人達は頷き、その場から消えた。





「ううう…」


闇の中で、膝を抱えるものが嗚咽した瞬間、彼の頭に声が響いた。


(うおおっ!)


この声に、彼は立ち上がった。


(モードチェンジ!)


今の言葉は、彼に向けられたものでなかった。


時折、頭に響いていた。


(目覚めよ)


(遺伝子の声に従え)


彼は、その声が聞こえると遠くに逃げていた。


(目覚めよ!害虫を駆除せよ!そして、それを守るものを排除せよ)


しかし、逃げてながらも彼自身は気付いていないが、その声が聞こえ続けるからこそ、何とか正気を保つことができていたのであった。抵抗という反発力で。


(我が命に従え!新しき人類よ!我が名は)


突然、声が女に変わった。


「うるさい!」


彼は叫んで、頭の中に響く声をかき消した。


「お、俺は!俺は!俺なんだ!」


叫びながら逃げている間にいつのまにか…夜が明けた。


彼は足を止めると、目を細め、再び光が届かない場所を探して歩き出した。








「ねえ〜。こんな都市伝説知ってる」


時間は過ぎるのは速い。


特に、若い頃はだ。


長く感じるのは、つまらない授業だけである。


放課後、学校から帰る道で、真理亜は同級生の祥子と帰っていた。


「人間の姿をした化け物が、夜な夜な町を徘徊してるらしいのよ。それで、暴走族とかやくざとか~ブロンドの美少女が戦ってるらしいの」


祥子の話に、真理亜は苦笑した。


「何?そのB級映画にもない話」


「あれ?ブロンドよね。黒髪という噂もあったわ。それで、その化け物達は人間に、姿が似ていて!つい最近は、密入国者を襲ってるらしいのよ」


「つまらない」


真理亜は前を向くと、歩く速度を上げた。


「でも、目撃情報が、学校の近くで!」


まだ話を続けようとする祥子に、真理亜は足を止め、振り返ると、


「もし!そんなコスプレした不審者がいたら、警察が取り締まるわ。日本の警察は優秀だから」


ため息をついた。


「そうか。真理亜の近所のお兄さんも警察官になったんだよね」


祥子は腕を組むと頷き、


「なかなか立派なことだ」


感心したように言った。


「まるで祥子の言い方だと、その美少女が悪者と戦っているみたいじゃない」


真理亜は前を向いた。


「そうね」


祥子は、にやりと笑い、歩き出した真理亜の背中に向かって言葉を投げた。


「真理亜!あたしも卒業したら、警察官になるわ」


「え!」


驚き振り返った真理亜に、祥子は微笑んで見せた。


「この国を守るの」


「!」


初めてきいた親友の言葉に、真理亜は目を見開きながら頷いた。


「いいことだよ」


そして、微笑み返すと、手を上げた。


「じゃあね。祥子」


前を向くと、真理亜は走り出した。


いかなければならない場所があったからだ。


そこは、学校の近くの雑居ビルの裏側。


「は、は、は」


真理亜は足を止めると、その場所にいるだろう子犬に餌を上げようと、鞄からパンを取り出した。


「え」


しかし、そこには子犬だけではなく、薄汚れた男が膝を抱えて踞っていた。


(浮浪者!)


真理亜は、こんな近くでそう呼ばれるものを見たことがなかった。


普段は近付くこともなければ、視界にいても気にすることはなかった。


「パン…」


浮浪者は、真理亜の手にあるパンに気付き、呟いた。


「こ、これは!」


子犬もパンに気付き、真理亜の足下に来た。


「この子のもので!」


真理亜は、浮浪者の男の顔を見て、


「あ、あんた!わ、若いんだから!普通に働いたら、普通にパンなんて買えるわよ!」


狼狽えながらも言い放った。


「若いか」


浮浪者は、笑った。


「そうよ!今の歳から働いてないと、ずっとこのままよ」


真理亜のお節介な性格が、口に出た。


「もう何年も、こんな生活だけど」


「は?」


浮浪者の言葉に、真理亜は眉を寄せた。


その時、真理亜の後ろから声がした。


「やっと見つけましたよ」


「!」

「!?」


浮浪者は立ち上がり、真理亜は振り返った。


仕立てのよいスーツを身に纏った男が、立っていた。


「お嬢さん。すいませんが、そいつから離れて頂けますか?その男は、指名手配犯ですので」


「指名手配犯!?」


真理亜は思わず、後ずさった。


「そうです」


スーツの男が歩き出そうとした瞬間、真理亜の足下にいた子犬が突然怒り出し、襲いかかった。


「まったく」


スーツの男は、飛びかかってくる子犬を足蹴にすると、蹴った靴に目をやり、顔をしかめた。


「靴が汚れます」


子犬はビルの壁に激突し、血を流した。


「チビちゃん!」


真理亜は駆け寄り、瀕死の重体になった子犬を抱き上げた。


「やれやれ」


男は靴をティッシュで拭うと、子犬を抱く真理亜に目をやり、


「これだから、普通の人は好きになれませんね。偽善…。安全な環境にいると、やはり人は腐りますね」


肩をすくめると、浮浪者に向かって歩き出そうとした。


その動きを、真理亜の一言が止めた。


「謝ってよ!この子に、謝ってよ!」


「何を言っているのか?」


スーツの男は足を止め、笑った。


「まだ子犬だよ!」


「はははは!」


スーツの男の笑いが、大笑いに変わった。


「チッ」


浮浪者は舌打ちした。


「え!」


次の瞬間、真理亜は浮浪者に抱えられて、雑居ビルの階段を上っていた。





「まったく」


スーツの男は、半壊したビルの壁を見て、ため息をついた。 そこには、真理亜がいるはずだった。


「やつと接触した女子高生。やつの協力者と見なし…始末する。それでいいですね」


スーツ男は足の埃を払うと、ビルの屋上を見上げた。




「え!え!え!」


真理亜が驚いている間に、浮浪者は屋上についた。


「ご苦労様」


そこには、スーツの男が先にいた。


「逃げろ!やつの目的は、俺だ。何とか引き付けておくから、その間に」


浮浪者は、真理亜を下ろすと、後ろに庇った。


「無駄ですよ」


いつのまにか、真理亜の横にスーツの男が移動していた。


「女子高生…受験苦にして、飛び降り自殺~でいいでしょうか」


スーツの男は、片手で真理亜を掴むと空に向かって、投げた。


「!?」


その様子を振り返りながら見た浮浪者は、何故か走り出していた。


(何故走る?)


心が自問した。


(できるだけ、人に関わらないようにしたはずだ)


(それとも…話しかけられて嬉しかったからか?)


(違う!)


最後の心の声だけが、彼の声ではなかった。


「フン」


浮浪者の行動を見て、スーツの男は鼻を鳴らした。



屋上のフェンスを飛び越え、落下する真理亜を掴み抱き抱えた浮浪者は、そのまま地上に向けて落ちていく。


「え!」


驚く真理亜の耳に、風の音が響いた。


鈍い音がして、数秒で地面に激突した浮浪者。


しかし、彼は真理亜を抱き抱えたままで、地面に足を食い込ませながらも、立っていた。


「その姿…。折角、進化できたものを」


いつのまにか前に立つスーツの男が、顔をしかめた。


「!」


真理亜は、声にならない驚きの叫びを上げた。


浮浪者は無傷であったが、その姿は異形の者へと変わっていた。


人ではない何かに。その姿は、毛の生えたバッタに近かった。


「さらに、我々の名誉ある精鋭部隊に選ばれ、特殊改造を受けた癖に!」


スーツの男は、浮浪者の両足を睨み、


「旧人類が!」


唇を噛み締めた。


「逃げるぞ」


浮浪者は、真理亜と子犬を抱えたまま、走り出した。


その速さは、人間のスピードではなかった。


「ど、どうなっているのよ!」


「やつらは、最新型だ。俺では倒せない」


浮浪者は全速力で、力の限り逃げた。


数分後、人混みを避け、取り壊される予定のビルを見つけると、その中に飛び込んだ。


「どうなっているのよ!」


ビルの一室に入ると、子犬を抱く真理亜を下ろし、浮浪者は気配を確認してから、人間の姿に戻った。


「そ、それに今の姿!」


真理亜は部屋の角に逃げながらも、強がって見せた。


「俺は数年前、目覚めると人間でない何かになっていた。それから、やつらに誘われ、騙されて改造された」


「改造?」


「チッ」


浮浪者は舌打ちすると、真理亜を庇うように移動した。


「改造って何!?人間ではないとは、何なのよ!」


「それは、あなた達を守る為ですよ」


部屋の扉がこじ開けられると、スーツの男が中に入ってきた。その後ろには、数人の男がいた。


「軍隊を持たないこの国が、何故平和なのか?強大な力を持つ同盟国が何故、この国と手を結んでいるのか…わかりますか?」


スーツの男の言葉よりも、真理亜はその後ろにいる人物に目がいった。


「祥子?」


それは、紛れもなく先程別れた同級生だった。


「どうして、関わったの?普通の人間の癖に!真っ直ぐ帰っていれば…まだ生きれたのに…明日も会えたのに」


と祥子が言った瞬間、姿が変わった。


「真理亜!あたしは、あなたよりも!あたしは警察官よりも、この世界を守れる存在になれるのよ」


蜘蛛を思わす異形の姿に。


「り、立派なそ、そんざいににいいい!」


姿が変わった瞬間、祥子は苦しみ出した。


「チッ。孵化するのが、早かったか」


もがき出した祥子に、スーツの男が目をやった隙に、浮浪者は真理亜を抱え、窓を突き破って脱出した。


「…」


友達の変化に絶句して、何も言えない真理亜。


祥子の様子を見て再び舌打ちすると、スーツの男は他の男に告げた。


「お前達は追え!」


そして、祥子に近付くと、蹴りを入れた。


「中途半端が」







「な、何なの!どうなっているの!」


パニックになる真理亜に、浮浪者は言った。


「やつらの正体は知らない。しかし、遥か昔から、この国の中に深く入り込んでいることは知っている!」


再び隠れる場所を見つけると、資材置き場の片隅に身を潜めた。


「し、祥子は!祥子は、どうなったのよ!」


真理亜の口を塞ぐと、浮浪者は話し出した。


「彼女は恐らく、拒絶反応を起こしたんだ。魔獣因子を持っていても、すべてが変化できる訳じゃない。人の遺伝子と絡まりすぎているとうまくいかない」


「魔獣因子?」


落ち着いた真理亜から、手を離すと、浮浪者は数十年ぶりに素性を話し出した。


「プロ野球選手を目指していた俺は、肩を痛めてしまった。自暴自棄になって、暴れていたら…理性が吹っ飛んで、俺は目覚めた」





(和幸!負けるな!まだやれる!何度でも、何度でもやり直せる)


夢を諦めた少年に、毎日励ます父親。


(素材としての能力は、申し分ない。彼はさらなる進化ができる。上野先生、頼みましたよ)


近付く闇。


いつのまにか、彼は彼ではなくなっていた。





「俺は人間ではなくなっていた。やつらは、それを進化と呼ぶが違う!ただの化け物だ。やつらは、俺の能力をさらに強化する為、両足を改造した。そのお蔭でいままで、逃げることができたんだが」


「それも、できませんよ」


資材の向こうから、スーツの男の声がした。


「他の者は来てないのですか。やれやれ」


資材が真っ二つに割れると、2人の前にスーツの男が現れた。


「せっかく、素晴らしい力を与えられても、使えなければゴミですね」


「チッ」


浮浪者は、真理亜を後ろにやると、構えた。


「進化した我々、真人類!しかし、改造されたものは、数ヶ月で拒絶反応を起こす。それ故に、我々はつねにメンテナンスを受けないと、死んでしまう!ナノに!」


スーツの男は、ゆっくりと近付いていく。


「お前はなぜ、まだ、生きている!その謎を教えろ!」


「くそ!」


浮浪者は、真理亜を庇いながら後退った。


(勝てない…逃げなければ)


そう思った時、真理亜の腕の中で子犬が鳴いた。


「我々がこの国を守る為!いや、いずれは世界を守る為の!礎になれ!」


「よしよし」


危険に晒されながらも、子犬を撫でる真理亜。


2人の間にいる浮浪者…いや、和幸は覚悟を決めた。


(死ねない体。俺は、死にたかった。なのに、逃げていた。化け物になっても、死ぬのが恐かった。だけど)


和幸は、真理亜を庇うように立った。


(心まで、化け物にはなりたくない)


「ほしいのは、あなただけですよ!娘は殺しません!ちゃんと、おいしく頂きますよ」


スーツの男の手の平が、光りだした。


(今日は…死ぬにはいい日だ)


自然と顔が、微笑んでいた。


「え」


真理亜は、眩しい光に目を細めた。


「いくぞ」


和幸は、何年ぶりに前に進んだ。


「ばかめ!旧型が!」


スーツの男の姿も、変わった。


「蟷螂…」


真理亜は、その異形な姿に身を震わせた。


「旧型のバッタ風情が!進化の頂点である私に勝てるか!」


地面を蹴り、和幸に蹴りを喰らわせた。


それだけで、和幸の皮膚がめくれ、血が噴出した。


「くそ!」


和幸は、拳を突きだした。


蟷螂は逃げない。


「うおおっ!」


次は蹴りだ。


しかし、無防備で全てを受け止めた蟷螂の体には傷一つつかない。


「やはり、足だけの旧型!大したことはない!」


蟷螂のパンチで、ふっ飛ぶ和幸。


「なぜ組織は、こんなやつを精鋭部隊に選んだのだ!我々新人類を守る戦士が、この程度とは~。山根様もどうかしていたのだろう。どうせ運がいいだけの個体!いずれほっておいても死ぬだろうが~。研究材料にはなるか。拒絶反応を起こす前に体を差し出せ!あははは!」


蟷螂は、天を仰いだ。


「や、やはり…勝てない」


ふっ飛ばされ、資材置き場の壁にめり込んだ和幸に、真理亜が駆け寄った。


「大丈夫!」


「フッ」


和幸は笑い、


「あんた…俺が恐くないのか…いや、それよりも逃げろ」


真理亜の顔を見た。


「恐いけど!あたしの為に戦ってくれているくらいわかるから!」


「!?」


和幸は、真理亜の全身が小刻みに震えていることに気付いた。


「組織からの命は、サンプルを連れて帰ること。生死については、言われていない」


蟷螂はにやりと笑いながら、近付いて来る。両腕が光りだすと、刀身のような形になった。


「生体レザー。それもブレイド型。研究は成功したのか」


和幸は、笑って見せた。


(和幸!)


父の声が、和幸の頭にこだました。


「そうだな」


和幸は、立ち上がると、真理亜を後ろに促した。


「どいていてくれ」


そして、全力で走り出した。


「旧型が」


蟷螂は、両手を広げた。


「フン!」


和幸は身を捩ると、風を纏いながら、蹴りを繰り出した。


「効かぬ!」


(和幸!諦めるな!)


父親の声が、こだまする。


「うおおおぁっ!」


和幸は、咆哮した。


そして、何度でも蹴りを繰り返した。


「ばかめ!はははははは!」


「うおおおおっ!」


「はははははは…ば、馬鹿な!」


余裕を持っていた蟷螂の顔色が、変わった。


胸の分厚い皮膚が、剥がれて来たからだ。


「貴様!」


蟷螂は思わず、後ろに下がると、空中にジャンプした。


「私の素晴らしい体に!」


そして、怒りの形相で地上を睨み、両腕を交差して、光の刃を放った。


「!?」


しかし、地上に和幸はいない。光の刃は、地面を抉っただけで終わった。


空を見上げる真理亜しかいない。


「ば、馬鹿な!」


蟷螂が空を見上げると、そこに和幸がいた。


「わ、私より高いだと!?」


「フン」


和幸は笑い、


「子供の頃…足腰は鍛えられたしな。さらに改造され、それに数年は、逃げ足で鍛えられたからな」


蹴りの体勢に入った。


「あ、ありえん!旧型が!」


目を見開いた蟷螂の胸に、和幸の右足が突き刺さった。


「私は…新型だ!」


蟷螂は和幸が蹴りのまま身動きが取れないことを見、両腕の刃で切断しようとした。


しかし、なぜか。


「う、腕がない!」


蟷螂の両腕が、なくなっていた。


そして、ゆっくりと和幸の右足が抜けると蟷螂は落下し、地上に激突する前にくの字に曲がると真っ二つになり、そのまま地面に激突した。


「や、やったのか」


遅れて地上に着地した和幸は、ふらつきながらも立ち上がった。


「やった…」


真理亜は子犬を抱き締めると、和幸のもとに駆け寄ろうとしたが、足を止めた。


資材置き場の木材の山に、一人の女子高生が立っていたからだ。長い黒髪を風に靡かせて、スレンダーな肢体をさらしていた。


「同じ…」


制服は、真理亜の学校のものであったが、サングラスを掛けていた為に、顔までは確認できなかった。


学校の名は、大月学園。


和幸は人間の姿にもどり、少女を見上げた。


「あんたも…やつらの敵か」


黒髪の少女は、口を開いた。


「あなたのことは感じていた。しかし、あなた自らが己を認め、戦う覚悟を持つまでは接触を避けていました」


「あんたは」


和幸がきく前に、真理亜が口を挟んだ。


「あたし達を襲ったやつは誰ですか!そして、あなたは!」


少女は、少し真理亜を見つめた後、話し出した。


「彼らは、この国に昔からいた存在」


「昔からいた!」


真理亜は、叫んだ。


「昔からいるものは、うまく人間と共存していた。だけど、最近目覚めたものは」


少女は天を見上げた。そこには、月があった。


「俺は、退治しないのか?それとも、いずれ勝手に死ぬからどうでもいいのか?」


和幸には、蟷螂にとどめを刺したのが、少女だと感じていた。


「…」


和幸の言葉に、少女は悲しげに微笑むと、彼の足を数秒見つめた後、二人に背を向けて姿を消した。


「おい!」


和幸が叫んだが、少女が答えることはなかった。


「まったく!」


頭をかくと、歩き出した和幸は、少し顔をしかめた。


「くっ!」


そして、自らの足を見下ろした。



「待って!」


和幸がすぐに立ち去ろうとした為、真理亜は慌ててきいた。


「あなたの名前は?」


和幸は目を瞑ると苦笑した後、空を見上げ、名を久しぶりに口にした。


「天上和幸」


「天上和幸…」


名前を確認した真理亜に、和幸は立ち止まった。


「今日のことは忘れろ」


「忘れられるか!」


真理亜は、和幸の背中を睨んだ。


「フッ」


和幸はちらりと振り返り、真理亜の制服を確認し、口許を緩め、


「じゃあ、頑張って生きろ。さっきのような勇気ある…優しい普通の人間として」


地面を蹴り、資材置き場の向こうに消えた。


「ありがとう」


最後に一言残して。


「え!ち、ちょっと!天上和幸!」


名前を呼んだが、再び…真理亜の前に、和幸が戻ってくることはなかった。


「馬鹿!あたしの方こそ、お礼も言ってないじゃないの!」


真理亜は頬を膨らますと、空を見上げた。


「月…」


真理亜の頭上を、月が照らしていた。


「し、祥子は…どうなったんだろ…」


真理亜には、現場に戻る勇気はなかった。


「祥子」


しかし、真理亜は垣間見たのだ。


月に照らされているだけの闇の隙間を。


「祥子!」


真理亜の叫びに、誰もこたえない。


頭上を照らしていた月が突然、雲に隠された。


闇の中で、緊張から解放された真理亜はただ…嗚咽した。


再び月が照らすまで。




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