第7話 敵とは?
「うわあああーっ!」
人々の絶叫とともに目映い光が、まだ昼間なのに、真っ暗な夜よりも黒い闇に走った。
激しい爆音と鋭い牙が、空気を切り裂く音。雷鳴と地響き。天を分厚い雲が覆い…たまに見えるのは、光ではなく、巨大な竜の群。
地上には、斧を構えた…何万匹ものゴブリンの大軍。人の数倍はある…土でできたゴーレムが次々に、岩を投げていた。
しかし、岩はこうを描いて、落ちる前に消滅した。ゴブリン達も斧を振り回すけど、何かを弾かれた。
「怯むな!結界を張れ」
魔物に負けない程の威勢と活気を持ち、怯むことのない人間達。彼らは、地球魔法防衛軍。
人と魔界の境界線である…こちらの世界の朝鮮大陸38度線付近は、ここ何百年休むことなく、世界中から選ばれた結界士達によって、魔法障壁が張り続けられていた。
しかし、ここ数ヶ月。今までにない激しい攻撃が、続いていたのだ。
巨大なドラゴンが何百匹も現れ、雷鳴を障壁に浴びせかけていた。
「障壁が…」
闇の中、唯一輝いている光のバリアに、ひびが入った。
「前線交代!もう一度、障壁を張り直せ!」
障壁の前に立ち、一列に並んだ何万人もの結界魔法士。
手をかざし、魔力を注ぎながら一歩後ろに下がると、入れ替わるように、何万人の結界魔法士が前にでる。つねに、三交代はできるほどの要員は、確保されていた。
しかし、今回は魔力の消費量が半端ではない。
「ポイントを補充しろ」
「駄目です!ポイントよりも、体力がもちません」
魔法結界士の後ろで、待機する魔法遊撃隊。
結界士達の疲れを感じ、最終防衛ラインの司令官は焦っていた。
「もし…障壁を突破されたら…」
「司令。私達に行かせて下さい」
障壁から、五百メートルほど離れた前線司令部。
簡易のプレハブで作られているのは、いつでもそこを捨てられるようにしている為だ。
あとは、結界魔法士達の寝床くらいしかない。
司令官は建物から出て、何とか補強されていく障壁を見守っていた。
その前に、いきなり瞬間移動の魔法で、30人の鎧姿の戦士が現れた。
「君達は…親衛隊の…」
司令官の言葉に、30人は跪く。
「司令。このままでは、障壁はもちません。せめて、ドラゴンぐらいは駆逐しないと…」
一際目立つ…金の鎧を身に纏った男が、跪きながら顔を上げた。
短髪で彫りの深い顔に、窪んだ目の中の黒い瞳が、鋭い。
「我々が、障壁内に入ります。このまま、ただ守るだけでは、魔力を浪費するだけです」
「しかし…」
渋る司令官に、短髪の右隣にいた女が立ち上がり、一歩前に出た。
「司令」
腰まであるエメラルドグリーンの髪が、いきなり吹いた突風に靡く。
「サーシャ。控えろ」
短髪の言葉を無視して、女は言葉を続けた。
「我々ブラック・サイレンスは、この守備隊を守る為に、存在しております」
短髪の左にいた長髪の男も、立ち上がった。
「我々は、レベル60以上!それに!」
残りの27人も立ち上がる。その手には…。
「我々は、もともとはドラゴンハンター」
ドラゴンキラーが、装備されていた。
障壁の向こうで、ドラゴンが放つ雷撃の光に、鋭利なドラゴンキラーの刃先が、呼応したかのように光る。
「お前達…」
短髪はフッと笑うと、立ち上がった。
「轟隊長…」
戸惑う司令官の前で、轟は肩からかけていたワインレッドのマントを、外した。
それに呼応して、他のメンバーもマントを外す。
轟以外は、全員黒い鎧を身につけていた。
そして、全員の左肩につけられた肩当てには、黙の一文字が。
「ブラック・サイレンス!出陣!」
「はっ!」
全員が声を揃えた後、30の風となり、障壁を張る結界士達を飛び越え、障壁をすり抜けた。
「無空の陣!」
轟が叫ぶと、風は下から上空に向けて吹いた。
上昇気流が時折、雷鳴に反射して、煌めく。
その瞬間、五匹のドラゴンが、空中で細切れになった。
「各自。距離を保ちながら、攻撃せよ」
破片になったドラゴンの死骸に気付き、地を這うゴブリンの群が、天に向かって吠えたてる。
「死ね」
その群の中へ、静かにサーシャが飛び込んだ。
(ポイント、ゲット)
先程のドラゴンを倒したポイントが、各自に加算される。
サーシャは、左人差し指をこめかみに当て、ドラゴンキラーを装着した右手を前に突き出した。
「サイレント・ボム」
そう呟くと、サーシャの周りの半径5メートルの空間が歪んだ。宇宙空間のように、空気のない密閉空間を作り出したのだ。
次の瞬間、そばにいたゴブリン達の体が、破裂する。
「うりああっ!」
(ポイント、ゲット)
サーシャはドラゴンキラーを構え、ゴブリン達を斬り刻む。
「纏え!風を」
サーシャの叫びに呼応して、カードからポイントが減った。その代わりに、緑の風がドラゴンキラーに絡みつく。
「エメラルド・キラー!」
ドリルのように、回転するドラゴンキラーが、複数のゴブリンを巻き込み、斬り刻み…後ろにいたゴーレムの胸にも、風穴を開けた。
(ポイント、ゲット)
次の技に入ろうとしたサーシャの全身に、悪寒が走った。反射的に後ろに飛び、間合いを取った。
「今の技…。確か、我が姫の技だったはず…」
サーシャは、穴を開けたゴーレムの後ろを睨んだ。
「誰だ!」
「まあ…威力は、比べものにならんがな」
ゴーレムが一瞬にして、何かに切り刻まれ、塵と化した。
そして、姿を現したものは…。
巨大な蝙蝠の羽で身をくるんだ…邪悪な塊そのものだった。
「サーシャ!」
数人の隊員が、サーシャのそばにやってきた。
「気を付けて…」
サーシャの言葉が終わる前に、邪悪の塊の眼光が、彼女達を照らした。
「召還!」
轟は、鎧のベルトに挟んだカードに触れた。
ポイントを消費されると同時に、後ろの空間が裂け、巨大な機械の鳥が現れた。
「装着!ウイング・アーマー!」
鳥の足と頭が、轟の背中から絡み着き、鉄の翼をはやした格好になる。
ウイング・アーマーは、他の隊員達も装着された。
「行くぞ!」
轟達…ブラックサイレンスが、天を駈ける。
無数のドラゴンの群が雄叫びを上げ、口から雷や炎を放つ。
ドラゴンキラーが、炎を斬り裂き、
「馬鹿目」
放たれたすべての雷が、空中で両手を広げた轟の黄金の鎧に、吸い込まれた。
「この鎧は、お前達の首筋の鱗…逆鱗を集めて作ったもの」
雷を吸収してか…鎧が怪しく光った。
「逆鱗に触れるとは、こういうことだ」
轟の巨大なドラゴンキラーは、もう槍に近かった。
「サンダークラッシュ!」
吸収したすべての雷が、ドラゴンキラーの切っ先に凝縮され、放たれた。
先程とは、比べものにならないくらいの輝きが、空を覆った。
光が爆発したのだ。
傷だらけになり、大量のドラゴンが、ゴブリンの大群の上に落ちていく。
轟は休むことなく、ドラゴンに斬りかかる。鎧の性能もあり、轟はほとんどポイントを使わずにすんでいた。
「ポイントがなくなった者は、補充しろ」
轟が、周囲に叫んだ。
「隊長…」
指示をとばす轟の前に、ウイングアーマーをつけた5人の隊員が、近寄ってきた。
空中で制止した轟は、部下達の異変に気づいた。
「どうした?松田!ジョンソン!泊!井筒!スケット!」
「隊長…に、逃げて下さい…」
そう言うと、隊員達の顔に赤い線が浮かび、断層の亀裂のようにスライドした。
「な…」
血飛沫を上げながら、隊員達の体はゴブリンの群に落ち、やつらの何百もの手に、体を引きちぎられた。
「やめろ!」
轟は、地上に向かって、急降下した。その間に、ドラゴンが放つ雷を吸収し、槍に溜める。
槍が、地上に突き刺さった瞬間、地面が雷によって爆発した。
吹き飛ぶゴブリン達。爆風で砂埃が巻き起こり、周囲の様子が一瞬、わからなくなった。
すぐに、砂埃は消え…視界が戻ったが、もう引き裂かれた遺体も判別できなかった。
持ち主を亡くしたカードだけが、轟の周りに転がっていた。
「何があった?」
カードを拾おうとした轟の動きが、止まった。
ゴブリンやゴーレムの群の向こうに…巨大な旗が立ち、風に靡いている様子が、目に飛び込んできたからだ。
先程までは、なかったもの。
「あれは…」
司令部は、パニックになっていた。旗を確認しただけで。
司令官は震えながら、わなわなと旗を見つめていた。
黒字に、雷が落ちたような紋章。
「天空の騎士団…」
かつて、アルテミアの側近であった…3人の魔神。108いる魔神のさらに上に存在し、騎士を名乗れ、旗を持つことを許されているのは…たった7人だけ。
そして、騎士達はそれぞれ女神に仕えていた。そんな中…主を亡くし、存在価値すらなくなった部隊があった。その部隊には、騎士が3人もいた。
「神クラスがいるなんて…馬鹿な」
司令官は取り乱し、そばにいる部下に詰め寄った。
「なぜだ!神クラスは、ここを突破せずとも、どこからでも、障壁を出られるはずだ!」
「司令…。わ、私にもわかりません」
「なぜ…」
司令官は絶句した。
凄まじいプレッシャーが、前線にいるすべての人に降り注いだ。レベルの低い者は地面に跪き、高い者は軽い目眩を感じた。
司令官は、プレッシャーの元である空を見上げた。
先程から、この一帯を覆っていた黒い雲は…雲ではなかった。雲と思っていたものが、ゆっくりと下りて来て、その真の姿が、確認できるようになった。
「蝙蝠…」
人々には、そう見えた。
雲を形どっていたのは、数え切れない程の蝙蝠の大群だった。
ただし、一匹一匹が、人の数倍はある。
「翼あるもの達…」
司令官は呟いた。
天空の騎士団は、空を司るすべての魔物を傘下に治めていた。
「障壁の外に、こんなに…」
あまりの数の多さに、防衛軍の人々は、唖然とし…ただ、天を見上げるだけだった。
「何を、ぼおっとしておるか!結界士達を全員、こちらに集めろ!ドーム状の結界を、この建物を中心にして、張らせろ!」
いきなり、司令官の怒声が響く。
「しかし、障壁は…」
「騎士がいるんだ!意味はない!今は、全員が生き残ることが先決だ」
司令官の命に、伝令が飛ぶ。
式神が飛び回り、周囲に命令を伝えた。
魔法結界士達は、障壁を張りながら散開し、その形を変えていく。
「守る距離は、さっきの半分でいい!強固なバリアを張れ!攻撃できる者は、バリアの外を目掛けて、撃ちまくれ!」
何万人もの結界士が移動する足音と、攻撃系の魔法を撃ちまくる防衛軍。
人々の魔法を唱える声と、司令部の倉庫から出された…巨大な砲弾。
カードが数枚通されると、魔法ミサイルが発射された。
前方にいたゴーレムが、吹き飛んだ。
巨大蝙蝠は、さらに強固になったバリアに弾かれて、中に入れない。ドラゴンの火も雷でも、バリアにはひびも入らなかった。怒り狂ったように、バリアに斧を叩きつけるゴブリン。
「竹島の本隊に連絡!障壁を解除したことと、騎士クラスの出現を!至急、増援を要請すると」
「は!」
司令官の命に、通信班が走る。
「ポイントの残量は?」
司令官はプレハブの建物内に入り、水晶の玉の前に座るオペレーターに声をかけた。
「集まるポイントより、バリアなどに使う量が、多すぎます。このままでは…2日と持ちません」
全員のポイント残量を示すグラフが、ホログラフのように浮かび上がり、少しずつ減っていくのがわかった。
「ブラックサイエンスは、どうした?」
画面が変わり、この辺りの地形を移し、カードを持つ者と魔力のある敵を映す。
しかし、光り輝く点があっちこっちに点滅し、点と点が重なっていった。その数のあまりの多さに、何が何かわからない。
「識別不可能です」
「障壁が…」
消えたことに、轟は驚いている暇は…なかった。
「隊長!」
轟の周りに、11人の隊員が集結した。
前方に意識を集中し、槍を突き出しながら、轟はきいた。
「他の者達は?」
「サーシャのもとへ」
隊員の答えに、
「そうか…」
轟は表情を変えず、ただ前方を睨みつけながら、頷いた。
そして、ほんの数ミリ前に出た。
「くるぞ」
全員が構えた。
今まで感じたことのないプレッシャーが、轟達を襲っていた。
人の本質的な恐怖。訳もなく、闇を恐れ、不安になるのは…人が、自らの天敵を覚えているからだと…誰かが説明していた。
今、その恐れる理由の者が、現れようとしていた。
「うわあっ!」
恐怖に耐えられず、1人の隊員が、前方に襲いかかった。
「清水!早まるな」
轟の制止も聞かず、清水は前方の闇に向かって、ドラゴン・キラーを突き出した。
「雷撃の鉄槌!」
清水のドラゴンキラーが青白く、輝く。
「愚かな…」
静かな低い声が、轟達の耳の奥…鼓膜から、脳に直接響いた。
その後、清水の断末魔が聞こえた。
「清水…」
轟は唇を噛みしめると、残りの隊員に命令を出した。
「全員!全ポイントを使用!一撃だ!無空の陣にて、敵を倒す」
槍を握り締め、
「次は、ないと思え!行くぞ」
轟の号令に、
「は!」
みんな頷くと、四方に飛び散った。
「我が姫の技を研究、拝借し!戦う人間達がいると、きいていたが…うぬらか?」
旋回し、轟達が巻き起こす風が、闇を払った。
そして、姿を現したものは…額から、巨大な角を生やし、戦国時代を彷彿させる赤い鎧を纏った…魔神だった。
「無空陣・殺の舞」
上昇気流が、魔神を包む。
「風の魔力など…片腹痛いわ」
魔神は指先を一本、前に出すと、上から下へ手首を動かした。
それだけで、気流の流れが変わった。相手を切り裂くはずだった…かまいたちが、轟達を切り裂き、地面に叩きつけられた。
轟も地面に叩きつけられると、さらに風圧で、地面に埋まっていく。
轟はうつ伏せに、押し付けられながらも、目だけを動かし、周りを確認した。
落とされた時、打ちどころが悪かったのか…ほとんどの部下の頭が割れ、死んでいた。
「神の技を、盗んだ罪と知れ!」
魔神は、腰から下げた鞘からサーベルを抜き出し、動けぬ隊員をゆっくりと、いたぶるように刺していった。
「うぬら人間如きに、魔力を使うこともないわ」