第85話 幻夢
明菜の肩に乗せた手に力を入れると、美奈子は外に促した。
練習中の劇団員を残して廊下に出た美奈子は、誰もいないことを確認すると、明菜にあるものを示した。
「それは……」
美奈子の手の平に乗せられた…カード。
美奈子は、カードに視線を落とした。
「あたし以外のやつのカードは、消えたけど…あたしのは、残った…」
「…」
明菜も無言で、カードを見つめた。
詳しくは知らないが…このカードは、異世界のものだった。
「もう…何の反応も示さないけどね」
美奈子は、カードを握り締めた。
「これが、残ってなけりゃ…異世界なんて信じなかったし…。まあ…あんたの話も、信じられなかっただろうね」
学生の時、美奈子は…連れ去られた明菜を助けようと、異世界に行く覚悟を決めた。
しかし、赤星浩一が、連れて行ってはくれなかった。
「あれから……あたしなりに、このカードを調べてみた。すると、あることに気付いた」
美奈子は手の平を広げると、カードを見つめ、
「カードは…少数だけど…あたし達の学校以外でも、配られていた」
明菜もカードを見つめ、
「このカードは…異世界しか使えないのに……」
何の変哲もない…数字が並んだ電卓のようなカード。
「…カードを使うってのとは、違うらしい」
美奈子は、カードの表面を指でなぞった。
「資格らしい……。選ばれた資格」
「資格?」
美奈子は頷き、
「そう…。人以上であるという資格…」
「そんなはずはないです!確か…このカードは、人が魔物と戦うために…」
明菜の脳裏に、ブラックカードを持つクラークの姿が甦った。
彼は言った。
カードとは、魔力を持たない人が、魔法を使う為に、作り出したものであると。
このカードは、力なき人間の為に作られたと……。
資格…。資格とは、何か。
考え込む明菜の両肩に、美奈子は手を置いた。
「あたしにはわからないけど…。一つだけ、確かなものがある」
美奈子は、じっと明菜の目を見据え、
「あたしが、カードを調べている時…もう一つの噂があった」
「噂?」
「そうだ」
美奈子は力強く頷き、
「…人であらざるものに関わったもの……そこには、絶望しかない。しかし、それを救う者がいる!」
美奈子は、明菜の肩を軽く握り締め、
「その者は、ブロンドの女神」
「ブロンドの…女神…」
美奈子の言葉を繰り返す明菜に、美奈子は力強く頷き、
「それは…赤星浩一が、あの世界に残る理由といった…女じゃないのか?」
「…」
明菜は、考え込んだ。
詳しくことは、きいていなかった。
だけど、赤星が好きになった女……異世界に残ることを決意させ、家族や友達さえ捨てさせた女は……。
「どうか…わかりません。でも……」
明菜は唇を噛み締め、言葉を絞りだした。
「こうちゃんは…誰かが困っているなら、必ず助ける人です」
そう…だとしたら、浩一はこの世界にいる。
明菜は、確信した。
しかし、カードの件とか考えると、簡単に嬉しくなっている場合ではなかった。
「団長…通し稽古終わりましたけど…」
唐突にドアが開き、中から美香が顔をだした。
「あっ!ごめん…。もう一回やってくれるかな」
美奈子はカードをしまうと、店の中に入った。
その後を、明菜が続こうとしたが…美香はドアを閉めた。
明菜は気にすることなく、自分でドアを開け…中に入った。
彩香に連れられて来た店は、僕の知ってる店だった。
古風な木造の分厚い扉を開けると、カウンターと二つのテーブル席。
彩香は、テーブル席に座る。
僕はマスターに軽く会釈すると、彩香の前に座った。
だけど、少し…気まずい思いを感じていた。
先日…この店で、会った男は、死んだはずだ。
しかし、ニュースにもなっておらず…騒がれた様子もない。
(最後…会ったのは、ここだ…。マスターは、僕の顔をおぼえているはずだ)
記憶を消すこともできるが、カウンター内とテーブルは離れていた。
記憶を消すには、面と向かって、目を見なければならない。
悩んでいると、マスターがコーヒーカップを2つ持って、テーブルに近づいてきた。
彩香の前…そして、僕の前にコーヒーは、置かれた。
「あ、あのお…」
僕達は、注文していなかったはずだ。
「すいません…。うちは、コーヒーしかないんですよ」
僕が話す前に、マスターが謝った。
「あなたは、初めてですから…わからなかったでしょうが……彼女は、知ってますよね」
マスターの言葉に、彩香は頷いた。
(うそをつけ!)
彩香がカップに口をつけた後、僕はコーヒーを一口飲んで、心の中で毒づいた。
コーヒーは、僕の好みの味付けがされていた。
つまり、マスターは僕を知っている。
(何のつもりだ)
マスターを探ろうとしたが、できなかった。目の前で俯き加減で、コーヒーを飲んでいた彩香が、おもむろに口を開き、話しだしたからだ。
仕方なく、僕は一旦、マスターを気するのをやめた。
「演技って…何だと思いますか?」
思いも寄らない質問に、僕は思わず聞き返した。
「え?」
彩香は、そんな僕を気にせず、言葉を続けた。
「役を演じるとか…台本通りに演じるとか……いろいろあると思うんですけど……。そんな程度の演技なら、誰でも日常で行っている演技に、かなわないと思うんですよ……」
彩香は俯きながら、コーヒーカップを見つめ、中の液体を凝視していた。
「日常の演技?」
僕は、俯く彩香の頭の天辺のつむじに目がいった。そこまで、俯く人も珍しい。
彩香は微かに、首だけで頷くと、
「今も…あたしは、演技をしています。初対面のあなたと、話す為に…自分の気持ちを抑えて……」
僕に見えないように、テーブルの下で、彩香は両手を握り締めた。
「この劇団に参加してみて…思うんです…。わざわざ台本を覚えて…演技しても……その役には、なれないのに……見た目は、自分のままなのに…」
彩香の体が、微かに震えているのがわかった。
雰囲気がおかしい。
僕は、気付いた。これは、恐怖ではない。気持ちの昂ぶりだ。
「ちょっと待って下さい…。あなたの助けての…意味は…」
彩香の震えは、大きくなる。
「噂を聞いたとき……嬉しかった。あなたに、会えるのだから…」
彩香は、顔を上げた。下から、舐めるようにゆっくりと僕を見…そして、睨む。
「赤星浩一さん……。あたしには、兄がいたの」
そう言うと、彩香はどこからか、一枚のカードを取り出した。
それを…テーブルの上に置くと、指で僕の方に差し出した。
そのカードを見て、僕は絶句した。
「これは!?」
彩香は、また視線をコーヒーカップに向けると、
「両親は、離婚しましたので…兄と、私の性は、違うんですよ」
彩香は、コーヒーカップを手に取った。
「兄の名は…西園寺俊弘。知ってますよね?」
彩香は、カップを口の前で止めると、僕の目をじっと睨んだ。
「それとも…忘れましたか?あまりにも、殺し過ぎて…」
彩香は、ゆっくりと僕を見つめながら、カップの中身を飲み干していく。
静かにカップを置くと、彩香は姿勢を正し、僕に微笑んだ。
「助けてほしいんですよ。兄を殺した相手の目の前でも、演技を続ける私自身を…」
「違う!」
僕は、席を立った。
「彼は、僕が殺したわけじない!」
彩香はクスッと笑うと、
「外に出ましょう」
席を立ち、カウンターの方を見ずに僕を見下ろしながら、
「マスター…お会計を」
「…クッ」
僕は立ち上がり、お金を出そうとしたが、彩香が手で制した。
「いいんですよ。ここは、あたしが払います」
会計をすますと、彩香は店を出た。
後を追う僕に、マスターは頭を下げた。
ドアを開け、外に出た僕の目の前に、暗黒が広がっていた。
まだ真夜中ではない。
それに、街灯があるはずだ。
「兄は……あなたと競い…そして、もう一人のあなたを愛したそうね」
闇の中、なぜか彩香にだけ、スポットライトが当たっていた。
その光の中、彩香は舞う。
両手、両足…全身を使って、風に舞う。
アスファルトの舞台の上で。
僕は、彩香に叫んだ。
「君が持っているカードを、どこで手に入れた!」
しかし、彩香は答えない。
ただ踊り狂う。
数分…踊った後、彩香は深々と頭を下げた。
「……これにて、演技は終わりです。今からは…素晴らしい真実の姿を、お見せ致しますわ」
彩香は、カードを指に挟むと、それを額に当てた。
「素晴らしき目覚めを!もう演技なんて…必要ない」
「あれは!」
僕は、知っていた。カードを額に当てる行為を。
しかし、カードはもう使えないはずだ。
それに、ここは……ブルーワールドではない。
「あり得ない…」
しかし、唇を噛み締めた僕の目の前で、彩香は変わっていく。
人間ではないものに。
異様な白い目玉のような無数の模様が、描かれた二枚の羽を広げて、彩香は空中に浮かび上がる。
その姿は…まるで…。
舞い上がる彩香の羽から、白い粉のようなものが降り注ぐ。
僕は口を塞いだ。少し気管に入った。
毒だ。
僕は何ともないが…。
「赤星!」
ピアスの中から、声がした。
僕は頷くと、左手を突き出し、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
指輪から光が溢れ、その光を切り裂いて、アルテミアが現れた。
アルテミアの周りに、竜巻が発生し、彩香から落ちていく粉を巻き上げた。
「このままでは、町に毒が!」
僕の叫びに、アルテミアは叫んだ。
「モード・チェンジ!」
二枚の白き翼が生え、アルテミアは上昇気流を起こしながら、空中に飛び上がる。
その瞬間、風が空気の筒のようになり、彩香を閉じ込めた。
空気の壁に阻まれ、横に飛べなくなった彩香は、仕方なく上に上がっていく。
毒を降らしながら。
「てめえ!」
筒の中は、真っ白になる。
その中を、アルテミアが飛んでくる。
一瞬にして自分を追い越し、上空で静止したアルテミアの姿を見上げ、
「まるで、天使気取りね。そうやって、兄を誑かしたのね」
「だ、誰がだ!あいつは、勝手に自滅しただけだ!多くの命を犠牲にしてな」
アルテミアの両手に、二本の回転する物体が飛んできて、クロスさせると、剣に変わった。
剣を握り締め、彩香に向けて、振り下ろそうとするアルテミアに向かって、僕は叫んだ。
「アルテミア!殺すな!」
「チッ」
落下するアルテミアと、彩香がすれ違った。アルテミアはそのまま、地上に着地した。
すると、風の筒は消え、上昇気流と化して、空高く舞い上がっていった。
白い毒も消えていた。
そして、すれ違った時に片方の羽根を斬り取られた彩香が、飛ぶ力とバランスを失い、落ちて来る。
鈍い音がした。
「彩香さん」
降り立ったアルテミアが振り向くと、僕に戻っていた。
僕は両膝を地面につけ、斬られた羽根を確認している彩香に、近づいていく。
「あなたが…この力を使わないなら…あなたは、人の社会に戻れます」
僕の瞳が、赤く光る。
「今から、記憶を消します」
近づく僕から逃れる為、彩香は残った片羽を動かし、何とか飛ぼうとする。
しかし、飛ぶことはできない。
「いやよ!いや!!」
彩香は、激しく首を横に振った。
「あたしは…もう演技なんて、したくないの!人間なんて!演技しなくちゃ生きれない動物なんて!あたしは、蝶になるのよ!」
絶叫する彩香の全身を突然、上空からの雷が撃った。
「な!」
突然の激しい光に、目を細めた僕の前に、二メートルは越す巨大な体躯が現れた。
視界を遮られた僕の頭の上から、声がした。
「すまんな…少年」
僕はその声に、聞き覚えがあった。
僕の胸板に、同じぐらいの大きさの巨大な手の平が、当てられた。
「赤星!」
アルテミアの絶叫をかき消し…雷撃が、至近距離から、放たれた。
「ギラ……ブレイク」
僕の体は、地面を抉りながら、数百メートル吹っ飛んでいく。
雷鳴の塊が、僕の胸でスパークしている。
「も、モード・チェンジ!」
雷鳴が爆発する前に、僕は叫んだ。
「ほお…さらに、強くなられましたな」
ギラは、右手を突き出したまま、感心した。
ギラブレイクは、弾けることなく……アルテミアの手の中で、吸収された。
「さすが……天空の女神…」
「ギラだと!」
アルテミアは、数百メートル向こうのギラを睨み…さらに、ギラの向こうに立つ女を、睨み付けた。
「それに…サラか!」
ギラの向こうで、黒焦げになった彩香を、片手で抱き上げたサラがいた。
「チッ」
アルテミアは舌打ちすると、走りだした。
「モード・チェンジ!」
アルテミアの体が、黒のスーツ姿に変わる。
スピードを上げたフラッシュモード。
「いかせませんよ」
ギラの体が横にスライドし、一瞬にして数百メートルを移動したアルテミアとぶつかった。
「なぜ、お前達がいる!」
「それは、言えませんね」
アルテミアは、ギラにタックルを喰らわすと、そのまま…コンマ零秒の速さで、ギラの首筋に回し蹴りを叩き込んだ。決まったと思ったが、ヒットしなかった。
ギラは、腕でブロックしていた。
「パワーは増しても…攻撃パターンに、変化はございませんな」
ギラは、そのままアルテミアの足を掴むと、天に向けてほり投げた。
そして、両手を天に突き上げると、そこから雷撃をマシンガンのように、撃ち続けた。
「行くぞ…」
そんな2人の攻防を気にせずに…サラは、彩香の額に指を突き刺すと、すぐに抜いた。
彩香の額から、血が飛び出した。
「もう終わったのか?」
ギラは撃ち続けながら、きいた。
「ああ…記憶は、リークした…。大した情報は、得られなかったがな…」
「な、舐めるな!」
雷撃を吸収しながら、アルテミアは空から、落ちてくる。途中で、反転すると、蹴りの体勢になる。
「フン」
サラは鼻を鳴らすと、落下していくアルテミアに向かって、彩香を投げつけた。
「な!」
ギラへの攻撃体勢に入っていたアルテミアは、横合いから....彩香を投げられて、視線が外れた。
彩香を受け止め、地上に降り立った時には、ギラもサラも消えていた。
「逃げたか!」
アルテミアは周囲の気を探ったが、テレポートしたのか…近くにはいなかった。
アルテミアは膝を曲げると、受けとめた彩香をゆっくりと地面に横たえた。
もう死んでいた。
「何が…起こってるんだ…」
アルテミアは、彩香の額を確認し、ゆっくりと立ち上がった。
すると、闇の深さが彩香淡くなっていく。
結界が解けたのだろう。
その瞬間……彩香の体が灰のようになり、崩れていく。
「どうなっている?」
アルテミアは慌てて、その灰に触れようとしたが…突風が吹き、すべての灰を持ち去った。
街並みに、街灯や店の灯りが戻り…完全な闇は、消え去った。
アルテミアから…僕に戻ると、ただ歩きだした。
闇が深い方へ。
次の日。
稽古場でもある店には、星野も…彩香も来なかった。
ドアをずっと見つめている明菜の肩に、美奈子が後ろ手を置いた。
「消えた…松野のことは気に掛かるが……多分、何かあったんだろな」
美奈子は、ため息をつき、
「あたし達は、普通の人間だ……。わからないことが多い…だけどな」
美奈子は、明菜の肩をぎゅと握り締め、
「それが…あの男の優しさなんだろ」
「先輩…」
振り返る明菜に、頷く美奈子。
そんな二人に、劇団員の春奈が拍手した。
「素晴らしき、人間愛!これは、演技じゃない…真実の馴れ合いね」
拍手しながら、明菜達に近づく春奈を、美奈子は訝しげに見た。
春奈は、美奈子を無視して、明菜の前に立った。
「なんか…予想外に終わってしまったわ。だけど…あなたには、用があるの。顔を貸してくれるかしら?」
ちらっと、春奈は美奈子を見、
「あんたも、来たければ来ればいい」
美奈子を見て、春奈は笑った。
率先して店を出ていく春奈と…それについていく二人を見て、
「ちょっと!どこいくんですか!」
引き止めようとする美香に向かって、春奈は振り返った。
すると、美香と裏方の二人の動きが止まった。
「まったく…この世界の人間は、偉そうよね」
顔をしかめる春奈に、美奈子は明菜の腕を掴み、距離を取った。
「この世界だと!」
春奈を警戒する美奈子に、春奈は苦笑した。
「警戒しなくてもいいのよ。いえ…警戒したところで…あたしがその気なら、殺してるから」
何とも言えない…殺気…いや、蛇が蛙を睨むような何とも言えない目つき。
美奈子と明菜は、瞬時にして悟った。
こいつは、ヤバイと。
そして、明菜は人間ではないことも、察知していた。
「別に、出ていく必要はないわね」
春菜は開けたドアを閉めると、腕を組んだ。そのままドアにもたれて、美奈子と明菜に体を向けた。
「質問があるなら、答えてあげるわ」
「あんたは……春奈ではないわね……」
美奈子は、ドアにもたれる春奈を凝視した。
春奈は、肩をすくめ、
「正確に言うと…春奈という人間は、最初からいないわ」
「じゃ…お前は誰なんだ?」
美奈子は怯むとこなく、春奈に詰め寄った。
春奈は苦笑し、
「強気な女は、好きよ」
「こたえて!」
明菜も、春奈に詰め寄る。
「フフフ…」
春奈は声を出して笑うと、二人を交互に見て、
「あたしの名は、リンネ。あなたが、行ったことのある世界の者よ」
リンネは明菜を見、微笑んだ。
「リンネ…」
明菜は、その名を思い出そうとしたけど、まったく浮かばない。
「あなたとは、一度やり合ったことがあったのに」
リンネはドアから離れ、明菜に近づいた。
そして、耳元で囁いた。
「まあ…その時は、あなたは…剣になっていたけどね」
「剣…」
その記憶もない。
結局…明菜は囚われていたことが多くて、異世界で自由になったことがない。
「そう…」
リンネは、手を伸ばし…明菜の頬に触れた。
それは、ひんやりとして、とても冷たかった。
「剣…。あなたは、自分で戦う力はないけど…。時空間を切り裂ける剣に、なれるわ」
明菜は、大きく目を見開いた。
リンネはクスッと笑うと、
「その力を使うと、この世界から…我々の世界に行くことができる。だから…」
「だから?」
真っすぐにリンネを見据える明菜に、リンネは頬に当てた手を離した。
「あいつらが、我々の世界に攻め入るつもりなら…あんたを手に入れようとする……と思ったんだけど…」
リンネは、二人から離れた。
「違うみたい。あいつらは、この世界しか興味がないみたい」
リンネの体が、変わる。
炎に包まれた灼熱の体。
少しでも、近づいたら…消滅しそうだ。
「待って!こうちゃんは…どうして、この世界に!」
近付けない明菜は数秒で、全身汗だくになった。
「こうちゃん……?ああ…赤星浩一のことね」
炎は、リンネ自身の肉体を燃やしていく。
「彼は……あたし達を追ってきたのよ」
「あたし達?」
リンネはにやりと笑い、
「あたしと…守口舞子…」
呟くように言った。
「守口舞子!」
美奈子は、思わず声を上げた。
美奈子は、彼女を知っていた。
高校時代。
美奈子は、演劇部の部長以外に生徒会長もしていた。そして、守口舞子は、副会長だった。
赤星が、異世界に消えた数日後……学校に通っていた五人の生徒が、一斉に行方不明になった。
舞子は、その中の1人だ。
「やはり…彼女達も、異世界に行ってたのか…」
どんなに探しても、警察に捜索願いを出しても、彼女達を見つけることはできなかった。
「彼女は、この世界に戻ってきたのか!」
美奈子の言葉に、リンネはフッと口元を緩めた。
「戻るという言葉は、似つかわしくないわ…。そうね…」
リンネは考え込み…消える瞬間、こう言い残した。
「壊しに来た…がいいかしら」
微笑みながら、リンネは消滅した。死んだわけではないだろう。
顔を伏せ、流れる汗を拭わずに、明菜は……相変わらず、部外者で、何もできない自分に絶望していた。
(こうちゃん…)
美奈子は、汗を手の甲で拭うと、考え込んだ。
しかし、何もできないし、これ以上何もわからなかった。
美奈子の性格からいって、部外者でいるのは許せなかったが、力なき自分に…資格がないこともわかっていた。
(変に…知ってしまった…)
美奈子は、舌打ちした。
明菜は汗だくの顔を上げると、リンネが消えた空間を、ただしばらく見つめていた。