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第83話 囚籠

鳥かごに捕われた鳥は、自由を願っているのだろうか。


高く自由には、飛びないけど…餓えることはない。



少女は、読みかけの本を閉じると、白いベットの上に座りながら、ふと窓の外を見た。


窓ガラスを、開けることはできない。


少女は鳥かごの中の…さらにかごの中。


無菌室という特殊な空間が、彼女の自由だった。


自分は生きているけど……生きるという意味がわからなかった。


いつまで、ここにいるかもわからなかった。


病気のことも、教えられていない。


ただ…ある日、発病し…ここ以外の自由を、失っただけだ。


外のものも、簡単に少女に渡すわけには、いかなかった。


だから、同じ本を何度も何度も読み返していた。


不思議なことに…何度読み返しても、物語には新しい発見があった。


そんな発見…多分、ここにいなければ、わからなかっただろう。


少女は、自然と微笑み…窓から視線を、こちらに向けた。


無菌室を囲う部屋の向こうにいる…僕に。



「そんなに、来なくていいんだよ…赤星くん」


少女の微笑みは、温かく…それだけで、僕は涙が流れそうになった。


けど、流すわけにはいかなかった。




「どうですかね?赤星浩一くん」


僕の隣に立つ医師が、いやらしい笑みをこちらに向けた。フルネームで呼ばれるのも、違和感があった。


やけに太り、てかてかした肌をさらした医師は笑いながら、


「この病院は今…人間の間で、話題となっているよ!病気が、絶対治るってね」


無言で、無菌室を見つめる僕の横顔を、医師はじっと見つめた。


医師の口から、長い舌が一瞬、飛び出した。


「何か問題が、あるのかい?彼女……佐久間梨加も、ここにいるから、まだ生きているのだ」


僕はこたえない。


ただ無菌室からの梨加の微笑みに微笑みを返し、手を振ると、僕はゆっくりと医師に背を向けて、歩きだした。


「わざわざ…彼女に、同級生である記憶を植え付け…過ごしたこともない学校生活を、与えているお前の方が、悪魔ではないのかね?」


僕は、スボンのポケットに両手を突っ込むと、病院の廊下をゆっくりと進む。


「それでも、我々を殺すのか!」


医師の言葉が、赤星の背中に向けて放たれた。


「赤星…」


ピアスからの声が、心配気に僕の耳に響いた。





数日前、僕はメールを貰った人物に会いに行った。


待ち合わせの場所は、人通りのない路地裏だった。


雨が降っていた為、さらに人通りはない。


細い道に不法投棄されたゴミの中に、女はいた。


「あんた〜なんだあ〜」


女は、少し酔っているようだった。


女はまじまじと、学生服姿の僕を、下から上まで確認すると、鼻で笑った。 


「ほんと…どこでも、来るんだ…。でも、噂と違うわよね…。噂では、絶世の美女って…」


女の疑いの眼差しにも、僕は微動だにせず、


「僕はただの…メッセンジャーです。普段は依頼者と直接、会うことはしません。しかし…」


僕は、女のはだけた服から覗かれる胸元を、見下ろしていた。


肌の色がおかしい。


僕は拳を握りしめ、小刻みに震えながら、


「あなたは、自分を…殺してほしいと」


「そうよ」


女は、両手で胸元をつかむと、ボタンを引きちぎった。


「あたしは、人間じゃない!」


そこあるはずの乳房はなく…花の蕾のような緑色の物体が、2つあった。


「あたしは…人間じゃなくなったの……。あの病院を、裏切らないように…」


女の瞳から、涙が流れた。


「病院?」


「そうよ…び、病院…、ダメ!」


いきなり、女の全身が痙攣しだし、


「も、もう……あ、あたしじゃ…な、くく」


女の胸元に生えている蕾が、大きくなった。前に突き出すと、僕の目の前で…開いた。


しかし、それは…花ではなかった。


巨大な2つの口が、僕に襲いかかってくる。


「病院を……か、か、が患者……た、た、ちを……助けて……」


それが、女の最後の言葉だった。


僕は、襲いかかってきた二本の口を、片手で掴んだ。


二本の口は、燃え上がり……すぐに、女の全身も炎に包まれた。


雨に打たれながらも、炎は消えることなく、女が灰になるまで、燃え続けた。





僕は、病院内をゆっくりと徘徊した。


別段、おかしなところはない。


建物自体は。


しかし、通る患者を除いて、医師や看護婦は……。


(人間ではない)


僕は、通り過ぎる医師や看護婦の見せる笑みに、吐き気をもよおした。


「ここはね……大切なの」


僕の目の前に、車椅子に座った少年が現れ、上目遣いで僕を見た。


「僕はもう…死ぬはずだったんだだよ。心臓が弱くて…だけどね…」


少年は、パジャマの上着のボタンを外すと、上半身を僕にさらした。


そこに咲く一輪の花。


「これを植えてから…僕は生きれるようになったの」


少年の肌は、緑がかっている。


「こ、これは……」


絶句する僕の耳元に、先程の医師の声が聞こえた。


「ここには、二種類の患者がいる」


いつのまに、後ろを取られたのか…僕にはわからなかった。


僕は慌てて、横に飛んで間合いを取った。


てかりはさらに増し、医師は笑い続ける。


「最初は、治した患者を殺す…ただ、それだけだった。完治し、喜びに満ちている人間を、一瞬にして絶望にたたき込み…殺す。ただそれだけだった」


医師は、病院内を見回した。


「だが…ある日、私は気付いた。人間の生きるという執着……いや、生きるではないな…。死にたくないという欲望にね」


医師の手が緑色に変わると、分裂し、細かい枝のようになる。


「人でなくなっても、死にたくという叫びにね!だから、与えてやったのだよ。魔物の体を!移植してね。ただし!」


医師の枝が伸び、僕の首に巻き付いた。


「お前のように、魔獣因子を持つ者や、静寂な肉体には、移植することができない」


「い、移植できない…人達は、どうなる?」


僕は、枝を握り締めた。


「魔獣に目覚める者は、目覚めさせ…洗脳し、我々の兵士にする。静寂な者は、我々の栄養源になってもらう」


「ふざけるな!」


枝を握る手が真っ赤になり、熱で焼き切ると、僕は構えた。


反撃に出ようとした僕の全身に、四方から飛んできた枝が絡みつく。


「く!」


車椅子の少年も立ち上がり、両手を枝にし、僕に絡み付けていた。


「どうした?赤星浩一!」


医師は、焼き切れた腕をさすりながら、叫んだ。


「太陽の勇者といわれたお前も、自分の世界では、ただの役立たずか!」


「くそ!」


焼き切ることは、できる。しかし、できない。


「彼らは、まだ半分人間だ!いずれ、全身が侵食されるがな!」


「くそ…」


僕は、炎で焼き切ることを断念した。


その代わり。


「ギャアアア!!」


枝を伸ばしていた患者達の絶叫が、廊下にこだました。


「電気か!」


床を伝って、テカリ医師の体も痺れだし、片膝を床に落とした。


僕に絡まる枝が、緩んだところで、僕は一瞬にして、廊下からテレポートした。


電流はすぐにおさまり、廊下には、患者と医師しかいない。


「逃げたか!しかし、この病院にいることは確かだ」


まだ痺れがとれない医師の耳に、校内アナウンスが飛び込んできた。


どうやら、緊急患者が運ばれてきたようだ。


「また…家畜が来たか…。まあいい…多ければ多いほど…我らに、損はない」


立ち上がり、白衣を翻す頃には、医師の腕は…人間のそれに戻り、廊下を歩きだした。


周りにいた患者達も、いつもの姿に戻り、何事もなかったように、過ごしだす。


「てるちゃん!」


廊下の向こうから、声がして、1人の女が近づいてくる。


「あっ!ママ!」


女の姿を認め、車椅子の少年は車椅子を使って、母親に近寄っていく。満面の笑みで。


母親は、少年を抱きしめ、


「病室に、いなくちゃ駄目じゃない!ママ、心配したわ」


「ママ…」


少年も、母親を抱きしめた。





「くそ…」


テレポートした場所は、梨加の部屋のそばだった。


もう正体はばれているし、ここから離れる訳にはいかない。


逃げる理由もなかった。


僕が本気をだせば、ここを簡単に破壊できる。


しかし、それもできなかった。


(どうしたらいい…)


悩んでいると、梨加の声が聞こえてきた。


部屋のドアが、少し開いていた。隙間から、明かりが漏れていた。


「赤星くん?まだ、病院にいたの…何かあったの?」


何時か分からないけど…少なくとも、面会時間は過ぎているはずだ。


僕は、目をつぶると、


「ごめん……ちょっとぼおっとしてただけなんだ…。もう帰るよ」


僕は、その場から歩きだそうした。


「待って……」


微かな声で、力強く止める声がした。


僕は、足を止めた。


「…どうしたの?」


僕は体を、梨加の部屋の方に向けた。


ドアを開けることなく、隙間に体を近付けた。


返事はすぐにはなく…ただ静けさだけを感じていた。


僕は、開いているドアを閉めようと、手を伸ばした。


その時、声がした。


「……明日、手術することになったの…」


「え!」


僕は思わず手を止め、声を上げた。


「そ、そ、それは…」


僕はドアノブを握ると、ドアを開いて、中に入った。


「だ…」


め…と最後まで、言えなかった。


満面の笑みを浮かべた梨加が、無菌室のベットをでていた。それだけではない。なんと、ベットを囲むビニールの壁に手を当てて、立ち上がっていたのだ。


「うそよ」


梨加は、笑った。


「よ、よかった…」


ほっと胸を撫で下ろした僕に、梨加は悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「それが、うそ」


「え?」


「本当は…今日、手術したの」


梨加の言葉に、僕は絶句し、


「な」


梨加に近づいた。


ビニール越しに、梨加と向き合い、


「どうして…」


僕の悲しげな瞳に、梨加は軽く驚き…また笑顔を向けた。


「心配しないで。一応、手術は成功したの。でも、まだ治った実感はないけど」


「どうして……」


(どうして…手術を受けた!!)


僕の心の叫びを、梨加に聞かせるわけにはいかなかった。僕は崩れ落ち、その場にへたりこむ。


彼女は、治る為に受けたのだ。普通なら、この中で死ぬまで、過ごさなけばならない。


それが、治ると言われたたら、誰だって受ける。


僕の様子を見て、梨加は口を開き…話し始めた。


「赤星くんが、話してくれた話が、好きだったの。ブルーワールド…未知の世界…」


僕は顔を上げた。


梨加は、ずっと微笑みかけてくれていた。


「その世界での冒険…。最初は、とっても弱かったのに……、最後は魔王とも、戦える勇者になったって…」


楽しそうに、僕のブルーワールドでの逸話を離す梨加に、何か不思議なものを感じていた。


「だから…あたしも、ここではない…どこかで、強く、逞しく、生きたいの!どこか知らない世界で…」


「佐久間さん…」


梨加の気持ちは、良く理解できた。


「な〜んてね!」


梨加はペロッと、舌を出した。


「そんな…世界ある訳ないのにね」


梨加の切ない表情に、僕は胸が苦しくなった。


僕は思い切り、目をつぶり…考え込んだ。


(もし…彼女が、魔物の細胞を移植されてるなら……彼女は、この世界では生きられない…。だけど…)


僕は、ゆっくりと目を開いていく。


(ブルーワールドなら…彼女は生きられるじゃないか?)


僕の頭に浮かんだ考えを…ピアスの声が、否定した。


「それは、無理だ…。あの世界は、ここよりも、弱肉強食だ。彼女の性格なら、生き抜けない。それに…」


ピアスの声は、非情なる現実を、僕に突き付けた。


「この手術は、移植と言うより…融合…いや、侵食だ!余程の意志がないと…逃れられない」


その言葉が、終わるか終わらない頃に…梨加の絶叫が、こだました。


体がわなわなと震えて、痙攣を始めた。


「始まった…侵食が」


「あああっ!」


激しく悶え、身を反らした梨加の首筋に、血管ではない…植物の根のようなものが浮き出た。それは、じりじりと蠢いている。


「赤星!あれが、脳まで達したら、彼女の意識はなくなり…魔へと変わるぞ」


ピアスの声にも返事をせず、僕は…ただ梨加を見つめた。


「早すぎる!間に合わない……赤星!彼女はもう…助からない!魔になる前に、殺せ!せめて、人として殺してやれ!赤星!」


僕は両手を握り締め、血が出る程…唇を噛み締めた。


「赤星くん……。もし…あるんだったら……あたしを、こことは……違う……世界に……連れて行って…」


苦しみながら、赤星に手を伸ばす梨加から、思わず目を逸らしそうになったけど…僕は、自分で止めた。


「僕のせいだね……」


僕の瞳から、涙が流れた。


「僕が…ブルーワールドのことを話さなければ……君が、夢見ることもなかった…」


「赤星くん?」


苦しみながらも、梨加は赤星の涙に気付いた。


僕は一歩前に出た。


「君の心は……いつか連れていってあげる。だから…」


僕の瞳が、赤く光った。


「さよなら…。佐久間さん…」


「え…」


僕の瞳の光に照らされた瞬間、梨加にかけた魔法が解けた。


「え?え?え……あなたは、誰?」


梨加は驚いた顔で、僕を見た。


僕は涙を拭い、


「僕は……バンパイアだ」


そして、微笑みながら、手を伸ばした。


ビニールの壁を突き破り、まだ侵食されていない…首の付け根に、軽く爪を突き刺すと、


「だから…血を貰うよ」


一瞬で抜き、指先についた血を、僕は舐めた。


「え」


梨加が目を見開くのと、根が首から上を侵食したのは、同時だった。


「ぎゃあああ!」


人としての最後の絶叫をあげると、梨加の全身を覆っていた根が、消えた。


反らしていた体を、ゆっくりと起こすと、梨加は……僕を見て、にやりと笑った。


その笑みからして、もう彼女ではなかった。


「赤星浩一!我が女神の名において、最後の警告を発する!」


僕は、鼻で笑った。


「最後の警告?我が女神だと?それは、リンネか!それとも、舞子か!」


僕の言葉に、今度は梨加が笑った。


「そのような雑魚とは、違う!」


「何?」


梨加の両手の指が、木の枝のように伸びる。


「我らの女神の名は……大地の女神のテラ」


「大地の女神テラ?」


僕は、その名を知らなかった。


ブルーワールドにいる時も、聞いたことがない。


「女神は、三人しかいない!大地の女神だと、どこかの雑魚が、この世界で勝手に、名乗っているだけだろうが!一体どこの…」


ピアスの声を遮るように、僕は前に出た。


「もういいよ…そいつが、誰でも…」


呟くように言う僕の手に…どこからか飛んできた2つの物体がおさまると、クロスさせた。


すると、それは十字架のような剣になった。


「何をする気だ!」


驚く梨加が、慌てて両手の枝で攻撃しょうとした。


しかし、その動きよりも速く、僕は剣を突き出すと、一瞬にして間合いをつめた。剣先が、無菌室のビニールの壁を突き抜け…そのまま、剣は梨加の胸に、突き刺さった。


「心配するな…痛みを感じる時間も与えないから…」


僕の言葉が終わるより速く…梨加の体は、消滅した。



「赤星……」 


しばらく剣を突き出した格好で、僕は固まっていた。


「ううう……」


僕は、嗚咽した。


崩れ落ちるように、両膝を床に落とした。


「ごめん……」


僕は泣き崩れた。


この病院にいる人々を救う為に、僕はここに来た。


なのに、誰も救うことなんてできない。


(僕は、誰も救えない)


「赤星…」


あまりのショックの為、泣きながら動けない僕に、ピアスの声は叫んだ。


「泣いてる暇はないぞ!ベットの上を見ろ!早くしろ!」


ピアスの声に、僕ははっとして、自分の顔に平手打ちをくらわすと、立ち上がった。


剣で、ビニールの壁を凪ぎ払うと、主を失った無菌室に入った。


ベットに近付くと、布団をめくった。


そこから現れたものは…。


「チッ!」


僕は、舌打ちした。


「赤星!下だ!」


ピアスの声に頷くと、僕は剣を地面に突き刺した。


ベットにあったもの……それは、下から生えて来た木の芽だった。


剣を回転させ、ドリルのようにすると、病院の床…天井を、何度も突き破り…僕は、病院の地下室へと着地した。


「ここは…?」


地下室というより、あまりにも天井が高くて広い…立体駐車場のような場所だった。


中は、真っ暗だったが、僕には関係なかった。


すべての様子を、見ることができた。


地下室の中央に、太い木の幹があり、そこから無数の枝が、上に向かって生えていた。枝は、天井を突き破っていた。


そして、僕が着地した床一面に、人が横たわっていた。


その人々の全身に、根が絡みつき…体中に突き刺さっていた。


近づこうとすると、人々に絡みついていた根の一本一本が、医師や看護師達に変わる。


「何をするつもりだ?」


てかった額の医師が、赤星に話かけた。


「ここにいる者は、もう二度と目を覚まさない者…寝たきりの者や…もう助からない者しかいない」


僕は、医師を睨んだ。


医師はにやりと笑い、


「つまり…助ける価値もない者達しかいない」


「それでも、お前はここを破壊するのか?」


地上に向けて伸びていた枝が、天井から抜けると、患者達になる。


「我々は、外の人からは栄養を補給しない……」


「この病院の中…病院に運び込まれた者しか…」


「助からない者からしか…採取しない」


患者達の言葉に、僕はキレた。


「馬鹿な!あんたらは…他人から、他人の命から採取してるんだぞ」


「無駄だ…赤星。こいつらは、もう人間じゃない」


ピアスの声が、ため息をついた。


「どうして……」


「ククク…」


医師は笑う。


「助かりたいから、病院に来る。生きたいから、死にたくないから、ここに来る!」


「当たり前だろうが!病院なんだから!」


僕は、剣を構えた。


「しかし……助からないと知ったら、どうする?死ぬとわかっていたら、どうする?助かる方法が、あるとしたら、どうする?」


「詭弁だ!」


僕は、剣を医師に突き刺した。


「…助かっても、意識を乗っ取られている!それで、生きてると言えるか!」


医師は消滅すると、患者の1人の肉体が、歪み……今消滅した医師に変わる。


「それは、意志が弱いやつが悪いのだよ」


「チッ!」


僕はジャンプして、剣を振るおうとしたが、四方から伸びてきた枝に空中で、絡み取られた。


「よく言うだろ?病は気からと!ククク…」


医師は、僕に顔を近付けると、含み笑いを嬉しそうに浮かべた。


「こんなもの!」


僕の全身が赤く輝き、絡みついた枝を焼こうとした。


「いいのか?ここを破壊して!下の人間は生きてる!それに、まだ侵食が完了していない患者もいるぞ」


「くそ!」


僕は、炎の発動を止めた。


わなわなと全身を震わせ、叫んだ。


「自分を保つことができないなら……望むな!」


「望んだら…いけないの?死にたくないと、望んだらいけなかったの?」


僕の目の前に、廊下で出会った子供が降りてくる。


「望んだら……いけなかったの?僕は…死んだ方がよかったの?」


子供の無垢な瞳を向けられ、僕は動けなくなった。


(そうだ……この子達に、何の…罪がある)


僕は、首をうなだれた。


「お前は…罪のない人々を殺そうとしているのだよ。先程の…少女みたいにな」


医師はにやりと、口元を緩めた。


「……ああ…」


梨加の顔が、脳裏に浮かんだ。


その笑顔を救えなかったことに、また僕の心が痛んだ。


軽く嗚咽する僕に、男の子はじっと、見つめながら言った。


「僕達がいけなかったの?」


もう何も言えなくなった僕に、枝は伸び、さらに絡み付いた。


「…もう…自分を責めなくても、いいのよ……。一生ここで、僕達に、力を与えてくれたら」


僕の全身を、隙間なく枝が絡み付き、先が全身に突き刺さった。


「太陽のバンパイア…我らには、相応しい…ハハハハ!」


高笑いする医師の勝ち誇った表情が、すぐに強張った。


絡み付いた枝は、駒切りになって、下へと落ちていた。


「てめえは、最低だ!」


僕がいた場所の上に、金髪の少女が浮かんでいた。


その姿を見て、医師達が震えだした。


「アルテミア!」


美しきブロンドに、白を基調とした服装。


その姿は、まさに天使。


ゆっくりと床に降り立つと、周囲にがんを飛ばした。


「アルテミア…天空の女神…」


「魔王ライの娘にして…裏切り者」


医師や患者達が一斉に、同じ言葉を発する。


「ねえ…お姉ちゃんは…」


男の子が、アルテミアの前に降り立った瞬間、アルテミアの蹴りが男の子の体を、ふっ飛ばした。


「何!」


躊躇いもなく、子供を蹴ったアルテミアに、周りが騒めく。


「フン」


アルテミアは鼻を鳴らすと、


「赤星!こいつらは、もう人間じゃない!例え、どんな姿をしてようが!」


アルテミアが持っていた剣は分離し、トンファーへと変わる。


「こいつらが、意識を支配されたとしても…こいつらが、望んだことだ」


ゆっくりと腰を落とし、構える。


「あたし達がここに来る前のことだし…止めれる訳がない!梨加って女だって、勇気を出して、明日の為に、手術を受けたんだ!」


アルテミアは、寝ている患者達に絡み付いている根を、切り裂く。


「お前が悪いんじゃない!」


アルテミアは、襲い掛かる医師や看護師を、次々に倒していく。


「悪いのは、こいつらだ!」


トンファーを合体させ、槍にすると、一気に周りの敵を蹴散らす。


「あたし達は、過去を救えない!起こってしまった過去は!変えられるのは…」


アルテミアは、槍を脇に挟んだ。


「これから起こる…未来だけだ」


アルテミアの全身がスパークし、地下室に満ちる空気が、風になり…槍に集まっていく。


「お、お前は、ここにいる人間を殺すつもりか!」


狼狽える医師を、アルテミアはせせら笑った。


「あたしは、人間を殺すんじゃない!未来を守るんだ!」


「ヒィィ!」


慌てて、逃げようとする医師や看護師達。


「アルテミアアアアア!」


それに混じって僕の声が、こだました。


しかし、アルテミアは技を発動させた。


女神の一撃。


地下室にいたすべての生物が、消し去られた。




アルテミアは…技の発動とともに、天井を突き破り、遥か上空に移動していた。


アルテミアの眼下に、電撃と竜巻によって、崩れ落ちる病院が見えた。


「どうして………支配された人達に、罪はないのに…」


僕はピアスの中から、瓦礫に変わる病院の姿を見、視線をそらした。


堪えられなかった。


アルテミアは冷静に、崩れ落ちるさまを見下ろしていた。


「どうして…どうしてだ!」


いたたまれなくなり、僕は叫んだ。


「赤星…」


そんな僕とは逆に、アルテミアの声は、落ち着いていた。


アルテミアは、病院の上空を後にする。


背中の白い翼を広げ、アルテミアは飛び立つ。


「あたし達は、今より未来を守らなければならない。その人に、罪がなくても…未来の多くの人達の平和を、守る為に…」


僕は、アルテミアの言葉に納得しながらも、許せなかった。


「なぜ、殺す必要があった!他に、他に手があったかもしれないだろ!」


僕の叫びに、アルテミアは表情一つ変えない。


「アルテミア!」


アルテミアは病院から離れながら、最後に一言だけ…呟くように言った。


「だったら…強くなれ…誰もが救えるくらいに…」


僕は黙り込み……ただ泣き続けた。


無力な自分を呪いながら。






僕達が去った後、しばらくして、病院の駐車場の脇にある花壇の土が、唐突に盛り上がった。


地面の中に、埋められていた球根から芽が出ると、先程のテカリ医師に変わった。


「よ、よかった…予備に、球根をわけておいて…」


医師は花壇から出ると、体についた砂を払った。


「一刻も早く、報告せねば!やつらの弱点を…テラ様に!」


崩れ落ちた病院には、目もくれず、


「病院など……人がいるかぎり、必ずあるものだからな。またどこかに、寄生すればいい」


にやりと笑った医師は突然、後ろから殺気を感じ、思わずよろめいた。


「誰だ!?」


振り返ると、そこに1人の女が立っていた。


黒のダウンに、デニムというラフを姿で、つばの広い帽子を目深に被り、立つ女の表情はわからない。


「女……」


医師の全身は、震えていた。明らかに、その女から尋常ではない……魔力を感じられたからだ。


「何者だ!」


医師の叫びに呼応して、女の足下の地面から突き出た枝が、女の帽子をたたき落とした。


帽子が落ちて、剥き出しになった女の頭に……二本の角が顕になった。


左の角は、折れていた。


「お、お前は!?」


その姿に、医師は絶句した。


女がフッと笑うと…周りが電気で、スパークした。


地面から飛び出していた枝は、焼き切れた。


「我が名は、サラ…。我が主ライの命にて、この世界に来た」


サラは冷たい氷のような目で、医師を見つめた。


「サ、サラだとお!馬鹿な…騎士団長の1人が…なぜ、この世界にい、いる…」


医師の震えは止まらない。


「お前達の主…テラはどこだ?」


サラの瞳が、怪しく光る。


「馬鹿か!なぜお前なんかに…」


「そうか…」


サラは、呟いた。


「!」


医師は、サラの向こう…瓦礫と化した病院の崩れた隙間から、無数の枝が飛び出してくるのを確認した。


(どうやら…天空の女神は、全員にトドメを刺した訳ではなかったようだな)


医師は心の中で、ほくそ笑んだ。


「た、助けて…」


まだ発病していなかった患者達が、腕が枝になりながらも、何とか這い出てくる。


その数、30人。


医師は地面に潜ると、サラの後ろに移動した。


「どうする?こいつらは、まだ人間だぞ!罪のない…」


医師が高笑いをしょうとした瞬間、風が通り過ぎ…医師の頬を切り裂くと、後方にした30人の首や胴体が、真っ二つになった。


サラは手刀を振るい、かまいたちを起こしたのだ。


「な」


絶句する医師に、サラは振り返り…無表情な横顔を見せた。


「それが…どうした?」


「!」


医師は、悟った。


魔神に、人なんかが足止めになるはずがない。


「もう…いい…」


サラの右手が電気でスパークし、さらに輝きを増す。


「自分で探す」


そう言うと、サラは凄まじい威力の雷撃を放った。


それは一瞬で、病院の瓦礫や人を消滅させた。塵一つ残さず。


それは、医師達…魔物もそうだった。


「フン」


鼻を鳴らすと、リンネは病院の跡地に背を向けて、ゆっくりと歩きだした。


病院は小高い坂の上にあり、サラは、ゆっくりと坂を下っていく。


「派手にやったな……。この世界の警察ってやつがくるぞ」


坂の中腹で腰を屈め、町並みを見下ろしていた男が、立ち上がった。


「警察が来て…何か問題があるのか」


サラの言葉に、男は肩をすくめた。


プロレスラーのような屈強な肉体に、短髪の男は振り返り、サラを見ると、


「角ぐらい隠したら、どうだ?」


「なぜ」


男の言葉に、すぐに返事が返ってきた。逆に質問された。


男は頭をかき…少し考えると、


「俺達は、この世界を侵略しろとは、言われていない。ただ…テラっていう…謎の女神を調べに来ただけだ」


「それなら…私1人で、十分だ」


男の横を、サラは通り過ぎていく。


「待てよ!俺も、命令を受けてるだ」


サラは、足を止めた。


「どうして…こんな魔力を使えない人間ばかりの世界に…騎士団長が、二人もいるのか?」


サラは振り返り、坂の下から男を見上げた。


「正確にいうと、3人だ。リンネもいるしな」


天空の騎士団長であるサラと…ギラ。そして、炎の騎士団長である(あった?)リンネ。


「フン!」


機嫌をそこねたのか、サラはもう、ギラの方を見なかった。


「やれやれ…」


ギラはまた肩をすくめ、坂から見える…人が支配している世界を眺めた。


「何て…醜い世界だ。空気も汚染されている」


ギラは顔をしかめると、


「王の命でなければ…誰が、こんな臭い世界に…人間臭さ過ぎるわ」


ギラは、唾を吐いた。


「やはり…人などをのさばらすと、ろくな世界にならない。ここが、いい例だな」


歩きだすギラの耳に、近づいてくるパトカーのサイレンと、ヘリコプターのモーター音が聞こえていた。


ギラがその気にならば、都市の一つぐらい…数秒で破壊できた。


「目立つなと…言われてるしな」


気を探ると、サラの気配が消えていた。


「あの野郎!」


ギラもまた、テレポートした。





坂を上り、病院についた警官や、上空から近づいたヘリコプターが見たものは……塵一つない空き地だった。


そこに、病院があったという証拠は…どこにもなかった。


どこにも……。


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