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第81話 記憶

「いやな…季節だ…」


激しい通り雨の中、捜査の途中…後藤は、傘の中で、煙草をくわえた。


その瞬間、雨は止んだ。


「やはり…通り雨か」


後藤は舌打ちすると、傘を下ろした。


「先輩」


近づいてきた後輩はまだ、傘を差していた。


「やはり後ろから、心臓を一突きされています」


後輩の言葉に、ため息とともに煙を吐き出した。


(去年と…いっしょかよ)


閑静な住宅街の外れの坂道。


ここは、毎年この季節になると、人が殺される。


同じところで、同じ箇所を刺されて。


「毎年、同じところで起こるんなら…ここでずっと張っていたら、いいんじゃないんですか?」


後輩の言葉に後藤はキレて、言い返そうとしたが、煙草をくわえていたことに気付いた。


(チッ)


心の中で舌打ちすると、後藤は煙草を吸うのを諦めて、現場へと戻った。


後ろをついてくる後輩に、後藤は顔を向けずに、先程の質問の答えを、ぶっきらぼうにこたえた。


「この季節…9月と10月のいつか…それも、通り雨のときに決まって、殺される。当たり前だが、見張ってるし、周囲の住民にも、ビラやポスターを配り…!?」


後藤は、警察が封鎖している事故現場のそばで、そっと手を合わせている男に、気付いた。


「あなたは…」


後藤は、足を止めた。


後藤の声に、男は手を合わせながら、ゆっくりと顔を向けた。


哀しげに笑顔を向ける男に、後藤は頭を下げた。


そして、男の横を通り過ぎた。


「誰ですか?」


まだ傘を差して、後ろからついてきていた後輩が、訊いてきた。


後藤は、現場を仕切っている紐をくぐり、少し男から離れてから、口を開いた。


やはり、後輩を見ずに、


「五年前に、初めてこの坂で、殺された被害者の彼氏だ」


「え!」


後輩は振り返った。人混みの向こうで、まだ手を合わせる男の姿があった。


気の弱そうで、今には死にそうな男。


「幸薄そうだな…」


後輩が呟いた。





「ふう」


後藤は、ため息をついた。何度見ても、慣れない。いや、慣れないようにしているのだ。被害者を前に、慣れてしまえば、大切なものを無くしてしまいそうだから。


「…」


だからといって、何も変わらない。被害者の遺体の前で、言葉がでない。


(五年もか…)


同じような遺体を、五回も見ている。それは、警察が…自分自身が、無能だということだからだ。


すべての検証結果が、同じだった。


(同じじゃないのは…)


後藤は空を見上げた。


(雨だけか…)


後藤は、もう晴れ始めた気紛れな空に、眉を寄せた。


現場検証を完全に終え、わかったことは、被害者の身元だけだ。


後藤は警察署で、この五年間…四人の被害者に、共通点はないかと探した。


しかし、まったく共通点は見当たらなかった。


「あるとすれば…女ってことくらいか」






次の日、後藤は現場に戻った。


何度、足を運んだことだろうか。


そこには、何もない。


事件現場に、新しい多数の花束が、供えられているだけだ。


後藤は花束に頭を下げ、坂を降りた。なだらかな坂は、少し曲がっており、坂の下は見えなかった。


後藤は、よれよれのグレーのスーツのズボンのポケットをまさぐり、煙草を探した。


「うん?」


坂の下に、花を供え…いつのように、手を合わせて座っているあの男がいた。


そこには、小さな祠があった。


「ああ…」


後藤は足を止め、頭を下げた。


男は顔を、後藤に向け、


「捜査ですか?」


立ち上がった。


眼鏡の中から見える優しい目が、後藤に向けられていた。


後藤は逆光の為、目を細めた。


「毎日…花を供えられているそうですね」


後藤の言葉に、男は苦笑して、


「それくらいしか…できないですから」


後藤は、最初の事件の時…一応、彼を疑った。彼氏であり…事件後、わざわざこの近くに、引っ越してきた男を、後藤は疑った。


しかし、毎日…365日花を供え、五年間手を合わ続ける男の姿に、いつしか疑いは晴れていった。


「まだ…犯人は、捕まらないんですね」


男の言葉に、後藤は返す言葉がなかった。


「お恥ずかしい………」


と言った後、口を紡いでしまった後藤から、男は視線を外すと、坂の周りを見て、


「どうして…この季節は、花が咲かないんでしょうね。枯れたものだけの景色なんて、淋しすぎる」


もうすぐ冬を迎えるこの季節に、道に花など咲くはずがなかった。


男の目から、涙が流れるのを、後藤は見た。


(この人の悲しみは、癒されていない) 


後藤は背筋を伸ばし、深々ともう一度頭を下げた。


「申し訳ございません」


後藤は、顔を上げることができなかった。


(我々警察が、無能なのだ)


後藤が、後悔と懺悔に苛まれている時……突然、雨が降りだした。


気紛れな雨は、すぐに大粒になり、どしゃ降りになった。


それでも、顔を上げれない後藤の耳に、住宅街の静寂を切り裂く悲鳴が、後ろからした。


先日の事件現場の方だ。


後藤が、頭を上がる前に、男が走りだしていた。


後藤は、一呼吸遅れてしまった。


慌てて坂を上がり、事故現場が見えるところまで来た時、雨がまるで、カーテンのようになっていた。そこはまるで、俗世と遮られた…映画の一部分のように、思えた。


そのスクリーンの前で、男は立ちすくみ、ただ…そこで行われた凶行に、動けなくなっていた。


息を飲む観客のように。


事件現場に花を供えに来た若い女性が、背中から若い男に、ナイフで刺されていたのだ。 


「やめろ!」


後藤は、叫んだ。


激しい雨が、スーツに染み込み、体を重くしていたが、そんなことを気にしてる場合ではない。


動かずに、ただ立ち尽くす男の横を通り過ぎ、後藤は銃を抜いた。


後藤の銃を見ても、逃げずに興奮して、さらにナイフを突き立てる若い男を、危険を判断した。


「離れろ!」


一度、空発を撃った後、後藤は引き金を弾いた。


銃弾は、若い男の右太ももを撃ち抜き…さらに、左も撃ち抜いた。 


「ヒイイイ!」


若い男は、ナイフから手を離し、倒れた。


ナイフで、刺された女も倒れた。


「ふう…」


雨にうたれながら、後藤は安堵の息を吐き、濡れながらも、流れた冷や汗を腕で拭おうとした。


その時突然、視界がおかしくなった。


「がっかりですよ」


後藤の耳元で、男の声がした。


「え…」


後藤は唐突に、意識がなくなっていく中、悪魔のような言葉を聞いた。


「ナイフの突き方もなってない。逃げ足も遅い。まして、悲鳴を上げさすなんて…」


男はため息をつき、


「ちゃんと、上手く一突きしたら…すぐに殺せるのに」


後藤は、理解した。


(犯人は、やはり…)


男は、観客ではなかったのだ。


崩れ落ち、視界が霞んでいく後藤の目に、無表情な瞳を、前方に向ける男の顔が映った。


その瞳は、後藤を見ていない。


男は、正確に突いたナイフを後藤の背中から引き抜くと、ため息とともに言った。


「君は、なかなか頑張ったけど…無能過ぎたから、少しだけ話して上げるよ」


崩れ落ちた後藤は、声がでなかった。もう目も見えない。


「耳だけ、聞こえるでしょ。そう突いたから。1分だけ、命をあげる」


男は後藤の銃を奪うと、両足を撃ち抜かれ、動けない若い男に、ゆっくりと近づいた。


「完全殺人者。折角、僕のようになれるチャンスを与えてあげたのに…君は、ふさわしくない」


男は、若い男の頭を撃ち、そばに倒れている女に近づくと、突き刺さっているナイフを足で押し込み、とどめをさした。


「ああ…。五年間のゲームの終わりが、こんなんだとは……。演出は難しい。次、頑張らなくちゃ」


男は、どしゃ降りの雨の中、苦笑した。


後藤を刺したナイフを手袋をはめてから掴むと、指紋を拭き取り、若い男に持たせた。


男は、指紋のついた銃も拭くと、後藤の手に握らした。


そして、両手を広げ…雨を降らす雨雲を見上げながら、男は話し始めた。


「雨は…すべてを洗い流すというけど……僕は、逆に、雨に刻んだのさ。この思いを、感情を…この記憶を。この時期に降る雨……時雨に、僕は記憶を刻んでおいたのさ。毎年忘れないように…」


意識が遠退いていく後藤のそばで、腰を下ろし、


「毎年…同じように、同じことをやってあげたのに…。そばにもいてあげたのに…君は、僕を捕まえなかった」


男は、クスッと笑い、


「ただ…毎日手を合わせていると理由だけで……甘いね。だけど、もう待てない。我慢できなくなった」


男は、立ち上がり、


「ここは、もういいや…」


肩をすくめた。


そして、ゆっくりと後藤の横を擦り抜けて行った。


「飽きちゃった」


それが、後藤が聞いた最後の言葉だった。


男はゆっくりと、坂を下りながら、微笑みを浮かべ、


「雨はいい…。僕の記憶以外のいらないものは、洗い流してくれる」


もう後藤達を見ることは、なかった。


もう流れ去ったものだから。


「今度は…どの雨に、記憶を刻もうかな」




事件は、一応の決着を見た。


再犯に及んだ犯人と、偶然犯行現場に遭遇した後藤警部は、犯人を射殺。


被害者は、即死。


後藤警部も、背中を刺され……死亡。


いくつかの矛盾と、謎を残したが…それ以上は、わからなかった。


激し過ぎた雨が、現場の痕跡を消していた。


あの男のいうように、完璧ではなかったが…五年間に及ぶ連続殺人は、終わりを告げた。


五年間の殺人犯であると、完全に確証はできなかったが、もうこれからは…この坂では、殺人が起こることはなかったのだから。





いつものように、手を合わせる男に、後ろから声をかけてくる者がいた。


「毎日…。拝まれているんですね」


男の隣に腰を屈めて、手を合わせる女の横顔を少し見た後、男は微笑んだ。


それから、ゆっくりと立ち上がり、遠くを見つめながら、


「それも…もう今日で、終わりです。一応、連続犯人は捕まりましたし。もうそろそろ…僕も、この場所から去ろうかと」


女も拝み終わった後、立ち上がり、


「それがいいですよ。もう五年間も、供養したんですから。多分彼女も、新しい道を歩んでほしいと、思ってますよ……!!」


そこまで言って、女は顔を赤らめた。


「す、すいません。初対面なのに、出過ぎたことを…」


「いいんですよ」


男は微笑みかけた。


「あ、あのお…」


女は、さらに顔を赤らめた。


「あたし…この坂を、仕事でよく通るんですけど。毎日、拝んでいるあなたを見かけて…」


「ありがとう」


男は、頭を下げた。


「え!ああ…す、すいません」


女は慌てふためく。



その時…突然、雨が降りだした。


男は、心の中で冷たく笑うと、軽いパニック状態になっている女に、言った。


「通り雨です。どこかで、雨宿りしましょう」


「あっ!はい!」


ずっと顔を赤らめながら、頷く女を促して、男は歩き出す。



新しいゲームの始まりである。








人は狂うのか...。


狂ってるのか...。


明確な答えがない。


故に真実も、時に狂っている。


故に…。



不思議なメールが、届いた。


“次の時雨が、降るとき.....闇を持つ者の中で会いましょう。鍵は、雨滲む光の中”


そのメールの意味が分からない。


しかし、僕の携帯にメールが来るということは、尋常ではない。


「時雨って、何だ?赤星」


僕の左耳につけたピアスから声がした。


「この季節に降る雨のことさ」


異世界から来たアルテミアには、この世界の言葉など知らない。


「お前の世界の人間は、頭がおかしいのか?雨は、雨だろ?どうして、違う名前を付ける」


アルテミアの疑問に、僕は苦笑した。


「そうだね...」


突然、僕の額に一粒の雨が当たった。


僕は、空を見上げた。さっきまで、晴れてた空から、雨が落ちてくる。


(風流で付けた...)


と言おうとしていた僕は、空を見て...言葉を変えた。


「多分...思ったんだよ...」


僕は空を睨んだ。


「この雨は、普通と違う」



(狂っていると..)



ネットの一部のサイトで、噂が広がっていた。


人ならざるものに関わった者...を助ける者がいると。


それは、ブロンドの女神。





激しい雨の中で、僕は雨宿りの場所を探すではなく、ある臭いの先を探していた。


鼻腔を刺激するその臭いは、明らかに血だ。


雨の臭いと激しさにかき消され、殆んど匂わないが…僕にはわかった。


バンパイアである僕には。


(かすかに…漂っている)


その時、銃声が響いた。


それも、2発。


「赤星!」


アルテミアの声に頷くと、僕は跳躍した。


一瞬で、三階建ての家屋の屋根に、着地すると、僕は屋根伝いに、移動した。


また銃声がした。


臭いと音。


二つも揃えば、完璧だった。




事件現場に、降り立った僕の目の前に、三人の死体が転がっていた。


背中からナイフを刺され、死んでいる女と、そのそばでナイフを持ち、太ももと頭を撃ち抜かれた男。


少し離れて…同じく背中を刺され、銃を握りしめながら、死んでいるスーツ姿の男。


共倒れを演出しているが、明らかに…別の犯人がいる。


僕は辺りを探したが、犯人は見つからなかった。


一瞬、激しさを増した雨がすべてを隠した後、すぐに空は…快晴へと変わった。




数日後、まったく違う場所で、また殺人事件が起こった。


若い女の惨殺事件。


しかし、その事件はすぐに明るみには、ならなかった。


今回は人目に、付きにくい場所で起こったからだ。


僕は、その現場に急いだ。


携帯に、動画がリアルタイムで送られてきたからだ。


動画の電波を手繰り、僕は樹海の奥へとたどり着いた。


樹海にも、雨が降っていた。


「へぇ〜よくわかったね。ここが」


ナイフを握り締め、女の死体のそばに立つ男を、僕は凝視した。


眼鏡をかけ、優しそうな瞳を浮かべる殺人者に、僕は近づいた。


男は微笑み、


「ここは、携帯が通じないといわれているけど、違うよ。弱いが、電波は来ている。しかし、こちらからかけても、声は聞こえない。ただつながるだけ…だけどね」


青木ヶ原樹海。


マグマの上にできた森は、磁力で狂うといわれているが、そんなことはない。


ただ怖いのは……。


歩いていく僕の足元が、崩れた。


ここは、マグマが固まった所だから、無数の穴が開いている。


深さはそれぞれ違う。


暗い森の中で穴にはまり、その中で餓死する者も多い。


僕は穴からジャンプすると、男のそばに降り立った。


「あなたは、何者だ?」


僕は、男を睨んだ。


魔物ではない。


明らかに人間だ。


しかし、その体から漂う…血の香りは尋常ではない。


「なぜ…人を殺す?今まで、何人殺したんだ!」


僕の問いに、男は優しく微笑んだ。


「チッ」


舌打ちすると、僕は男に近づいた。


今の男に殺意はない。


血のついたナイフと、女の死体がなければ、殺人者とは思わないだろう。


微笑みだけの男に、僕は詰め寄り、


「…どうして、僕にメールを送った」


しばらくの間があり、男はこたえた。


「君じゃない……。僕が、興味あるのは、噂のブロンドの女神……」


男の目が、僕を映す。


「女神……女神というからには、神なんでしょ?」


男は笑いから、さらに口元を緩め、


「神なら、訊きたい!僕の中に!人の中に、刻んだ…プログラムを!」


「プログラム?」


「そう…プログラム……。僕に組み込まれたプログラム。いや、人にかけたプログラム。嫉妬、殺意、高揚に、興奮!孤独に、猜疑心…そして、どうやっても、満たされない心の隙間!」


男の口元から、よだれが糸をひいて落ちた。


「神は、なぜ…人をこうプログラムした?なぜ脆い!そして…」


男は両手を広げ、雨を受け、


「僕は、なぜ…人を殺しても、何とも思わないんだ?」


「神のプログラムだと!?」


僕は叫んだ。


しかし、無視するかのように、男の瞳に涙が浮かび…そこに映る僕の姿が揺れ、回り、渦の中に巻き込んでいく。


「赤星!」


アルテミアの声が、耳に飛び込んできた。


僕は頷き、左手を突き出した。


「モード・チェンジ!」


僕の左手の薬指につけた指輪から、光が溢れた。


しかし…その光は、男の瞳の中に、吸い込まれていった。





「ここは…」


アルテミアは、樹海の中にいた。


しかし、男はいない。


すぐに、周りの景色が変わり、先日の事件現場に変わり…次々に場面が変わる。


そして、最後は闇になる。


「人は…いや、生物は生きる為に、決められたプログラムがある。睡眠…飲食、排便……性交……。それらは、種を残し、生き続けていく為の営み…」


「誰だ!」


声はするが、気配はない。


アルテミアは、周囲に気を飛ばすが、反応はない。


「チッ」


アルテミアは、両手に持っていたトンファーを合体させ、槍へと変えた。


「女神よ。私に、個の意識はない。私は、この人間の…あなた方の認識している言葉で言うと、遺伝子の一つ…一つに過ぎない」


「遺伝子?」


「そう…遺伝子…私は、こうプログラムされている……」


アルテミアの周りに、無数の糸のような配列の遺伝子が並ぶ。


「人を殺せと…」


「な!?」


アルテミアは翼を広げた。


遺伝子は言葉を続ける。


「増え続ける…人。その人を食う生物は、この世界にいない。食物連鎖の頂点にいる人の数を調整する為に、私は生まれた」






「何だと!」


僕は、アルテミアになることなく、男の前にいた。アルテミアは、男の瞳に吸い込まれたからだ。


男は微笑みながら、話を続けた。


「今までは、人は定期的に大きな戦争や、殺戮をするように、プログラムされていた。人の数が増えると、僕のような遺伝子の声を聞ける者が、戦争を始めた」





「しかし…人は賢くなりすぎて、人そのものを滅亡しかねない力を持ってしまったが、故に」


アルテミアの周りで、遺伝子が話す。


「種の保存という…強きプログラムが働き、私のプログラムとぶつかってしまった」




絶句する僕に、男は告げた。


「我々は、プログラムの実行の為に、規模を小さくした。つまり、戦争ではなく、地道な殺戮だ」




アルテミアは槍を脇に挟み、方向感覚のない空間に浮かんでいた。


遺伝子は告げる。


「人に刻まれた…一番、弱きもの…善意や道徳観というものを排除した…」




「もともと…人は…いや、生物に優しさや労り…善意が必要なのか?」



「食べれたら、生きれたらいいだろ?」




「だったら、なぜ殺す!殺す必要が、あるのか!人はみんな、ただ生きたいだけだ!社会や生活を円滑にする為に、協力し、助け合い……その中で、優しさや愛が、芽生えていくんだ!」


僕の言葉に、男はせせら笑った。


「それは、適正人数になってから、やってくれよ」





「人は多い。今の人間の数は、多すぎる。全人類が、食べていく分の食料も、確保できていないのに……なぜに増やしていく」


アルテミアは、遺伝子に唾を吐いた。


「てめえの言い分は、筋が通っていない!」


「なぜだ?」


「だったら…性欲であったり、子孫繁栄を強要する遺伝子を抑えたらいい…」


「駄目だ……。人は、本能が壊れている…無理だ…。快楽という欲望が、人をおかしくした。だから、我々はそこに、注目し……死こそ、楽だという意識を植え込んだのだ」




「他人を殺せない人間も、自分は殺せる!遺伝子の声をきいた弱き人間は、自殺するべきだ」


男は、樹海を見回し、


「ここは、自分を殺せる…天国だ」


「貴様!」


僕は、男を睨んだ。なぜが…涙を溜めながら。






「人の都合で、世界は回らない。この星は、一つなのだ。人がずっと生きていきたいなら…殺せ!周りのいらないものを!殺せ!」


「うるさい!」


アルテミアの持つ槍が、光り輝く。


だけど、声は止まらない。


「殺せ!人類は、多すぎるのだ」


「だまれ!」


アルテミアは槍を振るい、女神の一撃を放った。


ビックバンを彷彿させる光の爆発は、周囲の遺伝子を破壊していく。


「馬鹿目……私を破壊したところで、すべての人に私は、存在する…。お前が、その力で、人類を滅ぼさない限り……私のプログラムは、なくならない…。なぜなら…」


遺伝子は、消え去る寸前に、こう言った。


「私は…地球の意志だから」





突然、男は苦しみだした。


片膝をつくと、男は僕を見上げ、


「もう…僕は、人を殺せない。だから…せめて…もう1人くらいは!」


男は持っていたナイフで、自らの首をかき切った。


「これで……適正人数に、少しは近付いた…」


男は微笑みながら……死んでいった。


僕が何も言えずに、立ちすくんでいると、光が僕を包み、アルテミアに変わった。


アルテミアは、嬉しそうな死顔を見せる男を見下ろし、すぐに背を向けた。


「例え…殺せと……心の中が命じても……それにあがなうことができるのが、人間だ!」


アルテミアは、歩きだした。


「食料問題も、いずれ解決できる!砂漠や、海を利用できたら……人間は愚かではない!そうだろ?赤星」


「ああ…そうだね」


アルテミアの言葉を聞いて、やっと僕は、頷けた。


「あたしは、人を殺さない!絶対に!」


アルテミアは白き翼を広げ、飛び上がった。




もし、あなたに意味もなく、衝動的に死にたくなったり、殺したくなっても、負けてはいけません。


人は悪でも、正義でもないのかもしれない。


だけど、自らの欲望を、自分で抑えることのできる…数少ない生き物なのです。


例え、遺伝子に組み込まれていても。


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