第77話 エピローグ Blue World……Fall In Love...
暖かい日差しが、地上を照らしていた。
巨大な雲が、上を通っていく為…しばらく日陰になる岩場の上で、アルテミアは仰向けになって、空を見上げていた。
心地よい晴天だ。
吹き抜ける風に、聖霊が乗り…気まぐれに飛んでいく。
遠くで、子供達の笑い声と、妖精のはしゃぎ声が混じって聞こえてくる。
カードシステムが破壊され、数ヶ月が過ぎた。
当初、予想されていた人々のパニックは、起こらなかった。
ダラスのような…昔、聖霊を契約していた老人が、まだ世界中で健在であったことが幸いした。彼らが若い人々に、聖霊との契約の仕方や、魔法を使う為の方法を教えたのだ。
カードシステムのように…ただ殺し、魔力をポイントとして、奪う方法と違い、聖霊達との契約は…制約もあり、下手したら対価もある。
だが、それが力を得る為の最低限のルールだった。
人と違う種族の力を借りることで、人はこの世界の大切さを知るだろう。
「少しは、ポイントをたくさん持ってた権利者から…反発はでたけど…」
ピアスの中から、僕は話していた。
「カードシステムは、壊したんだ!それに、防衛軍もないしな」
僕らは、ここしばらくは、防衛軍の基地を破壊しまくっていた。
「防衛軍がなくなって…魔物に襲われたら、どうなることかと思ったけど…みんながんばってるね」
雲が通り過ぎ、日光がアルテミアの顔に直撃した。
アルテミアは顔をしかめながらも、ため息をついた。
「魔物が、常に襲い掛かるなんて稀よ。勝手に、テリトリーに入らなければ…すぐに襲われることは、ない」
「じゃあ…襲われる回数は、少なくなるの?」
僕の言葉に、アルテミアは肩をすくめた。
「ポイントを集める為、無理やり魔物と戦わなくなった……とはいえ、魔物が人とを襲うことは、普通よ。彼らにとってはね。そして、人も同じ所にいない…旅する生き物だから」
アルテミアはまた、雲が上に来るのを待っていた。
「カードシステム…壊したら、いけなかったかな…」
僕の言葉に、アルテミアは上半身を起こし、
「あんた以外だったら、あれを破壊できなかった。あたしでもできなかった」
立ち上がると、両手を広げた。
「見ろよ!赤星!」
岩場の周りを、いや…世界中を聖霊や、妖精が舞う。
「ちょっと前までの…冷たい世界と違い!今は、匂いがする。風にも、火にも…緑にも!世界は、生きているんだと、実感できる」
「そうだね」
僕は頷いた。
「この世界には、この世界の流れがある…」
アルテミアは崖の上に立ち上がり、空を見上げ、風を感じる。
「思い出すよ。あたしが、天空の女神だということをね」
思い切り背伸びをし、太陽の光を浴びる。
「体は、大丈夫なの?今は、モード・チェンジしてないんでしょ?」
僕の質問に、アルテミアは首を傾げると、
「そうだな……あまり、衝動はないな。そりゃあ…血は、吸わなきゃならないけど……いつもという訳じゃない」
自分の手を見つめ、ぎゅっと握り締めた。
「多分…あの頃は、余裕がなかったんだ。人間になりたい…お母様みたいになりたいって…表面ばかりを気にしてた。今は思う…。あたしは、あたしだし…。お母様は、人間だから、お母様みたいになれる訳じゃないってね」
「アルテミア…」
「赤星。お前の世界で伝えられてるバンパイアは、太陽が嫌いらしいな」
「闇の存在だからね…」
「光と闇。闇だから、光を嫌う。そんな単純なものじゃない」
アルテミアは、地平線まで広がる世界を見つめた。優しい眼差しで。
「赤星!」
いきなり、アルテミアの表情が険しくなった。
「うん!」
僕も聞こえた。
戦う力なき者の悲鳴が。
「モード・チェンジ!」
アルテミアの背中に、翼が生えた。エンジェルモードだ。
大空に飛び立つアルテミア。
「やいやい!ここが、どこだが、わかってるのか!ここはな!マシュマロ森で、西日本を支配していたあ~!からくり義手のバイ様の一番弟子!牙狼のヤスベエの、テリトリーだ!」
大陸を渡る一本道で、荷馬車は止まっていた。
「我々は……行商の途中で…」
年老いた老夫婦と、孫だと思われる子供が1人。
護衛につけていたと思われる剣士は、狼男の群れに囲まれる前に、かなわないとみてか…逃げ出していた。
「そんな人間の都合なんて、知らないな!」
ヤスベエは、20匹はいる仲間で荷馬車を囲うと、老夫婦に近づいた。
「お前らはもう、旨くないからなあ~!そこのガキを渡せや!」
凄むヤスベエに、老夫婦は孫を抱きしめ、
「この子は、まだ五歳です!どうか見逃してやってください!わ、わたし達…二人はどうなっても、かまいませんから…」
震えながらも孫を庇う老夫婦に、ヤスベエは笑いながら、舌を出した。
「いやだね〜!」
そして、口を開け、鋭い牙を見せると、
「邪魔くせい!三人とも、食っちまうぜ!」
「最近は…狼男に、縁があるな」
ヤスベエの頭上から、声がした。女の声だ。
「誰でい!」
顔を上げたヤスベエの目に、荷馬車の上で、太陽に照らされた女がいた。
照り返しの為、顔はわからない。
「やいやい!誰でい!」
凄むヤスベエと違い、荷馬車を囲んでいた仲間達の様子が変わる。
ガタガタと震えだす。
「あ、あ、あ、兄貴…」
荷馬車の上の女を指差す指が、震えている。
「何だ?ヒコザエモン!人間の女なんかに、怯えやがって…」
と言ったヤスベエの体が、凍り付いた。
雲が、太陽を隠した為……ヤスベエにも、その女の顔が見えた。
「ああ、あ、あ…」
今度は、ヤスベエの震えが止まらなくなる。
「フン」
荷馬車から、飛び降りた女を見て、ヤスベエは腰を抜かした。
「あ、あ、アルテミア!ブロンドの悪魔!」
ヤスベエの叫びを聞いた瞬間、周りからも悲鳴が上がる。
「アルテミア!」
その名を聞いた瞬間、荷馬車を囲んでいた狼男達は一目散に、四方八方に逃げていく。
「ど、どうして…ブロンドの悪魔が、こんなところに…」
怯えすぎて、動けなくなったヤスベエに鼻を鳴らすと、アルテミアは老夫婦の方に、振り返った。
「もう大丈夫だ」
満面の笑顔で、老夫婦に話し掛けたのに…老夫婦は目をつぶり、拝んでいた。
「すまぬ…マーク…。無力なわしらを許せ…」
「こんなところに、連れてくるんじゃなかった」
アルテミアは首を捻った。
様子がおかしい。
「おじいちゃん達を、許しておくれ…」
「マーク!」
老夫婦は、孫のマークを抱き締め、泣き崩れる。
どう見ても、助かった喜びではない。
「おじちゃん、おばあちゃん…大丈夫だよ!」
マークは、老夫婦に笑いかけた。
「きっと、助けに来てくれるよ!」
マークは、老夫婦から視線をアルテミアに向け…睨みつけると、指差した。
「きっと助けに来てくれる!勇者、赤星が!お前なんか、恐くないもん!」
「勇者、赤星?」
アルテミアは、眉を寄せた。
「そうじゃ!そうじゃ!人々が、困っていると、必ず助けに来てくれる勇者赤星様じゃ!」
老夫婦は、天に向かって、祈る。
「お助けください!赤星様!」
やっと、アルテミアにも事情がわかった。
わなわなと肩を震わせ、アルテミアは拳を握り締めた。
「赤星が来るのか!た、助かった…」
アルテミアの後ろで、ほっと胸を撫で下ろすヤスベエに、アルテミアは振り向くと、思い切り蹴り上げた。
ヤスベエは、サッカーボールのように、地平線の向こうへ飛んでいた。
アルテミアの怒りは、おさまらない。
翼を開け、飛び去ろうとするアルテミアの背中に向かって、マークは言った。
「逃げていく!赤星様が怖いんだあ!」
「…」
無言で、空に飛び上がったアルテミアに、僕は声をかけれなかった。
いや、かけたら殺される。
猛スピードで、飛んでいくアルテミアは、舌打ちした。
「赤星…」
低い声で、絞りだすように言ったアルテミアは、ピアスを摘みながら、
「今から、ライとこ行って…体取り戻してくるから…その後…」
アルテミアは、ピアスを摘む指先に力を込め、
「あたしと勝負しろ!」
「ひぇぇ!」
アルテミアの怒りに、僕は震えた。
「こ、子供が言ったことだから……あまり、気にしない方が…」
何とかなだめようとする僕に、
「余裕だな?勇者様…」
アルテミアの返事が怖い。
「も、もお!」
僕は叫んだ。
「ライとこ行って、どうすんるだよ!何とか引き分けたけど…今度は、どうなるかわからないよ!まだ強くならないと!それに!」
僕も興奮してきた。
「それに…何だ?」
アルテミアは、空中で止まった。
「そ、それに……?」
僕は、自分が言おうとしたことに、口籠もった。
「男なら、さっさと言え!」
「それに、アルテミアに勝てる訳ないだろ!僕が!」
「それは…強さとは、関係ないだろ?」
「え?」
アルテミアの言葉の意味が、わからなかった。
アルテミアは下を向きながら、こう言った。
「あたしのことが、好きなんだろ?」
「へえ!」
思いも寄らないアルテミアの言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
アルテミアは、顔を真っ赤にし、腕を組んだ。
「言っただろ、お前!格納庫の前で、あたしに向かってきた時に……アルテミアが好きなんだ!……って、絶叫しただろ?」
(き、聞かれていたのか……)
僕は絶句した。あれは、爆風に消されて、届かなかったはずだ。
無言の僕に、アルテミアは苛立ち、
「それとも、何か?あれは、勢いってやつか!」
「ち、ちがうよ!」
慌てて、否定した。気持ちは合ってるけど、タイミングと心の準備ってものがある。
こんな風に言われたら、どう対処したらいいのかわからない。
「好きなんだろ?」
アルテミアは、目をつぶり、言葉を待つ。
「う、うん……」
「男なら、はっきり言え!」
「す、好きです」
僕の言葉を聞いて、アルテミアは頷いた。
「よし」
そのまま、飛び立とうとするアルテミアに、僕は焦った。
「ち、ちょっと待ってよ!言わせただけ!?」
「何だ?」
アルテミアはまた止まった。
「返事とか…ないの?あ、だから、アルテミアの答えは…」
僕の言葉に、アルテミアはフッと笑った。
「そういうのはな…。好きと言ったやつが、負けなんだよ」
そう言うと、アルテミアははにかみ、猛スピードで、太陽に向けて飛んでいく。
「あ、アルテミア…」
僕は、何と言ったらいいのか、わからない。
(これは……アルテミアも僕のことは、好きなのかな……き、嫌われてはいないよな)
女の微妙な感情が、僕にわかるはずがない。
アルテミアも、その辺の駆け引きが上手いとは、思えない。
悩めば、悩む程…わからなくなっていく。
「だけどさ……」
アルテミアは、止まった。顎に手をあて、
「赤星…お前…。ライとこにいくなって言うけど……このままでいいのかよ?あたしと融合していて」
「……」
僕は、答えに詰まった。
「このままでいいのか?」
「そりぁあ~」
僕は、アルテミアとずっと一緒なのは、嬉しい。
だけど、アルテミアと手を繋いだり、アルテミアに触れることはできない。
「いずれは……別々になりたいけど…」
「いやだね」
アルテミアは、舌を出した。
「えええええ―っ!」
その返事に、僕は驚いた。
「だって…今の力は、お前と融合してるからだし…。この太陽の力がないと、あたしは、ライに勝てないから」
ちょっと弱気なアルテミアに、
「大丈夫だよ!アルテミアは、太陽だよ!今の力も、アルテミアが成長したからだよ」
慰める僕に、アルテミアはキレた。
「うるさああい!とにかく、しばらくは一緒でいろ!あたしから、離れるな!」
アルテミアの顔は、真っ赤になる。
「アルテミア……」
僕の心は、ドキドキし……何とも言えない嬉しさに包まれた。
しばらく、言葉がでない二人の耳に…また人々の声が聞こえる。
「赤星!」
「アルテミア!」
二人は頷くと、翼を広げ、天をかけていく。
この世界を守る為に。
この物語は、まだ始まったばかりだ。
真の意味での勇者になるのは、まだまだ先だ。
そう……まだまだ先だ。
それだけ評判が悪い……アルテミアは……。
「何か言ったか?」
アルテミアは、僕に凄んだ。
「い、いや……」
僕は、言葉に詰まったが、恐る恐る…提案してみた。
「こ、こ、今度は……僕でいこうか?」
「はあ?」
アルテミアの機嫌が悪くなった。
「赤星!てめえ!」
「ご、ごめんなさい!」
「いつか、体が別れた時、絶対にぶっ飛ばす!」
アルテミアは、絶叫した。
「馬鹿じゃない」
その様子を、遠くから見ていたティフィンは、ため息をついた。
「あんな女より~もっといい女がいるのにさ…」
ティフィンは、片目でアルテミアを見……呟いた。
話にきくアルテミアの雰囲気とまったく違う…無邪気に笑い、怒るアルテミアに、
「まあ~お似合いかもね」
ティフィンは、アルテミアと逆の方向に飛んでいく。
「でも……あんたが、赤星から離れた時……」
ティフィンは、もう一度、振り向き、舌を出した。
「勝負なんだから!」
ティフィンは飛んでいく。
赤星の言う美しい世界を見にいく為に、自由を堪能しながら。
「傷は大丈夫なのですか?」
ライの居城の前に広がる向日葵畑の中で、1人佇むバイラに、サラが近づき、後ろから声をかけた。
「フッ…」
バイラは笑った。
「そんな…大したことはないさ……」
サラは、切なげにバイラを見つめながら訊いた
「どうして……妖精や、聖霊を解放しました?このことにより、人間はまた魔力を使えることになりました」
サラの疑問に、
「我は…人から生まれた。だからこそ…人こそが、この世界の悪だと思っていた。こんなにも、脆い存在。だが……その人が、我を止めたのは、事実…」
バイラは、手の平を見つめた。そこに、二本の傷痕がついていた。
「バイラ……いや、魔王ライよ……」
サラは、バイラに跪いた。
バイラは、ちらりとサラを見た。
サラは、言葉を続けた。
「あなたは、アルテミアのそばにいて、彼女の成長を促し……玉座に座るもう一人のライは、ティアナを愛し続けた」
バイラは、向日葵を見つめた。
太陽の光が、届きにくいこの城に、向日葵を植えたのは、ティアナだった。
向日葵なんて、育たないというライに、ティアナは微笑んだ。
「大丈夫よ。だって、あなたがいるじゃない」
微笑みかけるティアナは、ライのそばに近付いた。
「あなたは、太陽のバンパイアなのだから…」
ティアナはライの手を取り、自分のお腹にあてた。
「この子が、生まれる頃には、きっとここは、向日葵でいっぱいになるわ」
バイラは、向日葵を見回した。
「あなたとライが、1人に戻れば……赤星浩一にも、負けないはずです」
サラの言葉に、バイラは笑った。
「ライは動かぬよ……。この向日葵を守る為に」
バイラは、城を振り返った。
「悲しいですね…」
「そうだな…」
バイラは、目をつぶり、
「悲しい程……人を愛している…」
天空のエトランゼ〜断罪の天使達〜 END