第76話 太陽とともに
「くそ!」
圧倒的に数で勝る魔物達と、何とか互角に戦っていたジェシカ達……ディグだったが…もう終焉を迎えようとしていた。
あらゆる魔法が使えなくなり……突然ディグシステムが、解除されたのだ。
生身をさらし、武器を失ったジェシカ達は、無力だった。
向日葵畑をただ逃げ回る。
向日葵に足を取られ、転倒した者達は、魔物の嘴にやられ、絶命した。
カードを発動しょうにも、エラーの表示しかでない。
「何があったんだ!」
小柄で、小回りのきくジェシカは、逃げることには長けていた。
だけど、もう…死ぬ。
ジェシカはそう思った。覚悟とかではなく、絶望的な現実に涙した。
カードを使えなくなったら、人間ってやつは……何て脆いんだろう。
服を来てなかったら、寒くって……暑い時は、裸になっても暑い。
岩を砕く力も、火を起こす力も…空を飛ぶこともできない。
人の弱さに絶望した時、ジェシカは躓いて、転んだ。
(終わった…)
何か……やっと死を受け入れた。
こんな時に、転ぶなんて、あり得なかった。
(ああ……)
涙より、ため息が出た。
食われるか……引き裂かれるか……。
目をつぶって、待っているけど……ジェシカを襲うものはいなかった。
(…………?)
覚悟は長くは続かない。死んでもいいなんて、瞬間だ。その瞬間で、人はすべてを諦める。
「逃げて……。いや、言葉が、悪いか……」
温かい光が、瞼の上からもわかった。
「何?」
驚いていると、温かい光はこう言った。
「生きる為に、走れ!諦めるな!」
その言葉に、ジェシカは目を開けた。
「人は、弱い!だけど、弱いからこそ……強くなれる。ほんの少しかもしれないけど……弱いと思っても、それに負けなかったら、少しだけ強くなれる」
ジェシカの目の前に、少年が立っていた。
明らかに、ジェシカより若い。
だけど、少年は温かく見つめ、
「諦めることが、一番いけない!弱いことより!今、生きて、明日を迎えたら……あなたは、今よりは強い!」
ジェシカに微笑みかけ、
「今、立ち上がるだけで……あなたは、今より強い!」
訳がわからなかったけど、ジェシカは立ち上がり、走り出した。
あれ程いた魔物達も、襲ってこない。
逃げれたのは、ジェシカだけではなかった。
生き残れた隊員は、すべて走っていた。
ジェシカは、一度だけ振り返り、少年の背中を見た。
僕は、目だけをジェシカに向け、微笑んだ。
そして、前を見ると、ゆっくりと城へ……その前にいる数万の魔物に向かって、歩き始めた。
(王だ…)
魔物の意識が、赤星に流れ込んでくる。
(王が通られる)
魔物達は、赤星の為に道を作る。
(これは…王と王の戦い…)
(我々の…手出しは無用!)
僕は、ゆっくりと歩いていく。
城への道の途中で、足を止めた僕は、シャイニングソードを天にかざした。
「魔王ライよ!世界をもとに戻す時が来た!世界を解放しろ!誰も、生きるものの自由を侵すことはできない!そして、人も…」
シャイニングソードの示す先から、天を覆う分厚い雲が裂け、太陽の光が、魔物達を照らした。
「すべてが愚かではない!」
僕は、シャイニングソードを道の向こうへ突き出した。
魔物達は、左右に下がり、道幅を広げた。
ライの居城には、門はなかった。
いや、壁もなかった。
僕の左右にした数万の魔物が、視界から消え………向日葵畑は、冷たい石の床に変わった。
空は、天井に塞がれた。
「あんたが……ライか?」
シャイニングソードを突き出した先に、玉座に座るライがいた。その後ろには……。
「アルテミア!」
十字架に、磔にされたアルテミアがいた。
いつのまにか、僕は城の中に立っていた。
「さあ…王が、お待ちです」
後ろから声がして、振り返ると、バイラ、ギラ、サラ…そして、リンネがいた。
リンネ以外は、面識があった。
(このひとが……フレアの姉さん…)
どこか面影があった。
美のフレアと武のリンネ。
世間は、そう言っていたけど……フレアが、姉に劣等感を持っていることを知っていた。
姉は、強さと美しさを持っていると。
リンネはただ、僕をじっと見つめていた。
「赤星様」
バイラが一歩前に出て、僕に頭を下げた。
「あなたが、王に会う前に、2つの試練を乗り越えて頂きたい」
バイラの言葉の意味を、僕は少しだけ考えた。
「一つは、向上心という欲望と……もう一つは、とても大切なもの…希望」
その言葉が終わるが、終わらないかで……赤星の前に、1人の男が現れた。
「この世界に来てまで、制服とは……先輩のセンスを疑いますよ」
防衛軍の白い司令官用の軍服を着た…西園寺が、赤星の前に立った。
「この服は!」
僕は、西園寺の服装を見て、ピンときた。
「お前か!こんな無謀な戦いを、起こしたのは」
僕は、シャイニングソードを下ろし、叫んだ。
「そうさ!だけど……無謀ではない」
西園寺は、にやりと笑った。そこに、鋭い牙が見えた。
「人の可能性だよ!もし、ひ弱な人が、戦えると証明できたならば!俺は、魔物と人…この相容れない者どもの、新たな王になる!」
西園寺の瞳が、赤く光った。
その瞳で、僕を見つめ、
「あんただけが、バンパイヤに目覚めたと思うなよ!俺もまた…」
西園寺の魔力が上がる。
その魔力を感じた時、僕は違和感を感じた。
その違和感は、魔力の種類より……首筋についた傷。
そこから、漏れる微かな違う種類の魔力。
「魔王の跡を継ぎ、人を支配するのは……この西園寺俊弘だ!」
西園寺の姿が変わった。
口が突き出し、耳が飛び出ると、全身が黒い体毛に覆われた。
「その姿は!?」
僕は目を見張った。
「な、何!?」
西園寺が、声を上げ…絶句した。一番驚いていたのは、西園寺自身だった。
「な、何だ!この体は!」
絶叫する西園寺の姿を見て、僕の後ろにいたギラが笑った。
「フッ…やはりな」
その言葉に、サラが反応した。
「知っていたのか?」
「ああ」
ギラは頷き、
「最初戦った時からな。首筋についた傷……あれは、アルテミア様がつけたもの…。恐らく、アルテミアに吸われることにより、バンパイアの洗礼の力で、今まで抑えられていたのだろう」
「へぇ〜。魔王の器じゃなかったんだ」
リンネは、嬉しそうに感心した。
「王なら……とっくに気付いておられるはず」
ギラは、西園寺の肩ごしに、玉座に座り、微動だにせぬライを見つめた。
「そんな!そんな!お、俺は……」
西園寺は、体毛で覆われた両手を見つめ、
「バンパイアではないのか!王にはなれないのかあ!!」
そして、喉を掻き毟り、
「アルテミアと同じではないのかあああああ!」
遠吠えのような泣き声を、上げた。
「西園寺……」
僕は、そんな西園寺をただ見ていた。何もすることができない。
どう反応したらいいのか…わからない僕の視線に気付き、西園寺は、僕を睨んだ。
「俺を憐れむな!俺を蔑むな!」
狼男と化した西園寺が、襲いかかってきた。
両手の鋭い爪を、僕に突き立てようとするが、シャイニングソードで受けとめた。
「俺を馬鹿にするな!」
「馬鹿になどしていない!ただ……」
僕は、シャイニングソードで受けとめながら、西園寺の目を見た。
涙の滲んだ瞳を。
「ただ……もう戻れない。人にも、もとの世界にも」
「馬鹿か!もとの世界なんて、どうでもいい!俺は!この世界を支配したかった…………」
西園寺の言葉は、途中で止まった。
「それは、無理なんでしょ?だったら、おとなしく死になさいよ」
いつのまにか、西園寺の真後ろまで来たレイラが、背中から剣を突き刺していた。
剣は、心臓を正確に貫いていた。
「見苦しい」
レイラは、剣を抜くと…西園寺の胸と背中から、鮮血が噴き出した。
最後のとどめとばかりに、剣を振り上げたレイラを、僕は左手を突き出して、気で吹っ飛ばした。
「な!」
驚きの表情で、レイラの体が数メートル…玉座の方へ押し戻された。
「ああああ…」
鮮血を噴きき出しながら、西園寺は、僕に背を向けた。
そして、手を上に向けた。
「ああああ…アルテミア…」
磔にされたアルテミアの方へ、手を伸ばした。
その様子を見ていた僕は、ゆっくりと西園寺に近づき、後ろから肩に手を置いた。
西園寺の体が、発火する。
「あああ!」
温かい炎に包まれ、西園寺は涙を流しながら、灰になっていく。
「太陽のバンパイアか…」
バイラが呟いた。
「き、貴様!」
燃え尽きていく西園寺を見送る僕の後ろから、レイラが剣を振り上げて、飛び掛かってくる。
僕はその攻撃を、振り返らずにシャイニングソードで受け止めた。
「あんたは…」
僕は、後ろを決して振り向かない。唇を噛みしめ、目をつぶった。
聞こえてくる声は、ティアナと一緒だ。
だけど、違う。何もかもが違う。
「違う!」
僕は一歩後ろに下がり、膝打ちをレイラのボディに喰らわし、そのまま体勢を変えると、剣の柄でレイラの顔を殴った。
「こいつは、ティアナではない!」
僕は、前にいるライを睨んだ。
「それが、わかっているのに、あんたは殺せない!愛する人の体だったからか?生き返ったところで!ティアナさんじゃない!」
僕の目に、涙が溢れた。
「だから、言っているだろ!あたしは、ティアナじゃないっさ!」
レイラの持つ剣が、ライトニングソードそっくりに変わった。
雷鳴を纏い、僕の頭上に向けて、振り下ろす。
「あんたは、愛する人を侮辱している」
僕は少し涙を溜めて、ライを睨み続けた。
「死ね!」
振り下ろされた切っ先を、僕は受け止めた。
指一本で。
「なっ」
絶句するレイラの体を、受け止めた人差し指から出る炎が、螺旋のようにレイラに巻き付いた。
「さようなら……ティアナさん。約束を果します」
僕はシャイニングソードを片手で、一回転させた。すると、シャイニングソードは、ライトニングソードに変わる。
「ライトニング!ブレイク!」
ライトニングソードを回転させドリルのようにすると、僕は空中で止まっているレイラに、突き刺した。
炎の回転と、雷鳴のドリルが、レイラを破壊する。
「あ、あたしは……」
消え去る瞬間、レイラの目に…磔にされたアルテミアと、玉座に座るライが映った。
「アルテミア…」
レイラの瞳から、一筋の涙が流れた時……レイラは消滅した。
「ライ!」
僕の怒りに…やっとライは、口を開いた。
「たかが……人から生まれた後天的バンパイアが…何を吠えるか!」
ライは笑い、指先を動かした。
すると、天井を突き破り、雷空牙が、僕を直撃した。
しかし、僕は微動だにせず、全身で…雷空牙を受け止めた。
ライトニングソードが、シャイニングソードに変わっただけだ。
「星の鉄槌は、僕には通用しない!」
無傷の僕を見て、ライは目を見開き、思わず玉座から立ち上がろうとした。
が、しかし…ライは動けなかった。
「な、何だと!」
雷空牙の雷撃によって、僕の体は輝いていた。
僕は、左手を突き出した。
光は、人差し指に集まり…指輪になった。
右手についていた指輪は、砕け散った。
「だけど!お前を倒すのは、僕じゃない!」
突き出した左手にある指輪に向けて、さらに天から、光が落ちてくる。
「モード・チェンジ!」
光の温かさを感じながら、僕は叫んだ。
今度は、指輪から目映いばかりの光が溢れだし、僕を包んだ。その光を切り裂いて、中から現れた者は…。
ブロンドの髪を靡かせ、誰よりも強い意志と力を持つ……女神。
「ヴィーナス!光臨!」
ブロンドの髪に、白を基調とした服装に、透き通るような白い肌。
その美しさは、群を抜いていた。
僕が憧れ…一目惚れした…美女。
「ライ!」
アルテミアの右手には、シャイニングソード。左手には、ドラゴンキラーが、装着されていた。
「笑止!」
ライは玉座を立った。
「お前では、我を倒せない。赤星に変われ!」
ライは、全身に凄まじい魔力が漲る。
「笑止なのは、てめえの方だ!」
アルテミアは、一歩前に出た。
「今のあたしは、独りじゃない!ロバートに、サーシャ!それに赤星に!赤星の仲間!みんながそばにいる」
アルテミアは、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
それは、新たなるフォーム。いや、彼女本来の姿かもしれない。
サンシャインモード。
アルテミアを包む鎧が、まるで真珠のように透き通る白。
無駄な気を漏らすことなく、落ち着くことで、鎧は純白を保つ。
そう……かつてのホワイトナイツ、ティアナのように。
「あたしは、あたしは!」
アルテミアは、ライに向かって走りだす。
「お母様のように優しく!強く!ロバートのように、己に厳しくて…サーシャのように、潔く!そして」
ライの両手から光が放たれるが、アルテミアはシャイニングソードで払いよけた。
「そして、赤星のように!誰かの為に、戦う人間になりたい」
アルテミアは飛んだ。
「これは、あたし一人の一撃じゃない!」
アルテミアは、シャイニングソードとドラゴンキラーを振り上げた。
「みんなの一撃だああ!」
「フン!」
ライは、両手をシャイニングソードとドラゴンキラーを受けとめる形で、突き出した。
「この世界は、あんたのものでも、あたしのものでもない!」
太陽よりも、眩しい光が玉座の間を照らし、漏れた光が…城から世界へ放れた。
それは、あまりにも眩しく暖かい光だった。
もし、宇宙に人がいたら、目撃したことだろう。
太陽と逆の方向から、新たな太陽の光が、溢れてきた瞬間を。