第6話 炎を纏えば
夜。その夜。再び、眠りについた僕に、アルテミアが叫んだ。
「てめえ!何てこと、しやがった!ぶっ殺すぞ」
「え…」
闇の底に、墜ちていく感覚の中…僕は戸惑いに、包まれていた。
「とにかく!早く、指輪を取り返せ」
それが、アルテミアの最後の言葉になるなんて。
「え!」
気づくと僕はまたしても、異世界に来た。
しかし、いつものようにピアスから、アルテミアの声が聞こえない。
(今日は、魔物が襲ってこないからかな?)
町には、人々が行き交い、日常の熱気に包まれていた。
少し考え込んだ後、僕は無意識に歩き出した。
こうして、ただ町を歩くだけなら、周囲の様子は僕の世界と余り変わらない。
暇なので…ふらりと、通りにある本屋に入った。ファション雑誌やコミックなど、店内に置いてある本の種類も、あまり変わらない。
「半年で、2000ポイントをゲットできる方法?」
ベストセラーコーナーにあった。
狭い通路を人混みをかき分けて進むと、あまり人が寄り付かない…何か怪しいコーナーがあった。
「何だ…これ」
僕はそのコーナーで、一冊の本を手に取った。
「科学は、実在する…?魔力がなくても、生きてゆく…上手な節約方法」
アルテミアが言ったように、この世界では、科学は迷信みたいだ。
その本には、魔法を使わなくても…つまり、ポイントを使わなくても、過ごせる方法が、書いてあった。
「へえ~」
そんな感じで、本屋で立ち読みをしている間に、目覚まし時計は鳴り…僕は起き上がった。
いつもの如く、学校に行った僕は、信じられないことを耳にすることになった。
明菜が、意識不明の昏睡状態になってるというのだ。
クラスの女子の噂話を耳にした時は半信半疑だったけど、朝礼で担任の先生が報告したことで、それが事実だとわかった。
「あ…」
僕は席を立った。
「どうした?赤星」
担任が眉を寄せ、僕を見た。
「先生…」
僕は、嫌な胸騒ぎがした。ぎゅっと胸を押さえた。
「赤星?」
僕は、訝しげな顔を向ける先生を見据え、
「先生。今日は、体調が、悪いので、早退します」
棒読みで台詞をしゃべるように言うと、勢いよく頭を下げた。そして、僕は鞄を引っつかむと、教室から飛び出した。
「おい、赤星!」
担任の呼び止める声が聞こえたけど、僕は無視した。
昨日、異世界に行っても、アルテミアの声が聞こえなかった…理由。
(多分!)
僕は校門をくぐり抜け、一目散に走った。明菜の家まで。
「おばさん!お久しぶりです」
僕が明菜の家に着くと、ちょうど玄関から、医師が出てくるところだった。
「原因はわかりませんが…このまま、昏睡状態が続くようでしたら、入院されて、詳しく調べませんと…。何ともお答えできません」
丁寧に頭を下げる医師に、明菜の母親も頭を下げた。
「おばさん」
医師を見送った後、僕に気付かずに、家の中に戻ろうとする母親を呼び止めた。
「こうちゃん…」
振り返った母親は、驚きの表情を浮かべた。
「学校は、どうしたの?」
「明菜ちゃんは!」
母親の表情が一瞬にして、曇る。
僕はその様子を見て、これ以上何もきけなくなった。ただ頭を下げると…その場から走り去った。
(僕のせいだ)
僕が指輪を渡したからだ。すぐに、取り返すべきだった。
僕は走りながら、後悔から泣いていた。
(必ず、助けるから)
僕は、全力で家まで走った。
家に着くと、急いで階段を駆け上がった。いきなり帰ってきた息子に、母親はびっくりして飛び上がった。ソファに寝転がって、煎餅片手にテレビを見ていたのを、慌てて隠そうとしながら言った。
「こ、こぶいぢぃ」
煎餅を頬張っていた為、うまく話せない。母親は急いで煎餅を噛み砕き、飲み込むと、声を荒げた。
「どうしたの!こんな時間に」
「熱あるから…早退した」
さらっと嘘をつくと、自分の部屋に向かう。
「あ、あんた!大丈夫なの」
母親の声を背に、
「大丈夫!寝てたら、治る」
僕は部屋に入ると、着替えもせずに、ベットに飛び込んだ。
程なくして、僕は眠りについた。
「アルテミア!」
町中で叫んでも、反応がない。ただ人々が訝しげに、僕を見るだけだ。
でも、人々の目なんて気にしてる場合じゃない。
「アルテミア!」
叫び続けていると、誰かが通報したのか、警官が人混みから姿を見せた。そして、僕のそばに近寄って来た。
「君!何を叫んでる」
人相の悪い眉毛の太い警官は、僕の顔をまじまじを見つめた。
「君は、この町の者じゃないな」
腰についているのは、警棒ではなく、スティックだった。
「君は…」
スティックを手に取ると、先から光が放たれ、僕を照らした。
「この世界の反応がない!?」
驚く警官。
そんな警官の反応を無視して、僕は詰め寄った。
「そんなことは、どうでもいいです!アルテミアが、いるところを知りたいんです!」
「ア、アルテミアって…あのアルテミア!」
「多分、そ、そうです!」
混乱した警官が思わずスティックを振ると、僕はその場から軽く吹っ飛んで、少し後ろで尻餅をついた。
「か、彼女は、死んだはずだ!」
警官は、制服の乱れを整えながら、言った。
「でしたら…僕みたいに、別の世界から来た人を、知りませんか?」
僕はすぐに立ち上がると、再び詰め寄った。
警官は思わず後退り、
「別世界!?どうやって来たんだ!!もし、そんなことができるとしても!そんなことできるのは、神レベルくらいの魔力がないと…無理なはず」
また、スティックを僕に恐る恐る向けた。
「レベル11…。そんなレベルで、できるはずもない」
「僕は、アルテミアに呼ばれたんです!」
警官は唾を飲み込むと、じっと僕の顔を見つめ、
「彼女なら…できるか」
そう呟くと、スティックを軽く僕の手元で振った。
すると、一枚の紙が、僕の手の上に落ちた。
「これは…」
「ここに行けば、探せると思う」
それは、誘拐されたり、殺された人の無事を確かめたり、死亡確認ができる…魔法捜索所への地図だった。
僕は警官に頭を下げると、捜索所を探す為、その場を後にした。
「ここか」
あっさりと、捜索所は見つかった。そこは、町の中心にある市役所の外れにあり、結構な人だかりができていたからだ。
僕は紙を片手に、恐る恐る捜索所に入った。
「残念ながら…もうお亡くなりになっているねえ」
窓口の向こうで、眼鏡をかけた小太りの女性は、事務的な口調で言った。
書類に判を押すと、坦々と話を続けた。
「吸血スライムに、襲われたみたいだねえ〜。パトロール中の式神ポリスが、死体を発見しているし…捜索テレパシー班が、生力反応の停止を確認しています」
事務員のあまりにも事務的な口調に、僕の前に並ぶ…男の人は、がくっと肩を落とした。
生力とは…生命力のことらしい。
「一応、遺品を預かっていますので…あちらの窓口で、受け取って下さい」
事務員は、男に書類を差し出すと、首を横にして後に目をやった。
「あと…隣の市役所で、死亡手続きを、忘れないように。はい、次の人」
「は、はい!」
僕は緊張しながら、前に出た。
「誰をお探しですか?」
僕は舞い上がり、
「ア、アルテミアの居場所をし、しりた、しりたい、で、です」
口調がしどろもどろになる。
「アルテミア…。アルテミア…アルテミアさん…アルテミア!!!」
事務員は叫び、思わず席から立ち上がった。
「ア、アルテミアって…あのア、悪魔のような…あのアルテミアですか?」
なぜか、事務員は怯え出す。
アルテミアという名前に、捜索所内が騒然となった。
(アルテミアは…死んだはずじゃ…)
口々にそう呟きながら、怯え出す人々。
「と、とにかく!た、確かめてみます」
事務員は怯えながらも、そばにある魔法レーダーのスイッチを入れた。
事務員と僕の間のカウンターの上に、青い水晶玉が浮かぶ。
水晶玉じゃない。
地球だ。
僕は、カウンターの上に浮かぶ小さな地球に、顔を近付けた。
僕が知っている地球よりも、とても青い。
地球は静かに、回り始める。
「うん?」
僕は顔をしかめた。僕が知っている東ヨーロッパから中国、インドにかけてが、真っ黒だ。そこだけ、全然見えない。
「なぜ黒いんですか?」
素朴な疑問を口にした僕に、事務員がえっと、驚きの顔を向けた。
僕は、訝しげに事務員を見た。
事務員は目を丸くしながら、口を開いた。
「こ、ここは…魔王の領域です。ですから…私達の力では、捜索できません」
僕は、回る地球を凝視した。
「今いるところは…」
「日本ですが…」
事務員は、何言ってんだ、こいつ…というような顔をしながらも、一応は丁寧にこたえる。
「日本…」
僕は、地球を覗き込む。
2カ所が光り出した。
「え!?」
事務員は地球に顔を近付け思わず、声を上げた。
光ってる部分は、僕が知っている韓国と北朝鮮の国境辺りと…。
「ここ…!?」
事務員や周りにいた人々が、ぎょっとなる。
探査用の式神が、捜索所内に現れ、僕の頭の上を旋回した。
「アルテミアがいる!!」
捜索所内は、パニックになる。
だけど…式神の下にいる僕を見て、しばらくの沈黙の後、
「えー!!」
人々はまじまじと僕を見て、さらに驚きの声を上げた。
「式神の…エラーかしら」
事務員は、ほおっと胸を撫で下ろし、式神を見上げた。
僕も頭をかきながら、仕方なく笑った。
「でも…」
事務員はペンで、もう1つの点滅部分を、押さえた。
地球が消え、映像が浮かぶ。
映し出されたものは…ドラゴンやモンスターの群。
それに、戦隊を組んで戦う人間達。
「38度線…。最終ラインだわ」
「最終ライン…?」
事務員は頷いた。
「人間と、魔王の境界線です。魔界への入り口でもあります」
「魔界?」
事務員は教えてくれた。
僕が知っているアジア〜ヨーロッパ〜ロシアは、魔王が支配する魔界であると。
かつて…遥か昔、まだその土地にも人間が暮らしていた頃、魔王は世界のすべてを自らのテリトリーにしょうとした。その時、そこに住んでいた何億人もの人々の命を犠牲にして、何とか…大陸全体を覆う障壁を創り、魔界の浸食を防いだらしい。
しかし、綻びが数カ所あった。
それが38度線であり、アルプスやヒマラヤ山脈付近であると。
魔王の領土になると、人間は住めない。
だから、その3カ所では進行を食い止める為に、日夜…戦士が守り、戦っているのだ。
「でも…ネーナやマリーに会いましたし…。普通に、魔物に会うし…」
「ネーナ!!マリー!!」
その言葉をきいた人々は、顔が青ざめ、さらに怯え出した。
事務員も怯えながらも、僕の疑問に答えた。
「彼女達は、神レベルです。障壁なんて、意味はありません。それと、魔物がいないと…この世界は成り立ちません…」
「成り立たない?」
事務員は、こくりと頷いた。
「ポイントとは…魔物の魔力から、集められます。誰かが、魔物を退治すると、ポイントという…私達の生活力になります。魔物を退治すると、すべてのポイントが、倒したハンターにいく訳ではないのです」
事務員は、捜索所内を見回し、人々に目をやった。
「おこぼれが、式神に回収され…私達、一般人に給料として、支払われるのです」
僕は、自分のカードを見た。
「ですけど…神レベルは、別です。それに近い…108人の魔神でも、勇者クラスでないと…逃げることもできません」
うなだれる事務員に、すすり泣く人々。
「かつて…この街も…魔神に襲われ、大勢の人が死にました」
「この街が!」
僕は驚いた。
全然、そのような名残はない。
「今は、復旧しています。その時、魔神と戦ったのが、アルテミアです」
「そうなんだ!さすが…」
僕が感心しょうとすると、事務員はカウンターを激しく叩いた。
「とんでもない!人は殺していませんが!建物のほとんどを破壊したのは、あの女です!」
「そうだ!そうだ!」
と、周りが呼応する。
「あんな悪魔のような女が…生きてるなんて…」
事務員は、カウンターを叩いた手をぎゅっと握り締めた。
「でも…しかし…」
事務員はゆっくりと、手を開けた。
そこに一枚の紙が…。
事務員は紙を、僕に差し出した。
「でも…神クラスと戦えるのは…彼女だけです」
僕は恐る恐る、紙を受け取った。
「魔王達を倒した後は、知り合いのあなたが、アルテミアを倒して下さい」
事務員は、僕の手を握った。
「えー?無理ですよ」
「正面からは無理でも…なんか、こう…後ろから、ぐさっと」
事務員は、僕から手を離すと、刃物で背中を刺すジェスチャーをした。
(これでも、公務員か!)
ツッコミたくなったけど…周りも、そうだそうだと歓声が上がる程、盛り上がっている。
「ど、努力します…」
仕方なく、空気を読んで、僕は笑った。