第74話 憂鬱な戦い
明くる日、集まった総勢二万人の戦士に、十万の防衛軍。
しかし、それを倍する魔物の群れ。ゴブリンや、ドラゴンなど神レベルはいないが……数を考えたら、安易な戦いにはならなかった。
その群れは、入り口にいるものだけに過ぎない。
魔王の住む城は、果てしなく遠い。
それに、これは……もう勝てない戦いだった。
人類を指揮する上の者が、魔王に通じているのだから。
人の為……いや、そんな大層な名目ではなく、愛する人…身近な仲間の為、戦える人々は、ここに集まっていた。
魔物に襲われない日々を、自分の子供や妻や友達に与える為に、自分の命を投げ売って。
「いくぞ!」
その最初の号令は、防衛軍からではなく、一般の戦士から放たれた。
剣を抜く者、カードにより魔力を使う者。ミサイルなどを召喚する者。
「たたき込め!」
朝焼け中、魔界といわれる魔物のテリトリーに向けて、数百発のミサイルが、発射された。
と同時に、剣士達が鞘から一斉に、剣を抜いた。
魔界と世界を遮っているのは、小さな川だけだ。
深くもなく、膝上までしかない。
それでも、少しは足を取られる人々の水飛沫が、そこら中で上がる。
それを狙ってか、上空から翼竜の群れが、襲い掛かってきた。
剣で迎え撃とうとした剣士達が、次々に嘴にくわえられた。そのまま翼竜は上昇すると、人々の頭上向けて、剣士達を落とした。
しかし、そんなことで、パニックになる者はいない。
「召喚!」
フライングアーマーをつけた戦士が空中に浮かび、翼竜の群れに、ミサイルを発射する。
空中に、火花が散る。
川を渡り終えた人々に、ゴブリンの群れが棍棒を振りかざし、向かっている。次の瞬間、ゴブリンの群れが、吹き飛んだ。
ジェシカが仕掛けた地雷が、爆発したのだ。
いきなり出鼻を砕かれて、パニックになるゴブリンの群れに、人々が突進する。
剣を突き立て、光の槍が、ゴブリンを襲う。
新たな魔物達がゴブリンに合流しょうと、進撃した。その前に、黒い物体が立ち塞がった。
猿の顔に、虎の体…蛇の尻尾を持ったキマイラの群れに、1人挑む……ジェシカ。
「モード・チェンジ!アーマードモード」
ジェシカの声に反応して、ディグの全身を包む結界から銃火器が、飛び出してくる。その姿は、ハリネズミだ。
ミサイルや、光線の束が、キマイラに降り注ぐ。
絶叫を上げて、飛び散る肉片と、血の匂いに、ディグは咆哮した。
ディグの両手の指から、鋭い爪が飛び出すと、キマイラの群れに飛び掛かる。
「モード・チェンジ!ストロングモード」
結界が盛り上がり、まるで筋肉のようになる。
キマイラを引き契り、潰すディグ。
圧倒的な破壊力だった。
ジェシカは、自分で戦いながら…まるで、他人事のように感じていた。
「ディグ!交戦状態に入りました」
本部内のオペレーターの報告を受けて、マリアが椅子から、立ち上がった。
「ディグブレイド!発動!」
マリアの号令に、百体のディグブレイドが、テレポートする。
マリアは、にやりと笑った。
ディグブレイドは一瞬にして、魔界の深部へテレポートした。
最初から、一般の戦士は囮である。雑魚は、やつらに任せたらいい。
「次いで、防衛軍本隊も、テレポートします!」
オペレーターが叫ぶ。
「テレポートアウト後、すぐに核弾頭を使用しろ!そこは、我々の土地で非ず!魔界だ。遠慮するな」
マリアは椅子に座ると、煙草をくわえた。
「どちらにつくにせよ…。あたし達が、有利にならなければならない。魔王の戦力は、できるだけ削ぐ」
マリアは、笑った。
「本隊も、テレポート成功!」
オペレーターの報告に、マリアは満足気に呟いた。
ディグブレイドや、本隊がテレポートしたところは、ライの城の近くだった。
ライとの盟約があったとはいえ、簡単に心臓部に入れるとは…マリアは、笑いが止まらなかった。
「核弾頭発射!」
煙草を吹かしながら、興奮気味に言ったマリア。
「主導権は我らに」
「か、核弾頭……発射しません」
オペレーターが目を見張り、キーボードを叩いた。
「何があった!」
マリアは煙草を、灰皿にねじ込むと、立ち上がった。
「す、凄まじい…念動力が……核弾頭を抑えつけています!こ、このままでは、発射する前に、爆発します!」
「チッ!」
マリアは舌打ちすると、叫んだ。
「核弾頭発射中止しろ!」
マリアは椅子に座りなおすと、指の爪を噛んだ。
「十万の軍勢がいるんだ……それに、ディグ!」
マリアは、また立ち上がり、
「作戦変更!直接攻撃!全軍戦闘体勢に、入れ!」
マリアは、オペレーターを見、
「ディグブレイドを、全面に展開させろ」
鉄を落とす音、剣を抜く音がこだまし、十万の軍勢が進軍する。
遥か向こうに、魔王の城が見える。
ここは、一面に広がる向日葵畑だった。
十万の軍勢がいても、向日葵畑を覆い隠すことはできなかった。
イメージのギャプに驚く人々は、魔王の城に向かって、もう一度テレポートしょうとした。
しかし、人々はテレポートしても、同じ場所にいた。
ここ以上、奥にいけない。
戸惑う兵士達。
「どうなっている?」
マリアは絶句した。
「どうやら……ここは異空間のようです!テレポートで入ってきた者を、幽閉する…一種の罠です」
マリアは、舌打ちした。
そして、オペレーターに告げた。
「ディグブレイドは、空間を切り裂けるわ!彼らだけを、城に向かわせて!他の者は、待機!」
マリアの号令に、ディグブレイドの瞳が輝き、両手についている刃を振動させた。
そして、百機のディグブレイドが、空間を切り裂こうとした時………ディグブレイドの動きが、止まった。
「く、空中から、こちらの空間に侵入して来る者がいます!あ、あと他にも……テレポート反応有り!」
「誰だ?」
マリアは、目の前にある端末に、指を走らせた。
「!?」
マリアは、目を見開いた。
「照合完了!空中から来るのは、アルテミア!テレポートは……騎士団長です!」
オペレーターの報告よりも、マリアはいきなり、現れた者達に絶句した。
「なぜ……アルテミアや、彼らが!」
アルテミアも予想外だが、騎士団長がでてくるのは、信じられなかった。
「やはり……無理か」
マリアは、唇を噛み締めた。
「これ以上……核を撃たれてたまるか!」
結界を突き破り、十万の軍隊と、それを指揮する防衛軍本部を、眼下に見下ろしながら、アルテミアは降下していく。
念動力で、本部に装備されていた核弾頭を抑えたのは、アルテミアだった。
この結界の内で発射されても、中にいる軍勢が死滅するだけだ。
アルテミアは落下しながら、雷撃を本部に落とした。
ピンポイントで、核弾頭の発射システムを破壊した。
「きゃっ!」
キーボードに電気が走った。指を走らせていたオペレーター達が痺れて、思わず手を離した。
「遊撃システムだけが……破壊されました」
痺れながらも、何とか状況を調べたオペレーターの報告に、マリアはきいた。
「どれくらいで、修復できる?」
「1日は…かかります!」
冷静な報告に、マリアはまた舌打ちした。
「天空の女神め!」
十万の軍勢の前に、降り立ったアルテミアは、嫌な気を感じ、周りを見回した。
「アルテミア!」
軍勢の前方にいた兵士達は、一斉に銃口をアルテミアに向けた。
数千の銃口を気にせずに、アルテミアは城の方を睨んだ。
「てめえら!」
動きが止まっているディグブレイドと、アルテミアの間に…四人の魔神が、テレポートしてきた。
「ギラ!サラ!バイラに……リンネか」
四人の騎士団長が姿を見せた瞬間、アルテミアのアドレナリンが一気に高まった。
「邪魔するなら、殺すぞ」
アルテミアの瞳が、赤く光り…魔力が溢れる。
その瞬間、バイラ達は笑った。
動きを止めていたディグブレイドの瞳がまた輝き、魔界に向けていた体をアルテミア達に…向けた。
「ディグブレイド…活動再開………えっ?」
オペレーターは、唖然とした。
「撃て!」
銃口を向けていた兵士達が、引き金を引くのと…ディグブレイドが、襲い掛かってくるのは、同時だった。
「チッ!」
舌打ちをしたアルテミアは、左手を突き出し、銃弾を弾き…右手で、ディグブレイドの一体のボディに、拳を叩き込んだ。
「ディグブレイド…暴走しました」
「な!」
オペレーターの報告に、マリアは絶句した。
「おそらく…アルテミアと騎士団長という…倒せば…ポイントを大量に集められる存在が、いきなり……五体も現れた為だと…」
「馬鹿な!あり得ない!ブラックカードならともかく…あのカードは…」
目の前のディスクを、叩いたマリアに、さらなる報告が入る。
「ディグブレイド……破壊光線発射します」
「何?」
アルテミアによって、破壊されたディグブレイドの目も光る。
百機あるディグブレイドの瞳から、赤い光線が一斉に放たれた。
アルテミアや、騎士団長達は余裕で回避したが、目の前で密集していた十万の軍勢は、数メートルの距離から、いきなり打たれたのもあり、回避することもできずに直撃された。
前方にいた数万の兵士の体が、切り裂かれ……すぐに発火した。
「ぎゃああああ!」
兵士の断末魔が、魔界にこだました。
「クスッ」
空中で回避したリンネは、指を鳴らした。
すると、燃え上がる兵士の体から、炎でできた魔物が誕生した。
そして、倒れた兵士の銃や剣を持つと、パニックになっている兵士達に襲い掛かった。
「何だ?これは!」
アルテミアはまた、光線を発射しょうとするディグブレイドに、蹴りをいれた。
数体のディグブレイドは刃を向けて、アルテミアに飛び掛かってくる。
バイラ達は空中で魔力を抑えると、高見の見学と洒落込んでいた。
「てめえら!」
全機が、アルテミアに向かってきた訳ではない。
多くのディグブレイドは、兵士達にも攻撃を仕掛ける。
炎の魔物と、ディグブレイドと……兵士達の戦いが始まった。
「モード・チェンジ!」
黒髪をなびかせ、アルテミアはストロングモードへと変わった。
一気に、ディグブレイドを蹴散らすと、乱闘戦になっている兵士達のところへ向かおうとする。
「人を助けるつもりですか?」
「今更…」
「もうあなたにとって、家畜となったものを」
「それとも何ですか?また力を捨て、人間になりますか?」
アルテミアの前に、空中からバイラが降り立った。
「但し…そうすれば、あなたは、私達には、勝てませんが」
バイラは、アルテミアに微笑みかけた。
「舐めるな!」
アルテミアの拳が、バイラの顔面を狙う。
それを、剣の柄で止めた者がいた。
「な!」
絶句するアルテミアと、バイラの間に割って入ってきた者。
ブロンドの髪をなびかせ、華奢な体でありながら、どこかしなやかさと、力強さを感じさせる雰囲気。
「あなたの相手は、あたしよ」
レイラは、アルテミアの目を見つめた。
「お母様…」
アルテミアの言葉に、レイラは鼻で笑った。
「あたしは、あなたのお母様じゃないわ」
剣を回転させると、アルテミアの拳を跳ねとばし、そのままレイラの回し蹴りが、アルテミアの首筋にヒットした。
「さよなら…女神さん」
レイラは、アルテミアにウィンクした。
「クッ!」
アルテミアは、横に飛ぶことで、何とか衝撃を最小限に抑えた。
その動きを見て、レイラの剣が槍に変わる。
「はっ!」
気合いとともに、突き出されるレイラの槍に、アルテミアは翻弄される。
(確かに…見切れる!この動きは、お母様の動きじゃない!)
カイオウが言ったように、全盛期のティアナのようなスピードも、キレもない。
しかし、アルテミアには攻撃できなかった。見切りながらの躊躇いは、槍を振るうレイラに伝わった。
「どうした!こんなんじゃあ…あたしを倒せないわよ」
レイラは肩を入れ、槍を更に伸ばすと、アルテミアの頬を斬った。
そして、レイラはアルテミアの足を払い、バランスを崩させた。
尻餅をついたアルテミアの横に、先程アルテミアの蹴りによって、破壊されたディグブレイドが転がっていた。
昆虫のような目が点滅し、腕をばたつかせ、もがくディグブレイドの中から、声が漏れてきた。
「助けて……お母さん…」
その声を聞いた時、アルテミアの動きが止まる。
「甘いわ」
レイラの槍が、ディグブレイドに突き刺さった。
「ちゃんと殺してあげないと…苦しめるだけよ」
その言葉に、絶句したアルテミアは、まじまじとレイラの顔を見た。
(この人は……お母様じゃない)
すべてのものを慈しみ、優しく、強い……勇者。
(お母様じゃない)
アルテミアは立ち上がり、殴りかかる。
レイラは、無防備に立つ。
アルテミアの拳は、レイラを殴っているはずだった。
ぎりぎりのところで、震える拳が止まっていた。
「あなたは、何をやりたいのかしら?人の言葉に揺れ…目の前にいる敵に、攻撃もできない……」
レイラは、ため息をつくと、
「ほんと……つまらない相手。こんなものの為に、あたしは蘇ったなんて」
レイラは、槍から剣に変え、
「もう死になさい」
アルテミアは動けなかった。自分に絶望し……攻撃できない自分が悔しかった。
レイラは、剣を大袈裟に振り上げると、一気に振り落とした。
誰もが、終わったと思った瞬間。
「まだ…抵抗する意志は、残ってるみたいね」
レイラの剣を、アルテミアの右手に装備されたドラゴンキラーが、受けとめていた。
「いつのまに…装備した!」
「え?」
アルテミアは、虚ろな瞳で、自分の右手を見た。
「ロバート……」
「しかし!これは、最後の悪あがきみたいね」
ドラゴンキラーに視線をやったアルテミアの隙をついて、レイラは剣を跳ね上げると、手を持ちかえ、今度は下段から、剣を斬り上げた。
「えっ!」
アルテミアの体から、鮮血が飛び散る。
スローモーションで倒れるアルテミア。
だけど、視界に映るドラゴンキラーを見つめ………アルテミアは、下唇を噛み締めると、足に力を込めた。
「まだまだ!」
ロバートの姿が、サーシャの雄姿が……そして、腕を斬られても、立ち向かう赤星の姿が……アルテミアの脳裏に浮かぶ。
「あたしは、負けない!」
アルテミアは、ドラゴンキラーを装備した右手に力を込めた。
「あんたは……お母様じゃない!」
ドラゴンキラーが、真っ直ぐにレイラに向かう。
(あたしの拳が、途中で止まるなら……ロバート!サーシャ!足りない分を補って!)
ドラゴンキラーの切っ先が、レイラに迫る。
「レイラ様!」
バイラが、レイラの前に飛び込もうとしたが……間に合わない。
(さよなら…お母様…)
アルテミアは、レイラに突き刺さることを確信した。
その時、空が割れた。
時さえ、切り裂くような稲妻が、落ちた。
「星の鉄槌です」
オペレーターの報告に、至近距離だった為に、すべてのカメラが焼き付き……モニターが死んだ防衛軍本部の中で、
マリアはため息をついた。
「魔王………」
雷空牙は普段より、威力が格段に抑えられたとはいえ、落ちた場所を数メートル抉っていた。
「レイラ様…。お怪我の方は」
レイラの横に、控えたバイラの言葉に、彼女はただ…笑った。
「アルテミアは?」
雷空牙の光りで、一時的に視力を失ったレイラに代わり、バイラが確認した。
「まだ……死んではいません」
すり鉢状に抉れた地面の中で、黒焦げになったアルテミアが倒れていた。
レイラは、拳を握り締めると、穴に背を向けて歩き出した。
「レイラ様!」
バイラの声を無視し、城を目指すレイラ。
(あたしは…負けていた!)
城を睨み、奥歯を噛みしめた。
(余計な真似を!)
「どうするの?」
城に戻るレイラの後ろ姿を見送りながら、リンネはバイラに訊いた。
ちらっと後ろを見ると、雷空牙の光りにやられ、目が見えなくなった兵士達が次々と、炎の魔物にやられていく。
「あっちは、つまらないし…」
リンネは、クスッと笑った。
バイラは、レイラから視線を下をやり、倒れているアルテミアを見つめた。
そして、
「城に戻るぞ!」
バイラ達は、歩き出した。
「城に戻って、どうするのさ?」
リンネは、背伸びをした。
「やつが来る!」
ギラは穴から、アルテミアの体を念動力を使って動かした。
「赤星浩一がな!」
バイラは、足を止め、前方を睨んだ。
「そして、それが最後の戦いとなる!」
激しく息を整えながら、目の前にいた敵は、すべて駆逐したジェシカは…魔物の死骸の上で、本部への通信を行っていた。
「こちら、ディグ…001!ジェシカ!任務終了!」
防衛軍が魔界深くまで、進軍するまでのカモフラージュの役割を担っていたジェシカは、先程から連絡を取っているが………まったく返事はなかった。
魔界の入り口で、一般の戦士による戦いも、熾烈をきわめていたが……ジェシカが応援にいくという…作戦はなかった。
少し申し訳なかったが、ジェシカは、本部にいくことを優先した。
テレポート先は、わかっていた。
ジェシカは、ディグをテレポートさせた。
ディグがテレポートアウトした瞬間、いきなりディグブレイドが襲い掛かってきた。
「な!」
反射的に、ディグブレイドを殴り倒すと、今度は後ろから、別の個体が向かってくる。
振り向いたディグは、ディグブレイドの手を両手で掴み、力比べのような形になるが……軽く捻り潰した。
ディグブレイドの中から、絶叫が走る。
「どうなっている?」
一面の向日葵畑に、兵士と炎の魔物…それに、ディグブレイドが、入り交じり…戦っていた。
殴り倒したディグブレイドが立ち上がり……瞳から光線を発射した。
しかし、結界で覆われているディグの表面は、光線を跳ね返し、兵士達に直撃した。
炎の柱が上がり、再びパニックが始まる。
「暴走しているのか!」
ジェシカは、光線を放ったディグブレイドの首をへし折ると、まだ健在の本部へと向かった。
「やっぱり………人じゃ……無理よね…」
深いため息とともに、椅子に深々と座り、マリアは煙草を手に取った。
「完璧に造ったはずなのに…不具合が起こるし…」
しかし、中身はもうなかった。灰皿に、大量の吸殻が残っていた。
「終わったわね…」
マリアはからになった煙草の箱を、握り潰した。
それと同時に、作戦指令室の扉が開いた。
白衣の研究員が二十人…中に入ってくる。
兵士達の被害状況と、何とかディグブレイドの暴走を抑えようと奮闘するオペレーターや隊員達を、白衣の研究員は、冷ややかに見つめる。
マリアは椅子に腰掛けながら、後ろを振り向いた。
研究員達と目が合う。
しばらく見つめ合い…頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、作業に追われる人々に、告げた。
「みんな!お疲れ様!もういいわ」
マリアの声に、作戦指令室の動きが止まった。
一斉に、マリアを見…その後方にいる研究員達に気付いた。
「やはり…人間では駄目だった。みんな頑張ってくれたけど……」
マリアは、にやりと笑った。そして、その口元が…少し裂けた。
「もう楽になっていいのよ」
マリアや研究員達の目が、光る。
その妖しい光りに、本能的な危険を感じたオペレーター達が立ち上がる。
「みんな…死になさい」
マリアは、微笑んだ。
混乱に乗じて、ジェシカは魔界にテレポートした防衛軍本部に侵入した。
一部のシステムが、雷撃でやられており…簡単に中に入れた。
まだ魔物も、ディグブレイドも、侵入していないようだ。
入り口を少し進むと、ジェシカはディグシステムをアウトさせ、軍服姿に戻ると、廊下の壁を探り……侵入者に、備えた障壁のスイッチを探した。
何とか見つけると、自分のカードを差し込み、障壁を降ろした。
これで、魔物は簡単に入って来ないだろう。
何の飾りもない灰色の通路を、ジェシカは走った。
人のいる気配がしない。
ディグシステムの研究室を目指し、走る。
通路は、複雑に入り組んでいるが、ジェシカには慣れたものである。
冷たい白い扉の前に立ち、息を整えながら、一気に中に入った。
「あれ?」
誰もいない。
パソコンが並んだ研究室には、静けさしかなかった。
ジェシカは首を捻りながら、奥へ進むことにした。
奥は、作戦指令室。一介の兵士がいける場所ではないが……妙な胸騒ぎがした。
ディグシステムを腕に巻き付けながら、慎重に奥に進む。
(血の匂いがする!?)
人の気配はしないのに、血の匂いだけがする。
(まさか!魔物が!)
ジェシカは、走りだした。
(もう侵入しているのか!)
金属性の分厚い扉が、前にあった。
ジェシカが前に立つと、扉は開き……そこから、血の匂いが漂ってきた。
飛び込んだジェシカが、見たものは…中央の席で、こちらに背中を向けたまま、煙草を吹かすマリアと……そこら中に飛び散った肉片。
正面のスクリーンに、ジェシカの知っているオペレーターの顔が、半分潰れて…貼りついていた。
「何が……何が…何があったんですか!」
ジェシカは、叫んだ。
「あら……来ちゃったの……」
マリアの頭の向こう…煙草の煙が立ち上る。
「あんたは優秀だから……あたし達側に欲しかったんだけど……あんたは、エルフの血が色濃く残ってるから、無理なのよね。残念」
マリアの言葉に気を取られていたが、ジェシカは真上からの殺気に気付いた。
そして、上を見て…絶句した。
ジェシカの目の前に、唾液が落ちてきた。
「馬鹿な…」
天井に、しがみ付いた…白衣を着た狼。
「ウルフマン…狼男がなぜ?」
ジェシカは、後方にジャンプしたが、扉が開かない。
肩で体当たりしたが、びくともしない。
「男だけじゃ…ないわよ…女もいるの」
クスッと笑ったマリアは、煙草を灰皿にねじ込み、立ち上がり…ジェシカに顔を向けた。
唖然としたジェシカだが…本能が叫んだ。
「モード・チェンジ!」
ディグシステムが始動した。
「このシステムは、あたしが作ったのよ!」
マリアは、椅子から跳躍する。
上にいた狼男達も、襲い掛かかる。
「どうして!」
ディグは、扉を一撃で破壊すると、通路に出た。
が、マリアは信じられない速さで、ディグを捕まえた。
「人では、生きていけないのよ」
「そんな馬鹿な!」
巨大な口を開けて、ディグに噛み付こうとするマリア。
「うわああ」
ジェシカの叫びに呼応して、ディグはマリアの口に、両手を入れると……そのまま、引き裂いた。
口にならない断末魔が上げ、マリアは…口から真っ二つに裂けた。
「ぐぎゃあ!」
白衣の狼男達も、襲いかかってくる。
マリアの血で、真っ赤に染まったディグに。
「ははは……」
ジェシカは、自失呆然状態になる。
その時、通路の向こうから、何かが…ジェシカの目の前を横切ってた。
飛び掛かってきた狼男達を掴むと、それは手に付いた刃で、何度も突き刺した。
それは、ディグブレイドの群れだった。
暴走状態になっているディグブレイドは、狼男と化した研究員達を、殺していく。
圧倒的だった。
「いや……」
その様子を見た時……ジェシカのたかが外れた。
「いややあ!」
ディグというより…ジェシカが暴走状態になった。
その瞬間、ディグの体から、小型核爆弾が発射された。
アルテミアが抑えていた核弾頭を誘発させ…結界内にいた…あらゆる生物を破壊した。
「馬鹿目…」
城の中、玉座に座るライは、片手を上げた。
手の平に、丸い球体が浮かび…その中で、凄まじい爆発が起こっていた。
ライは、その球体をぎゅっと握り締めると、爆発は消え…黒い煙のようなものがものだけが、球体の中を彷徨い……消滅した。
爆風と、光りが去った後………本部も、そこにいた十万の兵士もいなくなり……ジェシカのディグと……数体のディグブレイドだけが、向日葵畑に倒れていた。
どうやら…核の直撃に耐えれたのは、ディグと…無傷だったディグブレイドだけだった。
ジェシカは、助かったことより、どうしょうもない虚脱感に見舞われていた。
周りを破壊した後悔も、生き残った嬉しさもない。
「まだ……生きてるんだ」
そのことが、笑えてきた。
ディグブレイドも、完全に動きを止めている。
「もうどうなってもいい……」
と思った時、ディグの周りに、天から翼を持った魔物達が、数えきれないほど…降りてきた。
ジェシカの眼球に、敵の数と残ったディグブレイドの数が、表示される。
魔物の数は、二万。
ディグブレイドは……結構残っていた。
72体。
(もう……いいだろう…)
と諦めて…死のうと思ったが、勝手にディグは立ち上がっていた。
周りを見ると、ディグブレイドも立ち上がっていた。
ジェシカに通信が、入る。
「こちら…特務隊隊員宮城!本部亡き今、大尉に身を預けたい!ご指示を!」
「ジェシカ・ベイカー大尉!」
隊員の通信が、次々に入る。
(そうだな……)
ジェシカは、目をつぶり、
(最後は……戦って、終わろう)
もう目を開けた時には、ジェシカは兵士の顔になっていた。
「もう暴走は、大丈夫なのか?」
ジェシカの言葉に、
「はい!」
72人が、返事した。
「よし!」
ジェシカは、上を見た。
「全機!魔物を迎え打て!」
ディグとディグブレイドは、戦闘態勢に入った。
敵は空からだけでなく、城からも現れた。
ドラゴンの頭を持つ騎士……ドラゴンナイトの群れだ。
ジェシカはフッと笑い、
「逃げたい者は、逃げろ!ここで、全滅するわけには、いかない!」
「大尉は、どうなさるんですか?」
「私か……。私は……」
ディグの瞳が光った。
「ここが、死に場所だ」