第73話 太陽がほしいか?
全人類のもとに、伝令が一斉に放たれたのは…赤星が、レイを倒した3日後のことだった。
人々は、カードに飛び込んできたメールを見て、目を見張った。
(魔界への総攻撃を、明日行う。戦う意志のあるものは、集え)
場所は、実世界でいう北朝鮮の北部だった。
アルテミアと二人の女神の決戦場所であった……三ヶ所ある魔界への入口で、もっとも進撃しやすかった。
残りの2つは、ヒマラヤやアルプスなど、険しい山を越えなければならなかった。
早くも、陣をひいた魔法防衛軍の本隊の中で、西園寺直属の親衛隊が、前面に展開していた。
「魔敵反応。多数!」
ギリシャにあった本部を、まるごとテレポートするという離れ業をやってみせた西園寺は、オペレーターの報告を無言で聞いていた。
「しかし、こちらの動きには気付いていません」
煙草を吹かしていたマリアは、インカムをオンにした。
「思念波、大丈夫?」
「はい!」
すぐに、オペレーターの返事が返ってくる。
「ジェシカ!聞こえる?今どの辺りにいるの?」
マリアの問いかけに、ジェシカの声が、指令室にこだました。
「只今、ポイント0003!魔敵反応多数ありますが…こちらには、気付いていません!」
ディグを装着したジェシカは、ステルス機能を使い、魔界内部へと先に侵入していた。
「只今より、作戦行動に入ります」
ディグは、持ってきた地雷をそこら中に埋める。
「本当は、小型核爆弾を仕掛けたかったんだけど…肉弾戦になるからね」
マリアは、残念そうに呟いた。
ぞくぞくと集まる勇者や戦士達は、生身である。
核は使えない。
「まあ……それに変わるものは、用意してあるし」
マリアは、煙草を吸った。
指令室の一番前にある巨大スクリーンに、異形の戦士が映る。
ジェシカのディグが、黒なら……白い真珠のようなボディカラーの人形。
ディグがモノアイであったが、そいつは、複合型の昆虫のような目をしていた。
両手についた鎌状のブレイド。手の指が、異様に長い。
その姿は、カマキリに酷似していた。
「ディグブレイド!全機!待機完了しました」
その数、百体。
「全機に、ポイント百万づつ送信!」
マリアの命令が、こだまする。
「それにしても…」
西園寺は、スクリーンに映るディグブレイドを見つめ、感嘆した。
「よく間に合ったな」
マリアは、灰皿に煙草をねじ込み、
「ブラックカードを、簡易化しましたからね」
苦笑した。
ディグブレイドの腕に輝く…金色のカード。
ゴールドカード。
「ディグのように、無限にポイントを使うことは、できないけど…こちらから、送信できるし、自主回収もできるわ」
マリアは満足気に頷き、
「装甲や、破壊力は、ディグに劣らない」
「百体か……」
正直、これだけで、魔界を攻略できるとは思えなかった。
通常のカードを持った…数万の防衛軍の兵士もいる。
ぞくぞくと、集まる民間の戦士達。
前線に配置されたディグブレイドを見て、驚き…気味が悪く感じる者もいた。
「中に入っている者は、いつ決めたんだ?」
西園寺の質問に、マリアは椅子に座り、大きく背伸びした。
「適当です」
「適当?」
眉を寄せる西園寺に、マリアは頷いた。
「誰でも使えないと、兵器としては、あまりよくないでしょ?」
マリアは、煙草の底を床で叩きながら、内心…心が踊っていた。
そんなマリアに鼻を鳴らすと、西園寺は指令室から出ていこうとする。
「司令代行どちらへ?」
わざとらしく引き止めるマリアを、西園寺はちらっと見ると、
「明日までには、戻る。もし戻らなくても…時間どおり作戦を開始してくれ」
「了解しました」
慇懃無礼にこたえるマリアを背にして、西園寺は指令室を出た。
「よく来られましたね」
数分後…西園寺は、闇の中へと案内されていた。
人として、ここまで来たのは、ティアナとクラーク、ジャスティンに次いで、四人目だった。
闇の上に、彼はいた。
西園寺は生まれて初めて…恐ろしい程の絶望感を味わっていた。
「お主が、新しい安定者か?」
玉座に座る魔王に、西園寺は臣下の礼をした。
「お初にお目にかかります。王よ」
ライは、西園寺に頷いた。
「お主が、ここに来たということは…」
ライは、玉座から、西園寺を見下ろす。
「捧げます。人のいうものを!あなた様への忠誠の証に」
時は少し戻る。
レイが倒れた次の日。
目の前に広がる太平洋を、崖から、眺める僕とティフィンがいた。
ロストアイランドを包む結界は、まだ生きているが…今の僕には、意味がなかった。
「フレア……メロメロ…」
僕は潮風に吹かれながら、目をつぶり、拳を握り締めた。
この地に来て、数ヶ月。
僕はみんなのお陰で、また成長できた。
だけど、その代償はあまりにも、大きい。
「赤星…」
ティフィンが空中に浮かびながら、僕の顔を覗いた。
「結局…」
僕は目を開け、果てしない地平線を見つめた。
「バンパイアキラーとは、僕のことらしい…」
僕は、苦笑した。
「赤星…」
ティフィンは何と話していいのか、わからなかった。
「だけど……」
僕は、ティフィンを見、
「それなら……僕が頑張ればいいだけだ…」
また海を見つめ、
「だったら、頑張れる」
「お主は、魔王ライを倒し……この地を解放するつもりか?」
僕は、声がした方をゆっくりと、振り返った。
先日出会った老婆や、この大陸の人々がいた。
「お前は、何がやりたかったのじゃ!レイ様を倒し…この大陸を解放する!我々は、また人間に迫害されるだけじゃ!この疫病神が!」
老婆は石を投げた。
その石は、僕に当たる前に、破裂した。
「ヒィィ!」
僕の圧倒的な魔力を感じ、人々は後退る。
僕は老婆達から、視線を外すと、
「ここは、解放しない!」
その言葉に、人々が騒めく。
「だけど…」
僕はティフィンを見た。
「魔王ライが、ばらまいた…妖精達を殺す物質は、排除して貰う」
僕は振り向き、ロストアイランドを見た。
「ここに残りたい者は、残ればいい!だけど、自分の意志ではなく、ここに閉じ込められ…外に出れない者には、自由に生きれる権利がある!」
僕のやることは、決まった。
「ここ以外でも、みんなが住めるような世界をつくる!」
「赤星!」
ティフィンは、僕に抱きついた。
「お前も、ロストアイランドから自由になれるようにしてやるよ」
「ラ、ライ様に…勝てるというのか!」
老婆は、興奮状態になる。
「今の僕は……負ける気がしない」
漲る力は、とめどもない。
「無理よ」
老婆達の後ろから、声がした。
「な?」
振り返った人々の体が、凍った。
老婆は人々を守る為、結界を張ったが…結界が凍っていく。
「あなたは、何もできないわ。なぜなら、ここで死ぬからよ」
「誰だ?」
僕の手のひらが燃え、腕を振ると、炎のカーテンができ……凍った人々をもとに戻す。
「皆さん!離れて!」
動けるようになった人々は慌てて、その場から離れた。
「赤星?」
ティフィンが、僕の後ろに回った。
人々の壁がなくなり、近づいてくる女の姿を確認できた。
女の歩くと、後ろに氷の道ができた。
まるで、冷気が歩いているようだ。
僕は近づいてくる女の顔に、身を覚えがあった。
「馬鹿な…」
目を丸くし、僕は絶句した。
「どうして……この世界にいる!…そ、それに…」
僕が驚いたのは、その姿だった。
人間ではない。
「赤星浩一!お前は、私の大切な人を殺した!だから…」
女の冷気が上がる。露になった乳房につく…ブラックカードが脈打つ。
すべてのものが、凍り付く絶対零度に近い冷気が、赤星を襲った。
「確か…守口舞子さんでしたね」
僕は息を吐いた。
それだけで、冷気はかき消された。
「一つだけ…質問します。あなたの大切な人の名は!」
僕が近づくだけで、舞子の冷気は消えていく。
「あたしの…大切な人は…」
予想外のことに驚く舞子の目に、いつのまにかシャイニングソードを持つ僕が、目の前にいた。
「誰だ?」
僕の目が赤く光り、舞子を見据える。
舞子の全身が震え…無意識に唇が動く。
「ク、クラーク…」
その名を聞いた刹那、シャイニングソードで舞子を斬った。
「そうか…」
「赤星!」
冷たい口調で、さらに女に斬り付けた僕に、ティフィンが思わず声を上げた。
「え…」
舞子には、何が起こったのかわからなかった。
速過ぎる剣捌きに、痛みすら感じなかったからだ。
「どうやら…これが、おかしいようだ」
舞子の乳房に、張りついていた二枚のブラックカードだけを、僕は斬り取っていた。
ブラックカードは、真っ二つになり…舞子の足下に落ちた。
「きゃーっ!」
露になった乳房を、慌てて両手で隠し…その場でしゃがみ込んだ舞子。
僕はそんな舞子を無視して、地面に転がるカードを見下ろした。
真っ二つになっても、まだ脈打つっているカードに、シャイニングソードを突き刺していく。
「このカードは、何だ?」
自分でも持っているが、そんなに危険なものだったとは…。
「こいつは…闇。負の力、そのものよ!」
ブラックカードのことは、気になるが…今は、それを気にしている場合ではない。
踞りながらも僕を睨む舞子の前に、立った。
ブラックカードが、外れたのに…舞子の冷気は、治まっていない。
「カードのせいじゃないな…。どうやって、この力を手に入れた?」
僕の高圧的な物言いに、舞子は下から睨みつけた。
「どうして、あの人を殺した?」
僕は、舞子を見下ろながら、クラークとの戦いを思い出していた。
「僕が、殺したかもしれないが…彼は自ら、死ぬことを望んでいた」
その言葉に、舞子はキレた。
「死を望んでたから、殺していいのか!」
「わからない」
僕は素直に思いを口にすると、舞子に手を差し出した。
「だけど……」
僕は、舞子をじっと見つめ、
「彼は、あなたがこうなることは、望んでなかったはずだ」
「よくも、クラークを!」
もう胸を隠すこともやめ、立ち上がると、舞子は襲いかかって来た。だけど、僕は炎の気で、吹き飛ばした。
「きゃ!」
数メートル先まで転がり、倒れた舞子に向かって、僕は言った。
「僕が、クラークを殺した!それが正しいのか…間違っているかは、わからない。だけど、後悔はしていない!」
僕は、シャイニングソードを構えた。
「赤星浩一!」
「彼もまた…後悔はしていないはずだ」
舞子の体から、煙が立ち上ぼり、周囲に霰を降らす。
しかし、僕がいる為、霰はすぐに蒸発して、消えてしまう。
それでも、向かってくる舞子に、僕はシャイニングソードを突き出した。
「太陽がほしいか?」
僕の瞳が、輝き……シャイニングソードが一閃した。
「赤星!」
ティフィンが絶叫した。
シャイニングソードは、二つの回転する物体に戻り、どこかに飛び去った。
「確かに…僕は、人を殺した。人だけではなく…数多くの魔物を…。そして」
僕は自分の手を見つめ、
「バンパイアに目覚めた。もう…誰かの血を吸わなければ、生きてはいけなくなった…。僕はもう…もとの世界には、戻れない」
後方で、倒れている舞子を目をやった。
「そして…彼女もまた…」
そして、舞子から視線を外した。
「殺したのか?」
ティフィンの問いに、僕は首を横に振った。
「殺してはいない。強力な太陽の波動を、彼女に注ぎ込んだだけだ。しばらくは、彼女の魔力を抑えることができる。だけど…いずれまた、魔力は復活する」
僕は舞子に背を向け、歩きだした。
「赤星!」
ティフィンが、僕の背中に向かって、叫んだ。
「いくな!この大陸にずっといろ!」
僕は足を止めず、崖の先端まで歩いていく。
「ここを出たら、お前はもっともっと戦って、もっともっと殺して、もっともっと苦しむことになるんだ!」
ティフィンは、僕に縋りつこうとしたが……僕が張った結界に阻まれた。
結界に跳ね返されてもティフィンは、僕の背中に向って叫んだ。
「さっきも!後悔してないと、言ったけど…本当は、誰よりも、悔やんでる癖に!」
「ティフィン…」
僕は、振り返った。
「ありがとう」
そして、微笑みかけ、
「いつか…この世界から、出れるようになったら……よかったら、遊びにいこう!世界には、美しいところが沢山ある!お前に見せたい!」
僕は、空中に浮かび上がった。
「ありがとう!ティフィン!」
(そして、フレア…メロメロ!さらばだ)
僕は一気に、ロストアイランドを覆う結界を突き抜け、久しぶりにブルーワールドの空気の吸った。
結界の外に出るとすぐに、僕の頭にシャイニングソード世界中の魔物の動きが飛び込んできた。
(見える…感じる)
僕はバンパイアになった。
これからは、人や魔物の血がなければ生きていけない。
だからこそ、僕は太陽のバンパイアとして、温かさと安らぎを、みんなに与えたい。
生きる為に。
そして、僕も生きる為に。
「!」
自分に向けられた明らかな殺気に、アルテミアは上空から、気が放たれている場所を探した。
人類が、魔界へ進軍するという動きは、掴んでいた。
朝鮮半島に向かう途中だったアルテミアは、その気が誰のものか知っていた。
翼を畳み、降り立った場所は、アルテミアにとっては、懐かしい場所だった。
マシュマロ森。赤星と融合した最初の頃、ここに来ていた。
アルテミアが放った女神の一撃の痕は、残っていたが…森自体は、まだ半分以上残っていた。
その女神の一撃の傷痕に、1人の魔神が....胡坐をかいて、待っていた。
アルテミアは、その魔神の前に降り立った。
「お久しぶりです。アルテミア様」
魔神は、胡坐から正座に変わると、手を地面につき、深々と頭を下げた。
その姿に、アルテミアはフンと鼻を鳴らした。
そして、魔神を見下ろすと、口を開いた。
「久しぶりだな。カイオウ」
アルテミアは腕を組み、
「なぜ、お前がここにいる?もうすぐ人類による魔界への攻撃が、始まるんだろ?」
「フン!」
今度は、カイオウが鼻で笑い、
「そのようなことは、大した問題ではありませぬ。今、集結している人間達よりも…あなた様の方が、脅威!」
カイオウは、アルテミアを見上げた。
「だから、あたしを殺しに来たと?フン!笑わせるな!」
アルテミアの両手が、スパークする。
「あなた様には、申し訳ございませんが…。ここで、しばし眠って頂く!」
カイオウは立ち上がり、腰につけた鞘から、剣を抜いた。
「貴様!舐めてるのか!水の神であるお前が、なぜ地上で、剣を持つ!」
アルテミアの問いに、カイオウは剣を一振りした後、右の肩パットを外し、生身を晒した。そこには、深い傷痕が残っていた。
「我はかつて…1人の人間の剣に負けた!たったの一撃で!」
アルテミアは、カイオウの傷痕を見つめた。
「その剣を振るっていたのが、ティアナ様!」
カイオウはゆっくりと、剣を構える。
「その剣技に惚れた我は、ティアナ様に弟子入りした」
カイオウは上段から、剣を振り落とした。剣圧が、アルテミアの肩を斬った。
鮮血が舞い、驚くアルテミアの間合いを一瞬にして詰め、首筋に剣先を差し込んだ。
「いかがかな?」
カイオウは、アルテミアの目の前で笑うと、またもとの場所へ戻った。
アルテミアは、指先で首筋を確かめ、口元を緩めた。
「あなた様は、強くなられた。しかし!」
カイオウは、今度は突きの構えをとる。
「あなた様は…ティアナ様を斬れない!それが例え、脱け殻であっても」
「!?」
「負けるとわかっていて、あなた様を!城に行かす訳には、いかぬ」
カイオウは摺り足で、じわじわと近づいてくる。
「相変わらず…お節介なやつだ…」
アルテミアは、カイオウを見た。
幼い頃、アルテミアの世話をしてくれたのは、カイオウだった。
ティアナに剣の教えてを請っている姿も、うっすらと覚えていた。
「魔王のそばに、ティアナ様がいる限り!あなた様は、勝てない」
摺り足から、また一気に間合いを詰めるカイオウに、アルテミアは笑いかけた。
「まったく…やれやれだ」
アルテミアは、普通に歩きだす。
交差する二人。
アルテミアの横を一瞬にして、通り過ぎたカイオウの手から、剣が落ちた。
そして、跪き……ティアナにつけられたとは逆の同じところに、傷ができ……鮮血が吹き出した。
「てめえ如きが、あたしに指図するな」
アルテミアの手には、ドラゴンキラーが装着されていた。
「なっ!」
カイオウは目を見張り…片膝を地面につけた。
「ま、まさか…これ程だとは……」
カイオウは、涙を流した。
そして、号泣する。
「これ程の強さ!だからこそ、行ってはなりませぬ」
カイオウは体を反転させ、アルテミアの方を向くと、頭を下げた。
「ティアナ様を殺したのは、人間かもしれません。しかし、ティアナ様の体は、限界だった!もう肉体は、ボロボロで、生きているのが、奇跡のような状態でした」
「フン!だから、殺されても仕方がないと言うのか!」
「違います!今いらっしゃるティアナは、魂のない脱け殻…しかし、我ら魔物を導く光として、蘇って頂いた!今、あなた様と、ティアナ様が戦えば…」
カイオウは頭を上げ、
「あなた様も、ティアナ様も、ただ壊れるだけです!あなたは、勝つこともできず……ただ心の傷を、持つだけになります」
カイオウの言葉に、アルテミアはキレた。
「じゃ!どうしろというんだ!」
カイオウは再び、頭を下げ、
「待つのです!あなたを救う者!あなたを愛する者を!」
アルテミアは、息を飲む。
「赤星浩一が来るのを!」
「赤星?」
アルテミアは鼻で笑った。
「どうして、あたしが、あんなやつを待たなければ、いけないんだ!」
「彼は、目覚めました!ティアナ様に代わる…我ら魔物を照らす存在に!」
カイオウの言葉に、アルテミアはせせら笑った。
「あいつが?あんなやつがかあ!」
アルテミアの脳裏に、赤星の姿が甦る。
アルテミアが負けた時、無謀にもネーナやマリーに、戦いを挑んだ姿。
カードシステムの塔の前で、赤き鎧を身に纏い、ライトニングソードを構えた赤星。
(あの時、あいつは何て叫んでたったけ…)
アルテミアの放つ空雷牙を、向かってくる赤星の叫び。
「僕は、アルテミアのことが!」
アルテミアは頭を振り、記憶をかき消した。
そして、大きく翼を広げた。
飛び立とうとするアルテミアの後ろで、カイオウが立ち上がる。
「行かせはせぬ!水の騎士団長の命にかえても!」
剣を構え直すカイオウを、ちらっと見たアルテミア。
「くどい」
一言だけ発した。
「どうしても、行くというなら!我を殺してからにしろ!」
カイオウの突きが、アルテミアに向かってくる。
アルテミアはドラゴンキラーを見つめ、ゆっくりと振り向いた。
そして、
「Blow Of Goddess…」
いつもの槍ではなく、ドラゴンキラーをかいした女神の一撃を放った。
「今が好機!」
ハイエナの顔をした獣人達が、しやらかな肢体を動かしながら群れをなして、町を囲んでいた。
サバンナの泉のそばにある人の町。
防衛軍の命により、多くの戦士が、魔界の入り口に集結していた。その為、数多くの町の守りが手薄になっていた。
一応、何人か治安の為に、残っていたが…数百の獣人に囲まれては、どうしょうもない。
「勇者メロスは、いない」
「あいつに、何人の仲間がやられたことか!」
「皆殺しにしてやる!」
「帰って来てからの…あいつの絶望する顔が、楽しみだ」
五百メートル程の町は、銃を持った戦士が二人。剣士が三人。カードを持ち、攻撃魔法を使える住人が、五人。
圧倒的に、少なかった。
攻撃魔法を使えない住人は、皆家の中に隠れ、できるかぎりの結界を張っていた。
獣人達は数の力を使って、全方位から一気に攻めようと、包囲を狭めていく。
カードを見た狙撃手が、舌打ちした。
「三百近くいる…」
「絶望的だな」
ガトリング砲を、どこに向けようか…悩む戦士。
「一気に来るな…」
剣士の手が震えていた。
怯え、絶望を漂わせる空気に、獣人は雄叫びを上げた。
「さあ!皆殺しの時間だ」
一斉に、獣人は町に突入した。
鋭い牙を光らせ、迫る獣人に向けて、ガトリング砲をぶっぱなした。しかし、数匹は倒れるが…お構い無しに、獣人の群れは、突っ込んでくる。
「駄目だ!やられる!」
戦士達の絶望の声が響いた時…戦士達の前に、空中から、1人の男が舞い降りた。
「なっ!」
まったく気配を感じさせずに現れた男は、獣人の群れの前に立ちはだかる。
その時、やっと…戦士達のカードが警告音を発した。
カードの表示を見た剣士が、絶句した。
「レベル……計測不可能!?」
「何だ?あいつは!」
獣人達が、男の姿を認めた。
そして、その男から漂う魔力に………数百の獣人の動きが止まった。
「な、な、なぜだ?……体が動かない……」
足が震え、全身が硬直した。
すべての獣人が、動きを止めた。
男はフッと笑うと、十字架のような剣を、天に向けて突き上げた。
その先に、輝くものを示し、こう言い放った。
「太陽が、ほしいか?」
ロストアイランドを後にした僕の頭に一瞬にして、世界中の魔物の息吹きと、襲われる人の恐怖する姿が、浮かんできた。
魔界の入り口に集まる防衛軍の動きも。
一応持ってきたブラックカードと、ノーマルカードにメールが、飛び込んできた。
魔界に集まれと。
早急に、そちらに向かわなければいけないが………。
魔王の配下ではない魔物達が、防衛軍の隙をついて、手薄になった町や村を襲っていた。
(すべての戦士が、向かった訳ではないが…)
世界中で、混乱は始まろうとしていた。
(一個一個…片付けるか?)
魔界にいくのは遅れるが、人々を見捨てるわけにはいかない。
それに、魔界の入り口に、何か異様な雰囲気を持つものの存在を多数感じていた。
(魔物でもなく…人でもない…異質なものが…数体!?)
僕は悩んだが、人々を救うことを優先することにした。
(アルテミアの気も感じる!)
襲われそうな町に向かう途中、僕は突然感じたアルテミアの気配に、空中で制止した。
(日本か!)
まだ南半球にいる僕からは、大分離れている。
(……アルテミア…)
今すぐ会いたいという思いと……会ったらどうなるという躊躇いが、僕の心を締め付けた。
会わなければならない。
それは、必然だった。
しかし、今すぐではない。
僕は、我慢することにした。
(まず…僕がやることは…)
踵を返し、戦う力のない者を救う為に、移動しょうとした僕の脳裏に、声が響いた。
(赤星浩一!あなたに頼みがあります)
それは、久しぶりに聞くティアナの声だった。
僕は、両手につけたチェンジ・ザ・ハートを見つめた。
「ティアナさん?」
ティアナの頼み……それは、驚くべきものだった。