第72話 赤星浩一
「死んだか…」
骸骨の兵士達によって、玉座の間に連れてこられた赤星の体に、生気はない。
全身の至る所を剣で貫かれ、血だらけの体は…生きているとしたら、奇跡だった。
「いかに…不死のバンパイアと言えども、魔力を封じられ、人の身となれば、死にもする」
レイは玉座から降りると、何もない石だけの部屋を歩き、赤星に近づいていく。
「赤星様……」
檻の中で、フレアは崩れ落ち…嗚咽した。
その嗚咽に気付いたレイが、振り返った。
その瞬間、フレアを閉じ込めていた檻が消えた。
「もうお前を捕らえておく必要は、なくなった。どこへでも行くがよい」
檻がなくなった瞬間、フレアは走りだした。レイを追い越すと、床に横たわる赤星のそばに駆け寄った。
そのまま、赤星にすがり着く。
「……フレアっと言ったな…。貴様は何をしている?もうこやつの意識はない。あとは、我がこやつの心臓を食らえば…すべてが終わる」
フレアは顔を上げ、キッとレイを睨むと、両手を広げ、赤星を守る。
「フッ…。やめておけ。お前程度では、我を燃やすことは不可能…」
レイは訝しげに、自分を睨むフレアを見つめ、眉を寄せた。
「お前の…この行動の意味は何だ?仲間を…主君を守る…いや、違う。これは、時折…人が見せる行為だ」
フレアの体が、燃え上がる。
「自己犠牲……いや、愛と言ったかな?」
フレアの必死な形相に、レイは目を細めた。懐かしそうに。
「かつて、我もそれを知りたく思い、人間の妻を娶った。気丈な女だった。子供まで、孕ましたが…その愛などというものは、理解できなかった」
レイは、右手の甲をフレアに向けた。手刀を形作り、電気がスパークする。
「下らなかった。もう不要と判断し…その結果生まれし、子供を殺そうとした時……人間の女も、そんな顔をしていた」
「フレア!」
ティフィンが、階段から玉座の間に、飛び込んできた。
「あの時…母親だけでなく、その子も殺していれば!我は…幽閉されることは、なかった」
「フレア!逃げろ!」
ティフィンの絶叫が、石で囲まれた玉座の間にこだました。しかし、フレアは赤星の前から動かない。
「さっさと消えればよいものを…」
レイの手刀が、フレアの胸を貫いた。
「フレア!!」
「嫌なものを思い出させおって…」
レイは、手刀を抜いた。
フレアの胸から、鮮血が飛び散り、レイや倒れている赤星に降り注いだ。
フレアはそれでも、倒れることはなかった。
(あたしは…種火……。あなたの許で、輝くことはできない)
目を見開き、力を振り絞る。
(だけど……あなたに、火をつけることはできる………命の火を)
フレアは崩れ落ちそうになる体を、反転させると……笑顔とともに、赤星の青白い唇に、口付けをした。
そして、最後の力を使って、燃え上がる。その炎は、己の体さえも、燃え尽くす程に。
「クッ」
その炎のあまりの強さに、レイは思わずたじろいだ。
「無駄だ!どんなに燃えたところで!こやつは、もう死人だ」
「赤星!起きろ!」
ティフィンが飛んできて、フレアの炎に包まれる赤星の耳元で、絶叫した。
その瞬間、赤星の目が開いた。
「うるさいな!ティフィンは!」
上半身を起こした僕は、目の前に骸骨の群れがいないことに、気付いた。
「そうだ……僕は」
頭がいきなり、物凄く痛んだ。
頭を押さえた僕は、全身が熱いことに気付いた。
「何があった…」
(赤星…)
フレアの声がした。
「フレア…」
なぜか唇を触った僕は、そこに残る温もりに、動きが止まった。
「馬鹿な!あり得ん!」
レイは、まだ血のついた右手を握り締めた。
「そうか…」
僕ははっとした。
「だが!復活しても、同じこと!封印は、解けておらぬわ!」
玉座の間につながる階段から、骸骨の騎士の群れが上がってくる。
「折角甦ったのに、また死ぬがよい」
骸骨の群れが剣を上げ、僕に襲いかかろうとした。
僕は骸骨の群れを見た。ただ見た。ただそれだけで、骸骨の群れが止まった。
「どうした!なぜ襲いかからぬ!お前達!」
叫ぶレイの方に、ゆっくりと僕は顔を向けた。
赤い瞳が、レイを射ぬく。
「ば、馬鹿な…あり得ない…」
思わず後退ったレイの足が、震えている。
一瞬にして、レイは悟った。
自分より、魔力が上だと。
「信じられん」
さらに後退るレイの後方に、いきなり…凄まじい力が落ちてきた。
レイの背中に当たるぎりぎりで、その力は落ち、城の半分と、城の周りを囲んでいた数万の骸骨の兵士を、消滅させた。
「逃げるな」
僕は、レイを睨んだ。
「今のは…雷空牙……ほ、星の鉄槌を使えるのか…」
吹き抜けになった玉座の間で、レイは高笑いした。
「ははは!馬鹿な!あり得ん!あり得ん!いや、あってはならない」
もうレイは、後ろに下がることもできない。
僕は、両手を広げた。
階段から、動かなくなった骸骨達を砕きながら、チェンジ・ザ・ハートが飛んできた。
2つの物体は、僕の両手におさまり、クロスすると…剣になった。
「その剣は!!」
レイは絶句した。
僕が持つ剣は、ライトニングソードではなかった。
光り輝く十字架のような剣。
レイは、その剣を指差し…わなわなと震えた。
「お前は……それが何か知っているのか!」
僕は片手で剣を持つと、ゆっくりと…レイに近づいていく。
「その剣は、シャイニングソード!我らバンパイアと戦ってきた…歴代の勇者達が、手にしていた剣!それが、なぜ…バンパイアのお前の手に!」
レイの両手から、雷空牙に匹敵する雷撃が放たれたが、僕は軽く剣を振るうだけで、相殺した。
「あり得ない!お前の存在など!」
僕は、シャイニングソードをレイに向かって、投げた。
十字架状のシャイニングソードが、レイの胸に突き刺さった。
レイの口から鮮血が流れるが、レイの笑いは止まらない。
「ハハハハハ!お前が、どんなに強くなろうが…不死である我を殺すことなど、不可能!」
笑い続けるレイの首筋に、僕は手を差し込んだ。
そして、自分よりも長身のレイを持ち上げる。
「無駄だと言ってるだろ!」
笑い続けるレイの体から、煙が立ち上り始めた。
「な!?」
自分の体に起こった変化に、レイは気付いた。
「馬鹿な!燃えている!私の体が」
レイの体が、光に包まれる。
「違う!燃えてるんじゃない……火の力ではない!この力は!」
レイは、何とか僕の手から逃れようとするが、びくともしない。
「あり得ない!我らは、バンパイアだぞ!それなのに!それなのに!これは!!」
絶叫するレイの後方、吹き抜けになった城から、空が見えた。
どん寄りと曇った空が裂け、そこから日射しが差し込み……レイを照らす。
「この力は、太陽!」
太陽に照らされる僕を、レイは驚愕と恐れの入り混ざった目で、見つめた。
「太陽のバンパイアだと!」
僕は、シャイニングソードをレイから抜くと、レイの首から手を離した。
石の床に落ちる頃には…レイの足元は、灰になっていた。
「太陽のバンパイア……」
レイの体が崩れていく。
僕は、レイに背を向けて歩きだす。
「はははは!」
レイの最後の笑いが、こだました。
「残念だな!お前が、この力を持つ限り!お前は、アルテミアとは結ばれない!あやつは、闇よ!お前の太陽で、灰になるだけよ!」
もうレイの形も、留めていない。
「お前こそが、真のバンパイアキラーだ!」
灰と化したレイの体は、風に吹かれ…どこに飛び散っていった。
僕は振り返らず、足を止めた。
目をつぶり、
「あんたは知らないんだ……アルテミアは…」
僕の瞼の裏にアルテミアが、見える。
「いつも輝いてる太陽なんだ」
僕は目を開け、歩きだした。
さっき僕が倒れていたところに、ティフィンが立っていた。
涙でクシャクシャ顔を、僕に向けている。
僕は、ティフィンに笑顔を向け、
「心配かけたね」
「赤星………」
だけど、ティフィンの涙は止まらない。
「そうだ!」
僕は思い出した。
「フレアはどこだ!この部屋には、いなかったけど…」
キョロキョロと周りを見回し、
「吹き飛ばしたところには、気配を感じなかったから……もしかして、城の外なのか?」
気を探る僕の前で、ティフィンは泣きじゃくる。
「フレアは…フレアは……」
「フレア!どこだ!」
魔物達の動きの止まった城の中で、フレアを呼ぶ僕の声とティフィンの泣き声だけが、響き渡っていた。
城の一帯を覆っていた分厚い雲は、晴れ………レイが幽閉されてから初めて....太陽が姿を見せた。
「魔王レイ様が…お亡くなりになられました」
冷静なバイラの報告に、玉座に座るライは…ただ目をつぶり、一言だけ発した。
「そうか…」
玉座の傍らに立つレイラは、ちらっとライの横顔を見た。
無表情で、何を考えているかはわからないが…悲しんでいる様子はない。
寧ろ、どこか安堵しているように、レイラには感じられた。
「王よ!これは、一大事ですぞ!魔王レイと言えば、先代の王!紛いなりにも、王だった者を倒すとは……赤星浩一を野放しには、できませぬぞ」
側近の蛙男の慌てぶりは、尋常ではない。
「あやつこそ、真のバンパイアキラー!全軍をあげて、迎え討たねば!」
唾を飛ばしながら、興奮状態となった蛙男を、ライが制した。
「無駄だ」
ライの一言に、蛙男は震え上がり、跪いた。
「ははあ」
「もう……遅い」
ライは、目を開いた。
「あやつは…王としても、目覚め始めている。軍を率いても、あやつを倒すことはできぬ」
「そんなことは…」
狼狽える蛙男を無視して、ライは前に控える騎士団長達を見据え、
「しばし捨て置け!目下、注意すべきは、アルテミア」
「は!」
ライの言葉に、バイラ、サラ、ギラ、カイオウは頭を下げた。
少し遅れて、リンネが頭を下げた。
「王よ!」
カイオウが控えながら、一歩前に出た。
「何だ?」
ライは、カイオウを見た。
「人間は、どうなさいますか?」
「人か…」
「情報によりますと、こちらに総攻撃に、仕掛ける準備をしていると…」
「総攻撃?」
リンネが、笑った。
「だとすれば…先に、殲滅致しますか?」
サラの言葉に、ライはフッと笑い、
「一応、手は打ってある。まあ、どうなるかは…わからんが…」
「王よ」
リンネは、立ち上がった。
「私に…赤星浩一討伐の命を!」
真っ直ぐに、ライの目を見るリンネ。
「何を言っている!王は、捨て置けといわれたはずだ!」
サラが、リンネを嗜めた。
「サラ…貴様には、きいていない」
リンネは、サラの方を見ず、ライだけを見ている。
ライは、リンネを見つめ…ゆっくりと口を開いた。
「好きにしろ…」
ライの言葉に、サラと蛙男は唖然とした。
「王…」
「ありがとうございます」
リンネは、深々と頭を下げ、玉座の間から消えた。
「王…なぜ?」
サラの問いに、ライは無表情でこたえた。
「あやつには、資格がある」
ライはそう言うと、再び目をつぶった。