第71話 Dig
日本列島の最果ての地……実世界では、北海道といわれる土地は、人のものではなかった。
魔界に面している為に、そこは、人と魔物がせめぎ合う戦争地帯だった。
「魔王の配下の者から、再三の申し出がございますが…」
一面の雪景色の中、煉瓦のようなものでつくられた建物内で、宴会を続けている一つ目の妖怪に、狐の顔をした魔物が、催促状を見せた。
渋々受け取った一つ目は、内容を把握すると、催促状で鼻をかんで、捨てた。
「何が、作戦に参加しろだ!俺達は、魔王の家来ではないぞ!北の地で、勇者にも恐れられる雪原入道とは、俺のことよ!」
雪原入道は、胡坐をかきながら、盃に注いだ酒をぐぃっと飲み干すと、口元を着ている袴に似た着物の袖で拭った。
「しかし…魔王の命令を無視することは…」
心配そうな狐に、雪原入道は酒臭い息を吹き掛け、
「捨て置け!」
ただ一言そう言った。
「お頭!」
雪原入道の部屋に、もう一匹の狐が入ってくる。
「今日の獲物が、入ってきました」
「そうか!……で、どうなんだ?」
入道は、入ってきた狐に体を向けた。
「それが…」
「それが?」
少し間をあけて、狐はこたえた。
「ものすごい上玉がいます!」
満面の笑顔になる狐に頷きながら、入道は空の盃を、報告を述べた狐に無言で、差し出す。
「まったく…魔王の配下のやつらは、わからん!人間を殺すか…食うしかしない!もっとよい… 楽しみ方があるのになあ」
にやける入道の前に、捕らえられた人間の女が連れてこられた。
入道はその女を見て、唾を飲み込んだ。
「こ、これは…」
健康的な褐色の肌に、大きな瞳。北海道にいながら、少し薄着の肌から、引き締まった体が確認できた。
「珍しい!この辺にいる人間とは、種類が違うな」
女は入道の前で、怯えた演技をしていた。
演技。
そう演技なのだ。
入道達に囚われた女の名は、ジェシカ・ベイカー。
防衛軍の新たなエース。
入道を確認すると、ジェシカは震えを止めた。そして、縛られていた縄を一瞬にして解くと、胸元に隠していたカードケースに入れたブラックカードを取出し、腕に装着した。
「ターゲットを捕捉!Digシステム発動します」
「な、なんじゃ!こりゃあ!」
入道は目を丸くした。連れて来られた女がいきなり、黒い霧に包まれたと思ったら…見たこともないメタリックな黒のボディに、禍々しい魔力を発する謎の姿に変わったからだ。
ジェシカのボディラインの為、そこに立つ者が、女であることがわかった。
「ターゲットの数は?」
ジェシカの耳に、マリア・アイズレーの声が聞こえた。
「目の前は、3匹ですが…」
マリアの瞳の前にあるスクリーンにが、壁の向こうや、周囲に無数の魔物の反応がある。
レベルは、21〜50までまちまちだ。
「大したことないわね。10分以内に、全部排除してね」
マリアの声に、ジェシカは頷いた。
「了解しました」
ジェシカは返事すると、作戦行動に移る。
「おい!姉ちゃん!それは、何かのコスプレか?」
入道はジェシカに近づき、まじまじとジェシカの上下を見る。
ジェシカの目に、入道のレベルが映る。
レベル50。
(こいつが…一番レベルが高い)
ジェシカは、右手を動かした。
入道の腕を掴んだ。
すると、入道の丸太程の太い腕が、簡単に引き千切れた。
「うぎゃああ!」
入道は唖然とし…目を開けて、喚きだした。
「何さらしとんじゃ!われ!」
入道の一つ目から、光線が放たれた。
「馬鹿ね」
マリアは、クスッと笑った。
光線は跳ね返り、そのまま入道に直撃した。
「なんじゃ!」
自分の攻撃にダメージを受けて、訳がわからない入道の目に、ジェシカの拳が迫ってくる。
そして、ジェシカの腕は入道の一つ目から、後頭部まで突き抜けた。
シュッと腕を抜くと、すぐにマリアからの命が飛ぶ。
「あとは、雑魚だけだから、一気に殲滅して」
「了解!」
ジェシカは頷くと、叫んだ。
「モード・チェンジ…」
ディグの全身から、鋭い刺のようなものが飛びだし、四方に飛び散った。
すると、ディグを中心とした半径数十キロが突然、光に包まれ…部屋にいた狐達は、骨も残らず、消滅した。
「何だ!この映像は?」
監視式神からの送られてくる映像を、ライブで見ていた西園寺は絶句した。
巨大なきのこ雲が、空高く舞い上がっていた。その姿を見て、日本人である西園寺には、あるものをすぐに思い起こさせた。
「核を使ったのか!」
西園寺は、隣に立つマリアを睨んだ。
「はい」
マリアはきのこ雲を、冷たい表情で見つめながら、頷いた。
「馬鹿な!あり得ないだろ!それに、君は言ったはずだ!核は、通用しないと」
西園寺の言葉に、マリアは頭をかき、
「それは…魔神クラスのことで…あの程度の魔物を一掃するには、核が一番です」
マリアは、じろりと西園寺を見た。
「しかし、これじゃ…人は住めなくなるぞ」
「問題ないじゃないですか…こんな辺境の土地」
マリアは、きのこ雲の映像に魅せられていた。
「それよりも、見てください!」
映像がきのこ雲に接近し、地上を映す。
まだ残る爆風の中、威風堂々と出てくる人影。最初は誰かわからなかったが…マリアは歓喜の声を上げた。
「あたしは、夢見てたの!核…というより、放射能に汚染されず、かつ!核の衝撃にも耐えられるボディを」
「ディグ…」
黒きボディに、赤いモノアイが、不気味に佇む。
「チェック完了!どこもダメージは、受けていません!」
オペレーターの報告に、マリアは満足そうに頷いた。
「このディグが、量産化されたら…人の地位は、大きく変わるわ」
作戦指令室に、いきなり赤いサインが点滅した。
「どうした?」
マリアが、周りのオペレーターにきいた。
「何か、こちらに近づいているのか?」
西園寺は、オペレーターに近づいた。
「いえ!こちらではありません。このレッドサインは…ディグからです!ディグが、敵を見つけたみたいです!」
「敵だと!」
「はい!魔敵反応……レベル計測不可!ですが、敵は分かります!まだ数十キロ離れていますが…この反応は間違いありません」
オペレーターは叩くキーボードの手を止め、息を飲んだ。
「て、敵は………天空の女神!アルテミアです!」
「アルテミアだと!」
西園寺は思わず、声を荒げた。
作戦指令室に、騒めきが走る。
「まずいわ!まだ女神と戦う時ではないわ」
マリアの顔から、笑みが消えた。
「ジェシカ!聞こえる!そちらに、天空の女神が向かってるわ!すぐに、離脱して!」
マリアの命令に、ジェシカの応答がすぐになかった。
「ジェシカ!」
「駄目です!こいつ…勝手に…遊撃モードに入ってます!」
画面に映るディグの背中から、巨大な二枚の翼が現れた。
きのこ雲が立ち上る空に飛び立ったディグは、真っすぐに飛来するアルテミアに向かって、飛んでいく。
凄まじいGが、かかっているはずだが…ジェシカには何も感じない。
体を包む結界が、あらゆる衝撃から、ジェシカを守っていた。
だが、ジェシカの瞳に浮かぶ…殺の文字が無数に飛び回り、ジェシカの精神に苦痛を与えていた。
「こいつ…言うことをきかない!」
ディグの暴走に、作戦指令室はパニックに陥っていた。
「駄目です!外部からのアクセスを、まったく受付ません!」
オペレーターの悲痛な声に、マリアは肩をすくめた。
「お手上げね」
「どうなっているんだ?」
西園寺はモニターを睨み、ディグを示す黒い点と、アルテミアを示す赤い点の動きに、舌打ちした。
「多分…」
マリアはこめかみを押さえ、マッサージしながら、
「ブラックカードの本能ね」
「ブラックカードの本能?」
マリアは、ため息をつき、
「もともとカードを使うには、ポイント…つまり消費する魔力が必要。集めるポイントより、使う魔力が多ければ、魔力を使うことができない。だから、人は魔物を少ないポイントで倒し、ポイントを集める…。それが、この世界の摂理」
「しかし…それは、カードを使う者の使命であるが、カード自体に、意志はないはずだ」
西園寺は、自分が持つブラックカードを見つめた。
「わからないわ…。だけど…あの子が、異様な興奮状態であるのは、確かよ」
マリアは、モニター上のディグを示す黒い点を見つめ、
「まるで…目標の者を倒せば…ポイントがたくさん集まるのが、わかってるみたいに……はしゃいでる」
「クッ」
西園寺は、ブラックカードを握り締めると、指令室から出ていこうとした。
「どこにいかれるおつもりです。司令代行」
マリアは、西園寺を見ずに、止めた。
西園寺は足を止めたが、言葉にできない。
「心配しなくてもいいです」
マリアは、ゆっくりと振り向き、
「まだあの子では、女神を倒せませんから」
「!?」
振り返った西園寺の目に、満面の笑みを向けるマリアがいた。
「ディグ!30秒後に、アルテミアと接触します」
オペレーターの少し興奮気味な声が、作戦指令室に響き渡った。
飛来してくる物体に、アルテミアは目視できるまで、まったく気付かなかった。
ステルス機能。全身が、結界でできているディグに、気や魔力など発することはない。
「何だ?」
目の前に現れた黒い物体を、訝しげに見たアルテミアに向かって、真っ直ぐそれは近付いて来る。
「ディグ!モード・チェンジします!」
作戦指令室内で、オペレーターが叫んだ。
「アーマード・モード!」
オペレーターの言葉に、マリアは舌打ちした。
「甘いわ!さっきみたいに、核を…乱れ撃ちくらいしたらいいのに」
親指を噛み、苛つくマリアを、西園寺は冷静に見ていた。
ディグの黒いボディに、隙間なく、ミサイルポットが召喚され、両手にはガトリング銃。
それが、一斉にアルテミアに放たれる。
ミサイルと銃弾の雨が、アルテミアのいた空間を通り過ぎる。
「目標を、ロスト?」
瞳に浮かぶ文字を確認した時、初めて…ジェシカの体に衝撃が走った。
アルテミアの拳が、ディグのボディに叩き込まれていた。
ディグのボディに、ヒビが入り…そして、翼が切り取られると、そのまま地上へ落下していく。
「ディグシステム…沈黙」
オペレーターの悲痛な声に、マリアは冷静にこたえた。
「ジェシカ!聞こえる!回復魔法を発動して、これくらいなら、すぐに修復できるはずよ」
「はい!」
衝撃は、ジェシカまで届いていた。しかし、痛みを我慢して、堪えながら、腕が動くか確認した。
動く。
どうやら、暴走状態は治まったらしい。
「モード・チェンジ!」
マリアの命令に、
「モード・チェンジ!」
ジェシカはこたえた。
ディグの背中に、新しい翼がはえる。
エンジェル・モード。
しかし、その姿は天使には見えない。
自分の背丈の倍はある翼が、パラシュートのような役割をはたし、落下を止めた。
ゆるやかに漂いながら、ディグは地上に着地した。
「大丈夫?」
マリアの言葉に、ジェシカは全身をチェックした。
アルテミアに殴られたところだけが、抉れている。
「大丈夫です」
すぐに、抉れた部分も、補修される。
「まったく…核でさえ傷をつけれなかったディグを、拳だけで砕くなんて…」
マリアは、安堵の息を吐いた。
「だけど…砕けなかった」
マリアは、煙草をくわえた。
「今は…それが、大切ね」
西園寺はフンと鼻を鳴らし、指令室から出ていった。
「いいデータが、取れたわ」
マリアは1人、ほくそ笑んだ。
「何だ?今のは………人間の新しい兵器か?」
アルテミアは墜落していくディグを、あまり気に留めることなく、目の前にそびえ立つきのこ雲の方を睨んだ。
「核か…」
アルテミアは黒い翼を広げながら、空中で止まった。
このままほっておくと、核の灰や放射能が、風に乗って広がる。
「早くしないと」
アルテミアは、両手を広げた。
目をつぶり、風の流れを感じ、空中にある空気を確かめる。
アルテミアは、天空の女神だ。
「風よ!空気よ!すべてを見守る大空よ!」
アルテミアは、目を開けた。赤き瞳の輝きが、空気の流れを止める。
まるで、時が止まったかのように、きのこ雲さえ固体のように、動かなくなった。
「この空を汚すものを、排除せよ」
アルテミアは、六枚の翼を天に向けた。
きのこ雲…いやその周りの空気…空の雲を包むように、数百キロに渡る風の筒ができる。
筒は地上から、雲を突き抜け、大気圏さえ突き抜け、宇宙への道ができる。
汚れた大気や大地の土が、筒の中を天に向けて、上昇していく。
数分後、アルテミアは翼をたたみ、ディグが核を爆発させた場所に、着地した。
放射能で汚れた土も、持っていった為、数キロは抉れている。
大地の汚れは取れたが、そこにあった草木は残っていない。
放射能や熱も、除去できた。しかし、天空の女神の力を持っていても、自然を戻すことはできない。
アルテミアは、荒れ果てた大地に、1人達…呟いた。
「これでもか…」
アルテミアは腰を下ろし、土を掴んだ。
そして、立ち上がり…手の平に残った土を見つめ、
「これでも…人は守らなければならないのか…ロバート」
アルテミアの体を、風が吹き抜けた。
核により、すべてが吹き飛ばされた為、周囲に風を遮るものはなかった。
アルテミアの手の平にあった土も…すぐに風に飛ばされた。
作戦指令室を出た西園寺は、なぜか気分が優れなかった。
(醜い…)
率直な感想は、それだった。
西園寺は、冷たい空気が漂う廊下を、少し早足で歩いていく。
廊下の突き当たりにある自分の部屋に入ると、西園寺はすぐに妖しい気配に、気付いた。
素早い動きで、ブラックカードを取出し、攻撃しょうとしたが、笑い声がそれを制した。
「クスッ。待ってよ。今日は、戦いに来た訳じゃないの」
あまりにも能天気な声に、西園寺は、警戒は解かなかったが、すぐに攻撃するのを止めた。
「お前は…」
声がした方に、西園寺は体を向けた。
ベットに座るリンネがいた。
「お前は…」
西園寺は、すぐに思い出した。
「魔神!」
西園寺の手に、銃が一瞬にして、召喚された。
「撃ってもいいけど…その程度じゃ〜あたしを殺せないわよ」
リンネは、笑顔を西園寺に向けた。
「だろうな」
西園寺も素直に、それを認め、銃を下ろした。
「聞き分けのよい男は、好きよ」
「フン」
西園寺は改めて、リンネを見た。白いワンピースに、腰まであるストレートの髪。戦っていた時は、全身に青白い炎を纏っていたが…今は、消えている。
(炎が消えていると…ただの女だな)
リンネは、西園寺をじっと見上げている。
「どうやって入った?ここは、紛いなりにも防衛軍の本部だぞ」
西園寺の言葉に、リンネはまたクスッと笑った。
「あたしは、騎士団長よ。こんなところに、潜り込むなんて、簡単なことよ」
リンネは、ずっと笑顔だ。
それが、胡散臭い。
西園寺は、無駄な駆け引きを嫌った。
リンネを見据え、
「用件はなんだ?」
率直にきいた。
リンネは笑顔をとき、真剣な表情で、西園寺を見、
「魔王からの伝言を、あなたに伝えに来たの」
「魔王からの伝言?」
「そう」
リンネは立ち上がり、西園寺に近づいた。
長身のリンネは、178センチの西園寺より、遥かに高い。
少し威圧感を感じながらも、西園寺はリンネから、視線を外さない。
リンネは微笑み、
「王からの伝言はこう……お前を、自分の後継者に迎えてもよいと」
「後継者!」
予想もつかなかったリンネの言葉に、西園寺は思わず声を荒げた。
「そう…赤星浩一亡き後、魔王と同じ…バンパイアの力を持つのは、アルテミアとあなただけ。王は、あなたを…」
「待て!」
話の途中だったが、西園寺はリンネの言葉を遮った。
「先輩…赤星浩一がどうなったって…」
「死んだわ」
リンネは、あっさりと言った。
「死んだ!?」
「最新の報告では、そうなっているわ」
「馬鹿な…」
西園寺は、絶句した。
少し茫然となる西園寺に、リンネは驚いた。
「死ぬことが、おかしい?」
西園寺は、声を荒げ、
「彼は…この世界でも、有数の実力者になっていたはずだ!そう簡単には…」
「魔王レイにやられたのよ」
「魔王レイ…?」
「先代の魔王よ。今は、あの大陸しか、力を発揮できないけど…実力は、ライ様に匹敵するわ」
「先輩…」
別に、赤星のことなど、気にもしていなかったが…漠然といずれ、戦うような気がしていた。
しかし、それももう…叶うことはない。
すぐに、気持ちを切り替え、
「赤星浩一が、死んだから…俺を、手駒の一つとして、置いておきたいということか」
「違うわ」
リンネは、西園寺の顔を見て、
「あなたは、世界をコントロールしたい。魔物であろうと、人間であろうと、すべてのものを支配したい。その貪欲さに、魔王は注目されている」
西園寺は、言葉を失った。
リンネはそんな西園寺を見て、微笑んだ。
「あなたにとって、悪い話ではないと思うわ」
リンネはそう言うと、部屋から出ていこうとした。
「最後に」
リンネは出ていく前に、西園寺の背中に向かって言った。
「アルテミアは…あなたに差し上げるとのことよ。好きにしていいと…。よかったわね。父親から許しが出たんだから」
「アルテミア…」
「いずれは、あなたと…アルテミアで世界を統治したらいい」
それは、甘い罠。
西園寺の心の隙間に、その甘さは染み込んでいく。
人では、目的を達成できないと感じていた西園寺に、リンネの話はとても…心に染みる魅力的な話だった。
西園寺の部屋から出たリンネは、すぐにテレポートした。
防衛軍本部から、遥か離れた岩場に現れると、肉眼では見えなくなった本部の方を向き、リンネは笑った。
「案外…単純だった」
大きく背伸びして、再びテレポートしょうとしたリンネの前に、腕を組んだサラがいた。
「どうして…あんたが…」
リンネは驚いた。
サラはじっと、リンネを見据え、一言だけ発した。
「どうして、最後にアルテミア様の名を、口にした?その件に関して、王は何も仰ってはいないはずだ」
サラの言葉に、リンネはすぐにはこたえなかった。リンネもまた腕を組み、サラを睨んだ。しばらく、その状況が続いた後で、おもむろに口を開いた。
「あんたには、関係ないわ」
無視していこうとするリンネの前方が、スパークした。
リンネは下唇を噛み締め、振り返った。
「その方が、あの男も、動きやすいだろ」
「そうかな?世界のすべてを、支配したいと思っている男が…たかが女1人の為に、心が揺らぐとは、思えない」
サラの言葉に、リンネは肩をすくめ、
「あんたには、わからないわ。漠然としたモノより、今すぐに手に入れたいもの…。男なんて、結局は、女を求めるものなのよ」
「理解できぬ」
首を捻るサラに、リンネは言った。
「だから、あんたには、わからないわ」
その言葉に、サラは食い付いた。
「まるで、自分はわかっているみたいに言うな。我々、魔神に、そんな感情はないはずだ」
「そうね…確かに…」
リンネの脳裏に、フレアが浮かんだ。
「下級の魔物なら、子供を生んだりすることはできる。だが、我々魔神は、魔王により…戦い、他の魔物を支配する為だけに創られた。故に、人の言う愛情の気持ちなど、生まれるはずがない」
「そうよ」
リンネは頷き、だが否定した。
「だけど…我々は、そんなものかしら…」
リンネはサラを見、
「まあ…あんたは、女の姿はしているけど…別に関係ないものね」
リンネはそう言うと、ひらひらと手を振りながら、その場からテレポートした。
サラはしばし、リンネの消えた空間を見つめていたが…やがて、
「女か…」
自分の手の平に残った傷痕を見つめながら、テレポートした。