第70話 ドラゴンキラー
赤星が、骸骨達と戦っている同じ頃。
防衛軍アフリカ戦線が、壊滅的打撃を受けていた。
炎の騎士団に襲撃されたのだ。
灼熱の砂漠が、さらに燃え上がり…カードを持った戦士達が、倒れていた。
そして、半壊したアフリカ本部の建物のそこらじゅうで、襲撃した魔物達も肉片となり、転がっていた。
そんな硝煙と血の臭いと、灼熱の太陽に照らされながらも、涼しげな様子で、瓦礫の上で立ち尽くす女。
物憂げな瞳で、眼下を見下ろしながら、睫毛を落とした。
「これは、君がやったのかい?」
何の気配も感じさせず、近くまで接近した声に驚き、女は振り返った。
しかし、本当の驚きは、振り返ったところにあった。
女は動けなくなった。
そこにいる人物を、女は知っていた。
しかし、印象が違う。
精悍な顔に、頬が削げ…髭は伸ばし放題。
かつて、女が会った男は、凛々しく、清潔感で溢れていた。今とは、真逆だ。
ただ…まだ面影は残っていた。
右手に装着されたドラゴンキラー。それは、彼のものではなかった。かつて…彼の恋人が使っていた武器。
「ロバートか…」
目を細め、呟いた女に、男は笑いかけた。
「久しぶりだな。アルテミア」
その笑顔に、悪意はない。
しかし、殺意はあった。
「これは、君がやったのか?」
ロバートの質問に、アルテミアはこたえない。ただ…瓦礫の上から、ロバートを見下ろすだけだ。
ロバートは見上げ、アルテミアの目を見つめた。
ほんの数秒、無言が続いた後、ロバートは何も言わず、ドラゴンキラーを一振りした。
「もし…そうだとしたら」
ロバートはジャンプし、一気にアルテミアの目の前まで来た。
目を見張るアルテミアに、ロバートはドラゴンキラーを突き出した。
「この場で、君を殺さなければならない」
「フン!」
アルテミアは鼻を鳴らした。
「できるのか?」
「ああ…できるさ」
ロバートは、ブラックカードをアルテミアに示した。
「貴様…安定者になったのか?」
アルテミアは、苦々しくブラックカードを睨んだ。
「違う。これは、世界を救う為…君と戦う為だ」
ロバートは、ブラックカードをドラゴンキラーに差し込んだ。
「フン!前よりは、レベルが上がっているようだが…あたしを倒すだって!馬鹿に……?」
突然アルテミアの後方に、暗闇の穴が口を開いた。
ロバートは口元を緩め、
「ブラックカードを気にしすぎだな」
暗黒の穴は、ブラックホールのようになり、凄まじい力で、アルテミアを吸い込んだ。
「時空流し」
ロバートが指を鳴らすと、一気に穴は閉じた。
何事もなかったように、廃墟の静寂に戻る。
しかし、アルテミアが吸い込まれた空間に、突然ヒビが入り…景色が割れた。まるで、ガラスのように。そして、景色はすぐにもとに戻り、アルテミアが同じ場所に立っていた。
「神は、どんな空間…どんな時間でも存在できる。故に、神なり……か」
ロバートは肩をすくめ、
「さすがは、天空の女神…アマテラスのような紛い物の女神とは違う」
アルテミアは、風に黒髪をなびかせながら、ロバートを見つめた。
「小細工をするな。あたしも、進化している」
アルテミアの言葉に、今度はロバートが、鼻を鳴らした。
「進化?退化の間違いではないのかな?今の君に、恐ろしさは感じない。ただ…哀れなだけだ」
「哀れ?あたしが!?」
アルテミアの眉が、ぴくっと動いた。
「哀れだろ?目的を失い…ただ破壊を繰り返すだけの神など」
ロバートは、周りを見回した。
「勘違いするな!ここにいる人間は、魔物にやられたんだ!」
アルテミアの苛立ちに、ロバートは唾を吐いた。
「魔物しか殺していないとでも、言いたいのか!どうして、嘆かない!救えなかった人を!助けられなかった自分自身を!!」
ロバートの殺気が、完全にアルテミアに向けられた。
「どうして、あたしが助けなくちゃならないんだ」
「お前は、勇者だったんだろ!」
「そ、そんな昔の話!」
少し動揺するアルテミアに、ロバートは襲い掛かる。
「だったら、なぜ!戦った!なぜ!人に憧れた!」
「てめえには、関係ないだろ!」
アルテミアは氷の剣を作り出し、ロバートのドラゴンキラーを受けとめた。
「関係ないだと!お前に、希望を持った者もいた!お前に、巻き込まれた者もいた!」
アルテミアは押し戻そうとするが、ドラゴンキラーは逆に…剣に食い込んでいく。
「それは…赤星のことか!」
アルテミアの体が変わる。
ストロングモード。
剣を捨てると、力を増したアルテミアの蹴りが放たれた。しかし、ロバートはひらりと後ろに飛び、簡単にかわした。
瓦礫の上から、地上に降り立ったロバートを追って、アルテミアも着地する。
「彼だけではない。お前のわがままで、世界は混乱している。お前はただ、魔王に反抗したいだけ…母親を手をかけた父親に、復讐したいだけだ」
ロバートの言葉に、アルテミアはキレた。
「てめえにだけは、言われたくないな!てめえだって、私怨の為に戦っていただろが!」
アルテミアは、ロバートのドラゴンキラーを指差した。
「そうさ…。だけど、誰かに迷惑をかけたことはない。俺は、自分の体を常に、対価にしてきた。今もな」
ロバートの眼窩には、目玉が入っていない。
「そして、今も…」
ロバートは、ドラゴンキラーに触った。
ドラゴンキラーの輝きが増す。
「こいつを、ただのドラゴンキラーと、思うなよ。俺とサーシャ…二人の命を刻んでいる」
ロバートは、ドラゴンキラーの切っ先を、アルテミアの心臓に向けた。
「ただ癇癪を起こし、本当に大切なもの…守るべきものもわからぬ馬鹿に、負ける気がしない」
「ほお」
アルテミアは、感心したように言うと、
「だったら!それを証明してみろ!」
アルテミアの姿が変わる。
六枚のコウモリのような翼に、赤き瞳。
圧倒的な魔力が、その周りの空気を震わした。
「神の力を、味わえ!」
アルテミアの両手が、青白くスパークする。
「神だと!破壊しか知らない小娘が!」
ロバートは、ドラゴンキラーを縦に構えた。
「人の…思いの強さを教えてやろう」
あからさまに、アルテミアを挑発するロバート。彼に、残された時間はなかった。
力を得る為に、払い続けた対価は、命そのものだった。
殺気を放ちながら、ロバートは心の中では、誰よりも温かくアルテミアを見つめていた。
(ブロンドの女神といわれた…女が…)
母親譲りの美しいブロンドの髪は、真っ黒になり、絶望をたたえた瞳……の奥は、泣いてるだろう。何一つ信じられなくなったアルテミアに、ロバートは教えたかった。
1人ではないと……。
そして、彼女が今は…守るべきではないと思っている人の温もりと…脆さと弱さ。
人はあまりにも、脆く弱いから、過ちも犯す。
それらすべてを許せとは、いわない。ただ知ってほしい…人の悲しさを。
(そんな人を助けることができるものは…)
希望である。そして、支えてくれる仲間である。
(魔に支配された世界で、人々に希望を与えられるのは…アルテミア!君と、赤星くんしかいないんだ)
ロバートは、ドラゴンキラーを縦に構えながら、ブラックカードを解放状態にした。
今のアルテミアに一撃でも与える為には、ロバートのレベルでは足りない。無限に魔力を使えるブラックカードと…後は……。
(我が命!)
ロバートは、ゆっくりとドラゴンキラーを突き出した。
目の前に、アルテミアの放つ雷撃が近づいてくる。
目が見えないからではなく、なぜか普通に、恐怖を感じなかった。
(この一撃に、人の願いを込めて!)
ロバートは、前に突進した。
「ソード・オブ・ソウル!」
この世界の剣士にのみ伝わる技。自分の肉体を、魂を刃を化し、たった一度だけ振るうことのできる…最後の一撃。
恋人サーシャが、魔神サラに使ったように、ロバートは、自分のすべてを刃にのせた。
雷撃の輝きの中、消滅していくロバートの体は、アルテミアの攻撃で消えていくのではない。
「うおおおっ!」
足が…胴体が…胸が…顔が消えていく。ただ突き出したドラゴンキラーだけが、輝きを増し、雷撃の中で突き抜けていく。
ドラゴンキラーを装備していた腕さえ、消えた時…刃は、アルテミアの肩を突き刺していた。
「ロバート…」
突然、自分の攻撃の中から飛び出してきたドラゴンキラーに、アルテミアは唖然とした。
左肩を貫いた痛みよりも、なぜか温かさを感じた。
「餞別だ…ドラゴンキラーはくれてやる」
それは、ロバートの最後の言葉だった。
アルテミアの放った雷撃は、アフリカ本部やそこで亡くなったすべての者を、消滅させた。
あとに残ったのは、ただの砂だけ……。
目を見開き、アルテミアはその光景に震えだした。
突き刺さったドラゴンキラーを引っ込抜いた。痛みも、傷もなかった。
アルテミアは、ドラゴンキラーを持ちながら、膝を落とした。
そして、嗚咽し、絶叫した。
「あたしに戦えと言うのか!ロバート!!誰と、何の為に!あたしは、何の為に戦えばいいだよ!!」
アルテミアは、ただ1人で泣き叫び続けた。
「赤星!」
ティフィンの絶叫が、螺旋階段にこだました。
もう数千体は、倒した僕の体力…というより、肉体は限界を迎えていた。
ついに、骸骨の騎士の一体の剣が、僕の体に突き刺さった。
「くそ…」
まだ一撃だ。
前に出ようとした僕の背中にも、剣が突き刺さった。
「キャッ!」
「な…」
ティフィンは思わず、僕の背中から、頭上に逃げた。
下から迫っていた骸骨達も、僕に追い付いたようだ。
少し動きが止まった僕に、次々に剣が突き刺さる。
「赤星!」
ティフィンが、僕に近づこうとしたのを、制した。
「逃げろ…ティフィン…」
剣を突き立てられた僕は、仰向けの状態で、剣を突き刺されたまま、まるで神輿のように、頭上にかかげられた。
骸骨達の歓声は、沸き上がる。
「赤星!」
もうティフィンの声も聞こえない。
薄れていく意識の中、ティフィンの泣き顔が見えた。
「早く…逃げろ…」
もう言葉もでない。
(僕は死ぬのか…こんなところで…結局…何もできなかった……)
「赤星!!」
ティフィンの声も、もう僕にはきこえなかった。