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第68話 核心の輝き

円状の指令室の中央に浮かぶ地球儀に、無数の赤い天点が点在し…蠢き合っている。


「現在、確認できたのが、すべてとは言えませんが…」


地球儀の真横に立つ…防衛軍の軍人が、説明を始めた。


「魔神の多くが、ロストアイランドに潜入しております。……しかしその後、この大陸から出てきた魔神は、いません」


地球儀の下にある大陸…ロストアイランド。実世界でいうと、オーストラリアに当たる。


(それにしても…)


腕を組み、地球儀の観察していた西園寺は、改めて…まじまじと感嘆していた。


中国からロシア…東欧の殆んどまでが、魔界とされ…オーストラリアもまた…人のテリトリーではない。


だからと言って、他の大陸が、人間の領土というわけでもない。


常に、人は魔物と戦い、何とか結界を張り、町を作り…必死に生きているのだ。


この世界に、人が安全に暮らせる土地は少ない。


(中国やロシアが…魔界!?)


実世界で話したら、笑われそうだ。


(少し…納得する部分もあるか…)


西園寺は、微かに口許を緩めた。


人類の完全なるテリトリーを目指し、圧倒的な戦力と物量で、戦い続けたアメリカ大陸も…今は、壊滅状態になり、他の地域よりも、魔物の無法地帯と化しているようだ。


しかし。


西園寺は、組んでいた腕を外し、一歩前に出ると、口を開いた。


「ロストアイランドに向かった魔神達は、無視しょう。アメリカも、捨てる。今、我々が取るべき道は、いかにして、魔王の軍勢を弱体化させるか!そして、できれば…」


西園寺を指令室にいるすべての職員が見ていた。


「直接、魔王の城を攻撃したい!」


その言葉に、指令室が騒めく。


西園寺は、言葉を続ける。


「現在、魔王を補佐する騎士団長もつねに、魔界にはいないと思われる」


西園寺が地球儀に向かって、指を突き刺した。


すると、ロストアイランドがクローズアップされ、そこに赤星の写真が映る。


赤星の写真は、何かの履歴書だった。多分、日本エリアで、掃除のアルバイトをしていた時のものだ。


「魔神達は、彼…赤星浩一をターゲットとして、ロストアイランドに集まっている。そこでだ!彼には、この地にて、魔神を引き付けてもらい…囮となってもらう」


「しかし、司令代行…。魔神は、我々でも何とかなりますが…魔王を倒すだけの戦力が、あるとは…思えません」


西園寺と、地球儀を挟んで対峙する位置にいる軍人が立ち上がり、進言した。


「そうだ。そうだ」


何人かが頷いた。


その声に、再び周りは騒めく。


「魔王と戦うのは、我々ではない!」


西園寺は、周りの騒めきを切り裂くように叫んだ。


「では、誰ですか?」


先程進言した軍人が、きいた。


西園寺は、その軍人を見据え、


「大佐の疑問は、もっともです。魔王と戦うのは……彼の娘!アルテミア!」


「アルテミア!」


大佐は、絶句した。


「司令代行!アルテミアは、現在、魔王軍の敵ではありますが……最近の報告では、我々の敵でもある可能性が、高い」


西園寺の左前に座っていた女が立ち上がり、西園寺を見た。


西園寺は苦笑し、


「確かに、情報局長の言う通り。今の彼女は、我々の味方ではないかもしれない!しかし、彼女の最大の目的は、魔王を殺すこと!それに、異論はないはずだ」


西園寺の脳裏に、アルテミアの姿が浮かぶ。


「我々が、魔界に総攻撃をかければ、彼女は必ず来る!その時、我々は彼女を攻撃せず…道を開けるのだ!魔王や、もし騎士団長がいても、彼女が始末してくれる」


西園寺は周りを見回し、


「準備が整い次第、全軍で魔界に攻撃をかける!いつまでも、我々は受身ではない!人の…人の力を、やつらに、見せ付けてやるのだ!」


西園寺は叫びながら、心で笑っていた。


懐には、ブラックカードを忍ばせ……西園寺は、魔法を発動していた。


催眠である。


ここにいる誰よりも、強いレベルで、絶対的な命令を。


指令室内にいた全員が、立ち上がり、敬礼した。


西園寺も敬礼した。真剣な表情で。


だが、しかし…内心は、ほくそ笑んでいた。


(こんな世界で、時間をかけている場合ではない!俺は、クラークとは違う!滅びる運命なら、早い方がいい)


満場の拍手の中、指令室から出た西園寺は、そのまま…ある部屋を目指した。


灰色の冷たい廊下を抜け、突き当たりにある鉄製の重いドアを開けると…そこは、無数のコンピューターが並ぶ研究室だった。


鉄製の機械。漂う化学薬品の匂いが、この世界には異質だった。


この世界は、別に科学が通用しない訳ではない。ただ必要がなかったのだ。


規則正しく並ぶパソコンの道を、横切り奥へ進む西園寺の目の前に、パソコンの画面を睨みながら、キーボードを忙しく叩く女がいた。


「どう?」


西園寺が後ろから話しかけると、女は画面を見たまま、


「駄目ね…。何度シミュレーションしても…全滅ね…」


邪魔臭そうに言うと、キーボードから手を離し、散らかっているデスクの上から煙草を取り出し、口にねじ込むと、火を点けた。


「核を使っても、駄目なのか?」


女が座る椅子の背もたれに手をかけ、画面を覗き込んだ西園寺に、女は肩をすくめて見せた。


そして、煙草を吹かした。


「論外よ。威力はあるけど、アメリカの二の舞になるわ。こちらに返ってくるだけよ」


西園寺は考え込み、


「だったら…なぜ、魔王の雷は、跳ね返せないんだ?」


「核やミサイルは、別に空間を破壊する訳ではないわ。物質的な破壊力だけど…魔王の攻撃は、結界や空間…魔力さえも破壊するのよ」


女はすぐに煙草を、山盛りになっている灰皿の山に差し込むと、またキーボードを叩きはじめた。


「ここの世界の核やミサイルは、魔力を起爆剤にしているんだろ?」


西園寺の疑問に、


「魔力を基盤にしても、破壊する力は、単なる化学変化よ。破壊力に意志があるわけではないわ」


「意志?」


「そうよ」


女は叩く手を止め、椅子に深く座りなおし、


「その世界の学者に、そういう理念はないんだけど…みんな単なるレベルの差という単純な言葉を使うけど…あたしは、2つの力があると思ってる」


女は再び、新しい煙草をくわえた。


「一つは、あんたの世界と同じ…核やミサイル…もっと下なら、切り傷のような直接的な力。もう一つは…」


ここで、煙草をふかし、


「魔王の雷撃のような…直接的な破壊力と…まったく異質な力を持つ…呪いのような力…」


女は、キーボードに再び指を走らせ、顔をしかめた。


「呪いは、おかしいかしら?」


「どうかな…」


なんとなく、女の言う言葉の意味を、西園寺は理解できた。


「呪いか…」


西園寺は、ブラックカードを取出し…まじまじと見つめた。


「司令代行に頼まれた…魔獣因子と…それに伴うブラックカードの暴走ですけど」


女は、キーボードに指を走らせ、


「どんなに検索しましても、それらに関する情報はありません」


画面に、エラーの文字が点滅する。


「モード・チェンジに関しては?」


「アルテミアの属性チェンジとしか…人体実験をしたという実証も、ありません…」


「すべての情報が…ないと」


「はい」


西園寺は、首を捻った。


安定者である自分が、閲覧できない情報はないはずだ。


しかし、なさすぎる。


「だが…」


考え込む西園寺を尻目に、女はただ…キーボードに指を忙しく走らせる。


「司令代行の言葉を信じ…それらを仮定して、新たな情報を組み込んでみました。すると…」


「すると…?」


西園寺は、女の横顔を見た。


「それは、進化の過程ですね。人が、自らの魔力を持つ存在になる」


「しかし…あれの姿は、人間じゃなかった…」


西園寺は、監視式神が残した映像を手に入れていた。正志が、魔物になる瞬間を。


「…そうなれるのは…魔獣因子を持っているから…かもしれません。魔獣因子…。この世界に住む、完全なる人間には存在しません」


「多分…その為に、クラークは僕らを、この世界に呼んだのだろう」


「唯一近いのが、エルフと混じっている人間でしょうか…。しかし、その者達の殆んどは、隔離されています」


「ロストアイランドか…」


西園寺は、呟いた。


この世界の人間は、純血を異常なほどに求めていた。弱い存在で、協力しないと生きていけない過酷な世界だからこそ、同じ人間を求めていた。エルフと混ざり、少しでも魔力を持つ人間は必要なかった。しかし、人種差別の意識は少ないと、西園寺は感じていた。


「しかし…それでは、人は生き残れない」


「そうですかね」


女は三本目の煙草に手を伸ばすと、口にくわえ、火を付け、煙を吐き出した。


「群れる単なる人ってやつより、魔獣因子を持つ…人以上の力を持つ方が、いいですけど…」


西園寺は苦笑し、


「だったら…君も安定者になってみるか?」


ブラックカードを女に示した。


「無限の魔力を使えるのは、嬉しいですが…あたしには、魔獣因子がない」


女は肩をすくめた。


「それに…権力者になるのは、苦手で」


「そうか…残念だ」


西園寺は、ブラックカードを上着の内ポケットにしまった。


前任の安定者も、人以外にはなれなかった。


「それに…ブラックカードは、他に必要でしょう」


女は、吸いかけの煙草を灰皿にねじ込むと、妖しい笑みを向けた。


「できたのか!」


西園寺は、思わず声を上げた。


「はい。まだ試作品ですが…」


女は、キーボードの横にあるマウスをクリックした。


すると、画面に1人の女が映った。


「防衛軍の中にも、少しですが、エルフの血をひく者がいました。その中で、一番濃い者を選びました」




「失礼します」


いきなり、研究室の扉が開き、1人の女が部屋に入って来て、敬礼した。


「第7補給部隊に所属しておりました…ジェシカ・ベイカー。只今、特命を受け、こちらに配属されました」


「彼女か…」


西園寺は、ちらりとジェシカを見た。


軍人には見えない華奢な体に、すらりと伸びた細長い足。大きな瞳が、あどけない。


西園寺より、年上のはずだが…そうは見えない。


(19か…)


西園寺はプロフィールを確認すると、ジェシカに近づいた。


「よく来てくれたね。私が、司令代行の西園寺だ」


西園寺は、ジェシカに向かって、手を差出した。


「…は!」


近づいてきた西園寺のあまりの若さに、少し驚いたジェシカは、もう一番敬礼すると、一歩前に出た。


西園寺と握手を交わした。


「驚きましたか?」


西園寺は、ジェシカに微笑んだ。


「え?」


「今は、クラーク司令が留守なので…私が、代行をやっております」


西園寺は握手を解くと、ジェシカを奥に促した。


「若輩者ですが、よろしくお願いします」


「あっ、はい!」


見たこともない機械が並ぶ研究室に戸惑いながらも、平常を装うジェシカに、西園寺は少し不安を感じていた。


(彼女で、いけるか?)


ジェシカが奥へ近づくと、通路の行き止まりにあるデスクの前に座っている先程の女が立ち上がり、ジェシカに頭を下げた。


「彼女は、ここの責任者であるマリア・アイズレーだ。今日から、君の上司になる」


西園寺の言葉に、ジェシカは立ち止まり、もう一度敬礼した。


「ジェシカ・ベイカーです」


「マリア・アイズレーよ」


マリアは前に出て手を差出すと、ジェシカと握手した。


マリアはぎゅと手を握り締めると、すぐに手を離し、


「早速だけど…あなたに、やってもらいたいことがあるの」


デスク上のマウスを動かし、クリックすると、行き止まりの通路の壁が開き、巨大な実験室が姿を現した。


目を見張るジェシカに、西園寺は近づき、


「これを持って、中に入って貰いたい」


あるものを差し出した。


それは、ブラックカード。


「これは…」


ジェシカは、見たこともない黒いカードを見つめた。


自分が持っているカードと同じだが、色が違う。それに、ポイント残高を示す表示もない。


カードは、さらに黒いケースに差し込まれていた。


「このケースからは、取り出さないように」


マリアの注意に、ジェシカは頷いた。


「これを持ったら、中に入って頂戴」


「はい」


ジェシカは中に入ろうとしたが、入口が見当たらない。


入口を探すジェシカに、西園寺が言った。


「このカードを使って、テレポートして下さい。使い方は、普通のカードと変わりません」


「は、はい!」


ジェシカは慌てて、ブラックカードを発動させた。


一瞬にして、実験室内に、ジェシカは立つ。


「OKね。カードケースを右腕につけて」 


実験室に響くマリアの声に、ジェシカは右腕にカードケースをつけた。すると、カードケースからベルトのようなものが飛び出し、右腕に絡み付いた。


「!?」


驚くジェシカに、更にマリアの命令が飛ぶ。


「カードに、コード番号を打ち込んで!」


「コード番号?」


「コード番号は、666よ」


マリアは言いながら、にやりと笑った。


ジェシカは、言われた通り番号を打ち込んだ。


と同時に、ジェシカの全身を黒い霧が包んだ。


「きゃー!」


ジェシカの絶叫が響く中、黒い霧は全身に絡み付き、固まっていく。


「第一段階は、成功ね。結界の皮膚化」


マリアは、また煙草を取り出した。


「ブラックカードの危険性。魔獣因子を持つ者だけに現れる…カードの解放状態。それは、圧倒的な魔力を発動できるが…人の理性を壊す可能性がある」


「だからこそ…人間の体を守る結界をつくり…ブラックカードの干渉を抑える」


西園寺は、実験室のジェシカを見つめた。


「魔王と戦う為には、巨大な魔力を持つ人が必要だ」


「だけど…ブラックカードは、今の一枚だけでしょ。余っているのは」


マリアは、西園寺に肩に手を乗せた。


「あれは、松永のだ。まだ俺の分がある」


西園寺は、自分のカードを取り出した。


「二枚じゃ…話にならないわ」


マリアは、クスッと笑った。


「だが…ブラックカードの量産化は、無理なんだろ?」


西園寺は、マリアの手を払い、彼女の目を見た。


マリアは肩をすくめ、


「そうね。これを…いえ、カードシステムを造ったティアナは、最強の戦士であると同時に、優れた学者でもあったわ」


マリアは、西園寺が持つブラックカードを掴むと、


「カードシステムは、素晴らしい。だけど、このブラックカードだけが…そのシステムから外れている…まるで、バグのように…」


「バグ?」


西園寺は、ブラックカードを見つめた。


「そうよ。完璧なシステムの中に、存在するバグ…。ブラックカードの暴走や、このカードを持つ者の末路を考えると…これも呪いよ…」


「それじゃ…まるで俺も、呪われるみたいだな?」


西園寺は、カードをマリアの手から取り返した。


「あなたは違うわ。魔獣因子を完璧に抑えてる…でしょ?」


妖しいマリアの笑みに、少し苛立ちを覚えたが、西園寺は無視し、実験室内に目を移した。


姿が変わった…ジェシカがいた。


「現在…ブラックカードに準ずる新たなカードを開発中よ。それができたら、人は弱点の一つを克服できる」


マリアは煙草をふかし、


「圧倒的な肉体的な弱さ」


目を細めて、ジェシカを見た。



黒い結界は、ジェシカの全身を覆い、第二の皮膚になる。


有毒なる外気から、体を守るだけではなく、ちゃんと皮膚呼吸もできる。


あらゆる魔法を防ぎ、あらゆる環境に対応できる。


その姿は、黒き悪魔。


「ジェシカ。ブラックスーツの着心地はどう?」


マリアの言葉に、ジェシカは返事した。


「どうなってるんですか?」


マリアはまた、煙草を灰皿にねじ込むと、


「どうでもないわ。ただあなたは、魔神の力を手に入れたのよ」


「魔神…」


ジェシカは、自分の手のひらを見た。真っ黒な禍々しい皮膚。


「今から伝える言葉を叫んで」


「はい」


ジェシカは、姿勢を正した。


マリアは一呼吸置くと、


「モード・チェンジ」


口元を笑みをたたえながら、言葉を伝えた。



「成功のようだな…」


西園寺は、実験室に背を向けた。


「あとは、実戦でどうなるかだ」


「最後まで、見ていかないのですか?」


マリアは、西園寺の背中に声をかけた。


「ああ…君達を信用している」


西園寺は、パソコンの間の通路を歩くと、研究室中の職員が立ち上がった。


その瞳は、赤く光っていた。


頭を下げたマリアは、ゆっくりと顔を上げ…髪をかきあげた。


髪で隠れていた耳の裏側に、小さな2つの傷があった。


研究室を出た西園寺は、ブラックカードを見つめ、フンと鼻を鳴らした。


「呪い?そんなものが、俺に通用するか」


西園寺はカードをしまうと、ゆっくりと歩き出した。


「俺は、魔王やアルテミアと同じ…バンパイア」


西園寺の目が、一瞬…赤く染まる。


「バンパイア因子を持つ者。つまり、魔王になれる力を持っている」


西園寺の目の色は、すぐにもとに戻った。


すれ違う兵士達が立ち止まり、敬礼する。


西園寺は、敬礼の道を歩く。


(先輩…。あんたが、もたもたやっている間に、俺はすべてを手に入れてみせる)


西園寺は心の中で、ほくそ笑んだ。


(力も…名誉も…すべてを!そして…)


西園寺は、目を瞑った。


(アルテミアもだ)



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