第67話 気持ちだけは、ここに置いて行くから...
体が、崩れそうだ。
自分を形成している肉体が、結合をやめ…今にもブロックのようむうに崩れて、バラバラになりそうだ。
しかし、歩かなければならない。
二本の剣と、ティフィンを背負いながら、僕は岩場を抜け、できるだけ魔物の気配がない場所を探していた。
ここの土地勘はない。
魔物を、感知する能力もない。
目を凝らし、僕は人の村を探した。
村にいく訳でないが、人が住んでいる場所の近くなら…強い魔物はいないはずだ。
人が、危険な場所に村を作るはずがない。
岩場を抜けると、広がる草原の向こうに、狩りをする人の群を目視できたが、視界が開け過ぎている。
少なくとも二キロ以上はある。
隠れるところがない。
仕方なく、周りをキョロキョロすると、岩場の角に小さな茂みがあった。
いや、茂みというより、何かを無理やり隠しているような…草木の生え方が、おかしかった。
僕は、クラークの心臓が突き刺さっているライトニングソードを構え…心臓を鍔近くまで差し込むと、切っ先を突き出し、そのまま茂みに向かって突進した。
簡単に茂みを抜け、中に入ると、そこは岩場を刳り貫いた空洞だった。
ちょうど、人が1人入れるぐらいの空洞。
「うおおお!」
僕の叫びが空洞にこだまし、それに呼応するかのように、
「キエエエエ!」
奇声を発しながら、奥から巨大な口が飛び出して来た。
広げた口の大きなは、ちょうど空洞と同じだ。
「唸れ!ライトニングソード!」
ライトニングソードの切っ先から、雷鳴が轟いた。
僕は巨大な口の中に突っ込むように、体ごと剣を突き刺した。
巨大な口の奥…喉からさらに奥へ、雷鳴は放たれ…中身がすべて、焼き付くのに時間はいらなかった。
すぐに、中から丸焼きになり、口は動きを止めた。
どうやら、ここは巨大なミミズもどきの巣のようで……茂みに隠れ、岩場から出て来た者を、襲っていたみたいだ。
僕は、ミミズの焼ける嫌な臭いに、顔をしかめると、さらに電撃を強め…完全な灰になるまで、焼き切った。
ミミズの体が崩れた後、空洞を見ると、穴の深さは十メートルくらいあった。
「ここなら…大丈夫だろ」
ティフィンを下ろし、僕は次元刀を地面に突き刺さした。
そして、ライトニングソードに突き刺さっている心臓を、次元刀の上にかざし、握り締めた。
「く…」
少し躊躇ってしまったけど、やらない訳にはいかない。
「すいません…」
思い切り心臓を握り潰すと、そこから滴る血を、次元刀に流した。
鏡のような刀身に、流れる赤い血が映る。
それと、同時に…刀身にヒビが入り、刀は砕け散った。
刀の欠片は光のシャワーとなり、空洞内を照らし…その光の中から、学生服姿の……最後に見た姿のままの明菜が現れた。
静かに、地面に横たわる明菜を見て、僕は力が抜けたように、その場にへたり込んだ。
「よかった…」
「こうちゃん!」
明菜に体を揺すられて、僕は目覚めた。
どうやら、少し眠ってしまったらしい。
「おはよう…」
目の前に、涙でぐちゃぐちゃになった明菜がいた。
僕は優しく微笑んだ。
「助けに来てくれたんだね」
明菜の周りは、輝き…その光は、奥へ道のように続いていた。
どうやら、砕け散った次元刀の欠片が、空間を切り裂き、道を作っているようだった。
その道の向こうに、僕と明菜の生まれた世界がある。
「早く行け!光が消える前に!」
僕は、光の向こうを指差した。
明菜は、大きく首を振り、僕の手を握った。
傷だらけで、血まみれの僕の全身を見、明菜は叫びように言った。
「こうちゃんも!一緒に帰ろう」
涙ぐみながら、僕の手を握る明菜の優しさに、心が締め付けられた。だけど、僕は静かに、首を横に振った。
「僕は…戻れない」
「どうして!」
明菜は、強く僕の手を握り締めた。
「………」
僕は、言葉がでなかった。
帰りたい思いはある。何も言わずに消えた僕を、家族は心配しているだろうし…。学校のみんな。魔物がいない平和な世界。毎週買っていた雑誌。欠かずに見ていたテレビに、母親の温かな料理。
向こうの世界のすべてが愛しい。
(だけど……)
明菜から、顔を逸らした僕の目線の先に…横たわるティフィンがいた。
(そうだ…)
もうこの世界にも、大切な仲間がいる。
それに…。
瞳を閉じると、必ず浮かぶ人。
何よりも、愛しい人が…………この世界にはいる。
(アルテミア)
僕の表情を読み取って、明菜は僕の顔から、視線を下に落とし…僕の右手を見た。
「前は…左手にはめてたのに……喧嘩でもしたの?」
「う、うん…」
僕も、自分の右手を見た。
アルテミアと融合していた時は…指輪は左手にあった。
「……その人が好きなんだ…」
明菜はぽつりと、呟くように言った。
「え…」
僕は驚いて、明菜の顔を見た。
少し顔を伏せているから、表情はわからなかった。
けど、僕の右手をぎゅっと握りしめた。
「あたし…はっきりと聞いてない!こうちゃんの口から!」
「……」
「好きな人がいるって!はっきりと、聞いてないんだから!」
明菜の叫びに、僕は体が凍り付いた。
真剣な言葉。真剣な思い。
それに対して、嘘はつけない。
口を開け、答えようとするが…口が動かない。
今…言葉にしょうとする言葉を口にすると、目の前にいる明菜を傷つける………失うような気がした。
だけど、それは都合が良すぎる。
僕は、明菜を受け入れることはできない。昔なら…。
今は、自分の中に確実にあの人がいる。
僕は、歯を食い縛った。
ここで、ちゃんと言わないと……友達で、幼なじみである明菜をも、失うことになる。
僕は、明菜から手を離すと、改めて正座した。
そして、言葉にした。
「僕は、好きな人がいる。その人の為に、この世界に残るよ」
一度、言葉にすると、少し楽になった。気まずさはあるけど。
頭を掻き、
「向こうは別に…何とも思ってないと思うんだけど…。僕は、弱いしさ…あんまり、格好よくもないし…」
自分で言うと…今度は落ち込んできた。
「向こうは凄いんだ!美人で、強くって…いつも凛とした態度で!何だろ…」
僕は言葉を切り、考え込んだ。
「とにかく…凄いんだ。あんまり面と向かって、話したことはないんだけど…。ピアスの中にいた時に、水面に映った笑顔が…とってもかわいいかった……って、あっ!ピアスの中っていうのはね…」
そう言った時、明菜の両手が僕の頭に回り、そのまま明菜は自分の胸元に押し付け…抱き締めた。
「大丈夫だよ…。絶対に…こうちゃんなら…」
囁くように言う明菜の優しさに包まれて、僕は目をつぶった。
「そんな強い…アルテミアが、泣いているだ。ずっと……。だから、僕はもう一度、アルテミアに笑ってほしいと思ってる。今は、それが…一番の願い」
明菜は、ぎゅと僕の頭を抱くと、声を出さずに泣いていた。
「この世界の人達を救え…とか言われたけどさ。まだそこまでの実感がないんだ…。アルテミア1人…助けられないのに…こんなに弱いのに…。誰も守れないのに…」
「そんなことないよ…あたしを、守ってくれたよ」
明菜の言葉が、嬉しかった。
「…ありがとう…」
明菜は、僕を抱き締めながら、そっと自分の涙を拭った。
「こうちゃんは……自分を卑下し過ぎなんだから!もっと自信を持って!」
「明菜…」
「強いよ!ほんとには強いよ!いつも、いつもあたしを助けてくれた!ありがとうは、こっちの台詞だよ」
明菜はゆっくりと僕の頭を離すと、すぐに立ち上がり、僕に背を向けた。
顔を見せずに、
「よくわからないけど…こうちゃんなら、みんなできるよ。ただ無理せずに、一つ一つやっていけばいいの!1人1人…守っていけばいい!あたしのようにね」
明菜は、ゆっくりと歩き出した。
「じゃあ…行くね!こうちゃん」
「明菜…」
立ち上がろうとする僕を、明菜は制した。
「いいよ!来なくても」
明菜はくるりと回転し、僕に顔を向けた。
満面の笑顔を向け、
「頑張って!こうちゃん」
すぐに前を向いた。
「いつでも、世界の向こうで応援してるから!」
明菜は、スキップするように駆け出した。
もうこれ以上…強がりは保てないから。
「じゃあね!こうちゃん!ありがとう!」
一度だけ足を止め、
「またね…」
一言だけ呟くと…明菜は、光の道を走り…消えていった。
明菜が通ると、光の道はなくなり……ただの空洞へと戻った。
「明菜…」
僕の瞳からも、涙が流れた。
明菜の優しさと温もりだけが、しばらく…僕の体に残り……僕を癒してくれていた。
見送った後、そのまま…倒れるように眠りについた僕に、誰かがそっと枯れ葉をかけてくれた。
「ったく…」
ティフィンである。
ティフィンは両手を組み、死んだように眠る僕を、見下ろした。
「いい子だったのに…」
明菜が消えた方を見つめ、ため息をついた。
「それにしても…アルテミアって…確か…魔王ライの娘だろ。厄介な女を、好きになりやがって」
ちらっと僕の寝顔を見…ティフィンは僕の隣で、横になった。
「もっと回りを見ろってんだ…。いっぱいいるぞ。いい女が…」
目を瞑る前にもう一度、横の僕を見て舌を出すと、ティフィンは寄り添うように、眠りについた。
休める時に、休まないといけない。戦いは、まだ終わってはいないのだから……。