第66話 人
自らの体が…変わっていく感覚を内側で感じながら、クラークは心の中で、目を閉じた。
(これで…最後だ)
もう自分は、人間ではなくなる。
魔物になる。
だが、人間の心は失っていない。
しかし、人間の姿に戻れない。
これが、魔力を持たない人間が、力を望んだ結果だ。
ゆっくりと目を開けると、驚く赤星の顔が見えた。
(彼は…バンパイアに、目醒めたはずなのに…)
クラークは、じっと赤星を見つめた。
(人間だ…)
それは、姿形ではなく、彼から感じる心が………そう思わせるのだ。
クラークの瞳にうっすらと…涙が浮かんだ。
(さあ………俺を殺せ!)
(非情になれ!)
(それができないならば………お前は、人を救うことなどできない)
口が裂けながら突き出て…髪の毛は逆立ち、皮膚は硬化する。
その姿は、人間ではなかった。
「モード・チェンジだと!?」
絶句する僕の目の前に、一瞬にして移動すると、鋭く伸びた爪を頭上から、突き刺そうとする。
「な!」
ライトニングソードを振り上げ、とっさに爪を受けとめたが…物凄い力により、足元が地面にめり込んだ。
しかし、攻撃は片手だけではなかった。
残った左手で、首筋を狙ってくる。
それに気付き、僕は後方にジャンプして、避けたが……着地した瞬間、刺された脇腹から血が噴き出し、痛みから顔をしかめた。
その隙を、クラークは見逃さなかった。
クラークの両手から、光線が放たれた。
僕はライトニングソードから槍に変えると、回転させ、光線を受けとめた。
何度も何度も放たれる光線を、必死に防ぐ僕の脇腹を、ティフィンが飛んできて、必死に治そうとしてくれていた。
「ティフィン!離れろ!」
「でも、傷が!」
「邪魔だ!」
僕の隣にテレポートしてきたクラークは、ティフィンを蹴り上げた。
「キャッ!」
悲鳴を上げて、吹っ飛んだティフィンは、少し離れた地面に落ち、そのまま気を失った。
「ティフィンを!よくも!」
僕は、拳をクラークに顔に叩き込んだ。
しかし、あまりの固さに、拳の方を傷めてしまった。
「素手で、私に勝てると思うな!」
クラークの爪が横凪ぎに走り、僕の胸元を切り裂いた。
「あまりにも、不用意!」
クラークは、次第に傷ついていく僕を横目で、ちらりと見た。
「これでよく…今まで戦えてこれたな」
「くそ!」
僕は、傷の深さよりも、ティフィンの方を気にしていた。
「この状況でありながら、仲間を気にするか」
今度は、ゆっくりと僕に近づいてくる。
そんなクラークに左右から、回転するチェンジ・ザ・ハートが襲う。
わかっていたのか…クラークは、さっと両手の爪を立て、チェンジ・ザ・ハートを見ることなく、弾き返した。
「邪魔しないで頂きたい」
弾かれたチェンジ・ザ・ハートは、僕に飛んできて、ライトニングソードになった。
クラークは目を細めて、僕を凝視し、
「今まで生きてこれたのは、そのチェンジ・ザ・ハートや…お前が融合していた天空の女神のおかげだな…。感謝しろ」
クラークは、爪を伸ばした。
「そして、目醒めたバンパイアの力…。それらを失った今のお前に、生きる術はない」
僕は、ライトニングソードの柄を握り締めたが、 先程傷めた拳が、痛みだした。
(どうすればいい!)
目の前に立つ異形な姿のクラークを睨みながら、僕はどう戦っていいのかわからなかった。
人間だと思っていたが、今感じる魔力は、騎士団長クラスにも負けない。
「何を考えている。戦いの最中で、迷うことは死を意味する」
クラークは、ブラックカードを僕に示した。
「さらなる絶望を、教えてやろう」
クラークは、ブラックカードを自らの額に張りつけた。
(舞子…。これで、私は戻れない)
僕は驚愕した。
ブラックカードが額に張りつき…脈打つと、クラークの体が数倍に膨れ上がり、全身から鋭いトゲが突き出てきた。
蝟を思わす…その姿は、近づくだけで、傷だらけになりそうだ。
「なんという…魔力…」
僕の全身に鳥肌が立った。
しかし、心のどこかでうきうきしている。
(チッ)
心の中で、軽く舌打ちした。
僕は、鳥肌が立っている自分の肌を触った。
(魔力を失って…震えてるのに…。心は、喜んでいる)
僕は、改めて思った。
(僕はもう…人間じゃない…)
「赤星浩一!」
クラークの咆哮とともに、全身のトゲが、一斉に僕に向かって放たれた。
(だけど………だからこそ!)
僕は、痛めた手をそっと…ライトニングソードに添えると、目をつぶった。
「みんなを守りたい!」
ライトニングソードを、軽く振った。
雷撃の幕ができ、すべてのトゲを叩き落とす。
「何!?」
クラークが、驚きの表情を見せる。
(僕には、まだ実感がない。すべての人を救うとか…。だけど!)
目の前に倒れるティフィンがいる。さらわれたフレアも。
そして、アルテミア。
みんなを助けたい。
その為には、僕は。
(戦わなければならない!)
ライトニングソードを握りしめ、僕は前に出た。
ただ…前に。
「うわあああああ!」
絶叫とともに、ただ前にライトニングソードを振るった。
クラークの爪やトゲを気にせずに、怒涛の攻撃を繰り出す。
(前へ!前へ!)
傷つくことを恐れずに、僕はただ前へ進む。
「何だ!」
クラークは魔法を使う暇すら、与えられなかった。
剣撃は膜のように、隙間なくクラークを斬り付けた。
このようなでたらめで、まっすぐな攻撃をクラークは、受けたことがなかった。
まるで、子供の…何の考えもない攻撃。
だけど、クラークは為す術なく…じりじりと後退していく。
(ティアナ先輩…)
まったくタイプが違うが…クラークは、ティアナを思い出していた。
彼女は、ほとんど魔法を使わず、剣だけで魔王まで辿り着いた…唯一の存在だ。
クラークは、そんな彼女の背中しか、記憶に残っていない。
後輩のクラークとジャスティンを守りながら、常に敵の前線にいた…勇者。
そんな彼女が、魔王と結ばれ…子供まで、つくったことは、クラークにとって裏切り行為だった。
例え…それが、この世界で人が生き残る為だとしても…。
結局、ティアナは死に…娘のアルテミアは、不完全な存在になってしまった。
(赤星浩一…)
クラークは、ライトニングソードに斬られながら、赤星を凝視した。
(彼はなぜ…この世界に来た…いや…)
トゲが削られていく。
(なぜ?この世界で強くなれる)
生き残る為…などではない。
すべての人を救うなどという…自惚れなどでもない。
ごく普通の思いだ。
愛する者を守りたい。
それこそが…基本である。
(それこそが、人!)
個の単位では、人は無力だ。
だからといって、群れれば、強くなるわけがない。
そばにいる…愛する人を守る。
自分よりも。
そう思い…そう行動する者こそが……人なのだ。
個で強い魔神や、弱いから群れるものではない。
守りたいと思い…戦い。
お互いを支え合う。
生きる為より、愛する者を守る為。
(それが…私が思う人…)
その思いの集まりが、人の社会なのだ。
「うわあああああ」
僕は、ライトニングソードをクラークの心臓に突き刺す。
(そう…お前は人だ!)
クラークの口から、鮮血が噴き出した。
この世界では…人は……滅びゆく種族だ。
生きる為、魔力を手に入れ、権利を手に入れて、強大になった者は…その力で、他人を支配したり、ただ力に溺れるだけで、誰かを守る為に使う者は少ない。
他人を守る…。
だけど、そこに奉仕の心はあってはならない。
無償であるが、それを自慢してはいけない。
自分では気付かず、ただその行動する思いが、他人には伝わっても、自分ではそれを特別なこととは、思わない。
守りたいことが、守る為に努力することが、自分にとって、当たり前のこと。
(赤星浩一…お前は…)
クラークはいつのまにか…動きを止め、ただ僕の剣撃を受け続けていた。
無我夢中だった。
気付いた時、クラークの心臓を突き刺したライトニングソードを、僕は握っていた。
クラークは、ゆっくりと崩れ落ち、その場で前のめりに地面に倒れた。
嗚咽感を抑えながら、僕はクラークを追い越し、地面に突き刺さっている次元刀に向かう。
柄を掴み、ゆっくりと地面から引っ込抜く。
すると、全身にどっと疲れを感じた。激しく肩で息をし、何とか踏張りながら、僕は振り返った。
「どうして…この刀で最後まで戦わなかった!それに……あんたは、明らかに…本気じゃなかった…」
僕の言葉に、クラークはクククと笑い出した。
俯せに倒れている為、クラークの表情はわからない。
「赤星浩一………お前は、そのままでいい」
「?」
僕には、クラークの言葉の意味がわからない。
「早く行け!明菜を…もとに戻してやれ…」
自分に近づこうとする僕に、クラークは横顔を向けた。
「倒した相手に、情けをかけるな!それが、この世界のルールだ!」
僕を睨むクラークの…あまりの形相に、僕は足を止め、ゆっくりと背を向けた。
「ライトニングソードで…空間を少し斬り裂いたら…彼女は、帰れるさ…」
僕はゆっくりと頷き、倒れているティフィンを背負うと、二本の剣を持ちながら、その場から離れた。
もうクラークの方を、振り向くことはなかった。
「終わったか…」
無様な死に方だが…仕方がない。
クラークの血の匂いに誘われて、怪鳥や魔物が集まってくる。
意識が遠ざかりながら、自分が食われることを、覚悟した。
それが、自然なのだ。
ゆっくりと目を閉じた刹那、魔物達の断末魔が響いた。
凄まじい突風が吹き、魔物達を切り刻み…、クラークの目の前に転がった肉片が、すぐに腐って、消えた。
「これは…」
うっすらと目を開けたクラークに、駆け寄ってくる女の足が映った。
「クラーク!」
倒れていた自分を抱き上げた女に、クラークは笑いかけた。
「やあ…舞子。よく僕がわかったね…」
魔獣へと変化したクラークに、人の面影はない。
「どんなに姿が変わっても…あなたが、わからないはずがないわ!」
クラークは嬉しそうに笑うと、血だらけの手でそっと、舞子の頬に触れた。
「最後に、君に会えて嬉しいけど……こんな所に来てはいけない…早く帰り給え…」
「傷を治さないといけない」
舞子がブラックカードをかざしても、治癒魔法は発動しない。
「無駄だ…。ここでは、カードは使えない…。それに…私はもう…人としては死んでいる…魔獣因子の力で、まだ意識があるだけだ…」
舞子は、クラークの胸に開いた穴に気付き、涙を流した。
「一体誰に…」
「早く帰り給え…。魔法が使えない土地で…君1人では危険だ…」
舞子は、クラークの傷口に触れ…呟いた。
「赤星浩一ね…。あなたをこんな目にあわせたのは…」
その怒りの口調に、クラークは最後の力を振り絞って、首を横に振った。
「彼ではない…彼ではないよ…。早く帰れ…舞子…。早く…舞子……………」
それが、クラークの最後の言葉だった。
「クラーク!」
舞子の腕の中で、事切れた瞬間、クラークの体は硬化し…すぐに砂のように崩れた。
驚く舞子の目の前で、砂になったクラークの額についていたブラックカードだけが、そのままの形で残っていた。
舞子は茫然自失となり、ただブラックカードを見つめ、手の平に残った砂が、落ちていくのをただ…見つめていた。
「ケケケケケ!」
不気味な笑い声を発しながら、空から数十匹の翼を持つ魔物が降りてくる。
さっきまで、赤星とクラークの死闘が行われていた場所。
カラス天狗に似た魔物は、ただ1人その場で、崩れ落ちている舞子を見つけ、
「魔力を失った赤星浩一を、討伐しに来たが…」
舌なめずりをし、
「まさか…人間の女に出会うとはな」
同じ顔のカラス天狗が頷く。
「それも〜混ざっていない純潔の人間の女だ」
カラス天狗達は、楽しそうに笑い合うと、舞子に近づいていく。
「何があったのかな?お嬢ちゃん」
「こんなところで、1人いたら〜」
「恐ろしい魔物に〜」
「殺されるよお〜!」
風が吹いた。
「え?」
その瞬間、前にいた三匹のカラス天狗の首が飛んだ。
「な!何だ!」
後ろにいたカラス天狗達は、後退り…震えだした。
「こ、こ、この魔力は…」
「さっきまで、感じなかったのに…」
異様な魔力を感じ、慌てて飛び上がろうとした残りのカラス天狗の翼が、一瞬にして切り裂かれた。
「ヒイイイイ」
悲鳴を上げ、尻餅をついたカラス天狗達に向けて、ゆっくりと…舞子は振り返った。
その姿に、カラス天狗達は言葉を失う。
氷のように冷たいガラスのような瞳に、透き通る肌。
姿形は、人間だが…そこから受ける圧倒的な雰囲気は、人間ではなかった。暖かさの欠片もない…氷の塊。
それは、炎の騎士団長リンネと対極にある姿だった。
氷の魔女。
はだけた胸元から、2つの乳房が見えた。そこに張り付けた二枚のブラックカード。
舞子は、女を捨てた。
勿論、人も。
それは、この地にいる赤星浩一を殺す為。
「クラーク…」
人として最後に流す涙が、氷の魔女となった舞子の頬を溶かした。
これが、最後の暖かさだから。
「魔神…!」
カラス天狗達は、自分達よりも、数段上の魔力に震え…いや、それが恐れからだけではなかった。全身が、凍り付いていたのだ。
舞子から漂う冷気は、赤星と不動との戦いでできた……まだ熱いマグマの湖さえ、凍らせていった。