表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/563

第5話 もっともっと

異世界に行かなかったけど、その代わり…夢を見た。


とても綺麗な泉。水面に顔を映すと、とても可愛いブロンドの女の子の顔が現れた。覗いたその瞳に、たくさんの魚が映る。


「お母様!お魚が、いっぱいいますわ」


女の子が振り返ると、日傘をさし、ブロンドの髪を靡かせた…綺麗な女の人が、そばで佇んでいた。すらっとした細身で、華奢な女の人。


女の人は、木漏れ日の中で、微笑んでいた。



場面は変わる。


「悪魔ああ!」


人々が、逃げ惑う。


町全体が水浸しになり、建物はすべて炎に包まれていた。


逃げ惑う人々に襲いかかる…炎の影。炎の爪が一瞬にして、何人もの首を跳ねる。


「今日は、大漁ね」


楽しそうにネーナは笑いながら、人々を殺していく。


「そうね」


膝下まで水に浸かりながら、幼い女の子の首筋に噛みついている…マリーが微笑んだ。口元から、血が滴り落ちた。マリーの周りだけ、異様に水が赤い。


「やはり…十歳までが、おいしいわ」


マリーは舌なめずりをし、空を見上げた。


「そう思わない?お前も」


その瞬間、無数の雷が落ちた。建物を破壊し、逃げ惑う人々を焼き尽くす。


雷鳴が轟き、水面に映ったのは…黒い蝙蝠の翼を広げたアルテミアだった。





「お母様!」


窓の外で…雷鳴が轟く中、黒い巨大な影に抱かれた女。その女性はぐったりと、首をくの字に曲げて眠っていた。彼女の長いブロンドの髪が、床についていた。


「…」


まるで、宮殿のような石造の広間の中央に、影は無言で立っていた。雷に照らされても、床に影を落とすこともなく、抱かれた女の人の影だけが、広間内に伸びていた。


「どうして…お母様を!」


母親を抱く影は、こたえない。


「あらあ。いいじゃない」


右の柱の影から、マリーが姿を現した。


「そうよ。名誉なことよ」


左からは、ネーナが…。


「一生…お父様に、尽くすことができるんだから」


「家畜としたら、大したものよ」


「まあ」


マリーは顔を近づけ、


「一生…飲み物としてだけど…」


クスッと笑った。


「生きた樽ってとこ」


ネーナも笑った。


しばらく、沈黙に震えてから、


「うわああああ!」


アルテミアは絶叫とともに、影に襲いかかった。


しかしその次の瞬間、凄まじい電流がアルテミアの体を包み、そのまま…意識を失った。


「お母様…」


崩れ落ち、意識を失う寸前まで、母親に手を伸ばしながら。






朝。目覚めた時…僕は、泣いていた。涙に驚きながらも、アルテミアの戦う理由が、分かったような気がした。彼女の悲しみが、心の底から伝わってきた。


朝の心地よい日差しの中、僕はベットの横の窓を開け、まだ慣れない眩しさに目を細めながら、外を眺めた。


平和な街並みが見える。


(幸せなんだ)


つくづく、そう思った。


学生服に着替え、リビングにいくと、両親と妹がいる。いつもの朝の光景。


ふっと、隣の部屋にある仏壇に、目がいった。お婆ちゃんの言葉が、思い出された。まだ小さかった僕に、お婆ちゃんはよく言っていた。


誰も、死にに行かなくていい。住む家も、ご飯もある。今の暮らしは、幸せだと。


もし、昔みたいに、なることがあるなら…今度は死んでも、この国と戦うと。大切な人が、死ぬんだったら。


お婆ちゃんは戦争で、お父さんや親戚、友人の多くを亡くしていた。


(お前も…大切な人の為に、戦わなきゃならない時が来る。その時は…大切な人を絶対に、守らなくちゃいけないよ)


お婆ちゃんの言葉を思い出しながら、僕は仏壇に手を合わせ、決心した。





数時間後の昼休み。早めに食事を済ませた僕は目をつぶり、机の上にうずくまった。





「アルテミア!」


場面は変わり、僕は広い草原に立っていた。徐にカードを見ると、百ポイントだけ残っている。それに、僕のレベルが…11になっていた。


「え!?」


びっくりした僕に、


「当たり前だろ。何匹か、倒したんだから」


だるそうな声で、アルテミアが言った。


「ぼ、僕は、戦ってないよ」


「あんたの体、なんだから〜あたしが倒しても、レベルは上がる」


僕は、カードをマジマジと見た。どうしてか、気持ちが昂ぶった。


「それより、あんた。属性は、火…魔術師なんだ」


カードの右下に、表示されていた。


「まあ〜体力なさそうだし。戦士は、無理よね」


「魔術師…」


その表示を見て、僕は少し嬉しくて、なんだか照れ臭かった。


「それより、あんた。さっき、あたしを呼ばなかった?何か用なの?」


「あっ!それは…」


僕が口を開こうとしたとき突然、目の前の地面が盛り上がり、土の中から巨大なミミズが出現した。


僕は怯えながらも、構えた。もう多少のことでは、動じなくなった。


「モード・チェンジ」


だけど、


「ちょうどいいわ!あんたがやりなさい」


アルテミアは、変わることを拒否した。


「え?」


アルテミアの変身拒否に、僕は目を丸くした。


「こんな害虫。やるのは、簡単」


ミミズは、軽く僕の三倍はある。


「手を前に出して、炎をイメージしろ。相手が、丸焼きになってる姿を」


「えええ!」


「とにかく、やれ!」


ミミズは巨大な口を開け、頭上から襲いかかってくる。


「うざい!さっさと、やれ!」


僕は思わず、目をつぶりながらも手のひらを広げ、叫んだ。


「燃えろ!」


次の瞬間、ミミズの全身が、炎に包まれた。


「ひいい」


腰がひけて、無意識に指を曲げると、炎が縄みたいになり、ミミズの全身に絡みついた。恐怖からか…ぎゅと握りしめると、ソーセージのように、細切れに切れた。


「へぇ〜。これが、あんたの基本形か」


僕の手から、伸びる…炎の鞭。


「あんたが、イメージした力の形よ」


後で考えれば…この前戦ったバイの鞭のイメージが、残っていたのだろう。


僕は、自分の手から伸びる炎の鞭を見た。


(ポイント、ゲット。10ポイント)


そう…。この時から、僕の戦いは始まったのだ。




しかし、昼休みは短い。


巨大ミミズを、倒したことの余韻に浸る間もなく…チャイムの音が、僕を眠りから覚ました。


はっと顔を上げると、もう次の授業の先生が、教室に来ていた。慌てて、僕は授業の用意をする。


ふっと僕は思い立ったように、授業中にも関わらず、手を伸ばした。黒板の下にあるゴミ箱に向かって、念じてみた。


(燃えろ)


でも、やっぱり…燃える訳なんて、なかった。


僕は、ガクッと肩を落とした。






「こうちゃん」


放課後。帰宅途中の僕を、女の子が呼び止めた。


栗色の少し癖毛が、かわいい女の子。


沢村明菜。


僕は振り返ったまま、走り寄ってくる明菜に、不覚にも見とれてしまった。


走ってきたから、少し息が荒い明菜は、自然と微笑んだ。


「今日は、部活ないんだ。だから、一緒に帰ろうよ。たまにはね」


明菜と、帰るなんて。昔は、何とも思わなかったけど…今は。


「今日は寒いね」


「あ、うん…」


隣を歩く明菜の横顔を、眺めてしまう。去年より、綺麗になった。心の中で、有名な曲のフレーズが流れた。


幼なじみ。2人の関係を、一言で言えば、そうなる。


単なる幼なじみだ。


「こうちゃん」


だけど、今の思いは。


(幼なじみなんて、羨ましい…というやつもいるけど…近すぎて…)


「こうちゃん!」


今、歩きながら、人の間にある…この隙間を、埋めることなんて。


多分、できない。一生縮まらない。


「こうちゃん!」


明菜はいきなり、僕の顔を両手で掴むと、無理やり自分の方に向けさせた。


「え!?」

(いきなり、距離が)


僕がドキドキしていると、明菜はさらに顔を近づけてきた。


「ま、まずいよ。い、いきなりは!こ、心の準備が…」


パニクる僕に、明菜の期待外れの一言。


「ピアスしてるの?」


「あ…あ…」


目をつぶった僕を無視して、顔から手を離すと、今度は腕を掴み、


「指輪まで!」


明菜は数秒指輪を見つめた後、僕の腕を捨てるように離した。


「一体、どういうことなの!」


「え」


明菜の剣幕が理解できず、驚き…僕は目を見開いた。


明菜は腕を組みながら、僕を睨んでいた。


「あたしが、部活で忙しくしてる間に…いつの間に!」


「な、何のことだよ」


訳が分からない僕に、


「浮気者!」


明菜は、鞄を投げつけた。


「え!」


鞄は、僕の顔面にヒットした。


「浮気者って…僕が、何をしたんだよ」


興奮気味の明菜は、ピアスと指輪を指差し、眉を寄せた。


「だったら…これは何よ!」


こんな恐ろしい…顔をした明菜を、僕は見たことがない。


鬼だ。


「こ、これは…」


僕は指輪を見つめ、口ごもってしまった。


「こ、これは…」


説明しょうがない。戸惑い、口ごもってしまう。


「女に、貰ったんでしょ」


「え!」


戸惑う僕。


(貰ったと言われたら…貰ったんだけど)


さらに、口ごもる僕に、明菜は詰め寄る。


「誰よ!相手は」


「相手は…アル」


明菜の迫力に負けて、僕は思わず、口を滑らせそうになったけど…思い切り、首を横に振って、誤魔化した。


「あるお店で、自分で、買ったんだ」


しばらくの間。


明菜はじっと疑いの目で、僕の目を見つめると、


「だったら…」


また僕の腕を取り、無理やり手を上げさすと、指輪を僕の目の前まで持ってきて、にこっと笑った。


「1日だけ、あたしに貸して」


「え!」


明菜はすうと簡単に、僕の指から指輪を抜き去った。


そして、自分の指にはめた。


「少し…タブタブだけど…」


僕の指は、普通の男の人より細い。


「似合う?」


明菜は、指輪をはめた手を僕に見せた。嬉しそうに、一回転すると、


「1日だけ…貸してね。明日返すから」


いたずらぽい満面の笑みを、僕に向けた。


「う、うん…」


僕は渋々、頷いた。このことが何を引き起こすか、分からずに。


「ありがとう」


この時は、明菜の笑顔に何も言うことができなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ