第65話 それぞれの記憶
美人聡明。
その言葉を、体で表わしていた舞子は、同じ生徒会にいる美奈子とは、正反対の性格だった。
気さくで、男っぽい美奈子に比べて…能面といわれる舞子は、近寄りがたい存在だった。
成績も優秀であり…愛想以外は、完璧な女だったから………………………………………………………………この世界にいるには、完璧ではないと感じていた。
いつの頃か…よく夢を見るようになった。
それは、今いる世界ではなく、まったく違う世界を旅する…異世界の夢だった。
そこにいる自分は、何も背負っていない…身軽で、自由な自分だった。
今いる世界に不満があったのか……ときかれたら、いいえと答えただろう。
だけど、何かの足枷を付けられて、歩いているような感覚はあった。
じゃあ、違う世界に行ったら、自由になれるのか。
自由とは、束縛の中にある。
束縛がない自由に、人は自由を感じるのだろうか。
すべてを自由にできるなら、他人なんていてはいけない。いるはずもない。
もし、他人がすべていうことをきいたとしても…それは、自由だろうか。
真の自由は、孤独だ。
人は孤独の中で、一生を終えることができるのだろうか。
舞子は…自由を求めながらも、孤独を恐れていた。
能面のような表情で、他人を拒みながらも、孤独を恐れる自分は、矛盾だ。
何でもできる…といわれる自分は、実は何もできないんじゃないのか。
この世界のレールには乗っていた。
多分、一流の大学に入り…いい企業に就職し…だけど、婚期は遅れる。
この世界に順応すればするほど…舞子は、この世界から離れていくような気がした。
自由とは何か……。
部屋を出て、廊下に佇んだ舞子は、ブラックカードを握り締めながら、実感していた。
(今…あたしは自由だ)
ブラックカードを追跡モードにし、舞子はクラークの後を追う。
あの人の行く場所は、わかっていた。
赤星浩一のいるところ。
「だけど…この世界に必要なのは、あいつじゃないわ」
舞子は、テレポートする。
(この世界に、必要なのは…あなたよ…クラーク……)
「クッ…止めれなかった…」
西園寺は、後ろの壁に頭を打ち付けた。
(多分…行かしては、いけなかった…)
後悔の念にかられ、連れ戻そうかと思った瞬間、ブラックカードが鳴った。
「どうした?」
ブラックカードは、通信機のような機能もあった。
「魔王の部隊が、こちらに向かっていると!偵察にでていた式神から、連絡がありました」
通信は、本部の指令室からだった。
「わかった…。敵の数は?」
「およそ、二千!魔神クラスはいません」
「わかった…」
西園寺は、目をつぶり…
「俺が出よう。防衛ラインの部隊には、下がらせろ!ここを、魔神もよこさずに、二千くらいで落とすつもりか!舐められたものだ」
西園寺は、ブラックカードを見つめた。
もともと安定者とは、謎の存在であり…表に出ることは、少なかった。
その為、新参者であるはずの西園寺達も、クラークとともにいることで違和感なく、安定者の立場になることができた。
「よく考えろ…」
西園寺は、自分に呟いた。
「これは、好機だろうが…」
ブラックカードを握り締め、
「この世界を手にする…足がかりとして…またとない好機!」
かっと目を見開くと、
「安定者が、俺一人になればな!」
西園寺は、テレポートした。
一瞬にして、本部から離れ、魔物の大群の前に、1人立つ。
「その前に、示さなければならない!力を!」
目の前にいるゴブリンや、ドラゴン…キマイラ達。
「人々を導く者は、俺1人だということを、示さなければならない!」
そう叫んだ西園寺の首筋の傷が、少し光ったことに気付く者は、誰もいなかった。
それは、本人さえも…。
「ここは…どこなのかしら?」
暗くどこまでも暗く…広い空間に、レイラはいた。
自分でもどうやってきたのか…わからないが…レイラは、ここにいた。
確か…先程寝室に入ったはずだが…。
今は、まったく知らない場所にいた。
しかし、レイラは知っていた。
なぜか、あまり動いてはいけないような気がしていた。
ここにあるのは、とても大切なもので、誤って壊してはいけないと…。
用心深くと周りを見回していると、
「先輩…」
後ろから、声がした。
慌てて振り返った。
まったく気配を感じなかった。
振り返った先に、1人の男が立っていた。
無防備で、笑顔の男。
「ジャスティン!?」
そう自分で、言葉にした後、レイラは思った。
(誰?)
「レイラ様!レイラ様!」
ドアの向こうから、何度も名前を呼ぶ声とノックの音に、レイラは目覚めた。
大理石で囲まれた部屋の中央にあるベットに、レイラは横になっていた。
「なんだ?」
レイラがこたえると、静かにドアが開き、蛙男が顔を出した。
「お時間です。王が、お待ちになっておられます」
「わかりました」
ベットから起き上がると、そのまま…レイラは、ドアに向かって歩く。
部屋を出ると、バイラ、ギラ、サラが控えていた。
ちらっと三人を見ると、頷き、レイラは歩き出す。
その後ろを、三人が続く。
先頭は蛙男だ。
王の間……そこにライはいた。
ライは、無表情にレイラに向かって、手を差し出した。
二人の間に会話はない。
ただ無言の中で、ライの気がレイラに注ぎ込まれていく。
心臓がないレイラの体は、ライの魔力によって、動くことができるのだ。
自分がなぜ…このような形で生かされているのかは、わからなかった。
バイラ、ギラ、サラや他の魔物達の自分を見る…救いを求めるような目に、レイラは…今は、このような形でも生きることを決めていた。
(反逆の女神アルテミアと…赤星浩一を倒すまでは…)
それが、どのような意味を持っているのか。
レイラには、理解できるはずもなかった。
「ううう…」
暖かな温もりの中、僕は目覚めた。
「気が付いた?」
目覚めたばかりのぼんやりとした視界の中に、小さな顔が笑顔を、僕に向けていた。
「ティフィン……?」
頭が目覚めてくると、僕は周りを見回した。
一面が土だ。
洞窟という程大きくはない。多分、熊か何かが掘った穴だろう。
もう宿主はいないようだ。
その洞穴に、枯葉や枯草に覆われた僕が、横たわっていた。
「人間って、ホント大変よね…」
ティフィンはため息をつくと、
「自分では、温度調節もできないんだから…」
「そうだ!僕は!」
メロメロのこと…フレアのこと…魔王レイのことを思い出した。
起き上がろうとして、腕を動かそうとしたが、
「クッ!」
あまりの痛さに、起き上がれない。
「まだ駄目よ!」
ティフィンは痛がる僕の手に、自分の両手を当てた。
暖かな光が、痛みを癒していく。
「全身の骨が、粉々になってたのを…何とか復元させたけど、まだ動ける状態じゃないわ」
また枯草のベットに横になると、ティフィンは全身にくまなく、光を当てていく。
「ティフィン…。君が、ここまで俺を運んで…治してくれたのか…」
ティフィンは頷き、
「大変だったのよ。メロメロを埋めて…あんたをここまで、1人で運んで…。たまたま近くに、この穴があったから、よかったけど…」
「メロメロ…」
僕は思い出し、涙が込み上げてきた。
「…仕方がないわよ。魔神に、魔王…と立て続けだったし…。それに…この世界は、あたしやメロメロのような力のない者は、いずれ死ぬ運命なんだから…」
ティフィンは、光を当て続け、
「あたしみたいな…下級妖精は…そう…他人に力を使えるけど、自分を守る力は、ないんだから…」
「俺が強かったら…」
目をつぶり、後悔の念にかられる僕を、ティフィンは軽く手で小突いた。
「ったく、あんたのせいじゃないし…あんたは十分強いわよ……。そうでなかったら、メロメロもあたしも、もっと前に死んでいたわ」
「だけど…」
「それにさ…。メロメロは、殺された訳じゃない。赤星!あんたを守ったんだよ!」
ティフィンはそう言うと、赤星に背を向けて、
「そんないつまでも、グチグチ言ってたら、折角のあいつの勇気が、台無しだよ!」
泣き顔は、決して見せなかったけど…背中の震えが、ティフィンの思いを伝えていた。
「ティフィン…」
僕は、目の前の土の天井を見つめ、
「ありがとう…」
そう言うと、ゆっくりと右手を上げた。
まだ痛むが、何とか動く。
「歩けるようになったら、魔王の城を目指す!」
指を動かし、握り拳を作った。
「うん!」
ティフィンは、大きく頷いた。
「いつになったら、動けるようになる?」
ティフィンは僕の方を向き、腫れぼったい目を隠すことなく、
「明日にも、動けると思う。…………だけど…」
途中で、言葉を詰まらせた。
「だけど?」
「だけど………魔力は使えない。指輪から出てる魔王の呪いが、全身のチャクラや魔力の発動能力を抑えているわ」
「指輪…」
僕は、右手についた指輪を見た。これはもともと、バンパイアに目醒めた僕の魔力を抑える為に、できたものだ。
「魔王の呪いを解くなんて…いくらあたしでも、無理だし」
僕は、指輪をまじまじと見つめ、
「指輪を破壊できたら…いいんだな?」
「え?で、でも…」
ティフィンは、戸惑った。
指輪がなくなった時、真のバンパイアの力は解放される。
しかし、それにより……人間としての意識を保つことができるのか。僕が、僕でいられるかどうか…。
事実、指輪をつける前の僕は暴走し、アルテミアを殺しかけている。
アルテミアも言っていたが…バンパイアになれば、人の血をすすらないと、生きていけない。
人を餌とする…完全に、人と違う者になってしまう。
(しかし…)
僕は、自分の手を見つめ、
(今の僕では…何も守れない..。力がほしい…)
僕はもう一度、拳を握り締め、
(力に負けない!心の強さを!心の力を!)
僕は、ゆっくりと起き上がった。
(心を鍛えないと)
そして、痛みに耐えながら、全身を確認し、
「手足が動けば、何とかなる!」
僕はティフィンに微笑みかけ、指輪のついた右手を突き出した。
「絶対に、フレアを助けなくちゃ」
助けたいという思いが、ほんの少し…僕を強くしてくれる気がした。
次の日。目覚めた時には、僕の体は…痛みもなく動くようになっていた。
寝ずに看病してくれたティフィンは…僕の上で、手をかざしながら、寝ていた。
僕は起き上がると、枯草をティフィンの体にそっとかけてやった。
外に出ようでしたが、全裸だった。
寒い。
この世界に久々に、寒さなど感じた。
ふと枕元を見ると、服が折り畳んで置いてあった。
僕の服ではない。
広げてみると、黒のTシャツと迷彩柄のズボンだった。
「メロメロ…」
それは、メロメロが残した荷物だった。
僕らの生活を支えていたのは、メロメロだった。衣服や食料の調達…すべての面倒を見てくれていた。
服は、ティフィンが置いてくれたのだろう。
洞穴の奥に、メロメロの革の鞄があり…僕は中を覗いた。
水の入ったボトルや、薬草…干し肉などの保存食が入っていた。
「メロメロ…」
僕は、また涙が溢れてきた。
ティフィンによく、足手まといと言われていたメロメロだけど…やはり、彼がみんなを支えていたのだ。
だけど、ずっと泣いてる場合ではない。
服を引っ掴むと、僕は着た。
メロメロのだから、少し小さいだろうと思っていたけど…ぴったりだった。
まるで、僕に用意してくれていたみたいに。
いや、多分そうだろう。
服で身を包み、洞穴から出た僕は、先日の戦いでまだ熱が覚めない炎の香りと早朝の日差しに、目を細めた。
朝焼けに、照らされた翼竜達の群れ。
マグマの湖の向こうに広がる大地には、無数の魔物が蠢いていた。
(ああ…そうか…ここは、異世界なんだ…)
感慨深く、僕は目に見える光景に、胸を締め付けられた。
(それなのに…)
魔力を封印され…カードも使えない。
今の僕は、無力だ。
洞穴は、草原の高台の岩場に隠れるようにあった。
僕は岩場を抜け、昨日の戦いのあとを見に行こうとした。
その時、奇妙な笑い声が空から振ってきた。
「キキキキ…」
猿の鳴き声に似ているが、違う。人の声に近い。意思を感じる。
見上げた僕は、息を飲んだ。
数十羽の巨大な鳥がいた。
いや、鳥というより、猿に鷹の体をくっ付けたような魔物。
砂漠の地であった…人面鳥の亜流だろう。
「餌だ!餌!」
猿鷹の意思が、僕の頭に流れ込んできた。
そして、一瞬のうちに、落下してきた。
「チッ」
舌打ちすると、僕はファイアクロウを出し、落下する猿鷹を切り裂いた…………………はずだった。
鮮血が飛び散った。
「キキキキ…浅かったか」
僕の腕が、切れていた。
「な」
絶句した僕は、自分の手を見た。
ファイアクロウは、装備されていない。
拳から肘にかけて、傷が走っていた。
「キキキキ…」
次々に、猿鷹は落下してくる。
「赤星!」
洞穴から飛び出してきたティフィンの声に、我に返った僕は、地面を転がるように、猿鷹の攻撃を避けた。
ティフィンの声がなかったら、僕はやられていた。
(そうだ…)
この世界では、一瞬の気の緩みで、命を落とすことになる。
こんな雑魚という油断があった。
だけど、今の僕は…ただの人間なのだ。
猿鷹の鋭い爪が、次々に地面に突き刺さる。
避けるだけで、僕は何もできない。
「このままじゃ…やられる」
敵の攻撃は、予測できた。
数十匹の猿鷹の攻撃を擦り傷だけで、紙一重でかわしていた。
自分でも驚いたが、どうやら今までの経験が、僕に戦いの勘ともいうべきものを養っていた。
「ちょこまかと!」
苛立つ猿鷹達の隙が、見える。
だけど、攻撃する術がない。
「赤星!」
心配して、ティフィンが僕に向かって飛んでくる。
「ティフィン!危ない!下がってろ!」
「キキキキ!!」
猿鷹の一匹が、ティフィンに向かって降下してくる。
「ティフィン!」
攻撃を避けながら、手を伸ばそうとするが、間に合わない。
(昨日誓ったそばから……僕はまた…仲間を守れないのか!僕は!)
「うわあああ!」
絶叫し、避けるのを止めた僕は、落下してくる猿鷹にぶつかりながら、走ろうとする。
しかし、それを見た猿鷹達は一斉に、爪を突き立て、僕に向かってくる。
そんなことは、どうでもいい。
「ティフィン!」
ティフィンに、猿鷹の爪が突き刺さる刹那、猿鷹の体が真っ二つに切断された。
そして、手を伸ばした僕の腕に、ずしりとした重みのあるものが飛び込んできた。
それだけで、僕にはわかった。
一回転して、風を起こす。
疾風が、僕を囲む猿鷹達に吹き抜けた。
「キキキキ………グギャ!」
風が雷鳴を轟かす。
「そうだ!僕は戦える!人は、武器を持てる!」
引き裂いた猿鷹達は、切口から雷鳴を轟かせ、消滅していく。
僕は、ライトニングソードを天に向けて、突き上げた。
人は、自らの弱さを補う為に、武器を考案し続けた。
「赤星!」
勝利の余韻を浸っている僕に、ティフィンが叫んだ。
「え?」
呼ばれたので、ティフィンの方を見ようとした僕は、なぜか違和感を感じ、その場から後方にジャンプした。
すぐに、僕がいた場所を、光線が何かが、切り裂いた。
地面の抉れ具合から見て、大した威力ではないが…なぜか、のびていた僕の前髪の先が、切れた。
「何だ?今のは」
タイミングと距離からみて、切られるはずはない。
(離れていた…切ったのは地面?)
頭を捻りながら、地面に着地する瞬間、右から微かな風の流れを、肌で感じた。
僕はライトニングソードを、風を感じた方向に、差し出した。
剣と剣とが、ぶつかる甲高い音がした。
「さすがだな…。どちらも、不意をついたはずなんだが…」
「誰だ?」
力任せに、剣を押し返そうとするのだけど、今の僕より、相手は力が凄い。
押し返すのをやめると、今度は持つ手を変え、突き刺そうとした。
「!?」
だけど、僕は剣を止めた。
僕に切り掛かってきたのは、人間の男だったからだ。
「フッ」
男は軽く笑うと、指を手刀のような形にし、下から上に切り上げた。
その瞬間、地面に光を走り、僕の腰から肩にかけて、傷が走った。
「バンパイアは…影がないはずだが?それに…」
男は、まじまじと僕を見て、
「魔力を、まったく感じない…」
痛みから、思わず肩膝をついた僕に慌てて、ティフィンが飛んできて、手当をする。
暖かい光が、傷をふさいでいく。
傷は、内臓までも達していないが、結構深い。
「影…?あんた何者だ!」
僕は、ライトニングソードの切っ先を男に向けながら、考えていた。
(影…………そうか!影を切ったのか!)
そうと解れば、接近戦は不利だ。
(あの手刀が、届く範囲が、切れる間と見た)
僕は治療を受けながら、じりじりと後退した。
男は目を細め、
「妖精とともにいるのか…。なるほど…」
フッと笑うと、
「噂は、本当だったみたいだな。炎の盗賊団……魔物と一緒にいると」
男は持っていた剣を、一振りした。
(日本刀?)
僕は、男が持つ独特な美しさを醸し出す刀が、日本刀に見えた。
少し刀身は、細いが。
「が!しかし!」
男は擦り足から、一瞬にして間合いを詰める。
「ティフィン!離れて!」
僕はライトニングソードで、応戦する。
剣と刀がぶつかり合い…力任せに、僕は押し戻される。
「この弱さは、何だ?」
男は、刀を持つ右手を固定し、左手で手刀を作る。
「そう何度も!」
ライトニングソードが分離し、僕は体を、男と垂直にした。
いきなり支えがなくなり、男の体勢が崩れた。
刀を避ける僕と、男の横顔が重なり、回転する2つの物体が、男の足と腹を強打した。
「チェンジ・ザ・ハートか!」
痛みで、顔をしかめた男の動きが止まった一瞬。
僕は、男の後ろに回った。
攻撃した2つの物体は再び一つになり、僕はそれを掴んだ。
銃口を、後ろから男の首筋に突き付けた。
バスターモード。
ライフルを構える僕は、男にきいた。
「あんたは、何者だ?」
しかし、僕の問いに、男はこたえない。
「ククク…アハハハハハハ!」
いきなり、笑いだした。
「こたえろ!」
僕は、銃口を押しつけた。
「なかなか見事だったよ!しかし!」
男は、ゆっくりと体を回転させた。
驚く僕の目の前に、男の笑い顔があった。銃口は、男の顔に向けられている。
「なぜ…すぐに、撃たない?」
僕は、唖然として動けない。
「期待はずれだな」
そう言うと、男の刀が僕の脇腹に突き刺さった。
「赤星!」
ティフィンが絶叫する。
「人だから…止めは、ささないのか?とんだ甘ちゃんだな」
「なっ」
僕の手から、ライフルが落ちた。
「どうやら…魔力も失ったようだな。そして、この甘さ」
男は、刀を抜いた。
「お前は、人類を守ることもできない…。まして、滅ぼすこともな」
僕は、その場で崩れ落ちた。
「失望したよ。せめて、この刀で殺してやろう!」
男の持つ刀が、ぼんやりと輝いていた。
「泣いているのか…」
男は、僕ではなく刀に話しかけていた。
「フッ…愛する男を殺すのだからな」
男は笑い、悲しげに光る刀を振り上げた。
「愛する男……?」
言葉の意味がわからず、困惑する僕の頭上に、刀は振り下ろされる。
「チッ」
男は、舌打ちした。
「チェンジ・ザ・ハート!どこまで邪魔する気だ!先輩!」
刀は、割って入って来たチェンジ・ザ・ハートによって、弾かれた。
チェンジ・ザ・ハートは、ライトニングソードに変わると、僕の目の前の地面に突き刺さった。
「くそ!」
ライトニングソードを地面から引っこ抜くと、僕は立ち上がりながら、剣を下から上へ凪ぎ払った。
それを男は、刀で受けとめる。
「うおおおっ!」
腕だけでなく、起き上がる力もプラスし、ライトニングソードを押し上げる。
男の持つ刀が、震える。
「次元刀が…斬れないだと!さすがは、ライトニングソード!」
男も両手をそえ、力を加える。
「うおおおっ!」
再び押し返そうとした時、男は笑った。
「赤星浩一!私が持つ…この次元刀を、折りたければ、折ればいい!だけどな!」
交差する剣の向こうで、男は、顔を近付けてくる。
にやりと笑い、
「この剣を折れば…死ぬことになるぞ!」
「何の話だ!」
僕は、剣を押す。男の次元刀が、少し削れていく。
(痛い!)
その瞬間、誰かの意識が、僕の頭に響いた。
「馬鹿な…」
僕は、その声を知っていた。
愕然とした僕の腹を、男は蹴った。
先ほどの傷に当たり、僕は苦痛とともに離れた。
「ハハハハハハ!信じられないという顔だな!そうだ!この剣は、沢村明菜!お前の探していた女だ!」
男の言葉に、目を見開き、僕は叫んだ。
「あり得ない!明菜が、刀になるなんて…」
「お前がいた世界と比べるな!ここは、魔力の世界だ」
男は、ブラックカードを取出し、僕に示した。
「そ、そのカードは…ま、まさか!」
男は、カードを空中に浮かべると、慇懃無礼と頭を下げ、
「私は、安定者の1人…。クラーク・マインド・パーカー」
「クラーク…」
僕はその名前に、聞き覚えがあった。
ロバートの師匠。そして、安定者。
「雷よ!破壊せよ」
空中に浮かんだブラックカードに手を添えると、そこから雷撃が、僕に放たれた。
「魔法!」
ライトニングソードで、雷撃を吸収し、
「この世界では、カードは使えないはずだ」
横凪ぎに振るうと、雷撃はクラークに戻っていく。
しかし、それを、クラークは結界で防いだ。
「お前も分かってるはずだ…。魔力を持つ者なら、この世界でも、魔法が使える」
一瞬にして背後に回られると、僕は回転し、剣を振るうが、次元刀で受けとめられた。
「私も、お前と同じさ」
「く!」
ライトニングソードに力を込めると、クラークは口元を緩め、
「いいのか?明菜を、これ以上傷つけて!」
次元刀に力を込める。
「明菜に、何をした!」
ライトニングソードを離し、トンファータイプに変えると、クラークに襲い掛かる。
「鍛金術の一つさ!人を金属に変える。この女は、次元を越える力を持っていた。だから、次元を斬れる剣に、変えたのさ!」
「人を、何だと思っている!」
トンファーから槍へ、チェンジ・ザ・ハートを変える。
クラークは、その攻撃も避け、
「愛しいよ」
ジャンプすると、僕を飛び越え、後方に着地した。
「あまりにも弱く…あまりにも脆い…だから、強くなろうともがく」
クラークは、空中に浮かぶブラックカードを引き寄せ、握りしめると、
「だけど…強くなれば…もう人ではないのにな…」
次元刀を、地面に突き刺し、
「こいつをもとに戻すには、俺の心臓の血を、注がなければならない」
「何!?」
「お前にできるか?私を殺すことが!」
クラークは、次元刀の横をすり抜け、一歩前に出た。
「お前が、人類を導く者なら…」
クラークは、着ていた上着を脱いだ。
そこに現れたのは、無数の鱗のようなものに、覆われた皮膚。
絶句する僕に向かって、クラークは呟くように言った。
「モード・チェンジ」