第64話 行く末
「これで、よかったのですか?」
マグマの湖を化した森の上に、浮かぶ二人の魔神。
「……」
サラの言葉に、バイラはこたえない。
ほんの数秒…バイラの横顔を見つめたサラは、視線を外すと、森の向こうで泣き叫ぶ赤星を見つめた。
「単なる人の身と化した彼に、この先…生き延びることが、できると思いませんが…」
サラは、赤星に背を向け、その場から離れようとした。
「そうとは…限らない…」
バイラは口を開いた。
「彼には…不思議な力がある…」
バイラは目を細め、赤星を凝視した。
「だとするなら…尚更、殺した方がよいのでは、ありませんか?バンパイアキラーとして、目醒める前に」
サラは振り返り、もう一度赤星を見た。
「それは、王は望んでいない。今はまだ…な」
バイラは目をつぶると、ゆっくりと赤星に背を向けた。
「いずれ…再び、会おう。赤星浩一」
バイラと、サラは蝙の羽を広げ、飛び去っていった。
「ここまでか…」
流氷が流れる海流の上に、フライングバイクを浮かべたクラークは、結界に覆われた大陸を見つめていた。
ロストアイランド。
魔王や人に追われた者達が、逃げ込む場所である前に、先代の魔王レイを幽閉する為に、存在する場所。
入ることはできるが…出ることはできない。
ここ数十年、人が入った記録は残っていない。
魔法で、瞬間移動はできないが、結界は要因に入れるはずだった。
カードは使えない為、入口近くで用意しょうと思っていたが、やめた。
確か、人から迫害を受け、逃げ込んだエルフの血を色濃く残す民族がいるはずだ。
(つまり…食料は確保できるだろう)
クラークは、もしもの為に次元刀だけを召喚すると、腰のベルトにつけた。
「こいつだけが、必要だ」
ゆっくりとハンドルを握ると、クラークを乗せたフライングバイクは、海流に逆らいながら、ロストアイランドを目指した。
防衛軍総本部内にある安定者専用の部屋で、横たわっていた舞子は、ゆっくりと目を開いた。
「ここは…」
あまり眩しくない照明の光が、目に飛び込んできた。
「気が付いた?」
すぐそばから、声がした。
ゆっくりと体を起こすと、自分がベットの上にいることに、気付いた。
「あ、あたしは…」
記憶を手繰ると、魔神と戦っていたことしか…思い出さない。
「砂漠にいた…はず」
「俺が、ここまで運んだんだ」
声がした方を見ると、十畳程の部屋のドアの横にもたれた西園寺がいた。
「あ…」
舞子は、思わず声を出した。
そこに立つ西園寺は、今まで知っていた一個下の後輩ではなく、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出す男の雰囲気があった。
本能的に、クラークに近いと感じたが……それは、舞子の甘さだった。
本当は、まだまだ危うい…少し成長仕立ての男の雰囲気だった。
そんな違いを、舞子がわかるはずもなく………ただ愛する男と同じ匂いを感じただけで、舞子は少し心を和ませていた。
「どうした?」
西園寺のほんの一言に、少し緊張してしまう。
「何でもないわ」
舞子は心を落ち着かそうと、少し口調を荒げ、部屋を見回した。
自分の部屋だった。
「すまない…本当は無断で、入るつもりはなかったんだが…」
「フゥ…」
軽く深呼吸をすると、舞子はいつもの表情に戻り、きりっと西園寺の方を見た。
肝心のあの人がいない。
「クラークさんは?」
本当ならば、目覚めた時にそばにいるのは、クラークのはずだ。
西園寺は、言葉に詰まり…
「ああ…クラークさんは…」
言葉を選ぶように、ゆっくりと話しだした。
「出かけたよ」
「どこに?」
すぐに聞き返す舞子の視線が、痛い。
西園寺も…舞子を見つめ、言うべきか言わないべきか悩んでいた。真実を。
「わかったわ」
舞子はベットから起き上がり、出ようとした。
「待て」
「きゃ!」
舞子がベットから、床に足をついた瞬間に倒れるのと、西園寺が手を伸ばすのは、同時だった。
舞子の華奢な体の軽さに、驚く西園寺は、改めて…………彼女が戦いには、向いていないように感じていた。
「ありがとう…。離してくれる?」
あまりの軽さに驚いてしまった西園寺の腕の中から、舞子は抜け出たが、立っていられない。
フラフラとよろめくと、ベットの端に手をかけた。
まだギラに受けたダメージが、取れていなかった。
「回復魔法で、傷は癒えたが…疲れはとれてはいない。相手は、魔神だったしな」
「これくらい…ブラックカードの回復力を最大にしたら、よくなるわ」
ブラックカードを探す舞子に、西園寺はブラックカードを二枚見せた。
「先輩のは、預かってる」
舞子は驚き、手を差し出した。
「それは、あたしのカードよ。返して」
西園寺は、首を横に振り、
「戦場で、生き延びる為ならいいが……魔力を使い、傷だけでなく、一瞬にして、疲れを取ることは、あまりよくはない。疲れは、自然に休んでとった方が、人間の体にはいいと…」
西園寺は言葉を切り、舞子を見つめ、
「クラークさんも言っていただろ」
諭すように言った。
「あたしは!」
少し声を荒げてしまった自分に苛立ちながらも、舞子は落ち着こうと、額に手を当てた。
「あたしが…ここに来たのは、クラークの為。今、彼のもとに行かないと、あたしがここに来た意味がなくなる」
少し息を吐くと、もう一度手を差し出した。
「カードを返して。あたしは、行かなくちゃならない」
じっと西園寺の目を凝視し、舞子は強い意志を示した。
言葉がでない西園寺に、舞子はきいた。
「あなたは、どうして…この世界に来たの?」
「それは…」
こたえられたが、個人的なことだった。
自分の目的をぺらぺら、話す趣味はない。
それが、わかったのか…舞子は、歩き出すと、西園寺の手にある自らのカードに、手をかけた。
「あたしの目的は、それなの。何があっても、彼を守る…」
西園寺に微笑みかけると、舞子はカードを取り返し、彼の横にあるドアノブに、手をかけた。
西園寺は、初めて見た舞子の微笑みに、心を奪われていた。
元の世界にいた時は…美人だが…能面と言われる程、無表情だった舞子が、こんな笑顔を浮かべるなんて…。
「だけど…。先輩と、クラークさんは、この世界で初めて会ったはず…」
「違うわ…」
舞子はゆっくりと、ドアを開け、
「昔から、知っていたの」
そう言うと、静かに部屋を出ていった。