第61話 面影と忘れ物
カッカッカッ…。
小気味よく、先が見えない程の長さの石廊を、レイラは歩いていた。
彼女が歩く度に響くリズムは、少しの苛立ちを表していた。
なぜ苛ついてるのかは、自分でも分からなかった。
左右の壁は窓もなく、まったく同じ風景が続き、どこまでを歩いているのか…認識しにくいが、前だけ見てるレイラには、関係なかった。
それに、なぜかこの廊下を知ってるような気がしていた。
何度も歩いていたような。
しかし、そんなことは気にしていなかった。
自分は今…生きていない。
それだけは、確信していた。
だけど、何か目的があって、今は生きているみたいだ。
それは、この世界に住む…悲しき魔物を救う為。
初めて、透明の筒の中で目覚めた時、跪く魔物達が見えた。
それは、恐れや尊敬ではなく…救いを求めて…。
「我ら闇の者は、光を求めていない訳では、ございません」
跪く魔物の1人…カイオウは言った。
「ただ…光に手が届かないだけでございます」
城の外に広がる…一面の向日葵は、魔界といわれる闇の領域とかけ離れていた。
「この星に生まれし者が、この世界を美しいと思うことは、当然」
向日葵の中で佇むレイラに、バイラは言った。
「我らに光を!」
「与え下さいませ!光の女神よ」
涙を流し、ただ跪く魔物達に、レイラは誓った。
「わかりました…」
どこまでも続く向日葵を眺めていると、なぜか…レイラは切なくなった。
「この地は…美しいのに…悲しい…」
風が、吹いた。
レイラの長いブロンドの髪が、激しく靡く。
風の向こうに、飛んでいく白い帽子が映った。
それを…追い掛ける…少女が………………………。
レイラは、真っ直ぐ続く石廊をいきなり、右に曲がった。
すると、レイラは階段の上にいた。
唐突に足下の感覚が変わったが、戸惑うことなく、レイラは上がっていく。
ふっと数段上がった所で、レイラは顔を上げた。
「ティアナ…」
呟くような小さな声を発し、階段の上に…魔王ライはいた。
ライはただ、階段の上からレイラを見下ろすだけで、降りては来ない。
レイラは視線を外すように、頭を下げると、再び階段を上りだした。
階段を上り切り、無言で通り過ぎようとしたレイラに、ライは顔を向けずにきいた。
「アルテミアを、逃がしたらしいな…」
ライの言葉に、レイラは足を止めた。
「なぜ…止めをささなかった?」
レイラは、何も答えない。
「…アルテミアは見つけ次第、殺せと命じたはずだが…」
「お言葉ですが…王よ」
ライの前に、バイラとサラ、ギラが跪く。
「レイラ様は、逃がした訳では…」
「貴様らには、きいておらぬ」
静かな口調ではあるが、その迫力に、バイラ達の全身が震えだす。恐怖に包まれたが、三人はライの前から動かない。
「貴様ら…」
「今日は、挨拶代わりです。噂のバンパイアキラーが、どれほどのものかと…」
レイラは振り返り、ライの方に体を向けた。
きりっとした瞳が、ライの背中を射ぬく。
「今度は、倒してご覧に見せます」
そう言うと、深々と数秒頭を下げると………背中を向け、歩き出す。
「待て!」
ライの怒声に、レイラは足を止め、
「わたしは…」
レイラは一度言葉を切り、唇を噛み締めると、
「ティアナではございません」
絞り出すように言葉を出し、振り返ることなく、再び歩き出した。
もう止まることもなく…。
その後ろ姿を見送るライに、バイラは決して、口には出さない疑問を投げ掛けていた。
(王よ…。なぜ、ティアナの様の記憶をお与えにならなかった?)
(それは、アルテミア様と戦わせる為なのか…。実の親子を戦わせる…)
バイラは、少しだけ…顔を上げた。
(あなたは…本当は、お二人を…)
「余計な詮索はするな」
頭上から響くライの声に、バイラは再び…頭を深く下げた。
「消えろ」
ライの一言に、バイラ達ははっと返事すると、その場から消えた。
「我は王…」
ライはそう呟くと、暗い階段の闇の中に同化していった。
激しい音を立てて、白一色の廊下を歩く男女の姿に、すれ違う者達は慌てて、足を止め敬礼した。
男女は無言で、人々の敬礼の中を通り過ぎていく。
廊下の突き当たりにいる扉が開くと、そこは…巨大な地球の立体映像が浮かぶ司令室だった。
男女が入ってくると、その地球を囲むように並ぶ円状のテーブルに座る隊員達が、一斉に立ち上がり、敬礼する。
男女とは、クラークと舞子だった。
クラークは頷くと、座るように促した。
「状況はどうなっている」
クラークの言葉に、一番近くにいた隊員が話しだす。
「現時点で、我々防衛軍に対する攻撃はございません。各地での魔物との戦いも、いつもの平均値を上回っては、おりません。ただ…」
少し口を詰まらせた隊員に、クラークは顔を向けた。
「ただ…何だ?」
「はっ!」
隊員は姿勢を正し、敬礼すると、
「魔神クラスが数体!我らのテリトリー外の大陸に、上陸したと思われる反応が、ございました。ただ…何分にも結界が深く…正確な反応を、得ることはできませんが…」
最後は、少し口籠もる隊員の言葉に、クラークは考え込んだ。
先日、衛生軌道上の本部を破壊されてから、魔神クラスの動きが見られなかった。
「その地点は?」
「ロストアイライド付近です!」
「ロストアイライド…」
そこは、この世界に馴染めない者や、魔王に追放された者達が住む大陸だった。
まだ、妖精や聖霊が存在しており…カードシステムを使わなくても、人が魔力を使うことができた。
後に、魔王ライを倒した後…ロストアイライドを解放し、再び妖精や聖霊の力を借りる。その計画は、防衛軍の極秘事項に入っていた。
ライが死ねば、この世界を覆う妖精や聖霊を殺す気体も、消えるはずである。
しかし、ライを殺す術と、ロストアイライドに幽閉されている者の存在の為、防衛軍はその大陸に手を出すことはしなかった。
(ロストアイライドに、魔神?)
クラークは首を捻った。
(レイを殺す為とは、思えぬ…。魔神を送り込む理由は…)
それは、2つしかなかった。
(アルテミアか……赤星浩一だけだ)
クラークは、にやりと笑った。
(アルテミアは、先日…南アメリカで確認されている…。赤星の行方だけが、わからない)
赤星の消息だけが、つかめていなかった。
(ロストアイライドにいるなら、納得できる)
クラークは頷きながら、司令室の中央にある地球に、手をかざした。
南極近くにある黒い大陸が、映る。
その大陸を見つめながら、クラークの頭に疑問が浮かんだ。
「だとしたら…なぜそこにいる?」
ロストアイライドの結界に覆われた黒い影を見つめ、険しい表情になったクラークを、心配気に見ていた舞子が、一歩前に出ると、地球との間に割って入った。
凛とした瞳で、ただクラークを見つめた。
「舞子…」
クラークは、何も言わない舞子の…だけど、妙に強い意思を感じ、差し出していた手を下ろした。
そして、舞子に背中を向けると、
「話がある…」
周りに聞こえないような小さな声で呟くと、クラークは司令室から消えた。
テレポートしたのだ。
クラークのいた所を、数秒凝視した後、舞子もまた、テレポートした。
行き先は、分かっていた。
舞子がテレポートした所は、何もない…ただ砂だけが存在する場所。
目印も、思い出も残すことのできない場所。
ただ…ブラックカードを持つ者だけが、来れる場所。
かつては、砂嵐の中で、悠然とそびえ立つ塔があったらしい。
今は、その面影はない。
砂嵐の中、風や砂に靡くこともなく、クラークは立っていた。
砂が、激しく当たっているはずなのに…クラークは揺らがず立っていた。
舞子はすぐに、自分の周囲に結界を張った。でないと、立っていられない。
「中に入ろうか」
うるさい砂嵐の中、クラークの声はなぜか、耳に入ってきた。
塔は、遥か地下へと沈んでいた。
「はい」
舞子は頷いた。
ブラックカードをかざし、二人はもう一度テレポートしょうとした時…唐突に、砂嵐が止んだ。
「な!」
二人のブラックカードが、警告音を鳴らした。
「バカな」
クラークは、振り返った。
舞子の向こうで、陽炎が揺らぎ、三人の魔神が現れた。
クラークと舞子…魔神達の周りを風の壁が覆い、砂嵐を防いでいた。
「この魔力は!」
クラークは、ブラックカードを握りしめた。
「舞子!」
舞子は、クラークの表情と、後ろからのプレッシャーを感じ取り、尋常じゃない事態を察した。振り返らずに、クラークのもとへ走りだした。
「やれやれ…こんな所にあるなんて…。気付かないはずよね」
三人の中央にいた女が、呆れたように言った。
その手には、ブラックカードがあった。ブラックカードをヒラヒラと煽りながら、クラークをじっと睨んでいた。
クラークはフッと笑うと、もう平然とした態度に変わった。
「お前の裏切りもまた…予想内のこと。魔王は、お前の考えなどお見通しよ」
女の言葉に、クラークはやっと口を開いた。
「騎士団長が、二人も…ご苦労なことだ」
「騎士団長…」
クラークの隣に立つ舞子は、前方に立つ三人を見た。
中央に立つ…腰まである髪に、切れ長の目に、薄手の赤のワンピースを着た…普通の人間の女に見える…騎士団長リンネ。
その右側に立つ…二メートルはある屈強な肉体に、額から伸びた一本の角に、黒いマントを羽織った…騎士団長ギラ。
そして、リンネの左隣には…短髪に、紫ぽい表膚に覆われ、六本の尻尾をくねらせている…女。
「神流…」
舞子は、騎士団長と並ぶ佐々木神流を睨んだ。
「お久しぶり、舞子」
神流は愛想笑いを浮かべながら、舞子に向けて手を振った。
「あらあ…。顔見知りだったわね」
わざとらしくリンネが、笑いながら言った。
クラークは、無表情のままだ。
そんなクラークの様子に気付き、舞子も心を落ち着かせた。もう神流を睨むこともない。
神流は、そんな舞子を見て、鼻で笑った。
「ほんと…あんたは、人形ね。自分の意思がないの?」
神流は肩をすくめ…そして、頭をかいた。
「あんたらは、面白くないわ!それに、この世界でいちばーん権力があるって、きいてのに…何よ!このショボい力!」
神流は、クラークを睨み付け、
「あたしはただ、圧倒的な力で、みんなを殺したいだけ!こっちの方が…」
その後、隣に立つ騎士団長達に視線を移し、にやりと笑った。
「殺せる」
そして、口元を緩めたまま、神流はブラックカードを取り出すと…それを、額に付けた。
「この力も!あんたは、教えなかった!あああ!」
クラークに視線を戻すと、睨みながら、神流は怒りを含んだ歓喜の嗚咽を上げた。
額に張りついたブラックカードの表面が、脈打ち…そこから血管のようなものが、全身に走った。
その神流の変化に、思わず口を覆う舞子。
「アシュラ・モード」
クラークは、呟いた。
魔力を永遠に使える…それが、ブラックカードの特典である。
魔力を永遠に使える……それは、どういう意味か。
それを突き詰めると…人は…人と言えるのか。
魔力を永遠に使える存在。
それは、魔である。
人は、魔になれる。
昔から言われている…人は、怨念や負の感情から、鬼になる。鬼とは…。
「気持ちいい」
豹のようなしなやかな肢体に、鋭い爪。全身を覆う硬い甲羅のような皮膚。
六本の尻尾は、激しくのた打ち回る。
快感が、神流の全身を覆った。
「これもまた…人…」
クラークは呟いた。
人が死んだ後に、墜ちると言われる…修羅道。
死ぬまで、死んでも戦い続ける…阿修羅。
「こんな気持ちいい力!あんたは、隠していた!」
神流の叫びに、クラークは視線を落とし、自分の手を見た。
「修羅道に墜ちた者は…もう戻れない」
「もういいかしら?」
リンネは、ため息をつくと、
「そろそろ…。あんたらの大切な格納庫を、破壊させて貰うわ!」
リンネの全身が、赤く輝いた。
ギラが指をパチンと弾くと、砂嵐を防いでいた風の壁が消えた。
いきなりの砂嵐の復活にも、クラークは体勢を崩さずに、次元刀を召喚させた。
舞子は、少し体勢を崩した。
そこに、神流が襲い掛かる。
「舞子!」
神流の鋭い爪が、舞子の喉を掻き切ろうとする。
舞子は、砂に目をやられながらも、ブラックカードを取り出した。
すると、飛び掛かっていた神流が、目の前から消え…もとの場所に戻った。
「き、貴様!」
もといた所に、降り立った神流は歯ぎしりした。
舞子の能力…相手の時をとったり、足したりすることができる。
対峙する特定の人物にしか、効果を発揮できないが…時繰りといわれる力だった。
今、神流が飛び掛かる時間をとったのだ。
「神流…」
舞子は神流を見つめると、彼女に向けて、手を差し出した。
「神流!遊んでないと、さっさといきな!」
リンネは神流に向かって、叫んだ。
「チッ」
神流は舌打ちすると、舞子から放たれた光の矢を避け、テレポートした。
「あたし達…魔神は格納庫に入れないけど…安定者なら、入れるんでしょ」
リンネは、クラークにウィンクした。
クラークは、舞子に叫んだ。
「追え!」
「無理よ」
リンネは、微笑んだ。
舞子の前に、ギラが立ちふさがった。
「さあ…どうするかしら?あたし達相手に、二人では、分が悪いのでは?」
じりじりと近づいてくるリンネに、クラークは次元刀を構えながら、自分のことよりも舞子の身を案じた。
「余裕じゃない?」
ちらちらと舞子を気にするクラークの態度が、リンネのブライドを傷つけた。
「余裕があるじゃない。ーー舐めるな!」
リンネの両目が輝き、クラークを照らした。
「石化か!」
リンネの目の光を浴びたものは、石を化す。
しかし。
「何!」
光ったと思ったクラークの体が煌めき、その光は…リンネに戻ってきた。
「貴様!」
リンネの表面が、石と化す。
クラークの周りを、鏡のバリアが張られていた。
「お前の技が放たれると同時に、トラップが発動されるようにしていた」
クラークは、石化したリンネを睨みながら、
「お前達…騎士団長は、有名過ぎる。ある程度の対策をこうじておくのは、当たり前だろうが」
間を開けず、次元刀で、リンネを切り裂こうとしたが、
リンネの体にヒビが入り、中から怒り狂った赤いリンネが現れた。
「貴様!」
クラークは、軽率に飛び掛かるのをやめた。
相手は、騎士団長。魔神の中でも、最高の地位にいる。
間を開け、一定の距離を置くクラークを見て、リンネもまた怒りを鎮めた。
「さすがね。この前のガキ達とは違う」
リンネはそう言うと、舌なめずりをした。嬉しそうに。
その舌は、炎でできていた。
「クッ!」
ギラと対峙する舞子の髪が、いきなり逆立った。
ギラの体から出る微量な電気が、舞子の全身を軽く痺らせていた。
ギラはまだ、何もしていない。ただ身長165センチの舞子を見下ろしていた。
「お嬢さん」
ギラは、右人差し指をすうっと上げ…舞子の額辺りの高さで止めた。
「あんたに、怨みはないが……これが、我々とお前達人間との宿命と思い、観念しろ」
ギラの指先が、光った。
光の槍が、真っ直ぐに伸びてくる。
舞子はかっと両目を見開き、光の先を見つめた。
そして、
「時しぐれ」
舞子は叫んだ。
光の槍が消え、ギラの全身に時の雨が降り注いだ。
「な」
絶句するギラの体に、時が加算される。一瞬にして、百年の時が…。
しかし、ギラには、まったく変化が見られない。
逆に、舞子が絶句した。
「成る程…」
ギラは、突き出した腕を曲げ、
「一瞬にして、相手を老化させる技か…しかし!」
ギラは、舞子に一歩近づいた。
舞子は、後ろに下がる。
「これくらいでは我には、痛くも痒くもないわ!我を老いさしたいなら、万年はいるぞ!」
ギラの威圧感に、舞子は震え上がった。
時間をかければ、何年でも加算できる。しかし、一瞬にできるのは、百年が限度だった。
それに…。
「くそ!召喚!」
ミサイルアーマーを召喚した舞子は、全身に装備すると同時に、全弾をギラにたたき込んだ。
「やはりな」
ギラは避けることなく、ミサイルをその身で受けとめた。
凄まじい爆音と、煙が砂嵐をかき消した。
「これが、限界か!」
爆煙を切り裂いたギラの額の角から、雷鳴が天に向かって放たれると、空を覆っていた分厚い雲が、拡散した。
砂嵐は止み、晴天が辺りを照らした。
その眩しさに、目を細めた舞子の首筋に、野太い指が差し込まれ、絞めながら、持ち上げられた。
「時を操るという特殊能力!対価なしでは使えまい!」
「ウググ…」
首を絞められ、舞子は言葉が出ない。
「その能力を使った後は、しばらくは魔力が使えない!ミサイルなどに頼ったのが、その証拠!」
ギラは指先から、電流を流した。
舞子の全身が、おかしな形で跳ね上がり…やがて、意識を失った。
「さらばだ…名も知らぬ女よ」
ギラがさらに、電流を流そうとした…その時、空中から、飛来するものがいた。
「守口!」
叫びながら、舞子を掴むギラの腕の関節部分に落下した炎の塊に、思わずギラは舞子を離した。
舞子は、地面に足から落下し…倒れる瞬間、炎の結界を解いた男が、舞子を受けとめた。
「遅かったな」
リンネと対峙するクラークが、男の方を見ずに話し掛けた。
「すいません」
舞子を抱きとめたのは、西園寺俊弘だった。
「大丈夫か?」
ギラを見据えながら、西園寺は舞子に話し掛けた。
「あ、ありがと…」
何とか意識を保っている舞子に、西園寺は自らのブラックカードを取り出すと、回復系の魔法をかけた。
見た目は、元気になったが、対価は対価。まだ魔力は、使えない。
舞子を静かに、地面に横たえた西園寺は、ギラから目だけは離さず…ゆっくりと体勢を整えた。
「ガキが、1人増えたくらいで、どうなるものでも、あるまいて!」
ギラは二人に向けて、右手を差し出した。
それから放たれた光の槍が、西園寺の額を貫くこうとする。
「フン」
西園寺は鼻で笑うと、額の前に左手を差し出し、光の槍を払いよけた。
その間、数秒。
驚くギラの顔面に、西園寺の右手ストーレートが叩き込まれた。
「何!?」
ギラの巨体が揺らめきながら、殴られた鼻先から…火花が飛び散った。
まるで、爆竹のように、何度も破裂しながら。
「この魔力は…」
ギラは、自らの手の平で鼻先を覆うと、火花を握り締めた。
炎のスパークが終わると、手をどけた。
そこには、焼けただれた鼻と、焦げ付いた手の平があった。
「我らに近い?」
ゆっくりとスローモーションのような動きながらも、西園寺の繰り出す蹴りを、ギラは避けることができない。
「まさか…チッ!ありえぬ」
ギラの状態を見て、駆け寄ろうとするリンネの鼻先に、次元刀が差し出される。
「貴様!」
「お前の相手は、私だ」
クラークはリンネの方を見ずに、ただ目の前の虚空を睨んだ。
「あたしを舐めるな!」
リンネの髪が逆立ち、数万匹の炎の蛇へと変わる。
その蛇達の口が、一斉に開かれる寸前、
クラークは、剣を持つ右手とは逆の左手を刀の鍔で隠しながら、円を描いた。
「斬!」
クラークは次元刀を振るうより、左手を振り抜いた。
その動きを見て、リンネは遥か後方にジャンプした。
しかし、蛇と化していた髪の先端が、一斉に切り落とされた。
「影切りか!」
忌々しくクラークを睨むリンネの髪の先が、さらに切り落とされた。
「逃げられると思うな」
クラークは、飛び避けるリンネに顔を向けた。
自然と笑みが、こぼれた。
「な!?」
ジャンプしたリンネの胸を、次元刀が突き刺さった。
クラークの手元から、次元刀が伸びていた。
「この力は一体…」
不覚にも、先程の西園寺のストーレートがきいているようだ。
脳が揺れているような感覚が、ギラを包んでいた。
蹴りを首筋にくらいながらも、ギラは考えていた。
(こいつの属性は、火だ…それなのに、電気を帯びている)
それは、まるで………。
ギラの脳裏に、巨大な砲台のようなライフルを向ける…少年の姿が、甦る。
少し怯えながらも、どこか強い意識を感じた…少年。
目の前にいる西園寺と比べながら、ギラは心の中で笑った。
自信に満ち溢れた西園寺とは、比べるまでもなかった。
(だとすれば…この力は…)
西園寺の蹴りをくらい、不覚にも、片手を地面につけたギラの目に、気になるものが映った。
(何だ?この違和感は!)
ギラの目が見開き、その違和感を探した。
それは、西園寺の首筋にあった。
首筋に巻かれた布。
ギラは、地面につけた右手一本で立ち上がると、西園寺の首筋に、手を伸ばした。
ギラの行動の意味を理解した西園寺は、後方にジャンプした。
右手で、思わず庇った首筋の仕草に、ギラはにやりと笑った。
「お主の強さの理由が、わかった」
その言葉に、西園寺は首筋から慌てて、手を離した。
この動きに、ギラは確信した。
「リンネ!帰るぞ!」
クラークの剣に貫かれたリンネの体が、煙のように消えた。
「残り火か」
クラークは舌打ちした。
クラークの真後ろに、小さな種火が灯り…それが、大きくなると、リンネになる。
「あたしは常に、自分の種を巻いている。すべての種火を消さないかぎりは、あたしは消えない」
リンネは、クラークに微笑んだ。
「覚えておこう」
クラークが振り向いた時には、リンネはもういなかった。
「逃げたか」
今なら、リンネとギラという騎士団長を倒せた。
クラークは、後悔の念にかられた。
最初は危なかったが…。
クラークは、少し離れたところに立つ西園寺の方を見た。
騎士団長が去った為か…再び砂嵐が強くなり、近くにいる西園寺の表情を、肉眼で確認はできなくなっていた。
(それにしても…あの強さは一体…)
一皮剥け、別人のような強さを見せた西園寺の姿を、クラークはしばし見つめていた。