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第60話 仲間

(ダメだ…倒れそうだ…)


メロメロ達が軽快に、道を歩いていく…その後ろで、僕は腹を押さえながら、ふらふらと何とか歩いていた。


原因は、わかっていた。


空腹だ。


この大陸に来てから、まともな人間らしい食事は、していなかった。


理由は簡単だ。金がない。


カードが使えるなら、よかったが…この世界は、カードが使えない。


働いて稼ごうにも、盗賊団のリーダーとされている僕を、雇う所なんてない。


魔物であるメロメロやフレアは、自然の中から、食料を得ることができた。


妖精であるティフィンも、そうだ。


人間である…僕だけだ…。


今までは、襲いかかってくる魔物達から、何とか搾取していたが…。


生き血を啜るというのも、後から考えると…………。


(人間として、どうよ?)


毎日、魔物から栄養を取るという行為に慣れない。


(まともなご飯が食べたい)


と願っても、それはなかなか叶えられなかった。


木の実や果物を、口にほり込んではいるけど…空腹を満たすものではない。


(バンパイアの本能に従え!)


心の底から、声がした。


でも、もう慣れていた。


結局、この声も、僕の心にある欲望と誘惑なのだ。


これが欲しい。あれが欲しい。


あいつが憎い。いなくなればいい。


そんな欲望は、誰にでもある。それを抑えてこそ、人間なのだ。


僕は、メロメロ達の後ろ姿を見ながら、ぐっと抑えた。


「人の村メロ!」


メロメロが嬉しそうに、叫んだ。


「様子を見てくる」


ティフィンが、飛び出した。


誰も通らない獣道を抜けると、いきなり崖があった。


その崖の向こうに、村があった。藁葺きの質素な家屋。


「人の村…」


僕は茂みをかき分け、崖の端に立った。


数メートル先に、数十軒の家屋が見えた。


向こうも、こちらに気付いたらしく、家屋から人々が飛び出して来た。


「早いな!」


僕の体に、緊張が走った。


飛び出してきた人々の手に、杖や剣を見た時、僕は嫌な予感がした。


「ティフィンは!」


僕はメロメロに向かって、叫んだ。


「もう、村へ…ヒィ!」


メロメロは、いきなり飛んできた弓矢に、思わず悲鳴を上げた。


「チッ!」


小さく舌打ちすると、ぼくは両手を広げた。


炎の壁ができ、弓矢を焼き尽くす。


(こんな早く気付き、対応できるはずがない!まるで、来ることを知っていたかのように)


どうやら、この村には先読みか…予言者でもいるらしい。


「しかし!」


僕は崖からジャンプすると一瞬で、次の弓矢をひく村人の後ろに、着地した。


数十メートルはある崖を軽く飛び越えた僕に、人々が驚き、一瞬だけ動きが止まった。


その隙をついて、僕は両手から炎の網を作り出し、人々を頭上から覆った。


「動くな!」


ただの網ではない。今は熱くないが、その気になれば、数千度まで上げることができる。


(まあ…その気はないけど…)


僕は威嚇するように、網に包まれた人々を見回し、


「ティフィン…。今、この村に来た妖精はどこいる!」


網に絡められても、剣を握る人々に、僕は心の中で焦った。


(あまり、刺激するな!今の僕は…やばいんだ)


空腹が、血を求める本能を刺激する。


「チッ」


舌打ちした僕の口元に、牙が覗かれた。


「おやおや…あちらの国では、救世主として話題の赤き勇者は……単なる殺戮者かい?」


その声にはっとして、僕は目の前を睨んだ。


今までいなかったのに、目の前に老婆がいた。


「離せ!ババア!」


しわしわのその手には、縄で縛られたティフィンがいた。


「あなたは?」


身長は140センチくらいしかないが、全身から漂う魔力が、老婆を身長以上に、大きく感じさせた。


(これは…人間の気じゃ…ない)


「その通りじゃよ」


「!」


僕の心を読んだのか…老婆は、にやりと笑った。


「赤の勇者よ。この妖精を自由にする前に…村の若い者を、解放してくれんか?お前が、本気になれば、こやつらなんて、簡単に食われるからのう」


老婆の言葉に、絶句した僕の腹が鳴った。


「その代わり…何か食べさしてやろう。そうでないと…お主は危険じゃ」


老婆は僕に背を向けると、ティフィンを連れて、村の奥へ歩きだした。


(僕が…危険?)


老婆の後ろを、僕は仕方なく、ついて行くことにした。


解放した村人達も、僕に襲いかかることはなく、ただ老婆と僕を見送っていた。


一応後ろからの攻撃に、注意を払う。


「心配はない。この大陸でも、魔物と我々の戦いはある」


老婆はティフィンを拘束しながら、僕の方を見ずに話しだした。


「連れの魔物は、崖の向こうで待ってて貰うよ。一匹は、弱いが…1人、魔神クラスがいるしね。村人が怯えてしまう。まあ…」


老婆は、語尾を切り、


「あんたもだけどね」


「!?」


僕には、老婆の言葉の意味がわからなかった。


左右にある家屋は、日本の長屋に近い。


木造の平屋は、木の匂いが漂っていた。


「自分では、わからないみたいだねえ〜。自分の恐ろしさが」


老婆の背中は小さいが、妙なプレッシャーがあった。


「今は、何とか抑えているみたいじゃが…。抑えると、制御するは違う」


老婆は、村の一番奥にある神社のような建物に入って行った。


鳥居のような巨大な2つの十字架でできた門を、老婆はくぐっていく。


「心配はない。真のバンパイアが、十字架くらいで死ぬ訳があるまいて」


十字架の下で、老婆は初めて振り返った。


「!」


その顔は、人に似ていたが…どこか違った。


とんがった耳に、異様に大きな瞳。


思わず身構えた僕に、老婆はにやりと笑った。


「あたしは、先祖の血が色濃く残っているからねえ」


「先祖?」


それは、明らかに人ではないはずだ。


「おやおや、そうだったねえ〜。あんたら、外の人間は、肌の色だけで、同胞を差別するんだったねえ」


老婆の言葉に、僕は考え込んだ。


(差別…外の人間?)


「あんたが来た世界でも、あっただろ?特に、あんたの生まれた国は、同じ民族なのに、国籍で差別している」


訝しげな表情をしていた僕の顔が、引きつった。


老婆は、そんな僕をじっと見つめ、


「あたしは、エルフの血が混じってるのさ」


そう言うと、老婆は建物に向かって歩きだした。


「あんたは、自分を知らな過ぎる。そして、この大陸のことも」


整えられた芝生の上を、老婆は歩いていく。


神社の入り口まで、五メートルくらいある。


僕は少し深呼吸をすると、十字架の門をくぐった。


その瞬間、辺りは一面の花を包まれた。


「向日葵?」


僕の目の前にあった神社が消え、どこまで続くかわからない向日葵の世界が、広がっていた。


唖然としていると、突風が吹いて、僕の髪を靡かせた。


黄色の世界に、白い帽子が舞っていた。


どこから、飛ばされてきたのか。


風に乗って、黄色の海の上をふわりと漂っている。


それを追いかけて、どこからか、女の子が駈けてきた。向日葵を掻き分けて、ただ空に舞う帽子だけを見つめ、追いかける。


女の子は、僕の目の前を通り過ぎた。


五歳くらいか…。ブロンドの髪を靡かせて、一生懸命に走っていく。


風がもう一度、強く吹いた時、さらに舞い上がった帽子を取るため、女の子はジャンプした。


その瞬間、女の子の背中に翼が生え…空高く舞い上がる。


僕は目を見開いた。


きらきらて輝く白い翼を広げ、女の子は帽子を掴んだ。


「お母様!」


空中で、満面の笑みを浮かべ、女の子が手を振る方向を、僕は見た。


少し離れた所で、向日葵の中佇む女の人。


白いワンピースに、日傘を差し…優しげな笑顔を女の子に、向けている。




「これは…」


僕が絶句した時……。


僕は、十字架の門をくぐっていた。



「早くしな!」


神社の本堂らしき建物の右端にある扉から半身を出し、急かす老婆の声に、僕は我に返った。


「す、すいません」


慌てて駆け寄ると、老婆に続いて、本堂の中に入った。


入口を左に曲がると広間があり、そこに並べられた数十体の木造に、僕は唖然となった。


八メートルくらいはある巨大な像に、僕は見覚えがあった。


特に、中央で一際大きな像は間違いなく…


「大日如来…」


僕は唾を飲み込み、老婆を追い抜くと、像に近づいた。


柵があり、近付けないが、その姿は、間違いない。


「阿修羅像…。不動明王…。地蔵…」


すべてを把握していなかったが、向こうの世界で、教科書に載っていたものと同じだ。


「どうして…」


仏像の放つ圧倒的な迫力に、僕は見惚れてしまう。柵を持つ手が、震えていた。


「簡単なことさ。あんたの世界と、こちらの世界はリンクしているからさ」


ひんやりのした空気の為か、老婆の口から出る息が白い。


「しかし…こんなものに、感激するものかね?」


老婆は僕の隣に立つと、仏像を見上げ、


「所詮…脱け殻さ」


すぐに視線を外すと、柵を横切って、本堂の奥へと歩いていく。


「脱け殻?」


僕は、まじまじと仏像を見た。脱け殻の意味がわからなかった。


老婆は…僕に見られないように、目をつぶり、フッと笑った。


やがて、目を開けると…虚空を見つめながら、


「まあ…あんたには、勉強になるか…。すべての仏像の表情を見るんだね。それが、あんたに欠けているものだ」


「表情?」


僕は、仏像の顔がよく見えないため、柵から離れ、後ろに後退った。


「ご飯の用意するから…後で、奥においで…こいつとね」


抵抗疲れか…ぐったりしていたティフィンの縄を解き、僕に向かって、投げた。 


すると、ティフィンは元気に羽を広げ、僕の方へ飛んできた。


「やっとか!早く離せっていうんだよ」


ティフィンは、僕の左肩に乗ると、老婆に舌を出した。


老婆は肩をすくめ、本堂から出ていった。


「僕に欠けてるもの…?」


すべての仏像の表情を、僕はチェックした。


憤怒の表情を浮かべる者もいるが…中央に立つ像達の表情は…優しくも見えるが…憂いを帯びているようにも…無表情にも思えた。


「ねえ?赤星…こんなところ、ささっと出ようよ」


肩の上で飛び跳ねながら、ティフィンは言った。


だけど、真剣に観察している僕に、ティフィンの声は聞こえない。


ティフィンは仕方なく、肩から飛び立つと、仏像の周りを飛び回った。


「あああ…何か辛気臭い!」


仏像の顔を、目の前でまじまじと見て、ティフィンは顔をしかめた。


半回転すると、仏像に沿って、下を頭から落ちていく。


「うん?」


ティフィンは地面にぶつかる前に、空中で止まると、


ふと、おかしなものに気付いた。


大日如来の周りにいる仏像の何体かが、何かを踏ん付けていた。


「赤星!何か踏んでるよ!!赤星!赤星!」


何度も名前を連呼するから、あまりのうっとおしさに仕方なく、僕は答えた。


「それは、仏敵をこらしているんだよ!確か、餓鬼だったはずだ」


大日如来の顔と、その左横にいる阿修羅像を交互に見つめている僕を、ティフィンは柵に頬杖をつきながら、じっと睨み、


「餓鬼ねえ〜あたしには、違うものに見えるけど」


「違うもの?」


その言葉が引っ掛かり、僕は柵に近づいた。


視線を、仏像の足下に落とすと…僕は眉をひそめた。


身を乗り出して、踏ん付けられているものに、顔を近付けた。


「餓鬼…じゃない?」


木造の為、はっきりとかわからなかったが…。


僕が悩んでいると、右側の仏像の向こうから、声がした。


「人間だよ。それはね。まあ…人間も、餓鬼も変わらんかもしれないがね」


ドアを開け、老婆が仏像の隙間から、僕を見ていた。


「何をしてるんだい!ささっとおいで!」


ちょっとイラついている老婆の様子に、慌てて僕は、柵を伝って、正面から側面を通って、ドアへ向かった。


ティフィンは、仏像の間をくぐり、最短距離でドアの中に入っていた。


僕はちらっと、横から仏像を見た。


やはり、足下で踏ん付けられているのは…


「人間か…」







「大丈夫かな?兄貴達、心配メロ」


崖の向こうで、村の奥を見つめながら、メロメロは落ち着かないのか…頭をかいた。


「まあ、兄貴のことだから…本気を出したら、あんな人間どもを、蹴散らすくらい動作もないメロ…だけど…」


メロメロは、大袈裟にため息をついた。


「兄貴…人間にこだわってるものな〜。心配メロ…」


ちらりと隣を見ると、崖の下から吹き抜ける風に、長髪をなびかせたフレアが無表情で、村の奥を見つめていた。


メロメロは、すぐに視線を外すと、再び村へ視線を戻した。


崖を挟んで、数人の屈強な男子が、こちらを警戒していた。


いざとなったら、魔法を発動できるように、杖をこちらに向けていた。


(フン!フレアの姉貴を見込んで、水系の魔法を使う気メロね。しかし、こいつら程度じゃ…姉貴の炎を、消せないメロ)


メロメロは、戦闘能力は高くないが、相手のレベルや属性を見抜く能力に長けていた。


だからこそ、この世界にいても、人間に狩られることも魔物に食われることもなく、今まで生きてこれたのだ。


強い魔力を感じる所には、近寄らない。


たった一度だけ、勘が外れた時…助けてくれたのが、赤星だった。


相手は、二段階に変化する魔物だった。


まったく、魔力がないと見せ掛けて、相手が近づくと、戦闘タイプへと変わる。


まるで、蛹から蝶に変わるように…。


蜘蛛のような体に、六本の毒針と、股間から像のような長い鼻をメロメロに向け…その鼻の先から、牙が並んだ口を広げた。


食われると覚悟した時、空から降ってきたのが、赤星だった。


一撃…瞬殺。


そのあまりの強さに、メロメロは惚れたのだ。


赤き炎を纏った勇者に。



「兄貴…」


ぽつんと呟いたメロメロの横で、無表情ながらも、拳をぎゅっと握り締めるフレアがいた。






本堂から出た僕の目の前に、四人掛けのテーブルがあり、ステーキに味噌汁、ご飯が並んでいる。


「さあ、召し上がれ」


テーブルの横に立つ老婆が、僕を促した。


テーブルの上に並ぶのは、この世界に来てから見たことのない…僕がいた世界のものだ。


しかし、僕も馬鹿じゃない。


食べろと言われて、初めて会ったばかりの人間にすすめられた料理を、口にする訳がない。


テーブルの前で立ちすくむ僕に、老婆は肩をすくめ、


「あんたの頭の中から、再現したから、間違いと思うけどね」


そう言うと、老婆は僕と向かい合うように、椅子に座った。


「食べないなら、それでいいんじゃが…わしが、お前を呼んだのは、ききたいことがあるからじゃ」


「ききたいこと?」


僕は、老婆の方に体を向けた。


ティフィンが、僕の肩に止まった。そして、老婆を睨む。


老婆はティフィンを無視して、僕だけを見据えた。


「お前はなぜ、この世界に居座る?」


「そ、それは…」


「同じ世界の女を助ける為…だけと言いたいのかい?」


口を開こうとした僕を遮り、老婆は僕の瞳の中を、見つめる。


「それならば、なぜ今すぐ防衛軍の本部に行かない?お前だって、分かってるはずじゃ…。女は、防衛軍に捕われていると」


老婆の言葉に、僕は動けなくなった。


「女って、何よ!」


ティフィンが、僕の頬っぺたをつねった。


「い、痛い!」


「この大陸に張られている結界も…お前の力なら、突破できるはず」


「そ、それは…」


頬っぺたをつねられながら、僕は言葉に詰まった。


その答えは、自分でもわからなかった。


老婆はそんな僕を見て、静かに席を立った。


僕に背を向けると、ゆっくりと歩きだした。


何もない…ただ材木を積み上げただけの壁に、手をそえると、窓ができ、そこから緑の世界が覗かれた。


「この大陸は、隔離されておる」


老婆は世界を見つめ、


「かつて、この星には、自然が溢れ…妖精や聖霊など、自然と生きる…いや、自然そのものの存在を感じ、人々は暮らしていた…。人々は、自然から、火を借り、水を恵まれ、空気を与えられていた…しかし!」


ゆっくりと振り返り、僕を睨んだ。


「人はそれだけではなく、他の外敵と戦う為の力として、魔法を生み出した。自然は、力を持たぬ人を哀れと思い…力を貸し続けた」


僕には、老婆の話が理解できなかった。何がいいたいのか。


「あなたは…」


「魔王ライは、自然を利用し、ただ消費するだけの人を無力化する為、妖精や聖霊を存在できなくする物質を作り出した」


ティフィンは、僕をつねるのを止めた。


「今…妖精達が存在するのは、この大陸だけ…。このロストアイラインドだけじゃ」


「ロストアイラインド…」


「この地には、魔王ライより追放された者達。ここでしか生きれない者や…我々のように、人とは少し違う者達が、世界を追われ、逃げ込んでおる。お前は…」


老婆は、手を僕に向けてかざした。


その瞬間、凄まじい塊が、僕の全身を強打した。


「な!」


目に見えない攻撃。


ふっ飛びながら、僕は体に当たるものの感触を確かめた。


「空気!」


「赤星!」


入ってきたドアに激突し、それを突き破り、僕は本堂に飛び込んだ。


僕を追おうとするティフィンに、老婆は叫んだ。


「お前は、こちら側の存在のはずじゃ!なぜ、あやつといる!」


ティフィンは空中で止まると、振り返り、きっと睨んだ。


「あたしの勝手だろ!」


「裏切り者が!」


老婆は、手をティフィンに向けた。


「きゃ!」


空気の塊が、ティフィンを襲う。


「チッ」


老婆は舌打ちした。


ティフィンの前に、回転する物体が飛んできて、空気の塊を弾き返すと、それは2つに分離し、ティフィンの後方へと還っていく。


そして、赤星の前で十字に重なると、剣へと変わった。


本堂の薄闇の中、赤星の目が赤く光っていた。


「赤星浩一!お前は、危険じゃ!お前は、滅びゆく人という種を救うことも、滅びを早めることもできる!お前は、本来ならば!この世界に、存在する者ではない!異端者なのだ!」


「この地に、この星に、お前はいらぬ!」


老婆は、指で印を結んだ。


「滅びし者よ!この地に降り立つ悪魔に!同じ滅びを!」


老婆の絶叫が、こだました。


「うん?」


僕は、目だけで左隣を見た。


ミシミシと木が軋む音がしたと思った瞬間、鋭い剣が僕のいた場所に、突き刺さっていた。


「赤星!」


ティフィンが叫んだ。


本堂と隔てている材木の壁が倒れ、凄まじい砂ぼこりの中、数十体の仏像が姿を現した。


「風よ」


そう言うと、老婆は崩れゆく家屋から脱出し、遥か空中に浮かび上がった。


「お前を、我が神のもとへ辿り着かせぬ!」


「てめえ!」


一瞬で瓦礫と化した家屋から、ティフィンが飛び出してきた。そして、上空の老婆に向かって、突進する。


老婆は、その行動をせせら笑い、


「己だけでは、無力な妖精が!」


老婆は、再び手をティフィンに向けた。


「同じ手をくうか!」


背中の四枚の羽根を畳むと、銃弾のようなスピードになり、空気弾の軌道を外し、老婆の伸ばした右腕にそって飛び回ると、頭突きを老婆の顎にお見舞いした。


「どうだ!」


老婆の顎が跳ね上がり、決まったと思った瞬間、ティフィンの右足を、老婆は掴んだ。


「たかが、コモン妖精の癖に!」


老婆は軽々と片手で、ティフィンを振り回すと、木造が動き回る瓦礫の上へ、ほおり投げた。


「きゃっ!」


目が回りながら、ティフィンは仏像の上に落ちていった。





「何が起きたメロ!」


村の奥から、砂埃が立ち上り、建物の崩れる音がした。


メロメロが戸惑ってる間に、フレアはもう崖を渡っていた。


いきなり横に現れたフレアに、村人達は驚き、杖を持った者も、魔法を発動させることもできなかった。


剣を構えていた者達は、いきなり剣が溶けて、目を丸くした。


フレアは、炎の魔物である。


常に無表情なその顔に、今は明らかな怒りを感じることができた。


村人達の全身に汗がとめどもなく流れ出すと、村人は剣や杖を捨て、フレアから距離をおいた。


フレアの周りの温度が異様に、高くなっていた。


村人の抵抗がなくなったのを確認すると、フレアは村の奥に向かって駆け出した。




「あのお…」


その様子を崖の向こうから眺めていたメロメロは、頭をかいた。


「置いてきぼり…なんだけど…」


メロメロは、空を飛べなかった。


「姉さん…置いてかないで!」


メロメロの切実な願いは、届かなかった。






落ちていくティフィンの目の前に、剣を振り上げる阿修羅像が近づいてくる。


木像とは思えぬ鋭い切っ先は、金属よりも鋭利に思えた。


「赤星!」


ティフィンは絶叫した。


瓦礫の上で活動しているのは、仏像達だけだ。


赤星はどこに。


ティフィンは何とか羽根を広げ、落下を止めようとするが、止まらない。


確実に、阿修羅像に激突する。


「くそ!ばか星!何やってやがる!」


ティフィンは目をつぶり、再び叫んだ。


「赤星!!」


その叫びに呼応したかのように、瓦礫の山が燃え上がり、一面が火の海に変わった。仏像達も一瞬にして、燃え尽きた。


燃え盛る火の海は、巨大な火の粉を上げたと見えた瞬間…それは、翼と化した。


火の海が、翼を羽ばたかせると、天へと飛翔した。


中央から、長い首のような火柱が飛び出した。


「フェニックス!?」


老婆は、その圧倒的な迫力に、息を飲んだ。


その姿は、まさに不死鳥だった。


フェニックスは空中に飛び上がると、すぐにその身に纏う炎を脱ぎ捨てた。


その中から、現れたのは…赤い鎧を纏った赤星だった。




僕は、空中でティフィンを受けとめると、炎の翼を広げた。


そのまま、老婆の目の前まで上昇し、対峙した。


「なぜだ?僕達は、あなたと戦う理由はない!まして、人間であるあなた達と」


「人間?」


老婆はせせら笑った。


「あたし達のこの姿を見て、人間は、あたし達を人間とは認めない!」


「そんなことは…」


「お前達の世界は、どうだい!人しかいないのに、人は少しの違いで、排除し、差別し合うではないか!」


「そ、それは!」


「お前は、危険だ!やっと見つけた!我らの安住の地を、失う訳にはいかないのさ!」


老婆は、両手を突き出した。


空気の壁が、僕の全身を強打した。


「この世界を乱させぬ」


壁が次々に、僕を叩く。


「く!」


僕は地面に向かって、凄まじいスピードで落ちていった。


高角度から落ちた僕の体は、本堂の焼け跡から……地面を抉りながら、更に、村の民家に激突し、数棟を突き破って、村の大通りに転がり出た。


村人家畜の鶏が驚いて、逃げ惑う。


何とか、止まった時には、僕の体を包む鎧は、消えていた。



「赤星…」


何とかティフィンを両手を包むことで、彼女には怪我はないようだ。


背中から、地面を抉っていた僕は、起き上がろうとしたが、体が動かなかった。


今の攻撃のダメージからではない。


「さっきので…すべて使い切った…」


腹の虫が鳴った。


理由は、空腹だ。


仏像を一気に焼き切った炎で、魔力を消費してしまった。カードも使えない今、体力を回復することはできない。


アルティメット・モードも解けてしまった。


「赤星…」


ティフィンが、僕の腕の中から這い出ると、心配そうに顔を覗いた。


「ティフィン…退いてろ…次の攻撃が来る…」


空中から老婆が、両手を倒れている僕に向けていた。


そして、落ち着いた村人達が、僕の様子を見て、近づいていく。


(ダメだ…力が湧かない…)


拳を握ることもできない。


「てめえら!近づいていたら、ぶっ殺す!」


ティフィンが周りに、凄んでみても、誰も怯まない。


「終わりだよ。赤の勇者。さっさと、この地から立ち退いておけば」


老婆は、クククッと笑った。


「赤星…」


ティフィンは、僕の顔の横に立った。震えている。


「…さっきの飯…食っとけばよかった…」


僕は、ティフィンに笑いかけると、


「お前は…逃げろ…。こいつらの狙いは…俺だ…」


ティフィンは、きりっと僕を横顔で睨むと、


「黙ってろ!ばか星」


「ティフィン…」



「さらばだ!死ね!」


老婆と、周りを囲む数十人の村人が、魔法を発動される瞬間…………………赤星とティフィンの横に、何かが村人を飛び越えて、降り立った。


風に靡く髪に、憂いを帯びた瞳を、赤星に向ける…


「フレア!」


ティフィンの顔に、笑顔が戻った。


「フレア…」


横たわる僕の顔のそばに立つフレアは、にこっと僕に微笑むと……鋭い爪で、自分の手首を切った。


「な!」


絶句する僕の口に向けて、切れた手首を差し出すと、口の中に血を注ぎ込んだ。


「ば、ばかやろう…」


僕の瞳から、涙が溢れた。


涙の向こう…フレアの肩ごしに、老婆の姿が見えた。


「うおおおっ!」


僕は雄叫びを上げると、立ち上がった。


「仲間の血をすすらないと、守らないなんて!」


立ち上がった僕の手には、ライトニングソードが握られていた。


「僕は、行かなければならない!バンパイアキラーを探す為に!」


僕は、回転しながら、ライトニングソードを一閃させた。


剣撃の波動が円状に広がり、あらゆる魔法を無効化した。


「バンパイアキラーだと!」


放った空気弾がかき消され、唇を噛み締めた老婆の目の前で、再び翼を広げた僕は、ティフィンとフレアを抱き締めると、一気にその場から、飛び去った。


「赤星…」


猛スピードで、村を飛び越え、崖の向こうでオロオロしているメロメロを引っ掴むと、そのまま…天高くへと飛び上がっていった。


ティフィンは僕の腕の中で、思い詰めたような表情をして…僕を見つめていた。


そのことに気付かずに、僕は別のことを考えていた。


(アルテミア)


そう…今の僕は、アルテミアと会っても…戦うことしかできない。


昔、アルテミアがぼそっと話してくれた。


王位が変わる時、先代の魔王を倒すのに必要なのが…バンパイアキラー。


「バンパイアキラーがあれば…ライに勝てる…」


アルテミアは、拳を握り締めた。


(だから…僕にも必要なのだ。魔王やアルテミアを倒す為ではなく…アルテミアを救う為)


アルテミアを止まる為には、力が必要だった。


圧倒的な力が。


(同レベルでは、ダメなんだ)


僕の全身に力が入り、炎の翼が大きく羽ばたいた。



「女神とは…天災だ」


そう語ってくれたのは、ロバートだった。


「魔王が神なら、女神は天災…決して、人間の力では防げないもの」


それは、火山の噴火や地震…洪水や津波…落雷や竜巻…台風。


太古の時代から、人を苦しめていた災害。


それこそが、3人の女神の力であり…………今は…アルテミア1人の力であった。



(それを止めるには…必要だ!その為には…)


先代の魔王に、会わなければならなかった。


この大陸に、追放された…バンパイアに。


(彼なら知っているはずだ!バンパイアキラーの正体を)


なぜなら…彼はバンパイアキラーによって、王の座を追われたはずだから…。


飛び去る赤星を見つめながら、老婆は空中で大笑いした。


「馬鹿だねえ!」


老婆は目をつぶり、意識を飛ばした。


(王よ…。赤星の目的がわかりました。目から、心を読むだけでは…深くはわかりませんでしたが…あやつの目的は、バンパイアキラー!)


老婆は口元を緩め、


(それも…天空の女神を救う為)


老婆は、ゆっくりと地上に向かって降りると、ふわっと空気のクッションの上に落ちるように、簡単に地面に降り立った。


すると、目の前に村人が集まってくる。


「皆の者!ご苦労だった」


「はっ!」


村人達は一斉に、肩膝と地面に付け、頭を下げた。


「我らの働きで、赤星の目的がわかった…愚かな目的が!我らの神、レイ様はお喜びになっておられる」


「はっ!」



「ククク…」


老婆は必死に抑えていたが…我慢できずに、村人の目の前で笑いだした。


目から涙が出る程に。


「ほんと…愚かじゃな」


老婆はついには、爆笑した。






村から数キロ離れた森の窪みに、僕は着地した。


激しく息をしながら、三人を降ろすと、肩膝をついた。


血を吸ったとはいえ、まだ完全に、体力が回復していない。


メロメロいわく…僕の体は、まだ完全にバンパイアにはなっていないそうだ。


人間としての機能を司る臓器類に、栄養を行き渡らせる為には、人間の食事が必要だ。


完全なるバンパイアになれば…血だけで十分なはずだ。


それを拒んでるのは、僕自身の心らしい。


「兄貴…」


予想以上に疲れている僕を見て、メロメロが近づいて来た。


「どうしてメロ!兄貴が本気になったら、あんな村…皆殺しにできたメロ!」


メロメロの叫びに、僕は息を整えながら、


「…相手は、人間だ…」


僕の言葉に、メロメロは目を丸くした。


「人間は殺せない…」


僕は立ち上がった。


「ど、どうしてメロ!魔物は殺して、どうして人間は、殺せないメロ!奴らは、兄貴を殺そうとしたメロ!おかしいメロ!」


メロメロの主張に、僕はフッと笑った。


「矛盾してるか…」


呟くように言うと、メロメロの顔を見た。


怒っているというより…悲しげだった。


この世界に来た時は、魔物は人を襲い、恐ろしい倒すべき存在でしかなかった。


アルテミアに守られ、戦い…続けた。


「赤星…。あたしは、魔王の娘だ…」


二人の女神と戦う寸前…死を覚悟したアルテミアの言葉…。


その時から、僕は矛盾していた。


その矛盾を正すことは、今の僕にはできない。


「メロメロ…ごめん…」


ただ謝るしかできなかった。


だけど…。


いきなり、目の前が真っ黒になり、森の影から…魔物が染み出てきた。


木々が倒れた。


「赤星浩一!魔王ライの命により、お前を抹殺する」


三人の魔神が、現れた。


「ヒィィィ!」


メロメロとティフィンは慌てて、僕の後ろに回った。


「だけど!」


僕は動いた。


「我が名は、炎の騎士団サク…」


魔神は最後まで、名乗れなかった。


口から上がスライドした。


「まだ…途中なのに…」


顔半分が切り取られ、鮮血を吹き上げた。


「だけど、僕は!」


鮮血を浴びながら、僕は両手から伸びた鉤爪を、残りの二匹に突き刺した。


魔物達は、突き刺された傷口から燃え始める。


「仲間を傷つける者は、許さない!」


僕の目が赤く輝き、牙が唇の端から飛び出した。


なぜか笑みがこぼれた。


食事の時間だ。


焼ける肉の臭いが、堪らなかった。


(仲間を守る為には、体力をつけないと…)


心の中で、そう思いながらも…僕は初めて、体の奥にある魔獣の意識に従った。


血をすすり、肉を食べる…その姿に、メロメロは戦慄した。


「うおおおおお―っ!」


狼のような咆哮を上げた自分に、僕は心の中で目を逸らした。


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