第59話 悲しき宿命の繋がりと断ち切れない宿命の絆
「まあ…許してやる。次からは、ちゃんとしろよ」
40センチの小人とは思えない凄味を漂わせながら、メロメロを睨むティフィンに、僕はただオロオロしているだけだった。
「フン!」
そっぽを向くと、フレアの肩にティフィンは止まった。
「き、気を付けるメロ…」
両頬が腫れ上がり、カメレオンのような顔が、がま蛙のようになりながらも、メロメロは頭を下げた。
僕は、ため息をついた。
魔物との旅…慣れない道中だが、ティフィンとフレア…そして、メロメロと僕の四人は、この大陸の奥にあるといわれる…神の受皿といわれる城を、目指していた。
なぜ、そんなところにいかなけばならないのか…。
「ったく…あんなところ…。本当なら、絶対行きたくないのに」
ティフィンは、フレアの頭に頬杖をつきながら、嘆いた。
「心配ないメロ!こっちには、兄貴がいるメロ!普段は、頼りないけど、戦いだけは頼りになるメロ!」
「そうかしら…」
メロメロの言葉に、ティフィンとフレアは振り返り、一番後ろを歩く僕をじっと見つめた。
僕は顔を引きつらせながら、愛想笑いを浮かべた。
これを見たティフィンは、
「気持ち悪!」
吐きそうなリアクションをすると、ティフィンは前を向き、フレアはため息をついた。
「な、なんなんだ…」
あまりにも邪険な扱いだが、僕は怒りを感じなかった。
もう慣れていたのだ。
それに、別のことも考えていた。
(神の受皿…)
ここ数週間…僕たちは神の受皿を目指し、ただ足を進めていた。
そこにいるだろうと思われる人物に、会うために。
「兄貴。どうしたメロ?」
いきなり足を止めて、振り返ったまま動かない僕に、メロメロが、怪訝な顔を向けた。
「何でもない」
僕はすぐに歩き出した。
(今のは…一体?)
突然、僕の全身に、微かに感じた魔力。
それは、遥か遠くの揺れだった。
まるで、天と地と海が、ぶつかり合うような異様な感覚。
(これは…女神の攻撃?…だとしたら、アルテミアか!)
僕は気を探ったが、あまりに遠いのと、正確な場所を確定できなかった。その為、その気を放つ者が、アルテミアとは断定できなかった。
(アルテミア…)
僕は、拳を握り締めた。
僕の手に、まだ…アルテミアを貫いた感覚が残っていた。
そう…。
今…会っても、僕らは戦うだけだ。
(まだ…僕には、彼女と向き合う術がない)
僕は思い切り、もう一度拳を握り締めた。
ただ無意味に強くなった自分が、許せないかのように。
「何だ?お前は!」
いきなり背後を取られたことより、その者が発する雰囲気に、アルテミアは心の中で舌打ちした。
(感じる魔力は、あたしより下だ!それなのに…)
能面を被り、全身は白いマントで覆われている…その姿に、底知れぬプレッシャーを感じていた。
まばゆい星空の光が水面に反射し、その上に浮かぶ女を祝福するかの如く、女だけを際立ったせていた。
アルテミアの気が乱れ…足が少し水の中に、沈んだ。
そのことに驚き、アルテミアは思わず、六枚の黒き翼を広げ、空中へ浮かび上がった。
能面の女は、少し顔を上げた。
(知っているあたしは…)
アルテミアは、直感的にその女を知っていると思った。
そして、心の奥が勝てないという震えを、アルテミアの全身に伝えた。
「あり得ない!」
ポセイドンと同じ言葉を吐くと、アルテミアは震えを止める為、全身に力を込めると、氷の剣を作り出し、
「うおおおっ!」
雄叫びを上げて、頭上から女に襲い掛かった。
しかし、剣が突き刺さる瞬間、女は飛び上がった。
背面飛びで、星空に照らされながら、空中を舞うその姿に、アルテミアも…そして、西園寺も見惚れてしまうが…。
「チッ!」
アルテミアは、何とかコンマ数秒で我に返り、女の着地予想点に向けて、剣を突き出した。
「ありがとう」
女は微笑みながら、最初から剣があったかのように、アルテミアの剣先に着地した。
固い爪先を立てて。
剣の上に立っているのだから、重みを感じるはずだが…女には、まるで重さを感じなかった。
「まさしく…風」
アルテミアの頭上から、声がした。
はっとなって、上を見たアルテミアの顔が驚きの表情に変わる。
「な…」
絶句するアルテミアに、憐れみの表情を、天に浮かぶ三人が捧げた。
「かつては、母に憧れ…人を夢見…」
「今は、人に絶望し…その目的を失い…」
「ただその身には、大き過ぎる力を持て余す…不安定で、脆い存在…」
三人は空から落ちてくると、水面で羽を広げ、止まった。
アルテミアの前と、左右の後ろに。
それぞれが、蝙の羽を持ち、一本、二本、三本の角を持つ魔神。
「バイラ!サラ!ギラ!」
アルテミアは、三人を睨み付けた。
「何だ…あいつらは…」
アルテミアを囲むように、陣を取る三人の魔神。
西園寺は、ブラックカードを握り締めていることに気付き、カードで三人を検索することにした。
カードのディスプレイに、アルテミアと魔神三人の表示が映る。
剣に乗っている女は、シークレット…検索対象になっていない。魔神達は…。
「ロスト?」
死亡と表示されている。
「てめえら!生きてやがったのか!」
アルテミアの叫びに、正面に立つバイラが、頭を下げた。
「天空の女神よ。我々は確かに、あなた様によって、滅ぼされてました。しかし」
バイラの目が、赤く輝く。
「魔王ライのお力により、再び、この世に復活することができました」
「そう…」
「砂の世界より」
ギラとサラも頭を下げた。
「砂の世界…」
アルテミアは呟いた。
「そして、我々は新たな主を得、ここであなた様に」
「お別れと…」
「絶望を与える為に、参上致しました」
バイラの言葉に、アルテミアは眉を寄せ…鼻で笑った。
「絶望…だと!どうして、おまえ達如きが、あたしに!絶望を与えられるんだ?」
「我々ではございません」
バイラは、にやりと笑い、
「我々が主、光の女神」
「もういいかしら?面を取っても」
アルテミアの剣に乗っていた女は、一回転すると、音もなく水面に飛び降りた。
「は!かまいません」
バイラの言葉に、女はつけていた能面に、手を伸ばした。
「やっぱり…つけてると、視界が悪いのよ」
能面を外した瞬間、そこからこぼれ落ちたブロンドの髪。
大きな青い瞳が、アルテミアを真っ直ぐに見ていた。
「あたしと同じブロンドだと聞いてけど…あら、黒髪なのね」
小さな口を緩め、微笑むその顔が…アルテミアの動きを、思考を、時を…すべてを止めた。
「そ、そんな…あり得ない!」
何とか言葉を発した時、アルテミアの両手両足から、鮮血が飛び散った。
「ごめんなさい。降りる時、斬っておいたの…。これで、あなたは動けない」
女の手にあるのは………紛れもなく、ライトニングソードだった。
ライトニングソードをアルテミアに向け、体を包んでいた布を取ると、そこから現れたのは…白い鎧。
「ホワイトナイト…」
バイラは感慨深気に、呟いた。
かつて、数万という魔王の軍勢の前に、たった1人で立ちふさがった女。
白き鎧に、ブロンドの髪を靡かせ、凛とした表情で、何の迷いもなく戦う…女。
その女の名は。
「はじめまして、天空の女神アルテミア。あたしの名は」
両手両足から、血を流してながらも、何とか六枚の翼を広げ、水面に浮かぶアルテミアに...ライトニングソードを向けながら、女は微笑みかけた。
「あたしの名は、レイラ…。光の女神レイラよ」
その言葉に、アルテミアは絶句した。
(そう…)
バイラは、目をつぶった。
ライトニングソードを振るい、戦う戦士は…。
(もういないのだ!)
バイラは、かっと目を開いた。
「そ、そんな、そんな、そんなああっ!」
両手両足の動きを封じられたアルテミアは、パニック状態になりながらも叫んだ。
「魔王!よ、よくもお母様を!」
アルテミアの全身から、電気が放電され…雷の塊になる。
そして、六枚の翼を広げると、レイラに向かって、突進してくる。
「うわあああっ!」
「レイラ様!」
バイラ達は、レイラを守ろうと、アルテミアの前に飛び出そうとした。
しかし、レイラはそれを制した。
「動くな!」
レイラは、ライトニングソードを下ろした。
アルテミアの突進を、少し体を横に動かすだけで避けた。
「あなたは、まるで台風ね。何の目的もなく…ただ破壊するだけの」
レイラの後ろで、アルテミアの六枚の翼は、綺麗に切断された。
「台風は…いずれ、消えるのよ。力がなくなると、勝手にね」
突進した勢いのまま、翼を失いながらも、アルテミアの体は水面を走り、水飛沫を上げながら、西園寺が潜む茂み近くまで、滑って行った。
水面から土をえぐり、止まったアルテミアの顔は、涙でぐしょぐしょになっていた。
「モ、モード・チェンジ…。あたしと変われ…赤…」
何とか立ち上がろうとするアルテミアは、体に力が入らない。
腱を切られ、動かない左手が、アルテミアの目の前にあった。
「ああ…そうか…」
アルテミアの瞳から、新しい涙が一筋流れた。
アルテミアの左手の薬指…そこに指輪はなかった。
「畜生…」
アルテミアは唇を噛み締め、何とか力を振り絞ろうとした。
その度に、全身からふき出す血が…アルテミアの力を奪っていく。
「アルテミア…」
思わず茂みから、出ようとした西園寺より早く、回転する物体が2つ、アルテミアの背中と首筋を強打した。
「え…」
アルテミアは痛みを感じる前に、意識を刈られた。
左手を伸ばしたまま、アルテミアは気絶した。
「レイラ様」
アルテミアに手を突き出し、雷撃を放とうとしたバイラ達より早く、レイラはアルテミアを攻撃した。
2つの物体は、レイラの両手に戻ってくると、トンファーになった。
「とどめを!」
サラは、レイラに言った。
「フッ…」
レイラは、鼻で笑うと、
「なぜかしら…」
誰に言うでもなく…呟くように、口を開いた。遠くを見るような瞳を、アルテミアに向けながら、
「あたしは…あの子を知ってるような気がする…。思い出せないけど…」
レイラの顔に、何とも言えない悲しげな陰を感じたバイラは、
(危険だ)
一度下げた手を、アルテミアに向けた。
「サラ!ギラ!」
バイラの呼び掛けに、二人もは頷き、手をアルテミアに向けた。
「バイラ!」
「サラ!」
「ギラ!」
三人の手のひらが、電気でスパークする。
「ブレイク!」
三人の魔神から、雷撃が放たれる寸前、茂み中から無数のミサイルと、光の矢が、魔神達とレイラに向かって、飛んで来た。
「うおおおっ!」
雄叫びを上げながら、西園寺は、召喚できるだけのミサイルを召喚した。
ブラックカードの力で、ミサイルは尽きることなく、泉中に降り注ぐ。
「これくらいの破壊力で、我々をやれるか!」
ギラの咆哮に、目の前に迫ってくるミサイルが、推進力を乱され、空中でお互いにぶつかり、爆発した。
その爆発で、さらに多くのミサイルが爆発していく。
その中に、西園寺は閃光弾を混ぜていた。
強烈な光が、魔神達の視界を一瞬、奪った。
「これしき!」
サラは、右手を左右に払った。
横凪ぎの突風が、すべてのミサイルの軌道を変えた。
爆風がおさまり、視界が元に戻った時…アルテミアの姿はなかった。
「ミサイルを煙幕に使ったか…」
バイラは、手を下ろした。
ちらっと、レイラの方を見ると………レイラはただ、アルテミアが倒れていたところを、見つめていた。
(俺は…何をやってるんだ)
西園寺はミサイルの連弾とともに、茂みから飛び出すと、アルテミアを抱き上げ、テレポートした。
行き先を追跡されない為、意識を無にし、飛んだ場所は……初めて、この世界に来た所…砂漠だった。
「チッ」
西園寺は舌打ちした。何もない砂漠は、隠れるところがない。
アルテミアを砂の上に、優しく横たえると、ブラックカードを取出し、町がないか探る。
(あの場にいたやつら……あれが、魔神か)
西園寺の体に震えが走った。醸し出す雰囲気、感じる魔力…どれもが、今の西園寺を凌駕していた。
(へたすれば、死んでいた)
自分の行動が、信じられなかった。
なぜ、アルテミアを助けたのか。
そんな疑問が浮かんだ時、西園寺の手を払うものがいた。
アルテミアだ。
ブラックカードが、西園寺の手から、地面に落ちた。
「貴様!何のつもりだ!」
意識を取り戻したアルテミアは、何とか立ち上がろうとするが、まだ力が入らないようだ。
手を貸そうとした西園寺を、アルテミアはキッと睨んだ。
驚いたことに、両手両足の腱を切られたはずなのに…傷口が、もう塞がっていた。
(何という回復力…)
西園寺が感嘆していると、アルテミアはふらふらと立ち上がり、視線の先にある…砂の上に落ちたブラックカードを掴んだ。
カードキーを叩き、操作しょうとするが…暗証番号が違う為、発動しない。
「くそ!」
アルテミアは、ブラックカードを砂に叩きつけようとしたが、止めた。
ちらっと横目で、西園寺を見ると、無言でブラックカードを、西園寺に差し出した。
「あ…」
手を伸ばし、受け取った西園寺の首筋に、アルテミアは目をやった。
微かについた2つの歯形を確認し、呟くように言った。
「今日は、見逃してやる…よ」
そう言うと、アルテミアはまだ完全に治っていない足を引きずりながらも、歩きだした。西園寺に背を向けて。
「ど…」
(どこにいく?)
声をかけようとしたが、言葉に出せなかった。
西園寺には、アルテミアを止める理由がない。
「モード・チェンジ!」
五メートルほど離れたところで、アルテミアは叫んだ。少しやけくそ気味に。
2つの翼が、背中に生え…アルテミアは空中に飛び立った。
エンジェル・モード。
しかし、真っ黒な翼は、天使には見えない。
だが、地上から見上げる西園寺には、その姿はとても神秘的に映った。
月明かりに照らされて、傷だらけの体で、飛び去っていくアルテミアを…ただ見送った。