第58話 物憂げな翼
「これは?」
灰の中から、出てきたブラックカードを拾ったリンネの後ろに、殺気が走った。
ゆっくりと、余裕をもって振り返ったリンネの目に、同じくブラックカードを持った神流が映った。
「あんたが、新しい安定者になるの?」
皮肉を込めて、微笑みながら言う神流に、リンネはフンと鼻を鳴らした。
「安定者?あたしが?バカじゃない。どうして、地位を下げなきゃいけない」
リンネは、生意気な態度の神流に軽くキレた。
高熱で赤くなっているリンネの体を、神流は上から下まで、品定めするかのように見て、楽しそうに体を少しくねらせた。
リンネは、人差し指を突き出した。
そこから飛び出た火の玉が、神流を直撃した。
紺のブレザーの学生服を着ていた神流の体が、燃え上がった。
「キャ!」
と、軽い悲鳴を上げた神流に、リンネは舌打ちした。
「貴様!下手な芝居はよせ」
リンネは、手を下ろした。
馬鹿らしくなったのか、リンネはため息をつくと、全身の熱が冷めていく。
「ばれたか」
全裸になった体を両手で隠し、俯きながらも、舌をペロッと出すと…神流は顔を上げ、リンネを見た。
その目はギラつき、獲物を見るように、リンネを睨み付けている。
服はすべて燃え尽き、灰になったが…そこから現れたのは、人の裸ではなかった。
甲殻類を思わせるザラザラした肌は、全身が鎧に包まれているように見えるが、すべてが地肌だった。
それに、右手は完全に人の手ではなく、カマキリの斧のように、爪が長く伸びていた。
神流は、その長い爪を付け根から先まで、舌で舐めた。
先程まで、何匹もの魔物を切り裂いた爪は、生臭い血の味がした。
ずっと舐めていたい衝動にかられたが…その為には、新しい血が必要だ。
神流はリンネに向けて、5本の指を広げ、その隙間から、リンネを見つけた。
「無駄だ」
リンネの髪の毛が逆立ち、数万の蛇のようになる。
その瞬間、神流の全身が固まった。
「動けない…何をした!」
襲いかかろうとした神流は、体の自由を奪われ、苛立ちから、わめき散らした。
「てめえ!!てめえ!てめえ!」
あまりの怒りからか…神流の指が、少しづつ動いていく。
(こいつは…)
リンネは、神流を観察しながら、その狂気に感嘆した。
リンネの髪が、もとのさらさらした黒髪に戻った。長い髪が下へ流れる間に、自由になった神流は、勢い良く飛び掛かった。
リンネの白い乳房に、神流は爪を突き立てた。
「あははっ!偉そうにしやがって!あたしを舐めるからだ!」
神流は、突き刺した爪をねじ込んでいく。
「あんたの名は?」
リンネは、爪で乳房をえぐられながら、神流にきいた。
「死ぬやつに、教える名前なんてない!」
楽しそうに、腕を回転させ、神流は嬉しそうに笑った。
「そうか…。だったら、なぜ安定者になった?」
「はあ〜?」
神流は、リンネに顔を近づけ、
「たくさん殺せるからに、決まってるだろ」
「そうか…」
リンネは、目をつぶり…やがて、にやりと笑った。
その笑みに、神流の全身に震えが走った。
「だったら…」
リンネは右手で、神流の右手を掴んだ。
「人間でいる必要は、ないわね」
神流の手は、リンネの胸から引き抜かれた。
不思議なことに、リンネの乳房には、傷一つついていない。
「それに…。あなたはもう…」
突然、リンネの両目がフラッシュし、神流の視界を奪った。
思わず後退った神流の体に、再び蛇になった髪から放たれた数万の火の玉が、一斉に放たれた。
「人間じゃないわ」
炎の波状攻撃に、さすがの神流も、その場で崩れ落ちた。
「なんて…丈夫な体…」
足元で横たわる神流。
意識を失っているが…体には怪我はない。
リンネは、しばらく神流の体から目を離さなかった。
(さっきのやつの暴走とは、違う…こいつは、人間と呼べるのか…)
その姿は人間よりも、確実に魔物に近かった。
「それに、このカードは…」
ブラックカード。一般の人間が持つカードと違い、無限にポイントを消費できる…つまり、無限の魔力を有するようになる…安定者専用カード。
しかし、それだけはないようだ。
先程の正志の変化時の…カードの変貌。
「魔王なら、何かご存知かもしれない」
リンネは、ブラックカードを簪のように、髪にはさんだ。
「ここは?」
西園寺は、見知らぬジャングルにいた。
咄嗟にテレポートした為、行く場所をまったく決めていなかったのだ。
ただ…目の前で燃えていく松永と、下からの恐怖から逃れたい一心だった。
その為、夜という時間の中、もっとも危険な森をいう空間に、1人佇むことになっていた。
辺りは真っ暗であり、頭上の月さえ、分厚い雲に隠されており、まったく視界を奪われていた。
(もう…夜?少し意識が飛んでいたのか?)
西園寺は、自分自身に舌打ちすると、ブラックカードを確認した。あれがないと、魔力を使えない。
ブラックカードはあった。
西園寺は少し安心すると早速、暗視ゴーグルを召喚した。まずは、視界を確保しないと。
何も見えなかった周囲が見えるようになると…西園寺は歩き出した。
もしその時…西園寺が逆の方向に歩いていたら…運命は変わっただろう。
しかし、運命は必然だ。
西園寺はゆっくりと、歩き出した。
そう…ここに来たのもまた、運命だった。
夜の暗闇の中にいるのに…一匹も魔物が襲いかかって来ないのは、なぜ。
普通なら、そんな疑問を持つはずだが……………。
異世界から来た西園寺には、注意力がかけていたのだろうか。
いや、違う。
何かが、西園寺を引き寄せていたのだ。
(水の臭い?)
自分の背丈より高い草花を、かき分けながら、数分進んだ西園寺の目の前に、それはいた。
そこは池というより、泉という感じの澄んだ水場。
あれほど暗かった周囲の中で、泉の中央だけに…月明かりが落ちていた。
泉は、木々に縁取られ、人が休める場所はない。
そんな泉の中央に、人はいた。
水面の表面を爪先で立ち、六枚の翼をたたんで、物憂げな表情で…水面に映る自分を哀れむように見つめた…少女。
西園寺は茂みの隙間から、少女を見、息を飲んだ。
それは、この世界で見た…何よりも美しく、気高かった。
いや、自分がいた世界でも見たことがない。
天空の女神アルテミア。
これが、西園寺との出会いだった。
「なんなんだ…」
息を飲み、茂み中からアルテミアを見つめていた西園寺は、ただ…じっとしていた。
動こうともしなかった。
いや、できなかった。
心は奪われていたが…体は硬直していた。
美しさの中にある恐ろしさ。
動いたら、殺される。その確信はあった。
先日、アマテラスと対峙した時も、これ程の恐怖を感じたことはなかった。
それなのに、動けないという苛立ちの中に、動きたくないという気持ちもあった。
(あれが…天空の女神か?)
西園寺が息を飲んだ瞬間、遠くにいたアルテミアが…目の前にいた。
「!?」
泉の中央にいたはずのアルテミアは…瞬き程の刹那に、西園寺の前まで移動していた。
アルテミアが軽く息を吹き掛けると、西園寺の周りにあった草や枝が、一瞬にして飛び散り、西園寺の全身を露にした。
アルテミアは肩をすくめ、
「一瞬、赤星だと思ったのは…お前のせいか…」
アルテミアは、西園寺の着ている学生服に見覚えがあった。
少し目を細め、
「お前…赤星と同じ世界から来たな?」
アルテミアの瞳が、赤く光り…それを見た西園寺の中に、言葉が流れ込んでくる。
(お前と赤星の関係は?)
意識の自由を奪われ、西園寺は素直に、こたえてしまう。
(ただ…同じ学校にいただけだ…親しくはない)
(赤星は、どこにいる…)
(知らない…。動向を探ってみたが…。この世界のどこにもいない…。カード履歴も調べたが…ここ数か月、使われた形跡はない)
素直に話す西園寺に、軽く首を傾げると、アルテミアは西園寺に顔を近付け、もう一つきいた。
(お前は、何者だ?)
(安定者)
それだけは、力強くはっきりとこたえた。
「安定者!お前がか?」
アルテミアの脳裏に、死にゆくジャスティンの顔を浮かんだ。
少し顔を背けたが、すぐに西園寺を凝視し、
「なぜ…異世界から来たお前が、安定者になれる?それに証拠は?」
アルテミアは、思念で話すのをやめた。
西園寺は、ゆっくりと胸ポケットから、ブラックカードを取り出した。
それをアルテミアに差し出すが…アルテミアは受け取らない。
「フン。そんなカード…」
アルテミアの瞳が、また輝く。
「まだお前は、質問に答えていない。なぜ、安定者になれた?」
「そ、それは…」
西園寺の中にも、明確な答えはなかった。
ただクラークが、異世界の人間の力がほしかったとしか…理解していなかった。
魔獣因子…。
西園寺の頭に、唐突に浮かんだその言葉を、アルテミアは読み取った。
「魔獣因子とは、何だ?」
アルテミアの問いに、西園寺は目を見開き、ただ彼女を見つめた。
「知らぬか…」
アルテミアは少し考え込み、
「魔獣因子…それが、お前が異世界に来た理由だとしたら…」
アルテミアは、にやりと笑った。
「まあ、いい…。お前が、人間達の指導者というならば…」
「!?」
西園寺は驚いた。
アルテミアが、顔を近付けてきたのだ。
アルテミアの顔を間近に見て、顔を赤らめる西園寺に、アルテミアはフッと笑った。
「残念だけど、キッスではない。お前は…あたしの眷属になってもらうだけ」
笑ったアルテミアの唇の端から、鋭い牙が覗かれた。
(バンパイア…)
西園寺は、抵抗しょうとしたが、体がいうことをきかない。
「心配するな…痛くない」
アルテミアの顔が、西園寺の首筋に近付く。
「赤星にも…こうしていたら…」
牙が…首筋に刺さる寸前に、アルテミアの呟きが、西園寺に聞こえた。
牙が刺さった。
不思議と痛みはなかった。
(俺は…どうなる…)
西園寺は、目をつぶった。
しかし、牙は刺さるとすぐに、抜かれた。
(え?)
驚いて目を開けた時、西園寺の前に、アルテミアはいなかった。
「どうした!」
体の自由も戻り、西園寺は辺りを伺った。
その瞬間、泉に雷鳴が轟き、凄まじい電気が走った。
「馬鹿目!これくらいの電撃で、わしを倒せると思ったか!」
泉の中央が盛り上がり、電気を纏ったまま、竜巻のように水が上昇すると、電気は拡散し、水は弾け飛んだ。
その中から現れたのは、赤い鎧を身につけ、白い髭をたたえ、全身が筋肉の塊のような巨人。
「我を、罠にかけたつもりか!笑止!天空の女神よ!」
「ポセイドン!」
遥か天上から、再び雷が落ちてくる。
その雷とともに、アルテミアも落ちて来た。
音より早いアルテミアのかかと落としを、ポセイドンは片腕で受けとめた。
雷鳴の輝きが、辺りをフラッシュバックのように照らした。
西園寺は、暗視ゴーグルを付けていたことを後悔した。
水面が弾け、電流が拡散した。
西園寺は、暗視ゴーグルを外し、ただ…神々の戦いを見守ることしかできなかった。
薄闇に包まれていた木々が、アルテミアの攻撃によって、昼間のように明るくなっていた。
烏のような黒髪や翼も関係なく、光り輝くアルテミアはまさしく女神だった。
かかと落としから、回し蹴り、右足から左足。
足技を基本にして、アルテミアの攻撃はすべて、雷を纏っていた。
蹴りを放つ度に、稲光のような閃光が走った。
しかし、ポセイドンはそれらを余裕で、受けとめていた。
しかも、片手で。
「軽いわ!この程度の蹴りで、我に勝てると思っておるのか」
空中で回転し、高角度から、蹴りを放った後、アルテミアは水面に着地した。
そのまま、二人は…何事もなかったかのように、動きを止めた。
水面が水平になり、周囲が暗闇を取り戻すと、ポセイドンは口を開いた。
「フン。黒髪か…」
ポセイドンの知るアルテミアは、母親ティアナと同じ…美しいブロンドだった。
「今は、父親の方の血が、濃くなっているということか……しかし!」
ポセイドンの手に、いつのまにか巨大な青竜刀が、握られていた。
「人の子が…例え、魔王の血をひいてようようが…所詮、人の子よ」
ポセイドンは、青竜刀をアルテミアの方に向けて、振り落とした。
アルテミアはほんの少し、体を横にして、衝撃波を避けた。
泉の水が裂け、底を歩ける程の道ができた。その道は、泉の外…遥か彼方の山をも、真っ二つにした。
西園寺は、息を飲んだ。
(なんなんだ…この戦いは)
次元が違った。
「フン!」
アルテミアは後ろを振り返ることもなく、ただポセイドンを見据えた。
そして、無言で青竜刀を指差すと、人差し指を動かし、もう一度、刀を振るうように示唆した。
「貴様!舐めてるのか!」
アルテミアの態度に、激怒したポセイドンは、青竜刀を大きく振りかぶった。
「望み通り!今度こそ、真っ二つにしてやるわ」
ポセイドンが刀を振り落としたと同時に、アルテミアの手に…氷でできた槍が握られた。
そして、ポセイドンが振り下ろした後、少しずらして、槍を振り下ろした。
ポセイドンの衝撃波を迎え撃つかたちで、アルテミアは女神の一撃を放った。
かまいたちの風と雷鳴の突きが、衝撃波と至近距離でぶつかり…。
「フッ」
ポセイドンは、鼻で笑った。
西園寺は、唾を飲み込んだ。
一瞬、時が止まり…アルテミアの髪が槍を振るった為、乱れた。その黒髪が…こぼれ落ちる前に、全身から血が噴き出した。
それと同時に、アルテミアの股の下の地面が裂けた。
亀裂は、数十メートルに及んだ。
「馬鹿目」
ポセイドンは、口元に笑みを浮かべた。
アルテミアの体が、肩から股までスライドするように、切れていく。
「あっ」
西園寺は思わず茂みから、飛び出そうとしたが、足が動かなかった。
真っ二つに裂けながら、崩れ落ちていくアルテミアを見て、ポセイドンは声を出して笑った。
「ハハハハ!女神といっても、所詮人の子!我らに勝てるはずがない!それを!王はいちいち、気にし過ぎなのだ!先代と比べて、今の魔王は………!」
ポセイドンは、言葉を止めた。
崩れ落ちたはずの…アルテミアがいないのだ。
「なっ……どこに消えた!」
ポセイドンがキョロキョロと、前方を探していると、後ろから声がした。
「この程度か…」
少しがっかりしたような口調に、ポセイドンは唖然とし、振り返った。
そこには、少し肩口から血を流しているアルテミアがいた。
怪我はしているが、真っ二つになる程ではない。
「い、いつのまに!」
アルテミアの方へ体を向け、青竜刀を構えるポセイドンを、今度は…アルテミアが笑った。
「お前の力…もうわかった」
「ほざけ!」
青竜刀を振るおうとしたが、いきなりポセイドンの目の前まで来たアルテミアは、人差し指と親指で、青竜刀の刃を掴んだ。
ポセイドンが握る刀は、びくともしない。
「き、貴様!」
刀を振るおうと力を入れ、もがくポセイドンを、アルテミアは一切、見ない。ただ虚空を見つめていた。
しかし、あまりにもポセイドンがもがく為、アルテミアは唐突に指を離した。
バランスを崩すポセイドンが、青竜刀を地面に突き刺し、何とか倒れるのを阻止した。少しだけ深呼吸をすると、鋭い視線を感じ、顔を上げた。
そこには、冷ややかに見下ろすアルテミアの顔があった。
「そんな…馬鹿な…ありえん」
ポセイドンは青竜刀を引っこ抜くと、アルテミアから離れた。
ポセイドンの全身が、汗だくになる。
底知れぬプレッシャーが、目の前に立つアルテミアから、感じられた。
「あり得ない…あってはならない」
ポセイドンは刀を握り返し、アルテミアへ向けて、一歩だけ前に足を出した。
アルテミアは動かない。
「なぜだ…手応えはあった」
大したダメージを受けていないアルテミアの全身を、観察した。
「お、お前は…誰だ?」
そこにいる者は、明らかに異質だった。
ポセイドンが、知るアルテミアでもなく…誰とも決め付けることのできない…圧倒的な威圧感が、魔王ライを想起させた。
「しかし!」
ポセイドンは刀を、振りかぶった。
「我は、海の神ポセイドン!我は、これくらいで、退けぬわ」
ポセイドンは青竜刀を、アルテミアの頭上から振り下ろした。
その動きに合わせるように、アルテミアは再び槍を持つと、ポセイドンに向かって歩き出した。
「我に、女神の一撃は効かぬわ」
アルテミアは、無表情でポセイドンに向かっていく。
別に…刀を避けるでもなく、槍を振るうでもなく…。
「死ね!」
渾身の一振りは、アルテミアを切ることなく…擦り抜けていく。まるで、映像を切るかの如く。
アルテミアの体が、ポセイドンの体さえ、擦り抜ける刹那の時間を経て、ポセイドンは凄まじい攻撃を受けた。
「こ、これは…!」
かまいたちと雷鳴だけでなく…地の底から襲い掛かる無数のマグマの竜と…洪水。
「女神の乱撃」
アルテミアは呟いた。
風と雷、炎と水。
その異なる技が、同時に発動されたのだ。
すべての技が、ポセイドンを直撃した。
信じられない程の魔力の塊は、ポセイドンの鎧を粉々に破壊した。
泉のすべての水が吹き飛び…泉には、水がなくなった。
「三人の女神の一撃の…同時攻撃だと…」
今度は、ポセイドンの全身から血が噴き出した。
「あり得ん…」
崩れて落ちていく…ポセイドン。
片膝を地面につこうとした瞬間、ポセイドンは途中で踏張った。
「我は神!これしきの攻撃で、倒れるわけにはいかぬ!」
何とか倒れることを防ぐと、ポセイドンは、アルテミアを探した。
いない。
その時、戦いをずっと見ていた西園寺もまた、アルテミアを見失っていた。
「消えた…」
しかし、握り締めていたブラックカードには、レッドマークが2つ、この地区に点滅していた。
「アルテミア!」
ポセイドンの絶叫を、雨のように落ちてきた…泉の水がかき消した。
「出てこい!」
青竜刀を振りかざし、ポセイドンは気配を探った。
もしこの時、西園寺がブラックカードのディスプレイを見ていたら、気付いただろう。
2つのレッドマークが、重なったことを。
先程とは少なくなったが、泉の水が戻ってきた。
「アルテミア!」
周りを見回すポセイドンの体は、水でびしょ濡れになっていた。
それを拭うことなく、ポセイドンは辺りを伺う。
「逃げたか…」
ポセイドンが、そう呟いた時…その身に、異変が起こった。
「ぐぐ…ぐげっ!」
突然、体を捩らせ、何か喉に詰まったように、吐き出そうとした。
「ぐぇ!」
何度かの嗚咽の中、喉から出てきたのは、鋭い爪を生やした…か細い腕だった。
ポセイドンの30センチはある大きな口から、もう一本腕が出てきた時、それらは力任せに、中から口を引き裂いた。
そして、ポセイドンの全身の穴から、電気が走った。
「うが………!」
声にならない声を上げた後、ポセイドンの体は爆発したかのように、飛び散った。
その中から、現れたのは、アルテミアだった。
「何が起こったんだ?」
西園寺には、理解できなかった。
アルテミアは、水の女神マリーの能力である液体変化を使い、先程落ちてきた水と混ざり、ポセイドンの内部に侵入したのだ。
「水の女神の技で、死ねたんだ…本望だろう」
いつのまにか、アルテミアはポセイドンの心臓を掴んでいた。
それを、生で食らう。
「お前の力も貰うぞ」
心臓にかぶり付くアルテミアを見て、西園寺はぞっとなった。
(今度は、俺が…)
しかし、アルテミアは次の瞬間、西園寺に構うことはできなくなった。
「な…」
アルテミアの手から、ポセイドンの心臓がこぼれ落ちた。
腕が震えていた。
「何だ…このプレッシャーは…」
唖然としながら、振り返ったアルテミアの後ろに、能面をつけた女が立っていた。
女の登場とともに、空は一面の星空へと変わった。