第55話 闇の中の光の欠片
「王よ…」
闇の間から、謁見に間に移動したライはただ…玉座に座り、魔神達の報告を聞いていた。
戦況は、芳しくなく…108いた魔神は、80まで減っていた。
玉座の前に跪き、報告を終えた魔神に、側近であるカエル男が下がるように伝えると、魔神はもう一度深々と頭を下げ、謁見の間から退室した。
ライが何もこたえない為、謁見の間にやや重い空気が流れる。
少し怯えているカエル男に代わって、炎の騎士団長リンネが、玉座の横から出ると、王の前に跪いた。
「王よ。我々は、このままでは…天空の女神にも、赤星浩一にさえ…勝てません」
玉座の左右に立つ三人の騎士団長の顔に、驚きが走る。
水の騎士団長ポセイドンに、カイオウ。
炎の騎士団長不動にーーリンネ。
一重瞼に、跪くと床につくほどの長い黒髪を、さらに押しつけるように、リンネは頭を下げる。
「ネーナ様、マリー様を失った今…我が軍で、二人と戦えるのは、我々騎士団長のみ。確実に勝てるとなれば…」
騎士団長の間で、緊張が走る。
「王…あなたしかおりません」
「聞き捨てならなんな」
リンネの言葉に、ポセイドンが一歩前に出た。
「我ら…いや、我が勝てぬと?」
鮫の肌のようなざらついた…武骨の鎧を身に纏ったポセイドンは、ギロリと上から、リンネを見下ろした。
「事実を述べたまでです」
リンネの揺るぎない口調に、ポセイドンはキレた。
「自分の腑甲斐なさを晒しておいて…我らにまでも、恥をかかすつもりか」
「ポセイドン殿の強さは存じておりますが…あの二人には勝てませぬ。何とか、水中に引き込めは…善戦はできるでしょうが…」
リンネの冷静な分析の途中、ポセイドンの持つ巨大な鎌が、リンネの首筋に差し込まれた。
「小娘が!先代の時代より、軍勢を預かっている我を…舐めるな!」
「ポセイドン!控えよ!王の前ぞ」
カエル男の仲裁も聞こえないポセイドンは、鎌を振るおうとしたが…リンネの髪が絡みつき、鎌を振るえなくした。
「王よ…。赤星浩一が、今いる場所は…例の大陸でございます」
ポセイドンを無視し、自分だけを見据えるリンネの言葉に、ライは初めて笑った。
「関係ない…。今更、何もできぬ」
ライの言葉に、リンネは深く頭を下げ、
「わかりました。その件は、こちらで対処致します」
リンネは立ち上がった。
首筋に差し込まれた鎌も、髪の毛に巻き付けられながら、上がっていく。
「こざかしい小娘か!我が、何も知らぬと思っておるのか!こちらで対処するだと!赤星という人間と、ともにいる魔物の一匹は、貴様の妹だろ!」
ポセイドンは力を込めると、髪ごと鎌を首筋からひっこ抜き、頭上へと振り上げた。
その鎌を横合いから、炎の手が掴んだ。
「ポセイドン殿。王の目の前ぞ」
「不動!」
全身が炎でできており、燃え盛る炎を鎧で押さえている姿の不動は、炎でできた眼球を、ポセイドンに向けた。
絡み合う視線。
リンネだけは、ライに頭を下げていた。
「控えよ!」
カエル男はもう一度、叫んだ。
カイオウは…この騒動にも微動だにせず、玉座の横で目をつぶっていた。
「……リンネよ。お前の考えは、分かっている」
ライは呟くように、口を開いた。
ポセイドンと不動はさっと離れると、王の前に跪いた。
リンネも再び、跪いた。
「しかし…」
ライはまた、無言になった。
リンネ達は、静かにライの言葉を待つ。
「王よ…」
今までずっと目をつぶっていたカイオウがいきなり、玉座の前に立ち…跪いた。
「恐れながら、申し上げます。我々、騎士団長を…いや、すべての魔物を率いることのできるお方は、王と…あの方しかおりませぬ」
「カイオウ…」
リンネは少し顔を上げ、前に控えるカイオウを見た。
カイオウは顔を伏せたまま、言葉を続けた。
「王のお気持ちも、十分察しております。しかし!今の我々には、あの方のお力が、必要なのです!」
カイオウは、鎧の肩当てを外し、上半身の鎧を脱いだ。
そこにあるものは…肩から胸にかけて走る傷痕。
「あの方こそが、今の我らの希望!」
カイオウの心からの叫びに、ライは目を開けた。
「カイオウよ」
「は!」
少し間を開け、
「今のあやつに…心はないぞ」
「存じております!…しかし!あの方の存在こそが、必要なのです!」
カイオウは額を、床に付けた。
「カイオウ…」
ライは、玉座から立ち上がった。
「主の気持ちはわかった。だが」
ライは、カイオウを見下ろした。
「動くかどうかは…あやつの体次第だ」
ライは、玉座の後ろに向かって、歩きだした。
すると、すぐに壁があるだけなのに、ライの姿が空間から消えた。
そのまま、壁の中…物質の中を落ちていく。何の抵抗もなく、ライは落ちていく。
それは数メートルとも、数百キロとも思われる深さを。
物質がなくなり、ただ闇だけがある場所で、ライは止まった。
何もない場所。
しかし、ライが手をかざすと、少しの暖かさだけが微かに伝わった。
「できれば…このまま、ここにいてほしい…。体だけでも」
ライが、触れた空間が広がり、筒状のカプセルを浮かび上がらせる。
ただの闇ではなかった。
その闇は深く、淡く…あらゆるものを包んでいた。時さえも。
時間をなくした部屋。
ライの力によって、この闇の部屋は時を止められていた。
時がないから、終わることはない。
始まりがあり、終わりがあり…繁栄があり、滅びがあり…若さがあり、老いがあり…生があるから、死がある。
そう…すべては反比例でありながら…つながっている。過去から、未来のように。
「お前がばらまいた種は…私…私達の想像を遥かにこえてしまった」
ライの手のひらから、力が筒内に広がっていく。青白い光を放ちながら。
「願わくは…お前が、人に注いだ優しさと同等の…慈しみを、我らに」
筒状のカプセル内は、ライの電気に呼応し、光りはじめた。
「撃て!撃て!」
崩壊した魔法防衛軍本部近くに、仮設された西欧基地は、本部が移されたといえ、まだ人類の重要な拠点になっていた。
新たに設置された対空砲や、地下にも張り巡らされた結界は、建物の完成よりも早く準備されていた。
それは、次の襲撃に備えてだった。
しかし、予想より早く…基地は、恐るべき来客を迎えることとなっていた。
「なぜだ…」
雨アラレのように、基地から発射されるミサイルや弾丸。
幾重にも張られた結界をものともせず、白いフードで顔を隠した老人は、一歩一歩基地へと近づいていく。
ミサイルは…老人を突き抜け、弾丸も通り抜けた。
追尾型のミサイルは、何度も老人の体を突き抜け、やがてミサイル同士でぶつかり、爆発した。
その火花さえも、体を擦り抜けていく。
「化け物…」
砲台にいた兵士が呟いた。
「お前達は、忘れたのか!お前達の主を!」
老人が両手を広げ、結界の前で嘆いた時…真後ろに、誰かがテレポートしてきた。
「あんたのことなんて、知らないわよ」
凄まじい竜巻が老人を包み、かまいたちが老人のフードとコートを切り裂いた。
テレポートしてきたのは、神流だった。
その横に、松永が…更に正志が、テレポートしてきた。
「お主らは…」
フードの切れ端から、覗かれたのは…口と髭だけの闇。
「へぇ〜。ほんとに、体がないんだあ」
神流が、楽しそうに笑った。
「何者だ?」
老人は闇の体を晒しながら、体を反転すると、三人を凝視した。
「新たな安定者ですよ」
また老人の後ろから、声がした。
老人はその声に、聞き覚えがあった。振り返った先に、三人の男女がいた。
「お前は、クラーク・パーカー!」
「お久しぶりです。長老」
満面の笑顔を浮かべるクラークを真ん中に、左右に舞子と西園寺がいた。
「クラーク!これは、何の真似だ!」
老人の叫びに、クラークはぷっと吹き出した。
「もう茶番はやめましょう」
「茶番だと?」
クラークは頷き、
「もうあなたの正体は、みんな知っていますよ。ラル…いや、闇の女神、アマテラス」
クラークの顔から笑みが消え、鋭い眼光が老人に向けられた。
「き、貴様…」
クラークは、にやりを口元を緩めると、
「我々人類は、人類によってこそ、統治されるべきなのですよ。我ら…新たな安定者…いや、革新者ともいうべきかな」
クラークの言葉に、五人はブラックカードを取り出した。
「…お前以外の者は、どうなったのだ!クラーク!」
老人の言葉に、クラークは肩をすくめ、
「死にましたよ。あんなやつらは、人間の上に立つ資格はない」
クラークも、ブラックカードを指に挟んだ。
「ククク…」
クラーク達に囲まれた老人は、笑いだした。
「ははははは!」
やがて大笑いをすると、闇が圧縮し、口が膨張した。すると…巨大な口が、胸から股にかけて開いている全裸の女性が現れた。
「なめんじゃないわ!いくらブラックカードを持って、無限の魔力を使えたとしても、あたしを倒すことはできない!次元が違う」
「何だと!ばばあ!」
神流が朿だらけの鞭を召喚し、正志と松永は日本刀を召喚して、抜刀した。
そして、一斉に攻撃したが、日本刀は体を擦り抜け、鞭はお腹の口の中に、吸い込まれた。
「きゃ!」
鞭を握っていた神流まで、吸い込まれそうになったので、慌てて西園寺が、手の平から魔力の槍を放った。
槍は鞭を切ったが、ほとんどの槍は、口の中に消えていった。
「何?」
西園寺は、目を見開いた。
いきなり鞭が切れ、尻餅をついた神流がキレた。
「舐めるな!」
もっと巨大な武器を召喚しょうとした時、クラークが一歩前に出て、神流を制した。
「無駄だ」
クラークは神流を見ず、ただ正面に立つアマテラスを見据えた。
「クラークよ。お前ならわかるはずだ。わたしに勝てないことを」
アマテラスは不敵に、微笑んだ。
「そう…勝てません」
クラークは仰々しく頭を下げると、アマテラスに跪くと見せ掛けて、大爆笑した。
「そう勝てません…アハハハ!今まではね」
わざとらしい自分の演技に、クラークは途中でこらえきれず笑ってしまった。
「貴様までも!わたしを愚弄する気か!」
アマテラスは怒り、クラークに襲い掛かってきた。
クラークはひらりと攻撃をかわすと、アマテラスより少し距離を取った。
「あんたの頭の傷!ライトニングソードに、つけられたものだろ?」
アマテラスの頭の天辺から顎まで、頭を真っ二つにされた傷痕が残っていた。
「アルテミアにやられた痕だな?まあ、頭をかち割られても…まだ生きている生命力には、感心するが」
クラークは、右手を振るった。
フラッシュバックような光りが、アマテラスの足元から、首筋まで走った。
「影切りか…。しかし、影のないあたしには、通用しないわ」
アマテラスは右手を突き出した。光の束が放たれ、クラークを直撃した。
「クラーク様!」
舞子の顔に、この世界に来てから…はじめての表情が浮かぶ。
「心配するな」
クラークも右手を突き出し、結界を張っていた。
結界に弾かれて、光の束はアマテラスに返っていく。
「くっ」
アマテラスの腹の口が開き、光の束は吸収された。
クラークの張っていた結界に、ヒビがはいり…砕け散った。
「フッ」
クラークは心の中で安堵の息をつきながらも、表面では冷静を装っていた。
「やはり…あんたの魔力は、格段に落ちている。アルテミアと戦う前のあんたなら、結界ごと私を消し去ったはずだ」
クラークは、右手を突き出した。
「モード・チェンジか!」
アマテラスの言葉に、クラークはにやりと笑った。
「馬鹿目!命を縮める気か!それに、かわったところで、あたしを傷つける術はないわ!」
アマテラスはせせら笑うと、両手を巨大な鎌に変えた。
松永と正志、そして神流は、アマテラスの放つ魔力に、動けない。震えている。
前に出ようとする西園寺と舞子を、クラークは制し、
「見ておけ!」
「そうさ!ガキども!見ておくがいい!こやつの死ぬところをな!」
アマテラスは、一瞬に間合いを詰め、両鎌を交差させた。
クラークの横…西園寺と舞子の間を通り過ぎた。
「な」
西園寺には、アマテラスの動きがまったく見えなかった。
そして、それよりもクラークの動きが…。
「ぎゃあああああ!」
西園寺の後ろから、アマテラスの絶叫が聞こえた。
両手が肩口から、切断され…アマテラスの体から、闇の血が吹き出していた。
「な、な、何が…」
自分に起こったことが信じられないアマテラスは、ゆっくりと振り返った。
その瞬間、首筋に剣が突き刺された。
「く、クラーク…」
鋭い剣を握ったクラークが笑いながら、アマテラスの前にいた。
「あたしを切り裂くだとおお…このような力…お前にはなかったはずだ」
アマテラスの口からも、血が溢れた。
クラークは、笑みを押さえられない。
フフと笑いながら、
「人は、進化するのですよ。長老」
皮肉ぽく言うと、クラークは剣を引き抜いた。
青白く光る細い剣を、アマテラスは見つめ、
「その剣は…」
クラークは剣を一回転させると、切っ先をアマテラスに向け、
「次元刀」
「次元刀?そんなものが!」
「言ったはずです。人は、進化する。それは、人自体だけじゃない」
クラークは再び、アマテラスに向かって、剣を突き刺した。
「手にする武器もな!」
「舐めるなよ!家畜が!」
アマテラスの腹の口が巨大化し、クラークの身長の倍の大きさに裂けた。
もう全裸の女の姿はなく、巨大な口だけとなる。
「きゃっ!」
神流や西園寺達も、口に向かって、吸い寄せられる。
「剣ごと、飲み込んでくれるわ」
アマテラスに向かって、突っ込んでいたクラークは、もろに吸い寄せられていく。
「永遠の闇を、彷徨うがいいわ!」
高笑いするアマテラス。
「くそ!吸われる前に、斬る」
次元刀を握り締め、吸う風の中、クラークは体勢を整えようとした。
もう少しで、口というところで、風は止んだ。
「え?」
驚いた神流達。クラークも、唖然とした。
そして、何よりも一番驚いていたのは、アマテラスだった。
アマテラスの体が、球状の結界に包まれていた。
「ミックスウェイブ…」
アマテラスの後ろ…基地の周りに張った結界にもたれながら、1人の男が腕を組んで立っていた。
色の濃いサングラスをしている為、誰かわからない。
結界中で、巨大な口はあり得ない形で歪み、球の中で風を吸い込み…やがて、自分自身をも吸い込んでいく。
すると、直径2メートルはあった球が、だんだんと小さくなっていき…やがて、ビー玉くらいになり…目に見えなくなり消えた。
「時空流し…。自らの闇と無限の時空間の中を彷徨え…」
そう言うと、男は結界から離れ、クラークに向かって歩きだした。
クラークは、その歩き方…男の気を感じ、
「まさか…」
その男の正体がわかった。
雰囲気は変わっていたが、個人個人の気の波動は、指紋のように変わることはない。
近づいて来る男の顔の輪郭が、判断できた。
「なぜ、お前が…」
男は、仰々しく頭を下げた。
「ロバート・ハイツ!」
クラークは苦々しく、ロバートを睨んだ。
「なぜ…お前がここにいる!それに、今の魔法は…」
すべてが、クラークにとって予想外だった。
いきなりのロバートの登場は、クラークのシナリオにはなかった。
「ロバート・ハイツ!まともに、魔法を使えないお前が、なぜここにいる!」
クラークは、次元刀の切っ先をロバートに向けた。
ロバートは微動だにせず、だだ次元刀だけを凝視していた。
「その剣は、生きているな」
ロバートの思いがけない言葉に、クラークはぎょっとなった。
その表情の変化を、ロバートは見逃さなかった。
「今の俺は、何でも見透すことができる」
ロバートは、サングラスを外した。
「な!」
クラークは絶句した。
「これも対価さ。再び、戦う為の」
ロバートは、フッと笑った。
「お前…魔力だけでなく、自分の体さえ、売ったのか」
ロバートの顔には、目がなかった。
眼球がなくなっていたのだ。
「あんたと同じさ」
ロバートは、再びサングラスを掛け直すと、クラークを凝視した。
その視線の強さに、クラークは思わず歯を食い縛った。
「見えてんのかよ」
正志は、クラークの肩越しにロバートを見つめ、呟いた。
「見えてんだろ」
松永は、剣を握る手に汗が滲んで来るのを、感じていた。
静かな殺気が、ロバートから放たれていた。
「もお〜!」
さっきのラルといい、ロバートといい…神流のいらいらは頂点に達していた。
「どいつも、こいつも!偉そうにしやがって!」
そのいらいらは、防衛本能だったのかも、しれない。
神流の両手がスパークし、光を圧縮すると、レザー光線を発射した。
それは、ほんの一瞬だった。
一筋の光は、一直線にロバートに向かっていった。
しかし、その瞬間、レザー光線は…同じ軌道を戻っていく。
「え」
放った時と同時に、神流の右手が肩口から、切断された。
「ぎゃあああ!」
神流の絶叫が、こだました。
「神流!」
松永達が、神流に駆け寄る。
「ロバート!」
クラークは、ロバートに襲い掛かろうとした。しかし、ロバートは顎で、神流の方を促した。
足を止め、振り返ったクラークの目に、信じられない光景が映る。
血達磨になっているはずの神流が、まったく血を流していないのだ。
「てめえ!」
右肩を押さえた神流が、ロバートを血走った目で睨んでいた。
「どうなっているんだ!」
近寄ろうとした松永と正志は、神流に近付けなかった。
肩口から、噴き出すはずの血は…どす黒い何かに変わっていた。
それは…。
「腕が生えたああ!」
正志は後退った。
「殺してやる!」
神流の右手は、新しいものに変わっていた。前より、屈強で、鋭い爪を持った手に。
「傷つければ、傷つける程…肉体は強化されていく…。あれが、魔獣因子か…」
ロバートの感心したような言葉に、クラークは目を見張った。
「お前…」
「しかし。その肉体は、人間ではなくなっていく…か」
ロバートは、クラークに顔を向けた。
「かつて…あんたは、俺にそう語っていたな」
ロバートは昔、クラークの弟子だった。
「覚えていたのか…」
クラークも、ロバートを見た。
「無理やりのモード・チェンジみたいなもの…とも、言ってたな」
(魔獣因子…)
先ほどから、一歩引いた目で、様子を見ていた西園寺は、その言葉が引っ掛かった。
「貴様ああ!」
新しく生えた腕の長い爪で突き刺そうと、神流がロバートに突進してきた。
「しかし、発動には…個人差があるようだな」
ロバートはそう言うと、神流の体が…球状の結界に包まれた。
「うるさい小娘だ」
肩をすくめたロバートの首筋に、次元刀が差し込まれた。
「あまり調子に乗るな」
押し殺したクラークの声に、ロバートは鼻で笑った。
「俺を殺してもいいが…あんたの手駒が、減ることになるぜ」
クラークは、目だけで周りの状況を確認した。
神流だけでなく、松永や正志…西園寺や舞子まで、球状の結界に包まれていた。
クラークは歯軋りをすると、ロバートにきいた。
「望みはないんだ?」
ロバートは、クラークに笑顔を向け、
「ブラックカードが一枚、残ってるはずだ。ジャスティンさんのが」
「な…き、貴様…」
ロバートの首筋に、差し込まれた次元刀が震えた。
「別に、安定者になろうという訳じゃない。これからの戦いに、必要なんでね」
クラークは、何も応えず…ただロバートを睨んでいた。
ロバートは呆れたように、ため息をついた。
「別に、ここでさ…いっぺんに五枚、貰ってもいいんだけど」
「何でも、思い通りになると思うな!」
クラークは一気に、次元刀を振り払った。
しかし、ロバートは風より早く、ブリッジするように上半身を反らすと、次元刀を避けた。
「クラーク…。俺と今のあんたでは、戦いの勘が違う」
ロバートは、上半身を反りながらも、右手を振り上げた。
クラークの胸から、鮮血が噴き出した。
「何!?」
クラークには、自分に起こったことが信じられなかった。
ロバートは一回転に、体勢を立て直した。
その腕には…。
「ドラゴンキラー…」
クラークは、ロバートの腕に光るドラゴンキラーを確認した。
「やっぱ…ただでくれるわけがないか」
そう言うと、ロバートはにやりと笑った。
「先に、盗っといてよかった」
ロバートの左手に、ブラックカードが握られていた。
「いつのまに」
クラークは、唖然とした。
ロバートは、ひらひらと団扇のようにカードで煽ると、
「さっきの生意気な小娘から、戴いた」
「え?」
結界の中で、神流はブラックカードを探したが…どこにもなかった。
「本当は…その剣も、いただきたかったが…」
ロバートは、クラークに敬礼すると、
「またお会いしましょう」
その場から消えた。
「逃げ足も、速くなったか」
クラークは剣を下ろし、苦笑した。なぜか、あまり怒りを感じなかった。
胸の傷を確認すると、皮が切られたくらいで、傷は浅い。
ロバートが消えた後、結界も消えた。
解放された神流は、怒り狂った。
「あああたしのカードを!あの野郎う…殺してやる」
神流の生えた腕だけでなく、全身が逆立っていた。
殺気という魔力を周りに、放出する神流に、西園寺達の全身に鳥肌が走った。
「落ち着け!カードならある」
クラークが神流を指差すと、神流の手にブラックカードが召喚された。
すると、ブラックカードが光り……癒しの光りを放つと、神流の全身を包み…神流の苛立ちを抑えた。
「そうよね…まあ、いいわ」
簡単に怒りをおさめた神流より、西園寺は…クラークを後ろから見つめていた。
(魔獣因子…とは、一体?)
西園寺は、自分では答えの出ないものを探していた。
多分、それが…自分達が、この世界に呼ばれた…理由かもしれないからだ。