第54話 求める旅へ
水がなくなった池の化石に、転がる九体のミイラ。
最後の一体にかぶり付き、血を啜っている僕に、メロメロが声をかけてきた。
「あのお…兄貴…。全員吸っちゃったら、話し聞き出せないんじゃないのメロ?」
その言葉に、僕は吸っていた魔物を地面に落とし…我に返った。
「しまった!」
魔神という久々のご馳走に、目を奪われ、肝心なことを忘れていた。
僕は、頭を抱えた。
(そうだ!昨日から、普通のご飯を食べていないのが、いけなかったんだ!)
目先の魔神に、目を取られて、肝心な目的を果たせなかった。
「おい!」
吸い終わりかけていた最後の魔神に、声をかけたが…半ミイラ化していて、もうこたえることができる状態ではない。
「まあ…いいじゃないですか!まだ魔神は、90人以上いるんですからメロ」
カメレオンの顔を笑顔にして、メロメロは僕の肩を叩いた。
「はあ〜」
僕は大きく、ため息をついた。
カードシステムを司る格納庫での死闘から、数ヶ月…。
僕は、ブルーワールドと言われる…もう一つの世界を旅していた。
目的は、僕と同じ世界から来た沢村明菜を救い出すことと、天空の女神アルテミアを止めること。
あの日、アルテミアにライトニングソード華烈火を突き刺した…運命の日。
アルテミアの魔力と僕の魔力が、ぶつかり合うことで、数千キロも先に飛ばされてしまった。
一瞬の内に…気付いた時には、まったく別の大陸にいた。
そこは、僕の世界でいうオーストラリアの位置にあたった。だけど…今までこの世界に来て、魔物がいる以外…あまり変わらなかった世界観が、ここに来て一変した。
そこは、正しく…ロストワールドだった。
妖精が飛び回り、精霊が歌う。
巨大な爬虫類が闊歩し、我が物顔で、それらを狩る……魔物達。
それだけではない。
その魔物達と、戦う剣や盾を持った人間達。
この地に降り立った僕が、見たものは…魔物と人間、そして爬虫類との、三つ巴の戦いだった。
人間は基本、剣や槍で戦っていたが、中には…杖を持った魔法使いもいた。
(機械系がない?)
ホウキに乗った人間が、空中で、翼竜と戦っていた。
人間の群れが、巨大な熊と虎を合わせたような魔物に、力任せに蹴散らかされていた。
血肉が、飛び散るのを見て、僕はカードを取り出した。
「圏外?」
カードのディスプレイが、エラーを表示した。
「カードが使えない?」
愕然とした僕に、人々を蹴散らした勢いで、熊虎が襲いかかってくる。
巨大な爪と、しなやかな体。五メートルは越す巨体の癖に、忍者のように俊敏だ。
「舐めるな!」
アルティメット・モードのままだった僕は、ライトニングソード華烈火を召喚し、一刀のもとに熊虎を切り裂いた。
そのまま、ジャンプすると、空中にいた翼竜の腹に、ライトニングソード華烈火を突き刺した。
雷鳴が体を伝い、炎が翼竜を包んだ。
僕はそのまま着地するといきなり、無数の弓矢が飛んできた。
「な?」
驚いたが、アルティメット・モードの僕に、単なる弓矢が刺さる訳がない。
しかし、弓矢は刺さった。いや、刺さってはいなかった。切っ先は折れているが、鎧の表面に張りつき、何とか突き刺さろうと努力していた。
僕は先が、光っていることに気付いた。うっすらと緑色に。
「フン!」
気合いを入れると、弓矢は吹き飛んだが…空中で回転すると、また僕に向かって来た。
僕は、ライトニングソード華烈火を持ち、一回転させた。
周囲に炎の膜ができ、弓矢を消滅させた。
その様子を、百メートル程距離をとって見ていた人間達は、黙ってその場から立ち去った。
いつのまにか、僕が倒した熊虎と翼竜の死体がなくなっていた。
遠く離れていく人の群れの中に、熊虎の死体らしきものが確認できた。
「一体…何があったんだ?」
僕は、ライトニングソード華烈火を反転させると、右手の指輪の中に、収めた。
すると、鎧も指輪の中に吸い込まれ…僕は、いつもの学生服姿に戻った。
「ここは一体?」
辺りを見回していると、太陽が沈み出した。
太陽の方を見ると、遠くに湖があり、水面が光っていた。
どうやら、ここは高台にあるらしく…湖から、顔を出した首長竜を、数匹確認できた。
そのあり得ない幻想的な光景を、僕はしばらく眺めていた。
夕陽の時間は短い。
日が落ち、暗闇が訪れる前に、僕は寝床を確保しなければならない。
辺りを見回すと、全方は巨大な湖になっており、左右は…緩やかな高台で、背の短い草ぐらいしかなく、身を潜める場所はない。
振り返ると、森があり…人々が去っていた方向でもあった。
(人が去ったということは…)
僕は夕陽に背を向け、森に向けて歩きだした。
もしかしたら、町や村があるかもしれない。
異様に伸びる影とともに、森へと向かった。
夜が、じわじわと僕の体を包んでいく。
夜が近づくにつれ、僕の体が変わっていくような感覚がした。
夜…。人は、暗闇を根源的に恐れているはずだ。
だけど、今の僕には恐怖はない。
一歩一歩、歩きながら、僕の心は高揚し、共にあった影は消えた。
(体が変わっていく)
はっきりと、自分にも変化がわかった。
ついさっきまで、僕の近くに、何匹かの魔物の気配を感じていた。距離はとっていたが、確実に獲物として、僕を狙っていたはずだ。
それが、今はいない。
(クククク…)
心が笑った。
僕は足を止めると、周りを詮索した。
離れていても、魔物の位置がわかった。
半径一キロに、百五十匹。
まったく隠れるとこのない草原だが、暗闇が覆い…どこにいるのか、まったく見えない。
だけど、わかる。感じるのだ。
(それは、バンパイアとしてのあなたの能力…)
頭にティアナの声が響いたけど…関係ない。
本能が、僕を突き動かした。
「うおおお!」
狼のような咆哮を上げると、僕は拳を地面に突き刺した。
すると、周囲に地震が起こり、亀裂が走ると…そこからマグマが吹き出した。
地面に潜っていた魔物達が、炙り出された。
僕は…魔物達に向かって、突進する。
唇の端から、牙を覗かせながら…。
(あの頃は…自分の中に、起きていた変化に、気付かなかった)
水がなくなった池の真ん中で、魔神の死体を見つめながら、僕は物思いにふけってしまった。
「兄貴!他をあたりましょうメロ」
フレアの横で、メロメロは僕に向かって、叫んだ。
「そうだね」
僕は、二人に向かって歩きだした。
メロメロに、フレア。
この世界に来て、僕にできた新しい仲間。
勿論、人間ではない。
(それは…僕もか)
僕は、自分の手のひらを見つめた。
この大陸では、僕は人間として認識されていない。
のちに知ることになる…魔獣因子。
僕の体にある…その因子が、僕を変えていた。
昼間は何とか、堪えられるけど…夜は、バンパイアとしての能力が目覚めていた。
ティアナの指輪によって、魔力は押さえられているが…それでも、人の数倍の身体能力を発揮できた。
この大陸に来た時の暴れぶりが、噂を呼び…僕は、人々から恐れられていた。
「兄貴!」
メロメロは、笑顔を向けた。
恐れられているのには、もう一つ理由があった。
僕は、ため息をついた。
ニコニコと愛想よく笑うメロメロは、ポケットを漁り、何かを取り出した。
「飴舐めますか?兄貴。辛子明太子味…レアメロ」
メロメロが差し出した飴を、受け取った僕は、まじまじと飴を包んでいる包装紙を見た。
「なぜ…辛子明太子味?」
「姉さんも」
フレアにも、渡すメロメロをちらっと見た僕は、何か違和感を感じ、飴とメロメロを交互に見つめた。
「兄貴。いらないんですかメロ」
飴を頬張って、口の中でコロコロと転がしながら、メロメロは首を傾げた。
僕は気付いた。
メロメロの格好だ。
迷彩色のズボンに、黒のダウン…昨日までと違う。
「メロメロ!お前…服どうした?」
僕はメロメロを指差し、問いただした。
「ああ…。ついさっき、盗んだメロ」
メロメロは当然とばかりに、胸を張って、こたえた。
「お、お前…」
「なかなか似合ってるメロ」
自慢気に、ダウンのポケットに手をいれ、ポーズを取るメロメロに、僕は頭を抱えた。
そう…これが、問題だった。
炎の盗賊団。
世間は、そう僕らを呼んでいた。
貴金属や金目の物を盗むのではなく…食べ物や、衣服、水や石鹸など…日々の生活必需品を盗む泥棒。
盗賊団というより、窃盗だろう。
コソドロというのかもしれない。
「メロメロ!それを返して来い!」
僕の言葉に、メロメロはそっぽを向き、
「いや、メロ!」
「メロメロ!」
僕の剣幕にも、メロメロは平然とし、
「こいつは、魔術衣料の新製品メロ。耐熱仕様だから、今までのすぐ燃える服と違って、物凄くいいメロ」
材質を確かめて、満足気なメロメロに、僕は呆れながら、
「やっぱりいけないよ」
諭すように言おうとしたけど、メロメロはどこ吹く風で、
「姉さんの分もあるメロ!」
どこからか取り出したワンサイズ上の女性用の服とズボンを、フレアに渡していた。
フレアは無表情で頷き、体を包んでいた炎を消した。
白い透き通った裸体がいきなり現れて、僕は慌てて顔を背けた。
「お揃いメロ!」
嬉しそうに、はしゃぐメロメロに、僕は堪忍袋の尾が切れた。
「メロメロ!返して来い!泥棒は、犯罪だ!」
僕の剣幕に、メロメロは睨み返すと、
「いやメロ!人から、奪うのは、魔物の本業メロ!」
「僕は、魔物じゃない!」
「魔物じゃなかったら、何メロ!魔力がある人間なんていないメロ!それに!」
メロメロはつかつかと、僕に近づき、目の前で指を突き出した。
「そんなに言うなら、兄貴が、物を調達したらいいメロ!今ある道具は、全部!メロメロが、盗ってきたメロ!兄貴に、用意できるメロか!」
「そ、それは…」
僕は、思わず…後退った。
この大陸に来てから、カードが使えない為、買い物もできない。
いくら無限に使用できるブラックカードを持っていても…圏外で使えなければ、意味がない。
それに、この大陸は…他の国と違っていた。
生活、いや世界そのものが違っていた。
「本当、兄貴は戦いだけで…後は、てんで役に立たないメロ」
メロメロは腕を組んで、ため息をついた。
「ほんと…役立たずだわね」
メロメロの肩に、止まった妖精がため息をついた。
「ティフィン!今まで、どこに行ってた?」
僕の質問にも、ティフィンはこたえず、ただ肩をすくめた。
水の妖精であるティフィンは、いつのまにか僕らの仲間になっていた。
戦いになると、いつのまにか消えて…食事時に現れる。
身長40センチ程の小さな体に、四枚のかげろうのような透き通った羽根が、背中から生えていた。
「ティフィンも、そう思うメロか!」
嬉しそうに言うメロメロの肩から飛び立ったティフィンは、メロメロの目の前で止まると、
「ところで、メロメロ…。あたしの服は?」
ティフィンは、メロメロに両手を差し出した。
メロメロは、少し視線を外すと…ポツリと呟いた。
「ないメロ…」
「はあ?」
ティフィンは、メロメロの顔近くまで接近すると、耳に手をかざし、聞き返した。
「ないメロ…と言うより…サイズがないメロ…」
「はあ?」
しばらくの間の後、ティフィンの眉間に皺ができた。
メロメロは、開き直ることに決めた。
「ティフィンのサイズなんて…」
「気合いで探せや!」
メロメロの言葉が言い終わる前に、ティフィンの蹴りが、メロメロの顔面に叩き込まれた。
歪むメロメロの顔。
「な、何するメロ」
メロメロの目に、涙が浮かぶ。
それでも容赦なしに、ティフィンの回し蹴りが、またメロメロの顔面にヒットした。
「いつも、いつも…フレアの分だけ盗りやがって!」
ティフィンの表情が鬼のようになり、何度も蹴りを往復ビンタのように、メロメロに叩き込む。
「依怙贔屓か!それとも、いじめか!」
「違うメロ〜」
涙を流すメロメロの両頬は、真っ赤に腫れ上がる。
見兼ねた僕が割って入る。
「やめろ!服がどうした!俺もずっと、この服だぞ!」
僕の言葉に、ティフィンとメロメロの動きが止まる。
二人は、同時に僕を見ると、
「てめえはいいんだよ!」
「兄貴は、黙るメロ!」
二人に睨まれて、僕はシュンとなった。
「すいません…」
僕は、なぜか謝った。
それを確実すると、またティフィンは蹴りを再開し…メロメロは蹴られる。
「なぜだ…俺が悪いのか…」
自己嫌悪に陥った僕の肩に、無表情のフレアの手が乗った。
「フレア…」
無表情だが…僕を慰めているのだろう。ひどい仕打ちの後は、ほんの少しの優しさが染みた。
しかし…違った。
フレアは…無表情のまま、上着の胸許を指で摘んで、僕に見せ付けた。
そう…これも、嫌がらせだった。
僕は、顔を引きつらせながら、笑うしかなかった。