第53話 変革
「現在交戦中であるニューヨークより、打電あり!ほとんどのゾンビを、地下鉄内に誘導することに成功!指示を待つそうです!」
衛星軌道上に、新たに建設された魔法防衛軍総本部内で、オペレーターの声が響いた。
アルテミアに破壊された旧本部は破棄され……新たにつくられた総本部は、使える限りのポイントを使い、数日で建設され完成していた。それも、宇宙に。
しかし、そんなところに基地をつくるという考えは、この世界にはなかった。
まだ…世界の大部分が魔界であり、人だけで存在する場所がない世界で、空に関心が向くことはなかったのだ。空もまた、ドラゴン等の魔物の領域であったからだ。
それを強引に、空に…さらにその上に建設させたのは、新たな安定者達であった。
空気を確保する為に、莫大に消費される魔力は、つねに大量のポイントの供給が、必要とされていた。
「アメリカって…確か、一年程前に…壊滅したんじゃないの?」
基地は、衛星というよりは、戦艦のような形をしており…そのブリッジ内の艦長席で、胡坐を組みながら、佐々木神流は、大欠伸をした。
「確か…軍隊と行政機関は、崩壊したけど…民衆は残っているはずだ。一般の戦士達が、ポイント集めに上陸しているらしいぜ」
神流の隣で、ブリッジの窓から見える地球を眺めながら、松永伸介がこたえた。
「へぇ〜そうなんだ」
あんまり興味なさそうに、神流は言った。
二人のそばには、無言の西園寺俊弘が立っていた。
「いかがなさいますか?」
オペレーターは、三人に指示を仰いだ。
「ふわああ」
欠伸でこたえた神流と違い、松永がきいた。
「ゾンビの数は?」
「正確な数は、わかりませんが…約数万です!」
すぐに、オペレーターがこたえた。
「じゃあ!攻撃!」
神流が人差し指を突き出し、地球の雲の下の大陸を指差した。
「レクイエム!発射!目標!ニューヨーク!」
楽しそうに告げる神流に、ブリッジ内にいた十数名の隊員が絶句した。
レクイエム…衛星軌道上から、核兵器以上のエネルギー波を放つ…破壊兵器である。
これにより、基地は向こうからの攻撃を受けることなく、一方的に攻撃できるようになった……所謂、完全兵器である。
「ま、待って下さい!レクイエムを撃ってば、ゾンビだけでなく、地上にいる民衆を巻き込むことになります!」
オペレーターの隣にいた管制官が、席から立った。
「それが、どうかしたの?」
神流は管制官を見ず、自分の指の爪を確認し出した。
「そ、それがですと!」
管制官は絶句し、唇を噛み締めると、一歩前に出た。
「民衆の命を、何と思ってらっしゃるか!」
と叫んだ瞬間、管制官の首が締まり…空中に吊り上げられた。
「あのさ〜ゾンビ倒したら、ポイントを得ることができるでしょ…。それは、最終的に、民衆に配られるんだよね」
神流は、右手の指を動かした。
その度に、管制官の首筋が歪む。
「ウグ」
管制官の顔が、青ざめていく。
「これも、民衆の為よ」
神流は、また欠伸をした。
「ば、馬鹿にするな」
管制官はカードを取り出すと、魔力を発動させた。
浮かんでいた空中から着地すると、首をさすり、
「ブラックカードを持っているからといって…お前のような小娘が、安定者だと!」
神流を睨んだ。
「おっさんの逆ギレ〜勘弁してよね」
神流は、背もたれに深々ともたれた。
「この私も、かつては、戦場を生き抜いた戦士だ!民衆の為に」
管制官の手に、鋼の剣が召喚される。
「やめておけ」
松永は言ったけど、止める気はない。
「好きにはさせん」
剣を突き出し、ジャンプしたところで…管制官は、ブリッジ内から消えた。
「発射」
神流は、静かな口調で命じた。
「は!」
ブリッジ内に緊張が走り、レクイエムの発射準備に入る。
ブリッジの正面の窓の向こうに、生身で宇宙にほおり出され…圧力の差で破裂する管制官の姿が一瞬見えた。
すぐに、ブリッジの直ぐ下にある砲台が輝き始めた。そこから、放たれたエネルギー波の光が、ブリッジの窓を照らした。
エネルギーの束が、真っ直ぐにニューヨークを上空から撃ち抜き、地下数百メートルまで抉った。そして、そこにある建造物も、人も魔物も、一瞬で消滅させた。
「人って、殺してもポイントにならないんだよねえ。残念」
神流の呟きをききながら、西園寺はブリッジを出た。
無表情で、自動ドアから飛び出すと、西園寺は足を止めた。
気分が、すぐれなかった。
(こんなことでは、支持を得られない)
西園寺は、心の中で唾を吐いていた。
「どうしたんだい?そんなしけた顔をして」
ドアの前を、左右に伸びる通路の向こうから、クラークと守口舞子が現れた。
クラークは、満面の笑顔を浮かべながら、西園寺に近づいてきた。
「別に、何でもありません」
凛とした物腰しで、一瞬にして感情を殺すと…いつもの無表情な西園寺に変わる。
クラークは、心の中で感心しながらも、笑顔のまま、西園寺の前に立った。
「君の言いたいことは、わかるよ。だけどね」
クラークは、西園寺の耳元で囁いた。
「あれは、あれで必要なんだよ」
西園寺の無表情な顔の…眉だけが、少し動いた。
クラークは笑いの底で、さらににやりと笑った。
「君達が、前に出るためにはね」
そう言うと、クラークは後ろで控える舞子に目をやった。
舞子もまた、無表情だ。
そんな二人を確認すると、クラークは西園寺の肩に手を置いた。
「まあ、少しは力を抜いて」
別れ際、西園寺にウィンクすると、クラークはブリッジ内へ入っていった。
(何だ…?)
扉の向こうに消えていくクラークの後ろ姿を…扉が閉まるまで見送った西園寺は、背中から視線を感じ、振り返った。舞子がじっと、無表情で見つめていた。
だけど、舞子はすぐに歩きだすと、西園寺の横を通り、ブリッジ内に入った。
「だから!」
小声でイラつくと、西園寺は学生服の上着のポケットに入れてあるブラックカードに触れた。
心が落ち着いた。
ブラックカードは、安定剤のような効力もあった。
(苛立つな)
西園寺は、廊下を歩きだした。宇宙にあるのに、本部の重力は安定していた。
ふっと足を止め、窓から眼下に浮かぶ地球を眺めた。
(やはり…こんな天上にいても、仕方がない)
支配すべきは、生きた人々なのだ。
西園寺は、地上に戻ることを決めた。
深い森の中…漂う空気すら、緑の味がする。
澄んではいるが、冷たくひんやりとしている。
そんな中、汗だくになりながら、逃げる…一匹の魔物。
人と同じような成りをしているけど、ズボンからこぼれた尻尾に、カメレオンに似た顔立ちが、異形感を出していた。
激しく息をしながら、茂みの中を走っていた。
獣道でもない為、草木を掻き分けながら、進んでいく。小さな枝などが引っ掛かり、腕は傷だらけになっていた。
何とか茂みから飛び出すと、そこは池だった。
二百メートル程の広さの池を見た瞬間、魔物は再び来た道を引き返そうとした。
しかし突然、池から伸びてきた水の手が、魔物を絡め取った。
「しまったメロ!」
池から、数十本の腕がさらに伸びてきて、魔物の動きを封じ込めると、空中に浮かべた。
「舐めるなメロ!」
魔物の全身が、赤く輝き…炎に包まれた。絡まった手から、湯気が上がった。
「炎の盗賊団を舐めるなメロ」
長細い舌を出し、池に向って笑った魔物の他に、笑い声がどこからか、聞こえてきた。
「ククク…」
「え?」
魔物の体が、赤から緑に戻っていく。
湯気は、水の手が蒸発していたのではなく…魔物の体の熱を冷ましていたのだ。
池の真ん中が盛り上がり、水は…十メートル程の人型の上半身になり…やがて、質量を感じさせる肉体を、構成した。
「お前如きの熱で、わらわの体を、消せる訳があるまいて」
アフロのような無数の鶏冠に、胸の辺りが裂け…それから、無数の腕が伸びていた。耳まで裂けた口から、無数の牙が並び、唾液でテカテカと輝いていた。
「手間をかけさせおって」
無数の手を縛られている魔物の全身が、物凄い握力で握り締められる。
「うぎゃあああ!」
魔物の顔が、違う意味で赤くなる。
「言わぬか!あやつの居場所を!」
水の魔物は、楽しそうに笑いながら、締め付ける。
「言わぬと、握り潰すぞ」
「…言わないメ……ロ」
魔物の口から、少し泡が噴き出してきた。
その時、池の上空から、雨のような炎が降ってきた。それは、炎でできたシュリケンだった。
「何!?」
シュリケンは、魔物を絡め取っていた手達を、斬り裂いた。
「サンキューメロ!姉さん」
手から解き放たれると、魔物はくるっと一回戦して、地面に着地した。
シュリケンは、池の魔物に突き刺さり、全身を燃え上がらせた。
「おのれえ!フレア」
炎に包まれながら、水の魔物は憎々しく、空から池の縁に、舞い降りた魔物を睨んだ。
蝶のような炎の羽をたたみ、フレアと呼ばれた魔物は、カメレオンの顔をした魔物を守るように、2体の間に割って入った。
蝶のような羽がついているだけで、フレアはまるで人間の女のようだ。
全身を包む炎に、守られた裸体に、人間と違うところは一切ない。
「姉さん!」
カメレオンの魔物は、フレアの後ろに逃げ込んだ。
「助かったメロ」
フレアは、無言で水の魔物を見つめ続けた。
「フン」
水の魔物は、鼻で笑った。
すると、全身に刺さっていたシュリケンは、消えた。
「元…炎の騎士団親衛隊副長…フレア。騎士団長リンネの妹ではあるが…」
シュリケンで切られた手が回転し、無数のドリルになると…一瞬にして数メートル伸び、フレアの蝶の羽に突き刺さった。
「我ら上級の魔神クラスとは、レベルが違うわ」
「姉さん!」
カメレオンの魔物の真横を、ドリルのようになった腕が通り過ぎ、地面に刺さった。
身を縮ませ、カメレオンの魔物は、フレアの背中にしがみ付いた。
「わらわは、昔からお前が気にいらなかった。魔神の中でも、最高の力を持つリンネと…大した力もない癖に、脆く美しい姿をしたお前。お前達…いや、特にお前が、憎らしかった!」
リンネは、羽を傷つけられながらも、無表情に水の魔神を見つめ続ける。
「しかし、リンネの妹であるお前に、手を出すことは、できなかった」
水の魔神の体からだけでなく、池全体の水面から、数千の腕が生えてきた。
「だが…なぜか!お前は我々を裏切った。理由は知らぬが…感謝せねばならぬ」
水の魔神の口がさらに、裂けた。
「堂々と、殺せるのだからな」
数千の手の先は、ドリルに変わり、
「その美しい体を、まずは穴だけにしてやるわ!」
一斉に、フレアに向っていく。
フレアの後ろにいるカメレオンの魔物は、思わず目をつぶり、叫んだ。
「兄貴!」
ドリルが迫って来ても、表情を変えないフレアの目の前を、風が通り過ぎた。
その風は…炎を纏っており、ドリルを切り裂きながら、一瞬にして、蒸発させた。そのまま、風は池一帯を吹き抜けた。
数千の手が消えた。
周囲を飛び回る風を、愕然として、見つめる水の魔神。
「罠にかかったのは、てめえの方メロ!」
カメレオンの魔物は、フレアの背中から飛び出した。
フレアの羽を、突き刺していた腕も消えた。
「こ、これは!」
水の魔神は、風の軌道を感じ、後ろを振り返った。
フレア達とは、反対側の水辺に立つ男。
その男の手に、風は掴まれた。それは、巨大な槍。
「やはり…貴様だったか!赤星浩一!」
この世界に来た時よりは、髪が伸び、髭も生えていた。学生服はボロボロになり、頬に傷痕が残っていた。
チェンジ・ザ・ハートを握り締めた赤星は、静かに水の魔物を見ていた。
「やいやい!降参するなら、今のうちだメロ!うちの兄貴は、てめえなんかとレベルが、違うんだからなメロ!」
赤星の姿を見て、意気がるカメレオンの魔物。
しかし、水の魔神は、見向きもしない。
体を反転させ、赤星と対峙する。
「わらわは、108の魔神の1人、アグア!」
赤星によって消された数千の手が、一瞬にして復活する。
「我らの王、ライ様の命により、貴様を抹殺する」
一斉に、上下、左右、前後ろ…あらゆる方向から、ドリルと化した手が、赤星に向けて、襲いかかってくる。
赤星は、にやりと笑った。
すると、瞳が赤く光った。
赤星は全身に力を込め、気合いを放った。
その瞬間、球状の赤い結界ができ…それは、すぐに弾けた。すると、迫って来た数千の手が、すべて蒸発した。
「バカな…」
アグアは絶句した。
赤き瞳を、赤星はアグアに向けた。
アグアの全身に、悪寒が走る。思わず、後退ろうとしたが、アグアは何とか思い留まった。そして、強がりの笑みを作った。
「あ、赤星!罠にかかったのは、お前の方だ!」
アグアの叫びに、フレアは顔を上げた。
「え?」
カメレオンの魔物も、慌てて空を見た。
そこには、月を隠す黒い影が十個…。
「あ、あれは…」
カメレオンの魔物は、恐怖から体を震わせた。
「あはははは!」
アグアは175センチしかない赤星を、頭上から見下ろしながら、高笑いをした。
「お前にどんな力があっても…我ら魔神11人を相手には、戦える訳があるまいて!」
アグアと10人の魔神は、赤星を囲うように、水面や水辺に降り立った。
「あ、兄貴…」
カメレオンの魔物は、再びフレアの背中に隠れた。
フレアは無表情に、赤星を見守る。
「この地で、朽ち果てろ!赤星!」
魔神達が、襲いかかろうとした時、赤星は右手を突き出した。
その動きに、魔神達の動きが止まる。
赤星の右手の薬指に、はめられた…指輪が輝く。
「モード・チェンジ」
赤星は呟くように、言った。
指輪から、光が零れて…白い鎧が、飛び出した。
赤星の全身に装着されると、鎧は赤く燃え上がる。
アルティメット・モード。
鎧を身につけた赤星は…池中に、一歩踏み出した。
赤星の足が池の水に触れた瞬間、池の水は一滴残さず、蒸発し…アグアもまた、声を出す間もなく、消滅した。
赤星は動きを止め、周囲に立つ魔神達を見回した。
舐め回すように、魔神達を見ると、赤星はにやりと笑った。
魔神達は、本能から後退った。
赤星の口元から、鋭い牙が覗かれた。
炎の盗賊団…。
世間は、僕達をそう呼んでいた。
貴金属や金目のものではなく…主に、食べ物や服…あと、石鹸や歯ブラシなど、生活感溢れたものを盗む盗賊団。
(それは、窃盗だろ)
頭を抱え続ける僕に、メロメロは呆れた。
「仕方ないメロ!物を買うお金がないメロ!」
「しかし…」
何か言おうとした僕に、メロメロは逆ギレした。
「仕方ないメロ!俺達は、魔物メロ!普通に、働くなんて無理メロ」
メロメロの言う通りだった。
この大陸では、僕は…魔物として、認知されていた。
働ける訳がなかった。
アルテミアから受け取ったままのブラックカードも、いくら無限にポイントを消費できるとしても…圏外で、使えなければ、ただのカードだった。
「大体メロ!兄貴にテクニックがないから、俺が盗って来てるのに!怒られる筋合いは、ないメロ!」
メロメロがいなければ、お金のない僕達は、何も買えない。
「…だったら、食べ物は仕方ないとして…お前の服は何だ!」
僕は何とか意地でも、言葉で負ける訳にはいかなかった。兄貴としての威厳を保たないといけない。
メロメロは言いがかりとばかりに、顔を真っ赤にして、反論した。
「服装は、つねに変えないと、目立つメロ!」
「俺は、ずっと!この格好だぞ!」
僕は、ボロボロになった学生服を、指差した。
すると、
メロメロは頷きながら、話しだした。
「兄貴には、似合ってる。その格好が!」