贖罪の体
「おい」
眉間に皺を寄せ、腕を組み、顎を上げ、全身を帯電させたアルテミアは、僕を睨み付けながら、言葉を続けた。
「言い訳は聞かないが、言い訳をしたければしろ。それを遺言としてやるから」
アルテミアの手には、今日発売の週刊誌が握られていた。
「こんな女の女体がわんさかと載った雑誌を見て!どうする気だ!更に、この乳だけ大きい女のインタビュー記事!」
アルテミアは、あるグラビアのページを開くと、僕に見せつけてきた。
「た、タイプは優しくて正義感の溢れた人。強いて言うなら…赤星浩一!」
僕を見るアルテミアの目が、血走っていく。
「浮気だな」
静かにコクッと頷くと、アルテミアは一歩前に出た。
「ア、アルテミアさん?」
僕は後退りながら、両手を前に出した。
「アルテミアさん…。そ、それは雑誌のインタビュー記事で…」
「しゃべるな。誰が話していいと言った」
アルテミアの全身に、電気が走る。
(さっき…何かいえと言ったじゃないか)
心の中でそう思いながらも、口に出すことはできないので、僕は愛想笑いを浮かべながら、ただ後ずさった。
「浮気=死ね」
アルテミアの殺気を感じ取ったのか、どこからか回転する2つの物体が飛んできて、僕の両脇をかすめた。
「チェンジ・ザ・ハート」
アルテミアが雑誌を離すと、その雑誌が小間切れになり、彼女の伸ばした右手が握り締める動きに合わせて、2つの物体は合体し、槍と化した。
そのまま、アルテミアは槍を一振りすると、脇に挟み、腰を屈めた。
「くっ!」
アルテミア最強の一撃が放たれようとした瞬間、前に向いていた僕の意識が、後ろから撃たれたような衝撃を受け、思わず目を見開いた。
「死ね!浮気者!」
女神の一撃が放たれようと、槍をアルテミアが振り上げた。
「アルテミア?」
僕は無意識にアルテミアに対して、構えるのを止めると、後ろを振り向きながら、チェンジ·ザ·ハートを片手で掴んで止めた。
「な!」
絶句するアルテミアの方を見ずに、僕は北の方を睨んだ。
「人が大勢死んでいる」
大量殺人が起こるような魔物や魔神の動きは、意識外であっても見逃さないように、テレパシーの網を世界中に張り巡らしていた僕は、心の中で絶句しながらも、状況を把握しょうと遥か北に意識を飛ばした。
「何!?」
先ほどまで我を忘れて、攻撃までしてきたアルテミアも一瞬で、冷静さを取り戻していた。
「あり得ない。こんなに沢山の人や、魔物が殺されたのに、あたし達が気付かないなんて」
「とにかく向かうぞ!」
僕とアルテミアの二人は、さっきのケンカをすぐに止めると、北に向かって翼を広げ、飛び上がった。
「失礼します」
仰々しい巨大な扉が開くと、防衛軍の中央に位置する司令官室の中に、一人の兵士が入ってきた。
「司令…!?」
「ご苦労」
兵士に背を向け、軍服を脱ぎ、動きやすい道着に似た服に着替えたジャスティン·ゲイが白い手袋をつけていた。
「し、司令?ま、まさか」
驚く兵士に、ジャスティンは身を整えながら、振り向いた。
「北の大陸に行かれるおつもりですか?」
少し声を荒げる兵士に、ジャスティンはあくまでも冷静にこたえた。
「ああ」
それだけ言うと、ジャスティンは体の動きを確かめ出した。
「危険です!」
慌て出す兵士に、ジャスティンはあくまでも冷静に答えた。
「北の大陸に常駐させていた監視式神からの映像は、確認している」
ジャスティンは、兵士を見た。
「私も初めて見るタイプだが、やつはおそらく108の魔神の一人。並みの戦士では敵わない。それに、やつのそばで次々に死んでいく様子を目にしたが、誰もやつに攻撃されたようには見えない」
ジャスティンの脳裏に、式神が破壊される前の映像が浮かんだ。
思わず、目を瞑るジャスティンは、拳を握りしめた。
「やつの能力は未知数だ。大切な兵士を亡くすくらいならば、君達よりも年がいっている私が行こう」
ジャスティンは、兵士に微笑みかけた。
「心配はいらんよ。無駄に年をとってはいない」
ジャスティンがゆっくりと、胸ポケットから、ブラックカードを取り出した瞬間、司令官室に声がこだました。
「追加に派遣した監視式神からの映像が届きました。たった今、アルテミアと勇者赤星浩一が、現場に到着した模様!繰り返します!現場に」
「な!」
ジャスティンは、驚きの声を上げた。
「誰もいないな」
焼け野原に、降り立った僕とアルテミアは、灰と化した町だった場所を見回した。
「すぐに現場に来る。いい判断だ」
突然声がして、驚く僕らの前に、灰だったものが人の形となり、灰になったものに座っていた。
「しかし」
灰だったものは腕を組み、僕らを見上げ、
「それは間違いだ」
にやりと笑った。