表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
554/563

天の上

「く!」


横凪ぎの斬撃を、蹴りで受け止めた男の動きに、緑は顔をしかめた。


「フン!」


男はそのまま剣を押し返すと、土を蹴り、浴びせ蹴りのような攻撃を繰り出した。


しかし、握る剣の衝撃を受付、緑の体は脳が命じる前に、後ろに回避させていた。


(くそが!)


緑は、心の中で毒づいた。明らかに、身体能力が向こうの方が数段上だった。


さらに、剣を通して伝わった感触から、相手の体の一部が金属である可能性が高かった。


男は回避した緑を追撃せず、ただ見つめながら、姿勢を正した。


(あたしの腕で鉄を斬れるか…)


魔法をプラスしたらそれも可能かもしれないが、ここはブルーワールドではない。


(ならば)


緑は覚悟を決めた。服でどこまでが金属でわからないならば、見えている部分…顔の部分には剣を突き刺すと。


緑に躊躇いはなかった。未知の敵を目の前にして迷えば、自分が死ぬだけだ。それが魔物がいる世界で生まれた人間の定めだからだ。


剣を握る手に、力を込めた瞬間、遠くの空気が騒いだ。


「刀?何かの撮影?」


二人から20メートル離れた位置に、女子大生がいた。


(民間人!)


緑の注意が一瞬だけ、女子大生に逸れた。


その次の瞬間に、緑の目の前から男が消えていた。


「くっ!」


顔をしかめると、緑は剣を下げ、女子大生に背を向けて、走り出した。


(目立ちたくないということか!)


初会わせであったが、向こうの方が有利であったはずだ。


緑は走りながら、ちらりと空を見上げた。









「まったく!何ですか!いきなり呼び戻して!見失ったとはいえ、ターゲットの住まいはわかっていますし!問題はありませんよ」


追跡中からいきなり呼び戻された輝は、高坂とともに路地裏を歩いていた。


すると、黒のスーツ姿の高坂の胸ポケットに入れてあったスマホが光った。


すかさずスマホを確認する高坂の横で、輝は立ち止まると、両手を首の裏に回し、顎を上げた。


「ここっすね」


カフェと言うよりは、喫茶店。


高坂は無言で頷くと、木造の古風な扉のノブを掴むと、ゆっくり開けた。


「いらっしゃいませ」


微かな鈴の音とともに、優しい年配の男の声がした。


高坂は軽く会釈すると、中に入った。


「ここかあ~」


キョロキョロしながら、輝は中に入った。独りならば、クールを気取る輝であるが、そばに高坂がいると、学生時代の感じに自然と戻っていた。


「これはこれは」


カウンター内にいたマスターは、高坂の後ろにいる輝を見て、目を細めた。


マスターの視線の先を理解すると、高坂は微笑み、六席しかないカウンターに近づきながら、口を開いた。


「初めてここを利用します…が、生徒会長。いや、九鬼真弓さんから噂をきいています」


高坂は席につくと、マスターを見上げ、


「コーヒーを」


注文した。


「かしこまりました」


頭を下げると、マスターは二つのカップにコーヒーを注いだ。


コーヒーを入れる音だけが、店内に響く静かな空間。


「九鬼様はお元気ですか?」


二つのカップを、カウンターに座った二人に出すマスターの言葉に、高坂は微笑んだ。


「だと思いますよ。今は、この世界にいませんが」


「この世界?」


高坂の放った言葉に、マスターは初めて営業スマイルの中に、別の表情を覗かせた。


「…」


逆に高坂は、微笑んだ。


「成るほど…」


マスターは頷いた。


「だから、ここに来て冷静だったのですね」


カウンターの後ろにある二つテーブル席に座るお客は、一人を除いて…人間の姿をしてはいなかった。


「最近、普通の人は…ここに辿り着くことはありませんでしたから…」


マスターは視線をゆっくりと、高坂から輝に移動させた。


「単刀直入にお訊きしますよ」


高坂放ったカップを手に取った。


「死神について、ご存知ですか?」


「死神?」


マスターは視線を、高坂に戻すと、逆にきいた。


「会われました?」


「いえ」


高坂は、カップの中身を見た。


「そうですか…」


マスターの顔が再び、完璧な営業スマイルに戻ろうとした時、高坂は言葉を続けた。


「私は会っていませんが、隣の者は遭遇しています。その時、こちらの銃を抜いて」


「!?」


マスターの顔色が変わる。


「…」


高坂はゆっくりと、カップの縁に口をつけた。


マスターは、そんな高坂をじっと見つめた。


「旨かった」


高坂はカップを、カウンターに置くと、マスターを見上げ、


「また来ます。お代はいくらですか?」


立ち上がった。


「明日…営業時間前なら、お話はできると」


お金を見上げ出そうとする高坂の動きを止めると、頭を下げた。


「承知しました。では明日」


「ぶ、部長?」  


一人状況がわからない輝は、コーヒーを飲み干すとあたふたと、高坂のあとを追った。




「ビンゴだ」


高坂は店を出ると、スマホの画面を確認した。


そこには、舞から送られてきた画像があった。緑と戦う男の映像。


テーブル席にいた一人だけ…人間の姿をしていた男が、映っていた。







「マスター」


人間の姿をした男が、目で高坂達が出ていくのを見送った後、口を開いた。


「あいつら…さっき、橘の学校であった女に、匂いが似ている」


「刀を持った女とですか?」


「ああ」


ぶっきらぼうにこたえながらも、男の目に鋭さがました。


「天上くん」


マスターは、カウンターに残ったカップを回収すると、男の顔を見た。


「明日も頼みましたよ」


「わかっているよ」


天上と呼ばれた男は頷くと、その場から煙のように消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ