空切り丸
「人を迎えに来る…神が…」
そう呟いた後、少し考え込む高坂。
「部長?」
舞は、怪訝な顔を向けた。
「死神」
高坂は、静かに目を閉じた。
考え出したら、納得できるまで目を開けないことを知っている舞は、溜め息をつくと、椅子を回転させた。
「大学って…やつか」
緑は無難な紺のジーンズに、グレイのTシャツの出で立ちで、レンガ造りの門を潜ろうとした。
(橘真理亜は、経済学部に通っているらしいが…どこだ?)
数万人が通うマンモス大学らしく、中に入った瞬間に緑は部外者らしく迷子になった。
(どうする?)
緑はあまりキョロキョロするのも不自然だと思い、とにかく一番近くの建物に入り、学校関係者に道を訪ねることにした。
(そういえば、橘真理亜は…地域社会に貢献する部活に入っていたな)
学生時代の経験から、教室を訪ねるよりは、生徒しかいないであろうクラブの部室の方が、怪しまれないだろうし、直接本人に会える確率も上がる。そう思った緑は足を止め、一番近くにいた生徒らしき人に声をかけた。
「すいません。ボランティア部の部室はどこにありますか?」
緑の言葉に、声をかけられた男が足を止めた。
「ボランティア部?」
迷彩服のシャツを来た男は、緑を見た。
「はい」
愛想笑いを浮かべた緑に、男も微笑むと、背を向け歩き出した。
「案内しましょう。ここは広いですからね」
「ありがとうございます。助かります」
男の背中に頭を下げると、緑は後を追った。
男は塗装されたメインストリートを外れると、木が生い茂る建物の裏手へと歩いていく。
「?」
緑は訝しげに、男の背中を見た。
「ところで、つかぬことをお訊きしますが」
いきなり、男は足を止めた。
いつの間にか、回りは木々に囲まれ、人影がなくなっていた。
「ボランティア部にお知り合いが?」
「え!ち、ちょっと、部の活動が気になりまして」
「部外者の方ですよね」
男は、振り向いた。その雰囲気に緑は猫を被るのをやめた。
「どうしてそう思います?」
「においですよ」
緑の問いに、男はこたえた。
「俺は、全生徒のにおいを記憶している。あんたは初めてのにおい。それに、ボランティア部をきいてきた」
「なるほど」
緑は頷くと、背中に右手を回した。
あまり驚かない緑に、男は眉を寄せた。
「こっちも道をきくならば…人じゃない者の方が、手っ取り早いと思ったわ」
ゆっくりと右手を前に出すと、緑の手に剣が握られていた。
「一般人が剣を持たない。それも…妙な力を持つ剣」
男は剣を見て、目を細めた。
「さあ~あんたらの目的を!」
聖剣空切り丸を突き出した瞬間、緑の目の前から男が消えた。
「橘…」
男は、緑の遥か頭上にいた。
「恩を返す時がきたな」
そのまま、緑に向かって落下した。
「死ね」
男の蹴りが、緑の頭蓋骨を一瞬で砕いたはずだった。
「なめるなよ」
着地した男の首筋に、横凪ぎの斬撃が決まった…はずだった。
「フッ」
数メートル後ろに、男が移動していた。
「やはり…」
「人間じゃないな」
ゆっくりと、二人は距離をとって構え直した。
「舞」
高坂は目を開けた。
「輝に連絡をとってくれ。どうせ、ターゲットを見失っているだろう」
高坂は立ち上がると、出口へと歩き出した。
「どこに行かれるのですか?」
舞は、キーボードを打つ手を止めた。
「ちょっとコーヒーを飲みにサ店にな」
「サ店?」
「まあ~」
高坂は口許を弛め、
「たどり着けるかは、あの馬鹿次第だがな」
フッと笑い、そのまま部室から消えた。