違いの認識
「死神が現れたそうです」
パソコンの画面から、椅子を反転させて、舞は後ろを振り返った。
「そうか」
舞の言葉に、静かに頷くと、高坂は目の前に座る人物を見据えた。
「貴女の言う通りでしたね。橘…旧姓、犬上亜依子さん」
「…」
犬上亜依子は、軽く微笑んだ後、宙を見つめ、口を開いた。
「犬上…懐かしい名前ね。もう忘れていたけど…今回の件で思い出した。そのお陰で、輝にも会えたしね」
「貴女にお訊きしたい。死神とは何ですか?ある程度観念としては理解できました。しかし、異世界の…神のいる世界から来た我々には理解できない。人の死を迎えに来る神」
高坂の話を、亜依子は途中で遮った。
「ブルーワールドと比べてはいけないわ。この世界は、人の為につくられた唯一の世界」
「だからといって、いちいち人の死に際に来ていたら、何人死神がいるんですか?」
「そうじゃない」
亜依子は、首を横に振り、
「その考えではたどり着かない」
悲しげに高坂を見た。
「ならば、迎えに来る人間が特別としましょうか。しかし、神が迎えに来るなんて…」
高坂は眉を寄せた。
「この世界では、神が人の運命を決めていると言う考えもあります。だけど、もし誰かの運命が変わったとして、それで世界そのものが変わるわけがない」
ここで、亜依子は高坂に笑いかけた。
「もう時間のようね」
「亜依子さん?」
思わず、高坂は席を立った。
亜依子の体が透けて来たからだ。
「私は、この世界の人間ではない。だから、死神は迎えに来ない」
「亜依子さん!教えてくれ!何故、貴女は死神を知った!辰巳京が狙われているとわかったんだ!」
高坂のすがるような言葉に、亜依子は真顔になった。
「辰巳京は、私の娘…真理亜の友達。娘は昔、この世界の魔物と接触したことがあり、今回の死神のことも感じ始めているわ」
「娘を助ける為に?」
高坂の言葉に、静かに頷くと、
「私も魔物と戦う犬上家の一員…だけど」
亜依子の体がほとんど消えていった。
「娘に、犬神のご加護がありますように」
この言葉を残して、亜依子は消滅した。
「母の思いか…」
舞は、椅子を回転させると、わなわなと震える高坂に背を向けて訊いた。
「幽霊の依頼ですが…受けますか?」
「当たり前だ!」
高坂は拳を握り締めると、即答した。
「了解」
舞はキーボードに指を走らせた。
「舞!依頼者の娘さんのところに」
「もう向かわせています」
今度は、舞が即答した。
「どうせ…受けると思っていましたから…。今の会話も直接きかしてましたよ」
「舞」
高坂は目を見開いた。
「あの馬鹿だけでは、不安でしたから」
舞は、キーボードを弾く指を止めた。
「あの人が来て安心しています。まじで」
「死神か…」
耳に着けていたイヤホンを抜くと、中小路緑は目を細めた。
「この世界に来て、初めての依頼が神レベルなんて」
足を止めると、緑は目の前に聳え立つレンガ造りの建物を見上げた。
「ここにいるのね。依頼者の娘が」
そこは、四年制の大学であった。