チェーン・クラッシャー(運命破綻者)
どこでもおかしな広告は、ある。
電柱や、町外れの看板。
時代が進んでも、インターネットの世界にも。
誘うように、点滅と色と人を惑わす広告と違い…それは、気付いたら目の前にあった。
今の生活が、運命と違う。私の歩みべき道と違うと思ったあなた。
もし、本当に運命が違ってしまったならば、鑑定して差し上げます。
相談は無料。
あなたの運命の捻れを修正致します。
「アイスに…ホット」
ウェーブがかかった伸びすぎた髪をかきあげながら、女はため息をついた。
「どうして、そんな選択がいるのかしら?」
街角のカフェテラスで、女はテーブルに独り座りながら、つまらなさそうに、グラスの中の氷を回した。
「私なら、氷のように…それだけしかあり得ない存在になりたいわ」
「そうですかね〜。氷は元々…水ですけど」
女の前の席に、1人の男が音もたてずに座った。
黒髪の短髪に、黒のTシャツに黒のジーンズに、ワインレッドのベストを着た男はにやりと笑った。
「辰巳京さんですね。ご友人からご依頼を承り、やって参りました。わたくしは」
男はサッと、ベストのポケットから名刺を取りだし、
「犬上輝と申します」
再び女に微笑んだ。
「修正屋ねえ」
京は人差し指と中指で、差し出された名刺を挟んで受け取ると、名刺の表面を読んだ。
「はい!」
輝は、微笑みを崩さない。
「運命の修正ね」
「はい」
「…」
京はまじまじと見つめた後、名刺を輝の目の前に差し返した。
「何か?」
輝は微笑みながら、首を傾げた。
「要は〜カウンセリングが何かの偽者でしょ?間違った運命を修正させるって何?まさか、過去か何かに戻ってやり直せるとか?それとも騙して、何かを売り付けるつもりかしら?」
京は席を立った。
「それに、無料ってのが、気にいらないわ。世の中で一番信用できないことって、何か知ってる?」
そして、名刺を手に取った輝を見下ろしながら、言い放った。
「赤の他人からの無償の行為よ」
それから、テーブルの上の伝票を引っ掴むと、輝に背を向けて歩き出した。
「いいケツ」
輝は、京の後ろ姿を見送りながら、口笛を吹いた。
「亜依子の野郎!あんな変なやつを紹介しやがって!」
会計を済まし、店を出た京の脳裏に、笑顔で話す亜依子の顔がよみがえった。
「やれやれ」
輝は頭をかくと、まだ半分程残っているアイスコーヒーのグラスを数秒見つめた後、座っている椅子の後ろにある鉄の柵に手を伸ばした。
「仕方ないか」
そして、そのまま…床を蹴ると、鉄棒のように、テラスの外に向かってジャンプした。
テラスの外はすぐに歩道で、輝は周囲を気にすることなく、前を歩く京の後ろ姿を見つめながら、歩き出した。
「どう?」
その時、輝の耳につけられたボタンタイプのイヤホンから声がした。
「まだわからん。ただ匂いはしなかった」
「そう…」
イヤホンからの声のトーンが、下がった。
「あの女は、生理ではない!」
輝の目が輝く。
「…」
イヤホンの向こうで、絶句する声の主。
「俺の鼻を、誤魔化すことはできないぜ」
フッと笑う輝の耳に、氷のように冷たい声が飛び込んできた。
「帰ってきたら、その鼻…削いであげるわ」
「!」
今度は、輝が絶句した。
「ま、舞!じ、冗談に決まっているだろ!」
「そういう冗談は嫌いよ」
「舞!」
思わず足を止めた輝の数センチ向こうの地面に、黒焦げの穴が空いた。
「ゲッ!」
輝は上空を見上げた。常人の目では確認できないが…衛星軌道上にそいつはいた。
「ど、どこぞの衛星兵器をハッキングしてんじゃねえよ!死んでたぞ!」
輝の言葉に、舞は舌打ちした。
「死ねばよかったのに…」
「ま、舞さん?」
「反射神経と、悪運だけは無駄に強い」
舞は再び、舌打ちをした。