おかえり
「ここは、かつて梓くんが創った世界のはずだ。しかし、彼女の姿が見えない」
高坂は装飾銃を、ぎゅっと握り締めた。
「柳川さんは…」
九鬼は言葉を濁し、目を伏せた。
「生徒会長!」
高坂の手から装飾銃が消えると、その手で九鬼の腕を取った。
「かつて俺は,彼女の依頼を解決することができなかった。その結果が、この世界というならば!彼女は幸せにはならなかったのか?」
高坂の言葉に、輝が肩をすくめた。
「彼女は死んでいますよ。何百年も前にね。幸せも何も」
その言葉に、高坂は輝を睨んだ。
「死んでも、幸せになりたかった思いを馬鹿にはできん!」
「だけど、この馬鹿のいう通りよ」
腕を組んで様子を伺っていたさやかが、口を挟んだ。
「人は死んだら終わりよ。例え、意識が残ろうが、都合のよい世界をつくろうが、それはすべてまやかし。死んで幸せになろうなんて」
さやかは、そこで言葉を切り、囁くように言った。
「生への裏切り行為よ」
「裏切り…」
高坂は呟いた。それから、九鬼の腕をゆっくりと離した。
九鬼は自分から離れていく高坂の手を見つめながら、口を開いた。
「柳川梓…彼女は、今居た世界では、天照と名乗っていました。わたし達と別れた後、あの世界にいた学生達ものちに、全員亡くなりました。食べ物がない世界で、餓死して。人は、夢だけでは生きていけません。最後は、絶望して死んでいく人々を見て、彼女は後悔し、自分を責めました。その結果、彼女は自分を地獄に落とすことにしました。虐待された幼い子供。それが、天照です」
「天照?大げさな名前」
輝は、顔をしかめた。
「しかし、予想外の出来事が起こったのです。それが、須佐…赤星浩一の欠片です。おそらく」
九鬼は、高坂を見つめ、
「あなたと私は、呼ばれました。私は、闇の女神に。あなたは、柳川梓に。そのあなたの気を追って、須佐はあの世界に来た」
深く頷いた。
「どうして?俺を?」
高坂は眉を寄せた。
「それは、わからない。だけど、あなたも私も、彼の学友だったわ」
「学友?」
九鬼の言葉に、高坂ははっとした。
「浩也くんか!」
高坂の口から出た名に、九鬼は微笑んだ。
「赤星浩也」
緑は、昔を思い出していた。
「須佐と闇の女神の争いの中で、天照は死にました」
「だけど、柳川梓は死人でしょ?」
輝は首を傾げた。
「あの世界は、須佐の暴走により消滅したはずです。天照になった彼女に再び、世界をつくるほどの力があるとも思えません」
「そうか」
九鬼の考察に、高坂は後ろを振り返った。
「願わくば…生まれ変わって、幸せになってほしい」
その言葉に、カレンは大きく欠伸をし、背伸びをした。
「くだらない。魔物がいるブルーワールドでは毎日、数えきれないほど、人が死んでいる。食われたら、死んだら、殺されたら終わりだ」
そして、高坂達を見た。
「死後の世界で、しあわせ?違うな。生き抜くことがしあわせだ」
「いくのね。カレン」
「ああ」
カレンは、九鬼に向かって頷いた。
「危機は去ったしな」
そして、背中を向けると手をあげた。
「またな。どうせ会うのは、戦場だろうが…神となったお前が、敵にならないことを祈るよ」
「カレン」
九鬼は、カレンの背中を見送った。
カレンはピュアハートを取り出すと、空間に突き刺した。
すると、カレンの姿が空間から消えた。
「カレン・アートウッド…」
さやかは、カレンが消えた空間を見つめた。
「ティアナ・アートウッドの血筋にして、アルテミアの従妹」
「純粋な強さとしたら、人類最強の女性ですよ」
九鬼は微笑んだ。
「一応…終わりか」
高坂は、空を見上げ、
「一度は契約破棄になった依頼ではあるが…」
真上にある太陽に目を細めた。
「君を救えたのだろうか?」
高坂の悔いに、輝が背伸びをして答えた。
「部長。俺達はただの人間ですよ。そのただの人間が、他人の頼みをノーギャラで請け負い、異世界で神レベルを相手にしたんですよ。お人よし過ぎますよ。まったく」
輝の言葉に、高坂は笑った。
「それが、俺達学園情報倶楽部だからな」
そして、そう言うと学園内の部室に向かって歩き出した。
「はいはい。そうでしたね」
輝は、頷いた。
「文句をいわない」
緑は後ろから、輝の頭を小突くと、高坂のあとを歩き出した。
さやかも腕を組みながら、無言で三人の後ろを歩き出した。
そんな四人の後ろ姿をしばし見つめた後、九鬼は深々と頭を下げた。
「…」
カレンはピュアハートを突き出した格好のまま、次元の壁を破り、ブルーワールドのとある岬の上に立っていた。
「天晴れじゃた」
剣先には、カイオウが居た。カイオウはゆっくりと頷くとその場から消えた。
「帰れたのか?」
カレンは剣を下げると、周囲を窺った。
「ご苦労」
後ろから、声がして振り返ると、そこには…ジャスティンが立っていた。
カレンは鼻を鳴らすと、嫌味ぽく言った。
「馬鹿師匠」
そんなカレンの言葉に、ジャスティンは微笑みながらこう言った。
「おかえり」