相容れぬ先に
「あははは!」
発砲音すらしない装飾銃に撃たれたことすら気付かなかったのか…千鶴は笑みを浮かべながら、消滅した。
そのさまを見ていた高坂の手が、腕が、肩が、全身が震えていた。
その姿を見て、傷口を押さえながら、幾多は笑った。
「お前は確かに、引き金を弾いた。だけど…それは、人を殺したことにはならない」
話す幾多の声がかすれていく。
「お前は…化け物に憑かれた人を助けたのさ」
「兄さん」
「だから、悔いずにそのまま…これからも」
幾多は高坂に微笑みかけると、崩れるように地面に倒れた。
「兄さん!」
駆け寄ろうとする高坂を幾多が制した。
「来るな!それよりもこの世界から、逃げろ!赤の王の欠片が、暴走している。そのままでは、この世界ごと、お前も消滅すぞ」
「に、兄さん!」
「俺はもう助からない。心臓を貫かれている。お前とその神の銃があれば、世界を移動できるはずだ」
「だけど、兄さん」
「俺は、妹を助けられなかった。死を選んでやることしかできなかった。最後に、弟を助けられてよかった」
その思いをきいても、近づこうとする高坂に、幾多は叫んだ。
「また俺に、目の前で肉親が死ぬ光景を見せるのか!真!」
その言葉に、高坂は足を止めた。
「その神の銃でも、あれは止められない!それに」、ここはお前の世界ではない!戻れ!愛する人がいる世界に!」
「く!」
高坂は銃を握り締めると、幾多に背を向けた。
「真…」
「運動神経がまったくない俺と違って、あんたは無敵で…スーパーマンで、頭もよく、自慢の兄貴だった。だから、足手まといの俺といるよりは、あんた一人の方がいいだろ。向こうの世界で待ってる」
それだけ言うと、高坂は全力で走り出した。
「ああ…」
幾多は頷いた。もう顔上げることもできなくなっていた。
「俺こそ、お前をちゃんとした元の世界に戻してやれなくて…悪かったな」
いつのまにか、周囲の温度が上がり、赤道直下真っ青の暑さに変わっていた。
「ア、アルテミアだと!?」
突然現れて飛び去ったアルテミアの後を確認したかったが、目の前に立つ九鬼の圧力に押され、カレンはその場から動けなくなっていた。
(真弓!)
カレンは、九鬼の体から神レベルのプレッシャーを感じていた。
(もともと人間離れしていたが…)
カレンは九鬼から目を逸らさずに、首からかけたペンダントの碑石から、針のように細い剣--ピュアハートを取り出した。
(お前が、本当に人間ではなくなったならば!)
ゆっくりと、カレンはピュアハートの切っ先を九鬼に向けた。
(戦友であるあたしが、殺る!)
ピュアハートの刀身から、黒い闘気のようなものが滲み出た。
「!」
驚くカレンの目の前で、こちらに向けて右手を上げた九鬼の手のひらの中に、ピュアハートからの闘気が吸い込まれた。それを、ぎゅっと握り締めると、九鬼はゆっくりと息を吐いた。
「生徒会長!」
唖然とするカレンの後ろから、声がした。
「この世界が消滅する!その前に、俺の銃と君の力で、空間に穴を開けて脱出する」
カレンの横を走り過ぎたのは、高坂だった。
「わかりました。高坂部長…」
九鬼は拳を下ろすと、カレンに微笑んだ。
「あなたが、あたしの中に入った闇の女神と戦っている間…。暴走するあたしを止めてくれたから、勝つことができた」
その言葉に、カレンも剣を下ろした。
「ど、どうなっている?」
「あたしは完全に、闇の女神と一体化した。人間ではなくなったかもしれないけど…九鬼真弓だ」
「あ、ははははは…」
カレンは力なく笑った。
「ここは、天空の女神に任せて、いくわよ!」
自分に背を向けて、高坂のあとを追う九鬼の後姿を数秒見つめた後、カレンも走り出した。
「よくわからないけど…あんたは昔から、人間離れしていたさ!」
状況はよくわからなかった。しかし、そんなことよりもカレンは自然と、九鬼の背中に安心感を抱いた。
「あとで説明しろ!この世界のことをな!」
「いくぞ!」
高坂は走りながら、目の前の空間に向けて、引き金を弾いた。
「月影キック!」
「フン!」
九鬼の飛び蹴りとカレンの突きが、空間を破壊した。
その瞬間、三人はこの世界から消えた。
上空では、太陽の如く輝きだした須佐の熱に、地表にあるすべてのものが蒸発し、消えようとしていた。
その須佐に手を伸ばす光が、接近していた。
「まったく…世話がかかる」
その光は、アルテミアだった。