世界の嘘
「人を殺せば、やっぱり地獄に落ちるんですかね?」
「うん?」
数年前、生徒会室にいた九鬼に、姫百合が質問してきた。
「何かあったの?」
突然の姫百合の質問に、九鬼は彼女の目を見た。
「べ、別に大したことはないんですか」
姫百合は慌てたように、視線をはぐらかせ、
「やはり、罪には罰が必要ですよね。でないと、人間は罪を犯しても、悔いることがないのかもしれませんし…地獄に落ちて、毎日罰を受けていたくないですし」
少し考える振りをした。
「フッ」
九鬼は笑った。
「な、何か可笑しかったですか?」
「いや」
九鬼は目を瞑った。
「そうだな。罪には、罪を」
「だったら、貴様はどうなる?闇の女神の生まれ変わりでもある貴様は!」
「な!」
突然視界が遮れ、九鬼は闇の中にいた。
少し驚いたが、九鬼はすぐに冷静を保った。
「貴様は!」
「神である我の体を奪った罪は、どうする?」
九鬼の目の前に、九鬼がいた。
「デスペラード」
九鬼は、目の前の自分を睨んだ。
「それとも、神になったと思い込み!罰は受けぬと言うか!」
デスペラードの言葉に、九鬼はゆっくりと構えた。
「罰は受けるさ」
九鬼は息を吐くと、身を捻り、蹴りを放った。
「この身がお前達との戦いにより朽ちた時、私は地獄に堕ちる!」
蹴りは、目の前に立つデスペラードの身を砕いた。まるで、硝子のように簡単に砕け、光の欠片となり散った。
「無駄ですよ」
蹴り抜いた足を、誰かが闇の中で掴んでいた。
「神の肉体は、砕けない。それに…」
九鬼を包む闇が笑った。
「残念ながら今、あなたがいる場所こそが、地獄ですよ」
「何!?」
九鬼が何もない空間に、次の攻撃に移ろうとした瞬間、闇が消えた。
「九鬼会長?」
「!?」
姫百合の声に、九鬼は正気に戻った。
すぐに周りを気を張り、何もないことを確認すると九鬼は笑顔をつくった。
「何でもありませんわ。香坂さん」
そのまま振り返った九鬼は、目を見開いた。
「どうしました?会長」
栗色の髪をしたショートカットの細身の女が、微笑んでいた。
「桂さん」
九鬼の額から、汗が一筋流れた。
「会長の貴女がいて、副会長の私がいる。それに何の問題がありますか?」
桂美和子の微笑みを形づくる唇の両端が、尖っていく。
「ようこそ、地獄へ。ここは、闇の為の場所」
「ま、まさか…生き返ったの?」
無意識に後ずさる九鬼に、距離を変えぬように前に出る美和子。
「生き返る?違いますわ。闇にとらわれた者に、生死は無意味。
ただ」
美和子はさらに微笑んだ。
「光に嫉妬するのみ。御姉様」
「何かが…おかしい」
大月学園内で顎に手を当てながら、高坂は考え込んでいた。
「この世界は、本当に…俺が知る世界なのか?」
高坂は学園情報倶楽部のメンバーを確認した時から、違和感を持っていた。
(にやあ)
その時、どこからか…猫の声がした。
「猫?」
高坂は顔を上げた。
校舎の窓枠に猫が座っており、じっと高坂を見下ろしていた。
猫と目が合う。
「?」
高坂は、眉を寄せた。何故か、その猫を自分は知っており、何かを伝えたいと感じた。
(何だ?)
戸惑う高坂を、猫はじっと逃げずに見つめていた。
「もう一度、契約しろ」
猫の視線の強さに動けない高坂の耳元で、男の声がした。
「お前もそれを望んでいるはずだ」
「誰だ?」
「闇に夢が包まれる前に、この地獄」
「闇に夢が」
その言葉を聞いた瞬間、高坂ははっとし、振り返った。
しかし、後ろには誰もいない。慌てて前を向くと、猫もいなくなっていた。
「ま、まさか‼この世界は!」
高坂は急いで門に向かって、走り出した。
校門を抜け、ひたすら数十分走り続け…高坂は足を止めた。
「あの地獄か」
ぎゅっと拳を握り締め、目の前の何もない空間を睨んだ。