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無視

「幸せとは何だろうな」


黒のスーツを着た幾多流は少しにやけながら、眼下の世界を見下ろした。


「人間っておかしなことを考えるのね」


幾多の隣で、細長い目を少し細めたリンネは、足下よりも空を見上げた。


「ブルーワールドでは、人間はただの食料。抵抗する食べ物よ」


リンネの言葉に、幾多は肩をすくめて見せた。


「そういう意味ではないよ。人間の立場ではなく、人間個人の心の話さ」


「生きてることが、幸せではないの?」


リンネは顎に人差し指をあてて、可愛らしく首を傾げた。


そんなリンネのおどけを無視し、幾多は言葉を続けた。


「幸せな人間は、幸せだけでは生きていけないのさ」


と呟くように言った幾多は次の瞬間、目を見開き、絶句した。


「無視するからよ」


リンネは呟いた。






「な!」


幾多は、眼下に広がっていた風景に向かって落下していた。


「まったく…」


リンネの能力でよって空中に浮かんでいた幾多は、落下の風圧によって身体の自由を奪われていた。数秒後には、地面に激突するはずだった。


突然、地面まで3メートルの距離で一度止まると速度が零になった。


「今度は気を付けるよ」


そのまま普通に落下して地面に足をつけると、幾多は空を見上げた。


「女性の扱いにはね」


苦笑しながら歩き出そうとした幾多は足を止め、眉を寄せた。


そして、ゆっくりと振り返った。


「申し訳ないけど…男には気を使う習慣がなくてさ。付きまとわれる前に断っておくよ」


幾多が着地したところは、人気がない路地裏だった。


「…」


幾多は返事のない路地裏に向かって、上着の裏から取り出したデザートイーグルの銃口を向けた。


「空から落下して来て、空中で止まることができるなど…魔物か、魔法使いかと思ったけど…」


路地裏の影から、一人の少年が姿を見せた。


「この世界の武器を使うとは…。あんた、何者だ?」


「この世界?」


少年の言葉に、幾多はさらに眉を寄せた。


「ただの人間だとしても、銃を携帯している人物をほったらかしにはできない。現…学園情報倶楽部の部長としてはね」


少年は、全身を幾多の前に晒した。


「学園情報倶楽部!?」


その名を聞いて、幾多は銃口を下ろすと、少年に背を向けて歩き出した。


「ま、待て!」


少年は幾多を追おうとしたが、足がもつれてよろけた。


「真によろしくな」


幾多は小声で呟いた。


「学園情報倶楽部部長から逃げられると思うな!」


強がっているが、少年の足は小刻みに震えていた。


その時、少年の胸元が震えた。胸ポケットに入れていた携帯が、着信を告げていた。


「ど、どうした‼舞」


慌てて携帯を取りだした少年は数秒後、大声を上げた。


「リ、リ、リンネがい、いた!」




「そうよ」


大月学園の地下にある部室にいる舞は、リンネと幾多の姿をとらえた小型の監視衛星が一瞬で破壊されたのを確認、近くにいた輝に電話をしたのだ。


「目的はわからないけど」


舞は、消される前の画像をアップした。


「隣にいるのは」



「部長のお兄さん!?」


驚きの声を上げてから、輝は言い直した。


「部長は俺か」




「とにかく、騎士団長が出てきたら、あたし達にどうこうできないわ。部長に相談しましょう」


舞の言葉に、


「そうだな。部長に相談…」


そこまで言ってから、


「部長は俺だ!」


輝は携帯に叫んだが、通話は切れていた。


「…」


しばらく、輝は携帯を持ったまま固まってしまった。





「ここには、真がいるのか」


幾多は歩きながら、微笑んだ。


「兄としては心配だな」


そう言うと、幾多は再びデザートイーグルを取りだした。


「こんな…女神がふらついている町にいるなんてな」


数十メートル先に、制服を着た少女の首筋に噛みつくメイド姿のネーナがいた。


幾多は銃口を向けると、すぐに引き金を引いた。


「あら?」


ネーナが振り向いた瞬間、銃弾は届くことなく消滅し、そばにいた少女も燃え尽きた。


「あなたも燃やしたはずなのに」


ネーナは首を傾げた。


「何故、生きているの?」


「やれやれ」


幾多は泥々に溶けたデザートイーグルを捨てると、一歩下がった。


「服も買わないとな」


ぼろぼろになったスーツを確認するふりをしながら、幾多は冷静に状況を考えていた。


「あなた…普通の人間?」


ネーナはにやりと笑うと、


「まあ~いいわ。普通の人間じゃないなら、美味しいかしら?あなた」


一気に距離を詰めた。


「ちっ」


幾多は、舌打ちした。


「見捨てようかと思ったけど…」


「!?」


幾多に襲いかかろうとしたネーナは、何かに弾かれた。


「ちょうど用があったしね」


「やはり…あなたは素晴らしい」


幾多は、改めて身なりを確認した。


「何者だ!」


ネーナは、目の前に突然現れた女を睨んだ。


「あら?忘れましたか?貴女の臣下を」


「臣下?」


「そうですね。ネーナ様」


二人の間に落下してきたのは、リンネだった。


「だとしても、あたしの食事の邪魔はさせない!」


ネーナの拳から鉤爪が飛び出し、リンネに殴りかかった。


リンネは、ネーナの拳を受け止めた。鉤爪はリンネの手のひらを突き刺したが、炎と化した彼女にはダメージを与えることはできなかった。


「!?」


一瞬唖然としたネーナは…唇を噛み締めると、地面を蹴り、後方にジャンプした。


そのまま、リンネを睨みながら、空中に飛び上がり、その場から消えた。


「…」


リンネは炎化を解くと、無傷の手のひらを見つめた。


「あれは、炎の女神なのか?」


幾多は、リンネの背中を見つめた。


「特徴は、聞いた通りだが」


幾多の問いに、リンネは静かに拳を握りしめると、ゆっくりと振り返った。


そして、幾多に微笑みかけると、消えた。


「まったく」


幾多は頭をかくと、歩き出した。


「服を調達しないとな。こんなことで、捕まる気はない」


その場から去る前に、幾多は燃え尽きた少女がいた場所に黙祷を捧げた。


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