第50話 人として
「それは…」
思いも寄らない言葉に驚く僕の腹を、信長は蹴り、身を離した。
バランスを崩した僕に、信長は日本刀を突き出す。
「お前達の戦いは…そんな情けをかけることが、できる程…甘いものなのか?」
ゆっくりと、僕を睨みながら、近づいて来る。
「わしは…」
僕も、痛みを堪えて構える。
「情けをかけられる程…弱い存在か…」
「ち、違う…」
「こたえろ!赤星浩一!」
信長が、刀を振るう。
「違う…ぼ、僕は!」
僕も鈎爪を、振るった。
「ただ!信長様は生きて、世界を変えるべきだと、思っただけだ!」
「自惚れるな!」
「自惚れなんかじゃない!僕の思いだ!」
2本の武器が交差し、折れて、宙に舞った。
それを見て、フッと信長は笑った。
「天命とは…1人の人間の思いを、こえることもある。情を挟むな。時に、冷酷なれ!甘さを捨てろ!」
信長は突然、僕に背を向けると、歩きだした。
「だが…それが、力になることもある……か…」
「信長様…」
「お前は、そのまま戦え」
信長は、手にある…折れた日本刀を捨てた。
「お主の連れが、危ないぞ。行ってやれ」
信長は足を止めずに、言った。
「赤星浩一!」
信長の言葉にはっとして、僕は振り返った。
「ロバートさん!」
「弱い過ぎる…。これで、安定者候補だったとは」
蘭丸の鞭にただなぶられ、傷だらけになるロバート。
立ってるのもやっとで、もう結界を張ることもできない。
「さっきから、防御だけ…。攻撃魔法を忘れたか?」
蘭丸の言葉に、ロバートは笑った。
「これが、俺の対価なんでね」
「対価?」
「あんたには、わからんさ」
ロバートは笑った。
蘭丸は、鞭を手に戻した。
ふらふらとしながらも、真っ直ぐ立ち直したロバートは、蘭丸を見据え、
「あんたはなぜ…安定者の地位を捨てた?」
ロバートの質問に、蘭丸は答えない。
「あんた程の地位と、魔力があれば…何でもできたはずだ…それなのに、どうして…」
「フッ」
蘭丸は笑った。
「どうして…」
「お前は知らんのだ。安定者とは何か…」
蘭丸は、唇を噛み締めた。
こみ上げてくる蘭丸の怒りを、ロバートは目で感じることができた。
「あの世界が、何なのか!我ら人間とは、何なのか」
蘭丸の怒りの意志が、波紋となって、周りの砂を吹き飛ばした。
蘭丸とロバートは、地面のない世界に、立っていた。
「我々は、餌なのだよ!魔王という神に創られ、世界に放牧された…家畜!それが、人間だ」
すぐに、砂はまた、2人の足元を覆う。
「どんな生き物よりも、生きることに貪欲で、勝手に増えていく。ただ食べられるのではなく、武器をつくり、抵抗する。退屈しのぎにもいい」
蘭丸は、大笑いした。
「そして、安定者とは…その家畜を管理する為に、魔王がつくった機関!」
「な!」
ロバートは絶句した。
「俺は、堪えれなかった!人を守るのが、我らの使命ではなかったのか!」
蘭丸の心からの絶叫は、こだまする。
「しかし、俺は知った。圧倒的な存在を!神を!どんなに、強くなろうと、届かぬ存在に!」
「ふざけるな!俺達は、人を守る為に…」
「違うのだ…人を殺す為だ。あの世界の人間は、みんな家畜だ!だから、俺は!探した!人が、家畜ではない世界を」
蘭丸は、両手を広げ、
「人が、君臨する世界を!」
「蘭丸…」
少し離れた所で、紅は悲しげに、蘭丸を見つめていた。
「俺は、何年もかけて、やっと…人が君臨する唯一の世界を見つけた」
「それが、僕の世界なんですね」
ロバートと蘭丸の間に、僕は割って入った。
「そうだ。君の世界だ」
蘭丸は、僕を見据え、
「人が繁栄し、神の如く君臨している唯一の世界…。そして、魔法が使えない唯一の世界」
「唯一の世界だと」
よろけながらも、ロバートは前に出た。
蘭丸は頷き、
「その世界で、俺は探した!人として、生まれた魔王を!」
「魔王?」
僕は首を捻った。
「そうか…お前達は、知らぬな…ライの顔を」
「ライ?」
「魔王のことだ」
ロバートが、僕に教えてくれた。
「何年もかかり、あらゆる時代を探り、俺は見つけた!あのお方を!」
「それが…信長!」
ロバートの言葉に、にやりと笑うと蘭丸は、
「信長様を王に!俺は、あの世界に、攻め込む!この砂の軍勢で!」
蘭丸は興奮したように、息を荒げた。
「不可能だ!」
ロバートは叫んだ。
「この世界と、我々の世界は違う!」
「それが、できるのさ!女神の力があれば!空間を渡れる力が、あれば」
「そうよ!あんたがいればね」
「魔王の血を色濃く受け継ぐ…あんたがいれば」
蘭丸の顔が、変わる。
2人の女に。
「ネーナ!マリー!」
僕は思わず、後ろに下がった。
それは、2人の女神だった。
「あの世界を救う為、我々は手を結んだ」
「お父様へ、復讐する為」
「世界をとる為」
「さあ!天空の女神よ。我々とともに」
蘭丸は、手を伸ばした。
空中に向かって。
僕は顔を上げると、空に浮かぶアルテミアがいた。
「アルテミア!」
「さあ、女神よ」
アルテミアはエンジェルモードから、ノーマルモードに変わると、蘭丸の前に着地した。
「さあ…女神よ」
「我ら、姉妹のもとへ」
「世界を、我らに」
「アルテミア!やめろ!いくな!」
ゆっくりとアルテミアは、歩き出す。
「馬鹿な!お前達は、体がないんだ!ここから、離れたら」
ロバートの言葉に、蘭丸は冷笑した。
「肉体など、あの世界には、たくさんある。人間達に、乗り移ればいい!人を守る為だ!少しの犠牲は、つきものだ」
「な」
蘭丸の矛盾した言葉に、ロバートは絶句した。
「毒されているのよ。融合した女神達に」
紅は呟いた。
「そうはさせない」
僕は、前に出た。
「あんたは、間違っている」
「黙れ!ただの依り代が!女神と融合していないお前に、用はない」
蘭丸の手から無数の氷柱が放たれ、僕に向かって飛んできた。
「違う!そいつは、アルテミアじゃない!」
僕は、飛んでくる氷柱を睨み、
「アルテミアは、つねに一緒だ」
僕は、左手を突き出した。
薬指に付けた指輪が光る。
「ロバート!」
「おお!」
はっとしたロバートも頷き、指輪を突き出す。
「モード・チェンジ!」
2つの指輪が輝き、僕らは光に包まれた。
その光に、氷柱は消滅した。
「女神、光臨!」
砂の世界に、アルテミアと、サーシャが降り立つ。
「何!」
蘭丸の前に立つアルテミアは、ただの砂になった。
「あたしの世界を、あんたらの好きには、させない!」
「アルテミア!」
ピアスの中から、僕は叫んだ。
アルテミアは頷くと、
「モード・チェンジ!」
再び僕に戻る。
僕が手を上げると、チェンジ・ザ・ハートが飛んできた。
僕はしっかりと、チェンジ・ザ・ハートを掴んだ。
「バスター・モード!」
チェンジ・ザ・ハートは、巨大なライフル状の砲台になる。
「馬鹿な!?チェンジ・ザ・ハートは、女神…それも、アルテミア専用の武器!彼女しか…それも、普通の人間なんかに…」
蘭丸の言葉に、僕は絶叫した。
「人は…人間なんかじゃない!無限の可能性を秘めているんだ!」
チェンジ・ザ・ハートは、光の束を発射し、その前にある…あらゆるものを、消し去った。
「終わったわね」
砂の世界全体を照らす程の光が止んだ時、何万もいた織田の軍勢は、消えていた。
ただ砂だけが、どこまでも続いていた。
紅は、チェンジ・ザ・ハートを持つ僕の後ろ姿を、しばし見つめた後、視線を自分の手に落とした。そして、無理して笑った。
笑ったのに…涙が一粒こぼれ、手の上に落ちた。
涙は、残ることなく…手に吸い込まれた。
紅は涙を拭うと、僕たちに向けて、歩き出した。
「もうあなた達は、帰れるわ」
紅は、僕達のそばに立ち、
「赤星君…あなた達をこの世界に呼んだのは…信長と、信長に頼まれた…あたし。歌で導いたの」
紅は微笑み、歌をうたおうとする。
「待って!」
僕は止めた。
紅は、歌うのをやめた。
僕は、紅の顔を見つめ、
「あなたが、この世界に残る理由は、何ですか?」
「あなたには、関係ないことよ」
紅は、僕に背を向けた。
「あなたが、前に歌ったメロディー…YASASHISAですね」
「やさしさ…?」
紅は振り返った。
僕は頷き、
「僕の世界…地球のバンド、LikeLoveYouが、歌った曲…」
紅の動きが止まる。
「あの曲は…作詞、香月明日香」
「明日香ちゃん…」
紅は呟いた…。
「作曲…河野和美…真紅の歌姫」
僕の言葉を理解し、紅は嬉しそうに、笑った。
「そう…明日香ちゃんは…書いてくれたんだ」
紅は、静かに歌い出す…メロディーを。
すると、僕達をやさしい風が包んだ。
僕は、和美のメロディーにのせて、明日香の書いた歌詞を、歌い出す。
和美は涙を流し、
「もし…会うことがあったら…明日香ちゃんによろしくね…」
「馬鹿な」
蘭丸は、目を覚ました。
そこは、城の中。
天守閣の一番上だった。
明かりをつけず、暗がりの中、信長がいた。
「夢は覚めたか…」
蘭丸は起き上がると、慌てて土下座し、深々と頭を下げた。
「今回のことは、申し訳なく…」
信長は上座で、ただ酒をくらう。
「信長様…」
信長は飲み干した大皿を、蘭丸に突き出した。
「は!」
頭を下げると、蘭丸はお酒をつぐ為、上座に近付いた。
暗闇の為、わからなかったが、信長の後ろに、首が2つ転がっていた。
「膿は、取ってやったぞ」
それは、2人の女神の首だった。
首は、蘭丸に見られると、砂に戻った。
蘭丸は動揺しながらも、酒瓶を取り、大皿に注ぐ。
「何とか…なりそうではないか。人間だけでも」
注ぎ終わると、瓶を置き、蘭丸は頭を下げながら、後ろに下がる。
「は」
信長は、大皿を片手で傾け、
「人もすてたものではないな」
「信長様…おそれながら…」
「蘭丸!」
信長は、蘭丸の言葉を遮った。
「は!」
蘭丸は、畳に額をつけるくらい、頭を下げた。
信長はただ、酒を飲む。
「わしは…自分の世界に戻れるのか?」
「は!信長様であることをやめ、記憶を捨て、もう一度…生まれ変わるならば…」
蘭丸は言葉を止め、顔をしかめると、
「殿が、生まれ変わることを…望めば…信長様であることを…捨てれば…」
蘭丸は目を瞑った。
その目に、涙が溢れた。
「蘭丸…」
信長は大皿を、脇に置いた。
「はっ」
「命令じゃ」
「はっ!何なりと」
信長は、フッと笑い、
「わしが、生まれ変わっても…そばにおれ」
信長の言葉に、思わず顔を上げた蘭丸は笑顔になり…再び頭を下げた。
「は!」
信長は、大皿を蘭丸に差し出した。
蘭丸が近づき、大皿を受け取ると、信長は酒を注いだ。
「軍勢は、秀吉か…家康にくれてやれ」
「は!」
「もういらぬだろ?」
蘭丸は涙を流しながら、酒を飲んだ。