権利があるのは、貴様の力ではない
「やめなさい」
母親に言われても、蟻の行列を踏みつけることをやめなかった。その理由は簡単だった。蟻は殺されても、人間を訴えることができないからだ。
「全く!この娘は‼」
母親は気に入らないことがあると、幼い私を殴った。その現場を見ていた父親は、すべてを無視していた。
全身に痣ができても、誰も助けてくれない。
よく無責任な善人は、周りに助けを求めろという。市役所にも相談窓口があると。
だけど、子供自身に何ができると。幼き人間には、親こそがすべてである。
そんな親が一瞬で消えた。
「殺さないで」
悲痛な声でいのちごえをしたが、かなわなかった。
何千回目の暴力を、公衆の目の前で振るわれた日。私の周りにいた…勇気なき善人も、優しき通報者も、ただの野次馬も…みんな、死んだ。
突然現れた…人物によって、平等に殺された。
「な、何をしている‼」
通報によって駆け付けた警官は、彼の背中から生えた…炎の翼によって、細胞1つ残さずに消滅した。
「…」
そんな中、私独りが生きていた。理由もわからずに。
いや、理由なんていらなかった。
私は炎の翼を広げる学生服の少年に、魅力されていた。
「どうして、泣いている?」
少年は、素朴な声で私に話かけてきた。
こたえない私を見つめながら、少年は言った。
「泣いている人間を無視することはできない」
少年は、ゆっくりと手を伸ばした。
「泣かないでくれ」
少年は困ったように、首を傾げた。
そんな少年を見上げながら、私は思った。
(神よ)
偶像崇拝の神ではない。優しき神。
蟻が人を裁けないように、人が神を裁けない。
すべてを消滅させる翼をもった少年はその日…一人の少女によって、神と認識された。
明くる日。数十人が行方不明になった事件は、報道されたが…細胞1つ残さない炎によって、生きた証さえ残すことなく消えた為に、犯人を特定できることが困難になっていた。
「神よ」
少女は膝をおり、神に感謝を述べた。
「ありがとうございます」
それから、数日後…少女は神と共にいた。
(何もかも、似ているが違う)
学園内をふらつきながら、高坂はため息をついた。
(本物ではない)
「どうして、私だけ殺さなかった」
ずっと訊きたかったことを、少女は須佐にたずねた。
須佐は無表情でこたえた。
「お前、泣いていた。ただ一人。そんな人間を助ける」
そして、ゆっくりと少女に目を向けた。
「それが使命だと、俺の細胞が教えてくれた」
須佐は手を伸ばし、少女の髪を撫でた。
「人は…人知れず泣き、耐えて大人になる。感情の高まりで泣く人間もいるが」
須佐は少女を見つめ、
「お前の涙は、幼き故の涙ではない。力無きものの慟哭だ」
優しく微笑んだ。
「須佐」
少女…幼女、いや、天照は涙をためて微笑んだ。
「この世を地獄として過ごす人よ」
須佐は次の言葉を無意識に呟いた。
「そんな人間を救う為に…俺はここいる」
須佐の頭に、学生服を着た少年の姿が浮かぶ。
幸せではなかった。
(くっ)
須佐は唇を噛み締めた。
(俺は、貴様らを殺す)
須佐の背中から、炎の翼が飛び出そうとした瞬間、人の少女の顔が浮かんだ。
(こうちゃん)
そして、白き翼を広げる…女。
(バカ星が)
女の言葉を聞いた瞬間、須佐は片膝を地面につけた。
「須佐!?」
よろめいた須佐に驚き、駆け寄る天照。
「成る程」
その様子を遥か彼方より見ていた…タキシードの男は、にやりと笑った。
「どうやら、あれは…出涸らしのようですね。しかし!」
そして、空を仰いだ。
「天空の女神によって奪われた!我が力よりも、魔力を秘めている!使えるかもしれん!」
タキシードの男は、頭上にある月を睨んだ。
「美しき月よ!我が妹よ!しばし待て!もうすぐ闇を照らす必要がなくなる。ハハハハハ」
高笑いをしながら、タキシードの男は闇と同化し、その場から消えた。