嫌味な夜
「つまり…今回の事件は、今までと違うと?」
高坂からの報告を受けて、部室端にある壁際のパソコンのキーを叩きながら、舞は呟くように言った。
「ああ…」
高坂は、部室のど真ん中にあるソファーに腰を下ろしながら、虚空を睨んでいた。
「闇から染み出す…怪物ですか」
舞はモニターに、顔を近付けた。
「あの時の事件に似ていないか?消えた転校生…」
高坂は、舞の背中を見つめた。
「何の話ですか?」
「嫌…いい」
高坂は溜め息をつくと、部室内を見回した。
「ところで…。緑はどうした?」
「緑って誰ですか?」
舞は、キーボードを打つ手を止めない。
「うちの部員の」
「何言ってるんですか?部員は、あたしと部長。それと…」
舞は、指を止めた。
「おつかれすう!」
突然、ドアが開き、犬上輝が入ってきた。
「この馬鹿だけですよ」
舞は再び、キーボードを打ち出した。
高坂は、ドアの方をちらっと見た。
「いやあ〜!やっぱり、闇に襲われる事件が頻発しているみたいすよ」
輝はハンカチで汗を拭いながら、高坂の前に座った。
「そうか…」
高坂は一瞬だけ目を瞑ると立ち上がり、ドアの方に歩き出した。
「部長?」
輝が首を捻るのと、高坂が出ていくのが同時だった。バタンと音を立てて閉まるドアを見て、輝はさらに首を捻った。
「部長…どうしたの?」
「…」
舞は答えずに眉を寄せて、ただモニターを睨み続けた。
(ここは…)
高坂は部室から出て、大月学園内を歩いていた。
(俺の知っている学園なのか?)
足を止め、校舎を眺めていると、後ろから誰かか近付いてきた。
「どうしました?」
その声に、高坂は振り返った。
「月の女神は元気かい?」
高坂の質問に、近付いてきた者は笑顔でこたえた。
「ええ。理香子でしたら、元気に大学に通っていますわ」
近付いてきた者は、九鬼であった。
「すぐ近くですから、何かご用でしたら、連絡を取りますけど」
大月学園の裏にあった…広大な空き地に、新たな大学が建てられていた。
まるで…卒業する月の女神の為に、建設されたかのように。
「いや…元気ならいいよ」
高坂は、九鬼の方を見ない。
「一応…高坂部長も、そこの生徒ですよね。今は、休学中ですが」
九鬼は、高坂のそばで足を止めた。
「昨夜の件ですが…三藤明なる生徒の確認ができました。一年に在籍中です」
九鬼の言葉に、高坂は目だけを動かし、彼女を見た。
「詳しく調べますか?」
「任せる」
高坂はそれだけ言うと、再び歩き出した。
「そういえば…」
何かを思い出したように、高坂は足を止めた。
「生徒会長。君の肉体は、闇の女神のものだったね」
「はい」
九鬼は、頷いた。
「今回の事件は…闇。何か感じないかい?」
「残念ながら…あたしは、闇の女神の肉体を持っていますが…彼女の能力を使うことはできませんから」
闇の女神の復活を阻止する為に、九鬼の前世である人格が、生まれ変わった時に女神の肉体に憑依するように仕掛けたのだ。
「そうだったね」
高坂は後ろ手を上げると、再び歩き出した。
「闇の女神か…」
二人の会話を、九鬼に気付かれることなく、盗み聞きしている者がいた。彼女の名は、矢木千鶴。
「面白いけど…手札としては弱いわね」
千鶴はほくそ笑むと、その場から消えた。
「まったく…」
一年B組の教室に着いた明は、朝から不満そうに溜め息をついた。
(もっと活躍しないと…。折角、力を手にいれたの)
明が鞄の中から、指輪を取り出し、ぎゅっと握り締めた。
「どうしたの?明くん。朝から、力入ってるじゃない」
「え」
いきなり、耳元で声がした為に、明は慌てた。
「何握り締めてるの?」
「ち、千鶴!」
女の子を至近距離で感じて、明は思わずたじろいだ。
「もうすぐ〜あたしの誕生日だけど、用意してくれた。そういえば〜メールで変わった指輪を見つけたって」
「ば、馬鹿!彼女でもないのに、幼なじみに、ゆ、指輪なんて渡すかよ」
明は急いで、手の中にある指輪を鞄の奥に突っ込んだ。
「まあ〜明くんの趣味だから、期待はしていないけどね」
千鶴は軽く反転すると、明から離れていった。
「な、なんだと!」
悪態をつこうとしたが、タイミングが外れてしまった。明は再び溜め息をつくと、席に着いた。
(千鶴…)
明の脳裏に、怪物に襲われる千鶴の姿と…ガタガタと震えるだけで何もできない自分の様子が浮かんだ。
そんな二人を助けたのは…。
(ルナティックキック!)
黒い戦士だった。
(俺は…)
明は机の下で、拳を握り締めた。
(強くならないといけない!あの黒の戦士よりも)
ショックからか…その時の記憶は、千鶴にはないようだ。
しかし、明は覚えていた。
「明くん」
いつのまにか、千鶴の顔が目の前にあった。たじろぐ明。
「ねぇ〜知ってる?昔から、多くの人がいなくなったりしてるらしいの。それを神隠しというらしいの」
化け物に襲われた記憶はないくせに、怪しい話が大好きであった。
「あたしのお祖母ちゃんの最初の旦那さんも…。そうそうお祖母ちゃん、三回結婚してるの。二回目は外国の人で、その人との間に生まれた子供も…神隠しにあったらしいわ」
千鶴の話はいつも長い。
「そんなお祖母ちゃんが言った!神隠しは、本当に神がいて、拐うらしいの。神が人間の血を吸うためにね。だから、神っていうのは」
(バンパイア…)
明ははっとして、回想から目覚めた。
「え?」
そばにあったはずの千鶴の顔がなかった。周囲を見回してもいない。
「そうよ。バンパイアよ。明くん」
千鶴は明に絡んだ後、誰もいない渡り廊下に来ていた。
「結局…クラークおじさんも、彼らを根絶やしにはできなかった」
千鶴は、指の爪を噛んだ。
「ライの一族。神を、人間は呪い殺すことはできない。でも」
少し考え込んだ後、千鶴は笑った。
「人間とのハーフなら、どうかしら…。ねえ〜小百合お祖母ちゃん」
にやりと笑う千鶴の背後に、蜃気楼のような影が揺らめいたが…そばにいない明には気付くはずもなかった。
「ここは…ここであっているのか?」
大月学園の屋上。月に照らされたその場所に、1人の女が…何もない空間から染みだすように、姿を見せた。
「すべての時空を破壊しうる…神が生まれるかもしれない世界は」
女は、屋上から世界を見回した。
「まったく〜馬鹿師匠は!」
女は軽く頭を抱えると周囲を警戒しながら、とあることを思い出していた。
こことは違う世界の記憶。
緊急事態として、魔界の奥地で行動していた女は、伝令式神からの通信で、四国にある…防衛軍本部に呼び出されていた。
「君に頼みがある」
女を呼び出したのは、防衛軍最高司令官である…ジャスティン・ゲイ。
ジャスティンは言葉を続けた。
「この世界の滅びは、回避された。しかし、彼の生まれた世界だと思われる時空で、すべての世界を破壊しうる存在が生まれようとしている」
「すべての世界を破壊しうる存在?」
女は、眉を寄せた。
「そうだ」
ジャスティンは頷いた。
「すべての時空?そんな存在なんて、神レベル…いや、神以上!あり得ない!」
女は、声を荒げた。
「そう…彼は、神の中の神」
ジャスティンは、目を瞑った。
「だとしても、この世界ではないのですよね。神だとしても、違う時空を認知できるのです?」
「できる。彼ならば」
「だとしても!そんな別次元の話!誰が知ることができますか!時空を移動できる力など、騎士団長か!…我々側としたら…九鬼」
悩み出した女を見て、ジャスティンは優しく微笑んだ後、すぐに彼女から背を向けた。
「私に知らせてくれた人物は、信用に足りる…いや、信用という言葉を超越した者だ」
言い切るジャスティンの背中を見て、女はため息をつくと、肩をすくめた。
「わかりましたよ。とにかく!向こうの世界に行ってきますよ!だけど…どうやって?」
「フッ。心配するな。向こうに行ける手配はできている。ここに向かえ」
ジャスティンはカードを取り出すと、キーボタンに指を這わせた。
すると、女の胸元から着信音がなった。
「?」
女は、胸元からカードを取り出すと、眉を寄せた。
「頼んだぞ」
「了解…」
女は溜め息混じりにこたえると、カードの力を使い、その場からテレポートして消えた。
「まったく〜馬鹿師匠は」
女は、カードが示す場所にテレポートアウトした。
その瞬間、鋭い光の反射を目の端で捕らえた。
「チッ」
舌打ちすると、女は地面を蹴って、後方にジャンプしていた。
「ほう」
感心したような声がした。
「流石は、我が兄弟子の教え子」
「おいおい」
女は後方に着地すると、首にかけているペンダントに指を当てた。
「まさか…騎士団長がいるとはな。やってくれるな。馬鹿師匠!」
女の手に、針のように細い剣が握られていた。
「ソナタが、カレン・アートウッドか…。我が師、ティアナ・アートウッドの親族」
「そう言うあんたは、海の騎士団長、カイオウ!」
女…カレン・アートウッドは、ゆっくりと構えた。
にらみ会う二人。
そんな緊張感を、カイオウはすぐに解いた。
「時間がない。すぐに行くがよい。帰りは、恐らく向こうにおる…リンネにかでも送ってもらえ」
カイオウは、抜刀していた日本刀を鞘に戻した。
「え」
突然、カレンの後ろの空間に亀裂が走り、その向こうに吸い込まれるように、その場から消えた。
「頼んだぞ。カレン・アートウッド…。それに」
カイオウは虚空を見つめながら、その場から消えた。
「やれやれ…」
両腕を組み、溜め息混じりに吐息を洩らす…女。切れ長の目に、薄い唇に笑みを讃えていた。
「まあ〜人間はやはり面白いわね」
「リンネ様」
その後ろに控える…二人の女。
「ユウリ、アイリ。手出しは無用よ。例えここが、真の地獄でもね」
リンネの言葉に、二人は深々と頭を下げた。
「フン」
リンネは鼻を鳴らすと、月に目を細めた後、その場から消えた。
「く、くそ!」
月の影から落下する一つの影。
「空を飛べることは、わかったけど…感覚が、掴めない!」
それは、アルテミアの姿をした…明だった。
落下する明の目に、空中をUFOのように飛び回る光が映った。
「飛び道具はないのか!手からビームが出るとかさ!」
明は翼を広げると、手を上空に突きだした。
しかし、何もでない。
「ま、また!何もできないのかよ!」
地面に激突することは避けれたが、再び上空に飛翔しょうとした明の翼を、猛スピードで落下してきた光が切り裂いた。
「ぎゃああ!」
痛みの為に、絶叫した明の変身が解けた。男の姿に戻ると、その場で気を失った。
「死ね。アルテミア」
再び月の下まで移動した光は、気を失った明向かって急降下してきた。
それは、光の速度に近かったが、明に突き刺さる寸前で何かに止められた。
「魔物か?」
明のそばに立ち、細い剣を突きだすカレン。
「この世界に魔物がいるのか」
カレンは、光の塊を見つめた。
「馬鹿な…。い、いつのまに…」
光は血を流すと、風船のように爆発した。
「あれれ…」
カレンは魔物が消滅しても、気を緩めることはなかった。それどころか…下唇を噛み締めた。
「ば、馬鹿な…。てめえは、死んだはずだ」
カレンの額に、汗が流れた。
まだ数百メートルは離れていたが…漂う蜃気楼のような魔力が、辺りを震わしていた。
カレンの脳裏に、すべてを焼き尽くす…魔神の姿がよみがえる。
自分の故郷を灰と化し、育ての親を殺した…魔神。いや、女神。
「ネ、ネーナ」
カレンは、その女神の名を口にした。
「まったく〜いきなり現れて、げーむの邪魔をしてくれたわね」
メイド姿に猫耳…。両手には、巨大な鉤爪。
「死になさい」
ネーナは、両手の鉤爪をクロスした。
「く、くそ!」
その仕草を見る前に、カレンは消えていた。
「あれ?」
ネーナは、首を傾げた。
カレンの足下にいた…明も消えていた。
「まあ〜いいわ」
鉤爪を下ろした瞬間、ネーナの姿が変わった。
「ゲームは始まったばかりだ」
学生服を着た…少女の姿になった。
「ねえ〜。お父様」
そして、にやりと笑った。